天狗を統べる王
振り向いた天魔。その目は――輝いていた。
ああ。天魔も、やはり駄目か。どうしようかな。
知っていた事だが、どう戦うか。これはまだシュミレートしていなかった。当然だ。能力もなにも知らないのに想定出来る訳がない。まあ、どうしても勝たなかったら『あれ』を飲むから良い。
しかし、永琳からは『これ以上は材料が無くてつくれない』とも言われてるからな。勇儀には一錠使うだろう。それで残り一錠。その一錠はルーミアに使う予定だ。天魔には使えない。もしくはルーミアを『あれ』無しで戦うか、だな。
なるようになるか。やってやるよ。腕が無くなってもやってやる。
決意表明。
俺を認識した天魔は、体を蜃気楼のように揺らし、消えた。そして暗転。
次に視界が戻った時は、大勢の天狗達が寝転び、気絶している広場に、俺が倒れている時だった。
なにが起こったかは全くわからない。気づけば『外の地面』に倒れていた。俺は天魔の家にいた筈。
――くっそ! なんだこれ! 痛いどころじゃないぞ!!
立ち上がる。頭痛が酷い。目眩もする。鼻、曲がってないか? あ、鼻血。
どくどくと流れる鼻血。曲がってはいなかったが、唇を通り、顎から滴る。地面を赤く彩った。すぐに治まるが、残った血と滴っている血が鬱陶しい。鼻から勢いよく息を出す。血が飛び出し、通りを良くなったのを確認して口元を腕で拭う。
天魔はどこにいる?
辺りをくまなく探す。が、しかし、見当たらない。どこにも居ない。
くっそ!! 駄目だ!! 全くわからないし解せない……。どうしたらいい? こんなにも無力だったのか。
溜め息の後、頭を毟るように掻いた。髪の毛が数本ぱらぱらと落ちる。
圧倒的な強さに顔をしかめて、すぐにいつも通り無表情に戻し、また天魔の家に入った。部屋の向かいの壁は崩れていた。そして部屋を覗く。天魔はさっきと同じように座っていた。
いったん離れて、考える。
これどうしようか。扉を開けても二の舞だ。開けてすぐに散弾銃を撃つか? いやいや、大してダメージは与えられないな。霊妖魔力放出するか? 相手は天魔だ。並大抵の攻撃では意味ない。ならなにがある? ていうか寧ろ俺、技なんてないんだけど。強いて言えば霊妖魔力放出だけ。これ技って呼べるのか?
腕を組み、目を瞑る。
技ってそもそもなんだ? インディグネイション? 獅子戦吼? なんでデイルズなんだよ。可笑しいだろ。でもデイルズ・ジンフォニアとジ・アビズは凄く好きだったな。いや、今それ関係ない!
頭を左右に振り、思考を戻す。
なにかないか? 魔法ならワンチャンあるか。しかし、当てれないと意味ないしな。天魔が俺に近付いたとして、俺がそれをたまたまタイミングがあって、攻撃出来たとする。しかし、速い相手はそんな動き、見飽きた。というように軽々と避ける。そのまま俺は攻撃を受けて終わり。それが関の山だ。手に取るようにわかる。わかる、俺にもわかるぞ!! なんでこうも最近はネタに走るのか。哲学だな。
あー、全くいい案が出ない。どうしたらいいんだろうか。いや、本当に。もう薬飲んじまうか? 勇儀には真剣やらを使えばなんとか……。昔、戦った時は、妖霊力を使っていなかったからな。ならいけるか? 半殺し程度なら、大丈夫……、だよな? 鬼だし。いや、勇儀なら一瞬で殺されるような……。えぇ……、薬足らねぇよ……。
いや、しかし、まあ、もうちょっと頑張ろう。うん。
癖を解く。両の手のひらに霊妖魔力を蓄える。そのまま扉の前に立ち、両手の密度の高い紫を部屋に向けて、放出した。濃い紫は扉をぶち破り、部屋の中を破壊の限りを尽くす。視界を紫が潰し、あまりの光量に目を瞑った。瞑っても感じる光り。そして脱力感。結構消費している。
限界を感じて、放出を止める。目が慣れるまで少々時間がかかったが、攻撃を受けないところをみると、問題はないみたいだ。
目を開き、くらくらしながらも、しっかり、ゆっくりと歩く。部屋の面影はない。天井もなくなっており、床には瓦礫。机やソファーも粉々。天魔はいない。どこにも。
やったじゃん、天魔。開放感にみち溢れてる。
天井。太陽を感じられるよう、敢えて天井を無くすという試み。お見事。
壁。自然を硝子越しではなく、体で堪能できるように、壁も無くし、開放感溢れています。最高。
大理石の床には散乱したように瓦礫やソファー、テーブルの破片が散らばり、まるで廃墟のよう。匠の遊び心が感じられます。四散に飛散。悲惨です。
以上に異常。神楽匠の惨劇的ビフォーアフターでした。
またいつか。
いやいや、なにをしているんだ。天魔だろう。どこいった?
頭を残っている壁にぶつけ、強制的に終わらし、自然へダイブしてしまいそうな無くなった壁に飛び降りて、無数に倒れる天狗達を踏みながら歩いていく。
これは迂回するのが面倒なわけでもなく、こんな戦いをさせられてる鬱憤でもなく、俺が撃った直線上を見るためだ。うん。
山を降り、霧の湖。
もう殺しちゃったんじゃないか。そう思い始めた時、湖の水面に、黒い、大きい翼が見えた。
あれだ。俺は確信を得て、飛びながら近づく。倦怠感を無視して、翼を引っ張りあげると、『真っ裸』で、体中が焦げている天魔が出てきた。
これには虚をつかれた。急いで地面まで連れ戻し、息、心臓を確認する。
一応息はしている。心臓も動いている。奇跡的といった具合か? 限界を操る事は出来ない。どうするか。回復するか? しかし、焦げていなかったら堪能するんだがなぁ。
視線が胸にいく。が、焦げているため、良く見れない。ベッドに寝かせたいんだが……、大丈夫か? 結構重傷だぞ。ボックスで良いかな? うーむ、あ、永琳の所だ。治療をお願いしよう。
そうと決まれば善は急げ。ボックスに優しくいれて、急いで永遠亭に向かった。
「で、この子を治療してくれ。と」
診療部屋に天魔を寝かせ、経歴を語った。
永琳は椅子に座り、足を組んで確認してくる。
それに頷き、頭を下げる。
「ああ、お願いする。これから地底に行くと思う。だからよろしく頼む」
「やめなさい。そんな他人みたいに。わかったわ」
天魔をちらっと横目。
「あの子の治療は任された。私達がなにもしないのは忍びないし」
ただ。と続けて、俺を真っ直ぐ見据えて、手を握る。「あまり無茶しないで。薬を一応三錠渡したけど、あれは二回飲んだだけでも悪影響が凄いわよ」
ただでさえ一回飲んだだけでも副作用が強いのに……。本当は飲んで欲しくないのよ。と、ぶつぶつ呟くが、謝って静止する。
「すまん。俺がやらなきゃここは救えないんだ。これは遊びじゃない。残酷で、無慈悲な戦いだ。霊夢達に無理はさせられない」
そうだ。霊夢達にもしもがあると、面目が立たない。勇儀達に勝てるのは俺しかいない。ならやるっきゃないだろ。それに。今まで遊びに遊んでたんだ。それのつけがまわってきたんだよ。そう考えると、ほら。段々と……、ましに……。ならねぇよ。
一人ツッコミ。
「相変わらずね。優しいんだから」
この前気付いたが、嫁達の中で俺はどうなってるんだ? 大した事をしていないのになんでこうも好いてくれるんだ? ……、どうでもいっか! 好かれる事は良いことだな。うんうん。
「いや、当たり前の事をしてるだけだ。見ず知らずではないんだ。これくらい、な」
自嘲気味に笑い、床に視線を落とす。白い清潔な床。俺の履いている靴と、永琳の足。靴下を履いて、その上にスリッパを身につけている。
「…………」
黙り混む永琳。
気まずい。凄い気まずい。やっちまった。そう後悔してももう遅い。二人、いや。診療部屋は沈黙に包まれる。その気まずさはさながら――――
突然椅子から立ち上がった。
「もう、そんなこと言わないの」
そんな声が聞こえる。優しい。母親のように優しい声。見上げ、永琳に目を合わせる。
頭に手が置かれ、撫でられた。
俺は経験した事がない心地よさに目を細める。
くすくすと永琳が笑う。
「なんだか子犬みたいね」
子犬か……。そんな可愛いもんじゃないだろ。いや、ていうか俺犬嫌いなんだけど。噛まれるから。
噛んでる途中、顔を左右に振りやがるからな。あいつら。どれだけ苦汁を飲まされたか。勿論これは前世の話。包帯巻いたりもしたからな。怖い怖い。
「んー……。癖になりそうだ」
これなら嫁達が気持ち良さそうにしていたのも頷ける。いや寧ろ全力で頷く。
堪えきれなくなり、とうとう口を開けて笑いだした永琳。さっきまでの気まずい雰囲気はどこへやら。一転して和やかな雰囲気になった。
頭を撫でられている手をとり、握った。
「まだここにいたいけど、そろそろ地底に行ってくるよ」
その手にキスをする。
「……、気を付けてね。薬は出来るだけ飲まないで」
わかった? と念を押した永琳。
「善処する」
「全く。何度も言うけれど、無理は駄目よ?」
「ああ、わかったよ。勝てないなら逃げる。後日また戦うよ」
椅子から立ち上がり、腰の骨を鳴らす。
ゴリゴリと音が鳴り、永琳に背を向けた。
「なにかあったらすぐに来なさい。わかったわね」
「おう。その時は頼んだ」
背中越しに手を振って、永遠亭を出た。
さて、これからは激戦だろうな。いや、休みながら行くが、集中を切らせないな。ヤマメ、キスメ、パルスィ、勇儀。お燐にお空、さとりにこいし。地底に住んでいる全妖怪。操られているならそれらを相手する事になる。相手は数百。こちらは俺一人。なんとも無謀とも言える……。いや、ここは隠密で一人一人潰していくか。武器は、ありとあらゆる物を利用して使おう。いざとなったら手榴弾位良いよな。
どう攻めるか想定して、幻想風穴に向かった。