神楽の異変
数メートル先の勇儀がブレる。拳を振り抜いていた。気付けば視界に赤が見える。その方向は『右腕』辺りだった。
右腕を見る。夥しい量の血が吹き出し、肩から先が無くなっていて、骨が、肉が。露になっていた。
意識を失いそうな痛み。形容しがたい。俺の語彙力では語れないが、なんか凄い痛い。やばいくらい痛い。死にそうな位痛い。もうやけくそだ。語彙力なんかなかった。
「くっそ!」
痛みを誤魔化すように、大声で悪態を吐いた。
治癒がされる。砕かれた骨は治り、その上から蓋をするように千切れた皮が広がる。見事に利き腕が無くなった。
舌打ちして、右側が赤に染まった誰かの居間? を無視して『あれ』を取り出す。
もう駄目だ。利き腕がなくなった事もあって万が一にも、億が一にも勝てなくなった。五体満足でもやられていたのにやってられるか!
勇儀は手の骨を鳴らす。相当余裕な模様。
一泡……。いや、口から泡をふきださせてやる。
指先から霊力の水をだし、一緒に飲み込む。息を吐き、落ち着かせる。
身体中から湧き出る力。それは強制的に引き出される全盛期の俺。嗜虐。虐殺。殺意が芽生える。何もかも壊したい。角を折り腕を折って足を砕く。なんだ……簡単じゃないか……。頑丈なら少しは遊べるよな?
腕が妙に熱い。よく見ると煙を放っている。そのまま見ていると、腕が見えなくなるほどの煙をだし、少しして消える。するとそこには元の腕があった。
ほうほう、最高じゃないか。腕が動かせれる。最高だよ。よし、時間が惜しい。さっさとやるもんやろうか。先ずはあの忌々しい腕の骨を折ってやる。
音速で動く。周りの物が吹き飛ぶが知らん。いきなり音速で動いた事に驚いたのか、一瞬遅れて殴ってきた。その腕を掴み、肩を使って折る。
「…………ッ!?」
息をひきつらせる勇儀。気持ちの良い音が聞こえてから退がる。勇儀の右腕を見ると、肘の骨が腕から突き出ていた。血が床を濡らす。
もっといじめたい……!! 欲求に逆らえない俺は歩いて近づく。
だらりと腕を下げてボタボタと流す赤い液体。それを見て一層加虐心をくすぐられる。
少しは痛いのか歯を食い縛っている勇儀。ざまぁみろ。だがこれで終わりではないぞ。もっとやってやる……!
腕を庇いながらも左腕で抵抗する。しかしその動きは読めていたしもう遅い。素早く懐に入って横っ腹に掌底。足に力を入れて踏み抜いたせいか少しクレーターが出来た。勇儀が勢いよく飛んでいく。今いる家の壁を破り次の家で止まる。もたれこみ小刻みに呼吸していた。そろそろ時間だ。
走って腹に飛び蹴りを食らわす。咳き込み血を口から出す。勇儀の苦しそうな表情がまた甘美だ。最高だ。
蹴り、殴る。それだけで何かが満たされる。だが、勇儀の顔や傷を見ると加虐心が俺を襲う。駄目だとわかってても、今の俺は正常じゃない事もわかってる。だがこの背徳感からは逃れない。ゾクゾクする。それがまた気持ちいい。
さっきまで殺される一歩手前だった弱者の俺が、今は強者に変わり、勇儀という弱者を痛める。
十数回殴り、蹴るを繰り返し、少しだけ様子を見ると勇儀はアザだらけにして、軽く痙攣しながら口から血の混ざった泡を出していた。
息を激しくさせ、肩を上下しながら言う。
「どうだ……、泡を噴かせてやっ――――」
突如襲う強烈な目眩と吐き気。今どこを立っているかも認識出来ない。寧ろ立っていられない。しゃがみこんでゴミ箱を創造し、安静にするも、無駄。胃から湧き出る物には逆らえない。
ゴミ箱に顔を突っ込んで出す。三秒程で漸く止まり、息をする。ここぞとばかりに必死に呼吸するその様は、酷くみっともなく感じる。悔しさに身を震わせ、顔をしかめると、また襲ってくる吐き気。胃のなかの物を全て出して、後は胃液。透明の粘液が喉を焼き、その酸味は一時、俺の味覚を狂わす。
胃液を出してもなお、止まらぬ吐き気、喉を引きつり、無呼吸になる。痙攣もしてきた。
――くそ! 息が!!
息を吸いたくても吸えない。体が勝手に震える。意識が朦朧としてきて、ついには、横になっている所で意識が途絶えた。
俺は目を開ける。道に胡座をかいて座り、放心。我を取り戻して、周りを一瞥した。
江戸町。しかし、その町は凄惨だ。家は半壊していたり、完全に崩壊していたり、道の中心にゴミ箱があったり、壁に寄りかかって寝ている女性が居たりと。首を傾げる。
――なんでこんなことに……!?
立ち上がり、女性に走り寄る。右腕からは骨が突き出て、身体中に痣をつくり、口から血の痕が残っている。当然、服も朱に染まっていて、腕は多少血を流している。
――こんな血を流して無事なわけない……! ま、まさか……、し、死んでるのか……!?
鼻に手を当て、息を確認する。感じた限りでは普通に息をしていた。道の真ん中に戻り、大声で助けを呼ぶ。
「誰か!! 誰かいませんか!?」
むなしく響く。店はあるのに何故か誰も来ない。暗いし今は夜なのか? そう思い、頭上を見ると、何かに覆われているように見えた。まるでドームだ。そんなふうに思える。
ついでに異質な雰囲気を醸すゴミ箱を見る。中には吐瀉物。気づいてしまったことで、急激に臭いが気になる。貰い嘔吐しそうになるが、なんとか飲み込む。
ここは何処か。
俺は誰か。
この町は何故こうなったのか。
もたれている満身創痍どころではない女性は何者か。角も生えてるし。
基本的な事、常識はわかる。でもなんで?
今は止血やらをしないと駄目だな。
なんでこんなに落ち着いてるのかは知らないけれど、壊れた家に入る。
「おじゃましまーす……」
一応礼儀をして、慎重に物色する。心苦しいけど、ロープか何か縛る物があれば一応止血は出来る……、と、思う。骨はどうしようもないけど。
その後、探したけど見つからなくて、包丁があったから仕方なく自分の白いシャツを切って二の腕にきつく縛った。これで少しだけでもましになるはず。女性は一旦置いて、江戸町を歩く。凄惨だけれど、何処か落ち着く。昔の町並みだ。教科書で見たような町。
ん? 教科書? 自然に出てきたけど教科書ってなんだろうか。なんか本だった気がするけど……。まあいいや。
ずっと歩いてると、お腹が空いてきた。けれど、何も食べるものがない。この歳で犯罪なんかおこしたくないし。ていうか俺は何歳なんだろう。今さっきの家で鏡を見たけど、見た目十八歳位の男だったよな。
うーん、まあ気にしないでおこう。
大声を出しながら歩く。けど、誰も来ない。あるのは店や家だけ。あと倒れてる角の生えた人だったり、なんか人じゃないもの。
でも、これは俺がやった。という認識がある。何故だろう。わからないことばかりだ。
倒れてるものを見ても平気で、ただあるのはごめん。って罪悪感と何かに向けられる殺意。
叫んでいて喉が痛い。喉が渇いた。足が痛い。
でも、目の前に門が見える。この館を知ってる。名前は思い出せないけど。なんか正夢みたいに……、既視感? が、ある。
感嘆して、インターホンを押す。
「すいませーん!! 誰かいませんかー!!」
力の限り叫ぶけど、やっぱり出ない。ここは何なんだ? 段々と不気味に思えてくる。無人――いや、あの女性と自分はいるけど――で、人間らしい人間はいないし、破壊されていたり、傷だらけだったり。でもあの女性以外は無傷。あの女性が相当嫌いだったのかな? じゃなきゃあんなにしないだろうし、その上、ここをこんなに壊して、皆を気絶させてる様子から、その者はここの連中に嫌われていたか、人知れず恨みを晴らせないからここの人達を気絶させて、ゆっくりいたぶったのか。なにしろ、優しい人ではなさそう。
さっきの女性の所に戻った。その女性を改めて見ると、赤い角に星。体操服に透明なスカート。長い金髪で綺麗な人だ。いや、人じゃないだろうけど。
いや、角が生える病気ならワンチャン……? いや、ないない。
これからどうしようかな……。そう思った時、急に眠気が出た。立っていられない。気付けば女性の横で寝転んでいて、瞼を完全に閉める一歩手前だった。
「んー……――!?」
飛び起きる。そうだ、俺は戦ってたはず。何してたっけか。
確か『あれ』を飲んで、勇儀を……!?
急いで勇義の安否を確かめる。俺が折った腕。その腕には白い布がきつく締められている。誰がやったのかは知らんが、よくやった。と褒めたい。ありがとう。と礼を言いたい。しかし、居ないから言えんな。仕方ない。ボックスに入れておくか。他の妖怪共は知らん。
ボックスに落として、吐瀉物ゴミ箱を処分して地底を出る。その最中気付いたが、何故か服が綺麗に切れていた。何かの拍子に切れたのか? 綺麗に? ……、まあいい。まずは永琳の所に行こう。
地底を出て、橋を渡り、幻想風穴を昇った。結局こいしは見つからなかった。どうしてだろう。やはり地上にいるのか。
永遠亭に着き、事情を説明して勇義の治療を任す。永琳が悲しそうにしていたのは何故?
取り敢えず、城に行って、地底の女の子達をベッドに寝かせる。
広い部屋にベッドが軽く見ても四十以上はある。その中には、また、寝ている者が増えていた。
それはこいし、萃香。《龍宮の使い》永江衣玖。《今時の念写記者》姫海棠はたて。
神霊廟の、幽谷響子。蘇我屠自子。物部布都。二ッ岩マミゾウ。
よくここまでのを倒したな……。霊夢達も着々と進んでいるようだな。しかし、流石に二人でこれだけ倒してないよな? な? もし二人で倒したなら……、俺。役立たずじゃないか……。
絶望にうちひしがれていると、扉が開く音が聞こえた。
「神楽さん……?」
後ろを向くと、霊夢、魔理沙、聖、妹紅が立っていた。それぞれ女の子をおぶって。
恐らく今の声は霊夢だろう。何か全員固まってる。何故だろうか。
「神楽……、どうしたの……?」
妹紅は霊夢達の後ろから問い掛けてくる。
なにがだ? 何故そんな心配そうな顔をする。なにか怪我してたっけか? そう思い、身体中を見て、首を傾げる。
なおも、表情を変えないで、詰め寄る。その際、背中に乗せている少女が落ちるが、知ったことではない。というふうに。
「どうしたの――――その顔!」
沈んだ面持ちでそう問い掛けてきた。