熱かい無表情の少女
あれ、地下センターだっけ? 灼熱地獄跡だっけ? んー、曖昧だ……。そういえば、確か地下センターって妖怪の山麓にあったよな? あれ、ならここからお空には会えない? いやいやそんなはずは……。ないよな?
危惧しながら、中庭に向かう。花。なんか色とりどりの綺麗な硝子。そして何故か明るい。そんなことより、俺の視線を釘付けにして、然るべきだ。とも見える動物がいた。
どうして、庭に、二羽の鶏がいるんだ。駄洒落か?
その鶏。当たり前のように鳴きながら、歩いている。
ま、まあいいさ。それくらいで動きを止めてられない。
壁に手をつきながら、足下を確認して歩く。前世で地霊殿は灼熱地獄跡を蓋するように云々と書いてたような……。等ということを思い出したのだ。どこにあるかは知らないが、それなら虱潰しとばかりに見るしかない。
端から内側に進むように見ていく。
花があるところは歩いてないが、ちょうど真ん中辺りだろうか。そこに、マンホールらしき物があった。
――あ、これだな。明らかに地獄跡ですみたいな見た目してる。
屈んで、マンホールに手をかける。
これをあけたら梯子があるんだろ。予想しつつ、持ち上げ、横に置く。思ってたよりも重かった事にほんの少しだけ驚いたが、問題なく開けた。
予想通り、梯子があり、下は真っ暗。試しにビー玉を創造して、手を離す。重力に従って、姿を消した。いつまで経っても音は聞こえない。下になにかあって、衝撃が殺され、音が出なかったのか、長すぎて音が聞こえなかったのか。他にも考えられるが、長ったらしく語ってる場合じゃないな。
穴は、大人二人が立てる程度の広さ。俺が梯子を降りても、まだ少しだけ余裕がある。
よし。気合いを入れるように、頬を叩き、梯子に足を付けた。一歩一歩降りていく。腰に差してあるジュワユーズが壁に引っ掛かってうるさい。主にガリガリとうるさい。とるのも面倒なので、無視して降りていくが、やはり耳障りで、狭いだけによく響く。どんどん苛立ちは溜まり、とうとうジュワユーズを引き抜き、奈落の底に落とした。
「ざまぁみろ! さっきからうるさいんだよ!」
そう毒を吐き捨てながら。
十分位か? 時間はわからない。暗闇の中でよくここまで降りれたと思う。実際、何回か足を踏み外した。
足に梯子とは違う何かに着いた。固く、しっかりしている。しかし、ジャリジャリとしていたり、なにか板らしき物があったりと、散らかっているようだ。
魔法《光》を使って、辺りを照らす。久し振りにも感じるその光に、歓喜しながら目を守るように腕で覆った。足下を見ると、粉々に割れたビー玉と、ジュワユーズが落ちていた。
ああ、あのジャリジャリはビー玉か。しかし、ジュワユーズは割れていない。なにげに凄いな。お主愛おしいなぁ!! 等と言いながら抱き締める事はしない。それしたらただの頭おかしい奴じゃないか。
ジュワユーズを拾い上げ、改めて腰に差す。
ビー玉? そんなものは知らん。踏み抜きながら、歩を進める。壁は、というか、俺がいるところ全体がアスファルトだ。少し先に、扉がある。鉄の扉だ。え、この先って地獄跡なんじゃ……。大丈夫なのか? 恐る恐る、取っ手を掴む。
あれ、熱くない。まだ熱い地獄跡じゃないのか? そう疑問に思いながら、取っ手を傾けて、引いた。
少しだけ開いた隙間から、熱風。むわっとした熱気ではなく、ただただ熱い風。一旦扉を閉めて、一息。
「これ確実に危ない位の熱さだろ。夏とかそんなちゃちなもんじゃないぞ」ポルナレフ感が隠しきれないが、頭を掻いて、愚痴る。
溜め息の後、決意してさっと扉を開く。
熱い。暑いではなく熱い。それに無風。
灼熱地獄跡は、名前負けしない程度に、熱く、赤く、地獄だった。
マグマに溶岩。息をするだけでも鼻、喉、肺が焼きつくようだ。尤も、俺の場合は焼きついても治る。焼きついては治るの繰り返しだが。俺が今立っているところは金網みたいなもの。これが少し先まで続いていて、そこからお空の居るところが一望出来るみたいだ。だが、金網状のここでは、視線を少し下にすると、お空が見える。汗をだらだら滴らしながら、もう一度戻る。
駄目だ。熱すぎて考えられない……。どうしよう……。
幾分か涼しく感じる地獄への道。扉を閉めて、団扇を出して扇ぐ。熱さで怠い。幾分か思考能力も落ちているようだ。
少しでも喉や肺を守るようにと、布を創造し、口と鼻に巻いた。これでましにはなったはず。
汗も引いて、よし行くか。と再度気合いを入れた。強く叩きすぎたのか若干痛い。しかし、今はこの痛みのお陰で気分が冴える。
行きたくないという思いを押し退け、扉を開ける。熱気が全身を撫でた。金網を歩くと、『カシャンカシャン』と音を出す。その下はマグマが噴き出している。あれに落ちでもしたらおしまいだ。よくこんなところで霊夢は戦ったな。尊敬する。賛美は置いといてだ。如何に素早く倒すかが課題だな。基本は霊妖魔力放出で良いだろう。しかし、これを当てた後だ。お空がマグマに落ちてしまったら目もあてられない。
金網以外は立つところないし。改めて灼熱地獄跡を一瞥する。
俺が入ってきた扉に、扉から続く十メートル位の金網。そこから先と下は溶岩とマグマ。地獄跡は広く、派手に暴れても、全然狭さを感じないだろう。分かりにくいな。言ってしまえば高校にある、グラウンドの広さだ。まあ、高校にもそれぞれ広さはあるだろうが。
地面なんてものはない。足をつけたいなら金網。どうしても地面に立ちたいなら、戻るか、地面が見えるまでマグマに潜るしかないんじゃないか? ……、尤も、入った瞬間から二度と足をつけられなくなるが。
マグマのすぐ真上に、お空が浮いている。
長い黒の髪を緑のリボンでポニーテールにして、白のブラウスに緑のスカート。真っ黒な翼に、上から白いマントをかけて、そして、そのマントの内側に、宇宙らしき模様? が見える。足に膝少し下まである靴下? でいいのか? 右腕に多角柱の棒をはめていた。
遠目から見ても、身長が高い事を窺える。
近くで見たらもっと何かわかるかもしれない。が、熱くてあまり動きたくないな……。
大粒の汗が鼻の頭から落ちる。その汗は何処へいくのか。金網? それとも金網を通りすぎてマグマへ? どうでもいい事に思考が動く。あまりの熱さに頭がやられているようだ。何度も熱い熱いと言ってるが、それくらい熱い。
駄目だ、吐き気がしてきた。戻ろう。
口をおさえながら、金網の上をふらふらと覚束無い足取りで帰っていく。
開け、戻り、扉を閉めて、仰向けに寝転ぶ。
団扇で扇ぐ元気もなく、時折咳き込みながら、深呼吸。肺に空気が行き渡り、腹が膨らむのがわかる。それを見て、感じていると、だんだんと落ち着いてきた。
さて、次は今度こそ本気だす。
自宅警備員の必殺その一が飛び出した。しかし、これは本当だ。
次あけたら走って攻撃してやる。《戦い始めたら熱さなんて気にしてられないだろう》作戦だ。なんだこのネーミング。馬鹿にしてるのか。やはり頭がやられているみたいだな。
今更気付いたが、服が気持ち悪い。汗を吸ってびしゃびしゃだ。絞ったら滴るんじゃ……? 試しに立ち上がってやってみたが、期待を嘲笑うかのように、何も出なかった。
大人しく着替えて、布を首に巻き、水を飲んでさあ突撃。霊妖魔力を左手に溜めて、右手で開く。素早く走り、右手にジュワユーズを創造した。
喧しく金網が鳴き叫び、後ろから扉が閉まる音がした。それを無視して、足に力を入れて飛ぶ。お空が見上げる。視線がぶつかる。手始めに、溜めた霊妖魔力のボールを投げつける。密度は高くしているので、当たれば大怪我どころじゃないはず。
濃い紫のボールがバチバチと唸り、高速でお空を襲った。
お空は避けず。翼で自分を包んだ。
さっきも言ったが、これに当たれば、大怪我どころじゃない。それを防御をとったのだ。これ、終わったか? 終われば良いなぁ。終わってください。
爆音。
煙。
パラパラと上から土が落ちてくる。今更気付く。壁やらが土だということに。
さて、どうなった? 発ち込める黒い煙を見るが、お空がどうなったかはわからない。一応言っておこう。
片腕でガッツポーズした。
「やったか! 流石にこの攻撃を受けて無事なわけがない!」
晴れる。そこには――――太陽の様な球体で光っている『何か』。その何かは、燦々と輝き、すべてを照らし、すべてを燃やし尽くすようだ。
うん。知ってた。
頷き、観察する。中は見えない。その事に何か嫌な予感がした俺は距離を取った。
しかし。そんな俺を嘲笑うかのように、強力な引力が起きた。
――な、なんだ!?
ありありとわかる焦り。キョロキョロと見回す。
マグマ。
溶岩。
土。
俺を吸い寄せる。
必死に退ろうとするも、それでやっと僅かに後ろへ行ける程度。
大方引っ張った後は、そのすべてを放出する。マグマ。溶岩。土の塊。そして、隙間があまりない、高密度の弾幕。当たったら火傷なんて優しいもんじゃないだろうと、容易に想像出来る。良くて焼け爛れる。悪くて使い物にならなくなる。それくらいだろう。
急に引力かなくなった事で、急速に後ろへ行ってしまったが、大した問題じゃあない。
飛んできた物や弾幕を余裕を持って躱し、アサルト銃を乱射する。時にはマグマに溶かされ、時には溶岩に当たる。時には無事、お空の場所に向かうが、その前にある、太陽のようなものに阻まれる。
あれはなんなのだろうか。どういう原理なのだろう。駄目だ、お空の能力を思い出せない。
前世の事を必死に思い出す。しかし、やはり思い出せない。二億以上前の事を思い出すのは容易じゃないのだ。
その間も躱し続ける。ずっと光の弾幕を放出しているせいか、お空を包んでると思われる太陽っぽいものは、小さくなっている。それに、薄くだが、人影が見えた。
このまま逃げ切ったら良いのだろうか……。
そんな事を考えながらも、妙に永く感じる数分間、ずっと逃げた。