全てを破壊する力、全てを無に帰す代償
薬を飲んだ俺は一時期、全盛期の俺になる。どうにも無くなった腕とかは再生されるようで、生えてくる。身体能力が上がり、霊妖魔力も膨大に上昇する。あとなんか強くなる。
最後は適当だが、よくわからないのだ。強くなる事以外しか。しかし、俺は全盛期。今の紫がどれ程の強者かは知らないが、絶対に負けられない。霊夢達が勝ったのに、情けない真似は出来ん。
「ふう。よし、やろうか。待っててくれてありがとう」
親指を下に向けた。「そして死ね」
あの美しい顔を汚したい。穢したいという欲求で塗り潰される。
今までにない加虐心。苛めて虐めぬいてやりたい。殺すなんてとんでもない。殺してと悲願するまでいたぶってやる。ああ、楽しみだ。朱に染まったその顔を、絶望に染まったその顔が今の俺の楽しみだ。
手を下ろす。音速で近づき、殴る。ただそれだけで爆発音が響く。この破壊力が愛おしい。最高だ。
しかし、残念ながら、後一歩のところでスキマに籠られてしまった。
時間はあまりないのに……。これなら――――痛め付けれないじゃないか。
霊妖魔力を全開する。ここの壁や天井。床が軋みあげる。よく耐えてるな。ここはなにか特殊なものが施されているのか? それは面白い。壊してみたいな。いや、時間がないんだ。さっさと血濡れにしよう。
「紫。引きこもりか? みっともないぞ?」
『あら、このまま居ても良いのよ?』
あっそ。なら引き出してやるよ。覚悟しろよ。
紫を探知する。薬を飲んだ俺ならばスキマから引きずり出すのは簡単だろう。今なら空間も斬れそうだ。いや、斬る。
探知は終わった。刃引きされていないジュワユーズを創造して、振り上げてから出来うる限りの速さで近づき、斬る。
薄明かりに反射した一筋の光は何もない空虚を切り裂く。振り抜くと、クパァ。と開く気持ち悪い空間。そこには紫が居た。凍りつく紫。
加虐的興奮がおさえきれない俺。きっと無意識のうちに狂笑を浮かべてるだろう。
動かない紫の首を絞めて、引っ張り、そのままの力で地面に叩きつけた。床がへこみ、紫は咳き込んで口の端から血を漏らし、痛みに喘いだ。
床にスキマを開いて、逃げられても困るので、首を絞めあげて、一気に首をひねった。
ゴキリ。と、ぞくぞく、脳を快感で蕩けさせる音色。離すと、倒れる紫。それはまるで毒林檎を食べた白雪姫のようで、より一層愛しく感じる。紫の血に濡れた真っ赤な唇にキスをする。ながい口づけは、甘美の極み。それは麻酔のように感覚を麻痺させる。
絶頂にも似た何かは、俺を狂わせていくようだ。
唇を離し、紫の頬を優しく撫でる。
目を開けた紫は、きっと、白雪姫なのだろう。そうなったら俺は王子か。
「やぁ、白雪姫。おはよう」
俺をじっと凝視している紫に挨拶をする。
「か、神楽……、なの……?」
起き上がり、信じられない。といった風に、俺を見つめ、聞いてくる。
そうだよ。と出来るだけ優しく応えると、紫は涙を溜めていく。貯蔵量を越えた透明の輝く液体は、頬を伝い、服を濡らす。
「ごめんなさい……! ごめっ……!」
俺に抱き付き、嗚咽まじりに必死に謝ってくる。何度も。何度も何度も。ごめんなさい、と。
一旦、紫を離す。
「いいんだよ……。紫は悪くない。折角ここまで皆と頑張ったのに、お礼を言われないのは少し……、悲しいな……」
声が出ない。何故か掠れていく。目眩もしてきて、意識が朦朧と……する――――。
「か、神楽っ! しっかりして!!」
叫ぶ声がする。気がつけば倒れていたようだ。紫の涙で顔が濡れる。応えようと手を伸ばす。声は出ないし視界が暗い。何も見えない。だが、手を掴まれる感覚がした。小さくて、優しく。しかし力強い。紫の手。愛おしい、手。
「んー……」
俺は起き上がる。気持ちのいい寝覚めだ。欠伸をして、首だけ動かして辺りを見る。
真っ白で、清潔感溢れる部屋だ。早く言えば病室。俺はなんで病院にいるんだろう。昨日まで江戸町にいたのに。
あ、そうか、江戸町は夢だったんだ。そう思う他ないよな。まあ、現実にあんな大怪我して無事な人なんて一握りだろうしなぁ。うんうん。
俺が一人で頷いてると、病室の扉がガラガラ、と開いた。
「…………」
入って来たのは左半身と右半身の服色が違う綺麗な銀髪の女性。その人は俺を見て、固まってる。凄く……、かたまっ――――
「神楽!! 起きたのね!?」
『かぐら』? 誰だろうか? 他の人はいないし、俺を見ているし。そうなると、俺は『かぐら』って人物なのか? じゃあ、この綺麗な人は知り合い? え、顔見知りなの? 病弱なの? なにそれ怖い。ていうか俺ってなんなの? なのなの? と、とりあえず、返事をしよう。
「え、えーっと。俺の事ですか?」
うむ。我ながらパーペキな返答だ。惚れ惚れする。しかし、何故か女性はキョトンとしている。なにその『お前はなにを言っている』みたいな顔。
怖いんだけど。え、俺間違えた? そうだ。我は起きたぞ。とでも言えば良かったか?
いやいや、俺は爽やかな好青年なんだ。我なんて一人称ないだろ。はっはっは。うけるー!
「じょ、冗談はよしなさい。怒るわよ?」
ひぃ! こめんなさいー!! なんて謝るわけないだろう。少しちびったかも知れないけど。
いや、嘘です。そんなわけないじゃないですかやだー! しかし、何故怒ってるんだ?
おうふ、腕を組まないでください。胸が強調されてます。こんなナースさんになら叱られたい。
「何がですか?」
俺が聞くと、その人は何故か悲しそうな。でも、こうなることを知ってたように、自嘲気味に笑って、俺に「ちょっと待ってて」とだけ言って扉を閉めた。
上司を呼び出すのかな? ていうか返事位聞いて行ってよ。とっても面白い返答を用意したのに。
ちくせう。まあいい。
「よっこらせ」
やべ、おっさんくさい言葉を出してしまった。むなしい。誰もいないはずなのになんか恥ずかしい。
いやいや、俺よ、胸をはれ。むしろ気持ちいいだろ。
そんなことはどうでもいい。重要な事じゃないんだ。まずはなにかないか見よう。
ベッド。しわくちゃで白い。よし。床。白い清潔な床。よし。天井。白い天井。よし。壁。白い。
なんだよ!! 白ばっかじゃねぇか!! そりゃそうだろ!! 病院だもの!! 黒い病院とかやですよ。俺。
しかし遅いなぁ。ベッドに座ろう。あ、スリッパ履き忘れてた。
なんか扉の外が騒がしいな。何が……。
勢いよく扉が開く。
「起きたのね。貴方は自分が誰かわかるかしら?」
紫のドレスを着た女の人だ。なんか色っぽい。
いきなり来て『自分が誰かわかるか』なんてちょっとマナーがなってないんじゃないか? 激おこだぞ。自分の名を教えるのが先だろうに。
「あ、ごめんなさいね、私の名前は八雲 紫よ。よろしく」
俺が黙っているのを警戒心と勘違いしたようだ。こちらこそごめんなさい。
でも名前を知らないんだよな。気がついたら江戸の町にいたし。
「警戒してた訳ではないんです。こちらこそすいません。俺、自分がなにかわからなくて……。昨日気がついたら家が半壊してたりの暗い江戸町で寝ていたんです。そこから赤い角に星がある女性の腕を軽く止血してたり、探索していたら眠くなって、気がついたらここにいたんです」
自然と動く自分の口。なんか凄い語れるぞ。
しかし、やっぱり悲しそうに顔を歪める。なんでそんな顔をするんだ? 俺に何があった? 気になる。俺、気になります! 別に言い直さなくても良かっただろう。
沈黙。
「そう。貴方はね。未知 神楽って言うの」
みち かぐら? なんか現代では珍しい名前だな。ていうかこの女性も服装おかしくないか? 日本なのか? 田舎かな?
女性は紙と鉛筆を何処からか取り出して、文字を書いてくれた。
未知 神楽。か。
「そういえばそんな名前だった気がする――」
頭に激痛が迸る。顔をしかめて、頭を押さえてしゃがみこむ俺。女性もしゃがんで、俺の肩に優しく置き、安楽をはかってくれる。
でも、なんだこれ……。頭がかち割れそうだ……!
――神楽!
フラッシュバックする。景色は俺が住んでるところ。現代の日本よりも進んでいる近未来。ついさっきの銀髪の女性が微笑みながら俺の名前を呼ぶ。
――ねぇ神楽? 私には指輪ないのかしら?
場面は変わり、和風な部屋で、黒髪の綺麗な女の子が俺に薬指を見せながら聞いてくる。
――神楽ー!
次は神社の境内で、金髪の女の子が俺の名前を呼びながら飛び付いてくる。その薬指には輝きを放つ指輪。
――神楽。
また変わり、今度は紫の髪をもつ女性が神社の居間で酒を呑みながら俺を手招きする。
――本当に!? やっとだわ、ずっと待ってたのよ?
何処かの草原? のような場所で八雲 紫さんが薬指を掲げ、幸せそうに笑う。
――老公。我爱你……、です!
赤い女性が同じくらい顔を赤らめて、なにかを言っている。多分中国語……、だと思う。
――私達も抱き締めてよ! お兄様!
――お兄様ー!
――旦那様。
後ろから三人の声がする。振り向くと紅い館。それに金髪の女の子、青みがかかった銀髪の女の子、黒の服を着た金髪の女性が俺を呼び、俺が何かを言うと、嬉しそうに三人とも飛び込んできた。その後ろに紫の女の人がいる。
――私は本を読む。それだけで幸せだと思ってた。
さっきの紫の女の人だ。図書館のような場所で、向かい合って座っている。女の人は何かを喋っているが、聞こえない。やがて、近づいて、背中を抱き締め、また言葉を交わした後、指輪をはめた。
――お父さん!!
神社で緑髪の高校生位の女の子が俺を呼ぶ。
――今は貴方の心じゃなく、温もりを感じたいの……。
雪化粧が施された江戸町が一望出来る丘のような場所でベンチに座り、俺の膝の上に薄紫の、髪の女の子が俺に抱きついて寝ている。
――あはは! 結構似合ってるよ、神楽お兄ちゃ ん!
何処かの部屋で、俺の膝の上に座る薄く緑がかった灰色の髪をもつ女の子。俺の頭を指差して、こぼれるような笑顔を浮かべる。
――神楽、結婚しよ!
昔を感じさせる部屋の中で、白髪のもんぺをはいた俺と同い年位の女の子が、無邪気な笑みでプロポーズしてきた。
それが終わると同時に、急激な眠気を覚えた。