太陽の畑、残酷な力
七時半。身仕度を終え、飛ぶ。
向かう場所は――太陽の畑。弱い奴は霊夢達に任せよう。
会ってないが、注意した通り、回っている筈だ。
なら俺は強い奴を叩く。
黒いコートに身を包ませ、風が吹くなか、飛んでいく。
明らかな程、道中の妖怪や妖精達が減った。
あれだけ倒していて全く減らないとか嫌だぞ。
飛んでる間、地面を流し目すると、昨日倒した妖怪や、妖精達が気絶していた。
知らない奴らはどうでもいい。まして、野郎なんてな!
下衆。
そんなこと百も承知だが、黙って太陽の畑に降り立つ。
いつもは太陽に顔を向ける向日葵。しかし、今だけは、全ての向日葵が俺を見ているような気がする。無数の視線。不気味な太陽の畑。向日葵に呼び出されたように、最強クラスの大妖怪。風見幽香。今までは赤ん坊を捻る位簡単に、圧倒的に倒せた。が、今回は長くなりそうだ。
相変わらずと言えよう。俺の十メートル辺りで止まり、佇むそれは『俺を痛め付け、虐め殺す』ただそれだけ。無表情の中に悦びが窺える。
畳んだ日傘を持ち、だらりと腕を下げる幽香。
俺もジュワユーズを二刀流にして、準備運動のように首の骨を鳴らす。小気味良い音がなった。
俺が走る。近くに来たとき、跳び、体重をかけて二対を降り下ろす。それは全てを破壊せんとする。
だがしかし、幽香は日傘を両手で持ち、攻撃を受けた。その風圧、衝撃で周りが大きく揺れた。
地面に足をつけ、鍔迫り合いをやめて、バックステップで距離を取る。
無表情ながらも首を傾げ、挑発するように指をクイッと曲げた。
――この程度? ってか。嘗められたもんだ。この最強といわれた俺に挑発なんてな……。だが、まあ、その通りだ。レミリア達に勝てたのだってまぐれに過ぎん。
自傷。
嘲笑して、また幽香に向かう。歩いて、ジュワユーズを持った両手を左右に広げて、右手のフェイント。斬る。と思わせて、相手は騙され、後退りで躱そうとする。
歩を合わせて左の剣を平行に叩く。風を切り裂く音。次の刹那、金属と金属の衝撃音。
止められた。幽香は胴体の前に日傘を構えて、俺のジュワユーズを防いでいたのだ。唖然、呆然とする時間はなく、すぐに持ち直し、右腕に力を入れて、突く。それに気づき、幽香は日傘を振り回し、左手の剣を俺の手から離させ、幽香にめり込ませようと、貫かんとする剣を弾いた。
地を蹴り、退がる。
――隙もなにもあったもんじゃない……。強い……。これが《四季のフラワーマスター》か。
まだ能力も使っていない。鉄壁とも言えるような、日傘捌きに、舌を巻き、汗を垂らす。
今、向かい合ってるだけでも、その佇まいに感嘆の息を吐いてしまった。
次はこっちの番だ。とでも言うように、素早い身のこなしで近づく。
剣を二対、また創造して迎え打つ。
真上から体重をのせた撃を放つ。先端が目潰しのように光った。
目を閉じずに、少しだけ細めて、左手の剣を傾けて受け流しした。幽香は日傘を止める事は出来ない。右の剣を幽香に叩き付けるように水平に振る。しかし、幽香は地面にぶつけて反射した力を利用し、俺の手もろとも体を横殴りに、吹き飛ばした。肺の息を出され、呼吸が出来ず、吹き飛んでいく中、閃光が迫り来る。
――まずい……! 幽香の得意技だ……!! くそ! よけ――――
俺を包む閃光。
それはどこか暖かくて、懐かしい。しかし、その光量、ただただ暴力的なまでの妖力放出は俺の皮膚を焼いていく。
意識が飛びそうになる。暗転する。息をすると喉が焼けるような感じがする。手が、足が、体が、頭が、言うことを聞かない。
やっと収まった閃光は、俺と幽香までの向日葵諸共、一直線に道を焦がし、無に帰し、圧倒的なまでの破壊力を知らしめた。
地に伏す。なにも出来ない。動けない。痛い。息をすることも出来ない。
ジュクジュクと気持ちの悪い治癒が俺の体、顔、全てを包む。やっと動かせるようになり、体を見ると、煙を出している。幽香の攻撃による物だろう。こんな煙初めてだ。
全身が怠い。動きたくない。という気持ちが俺を支配する。もう寝てもいいんじゃないか? もう、頑張っただろ? 弱音を吐き、瞼を下げていく。
もう……。いや、俺が諦めてどうする。嫁達は? 娘は? 友達は? ……、幻想郷は?
ゆっくりと。ゆったりとした足音が地面に伝わり、俺の耳に入る。
浮遊感。幽香が片手で俺の服を掴み、俺を持ち上げた。
手足に力は入らない。まだ治癒仕切っていないのだろう。絶望を感じる。ここで首を絞められたら俺はおしまいだ。治癒とは関係無いからな。再生ではないのだ。腕を切り捨てられれば、腕が無くなり、皮で蓋をされる。一応、切り傷やら、火傷は痕がなく、治癒されるが。
腕や体に変な感覚がつきまとう中、幽香は拳をつくり、振り上げて、勢いよく、降り下ろす。たったそれだけの事が、俺には救いに見えた。
風が唸り、俺の頬を襲う。貫通したと錯覚させられたそれは、気づけば視界が回り、地面に体をぶつけてしまった。
だが、これでいい。これで――――勝てる。
いや、勝ったも同然だ。幾分か、動くようになった腕を見て。
ボックスからある、錠剤を取り出す。これは昨日、永琳から作って貰った物だ。
無理矢理立ち上がって、錠剤を口に含み、口の中にある血を薬と共に飲み込む。なにもないと飲み込みづらいからな。
口角を吊り上げ、笑みをつくる。それは勝利を確信した笑み。もう勝ちは揺るがない。
親指を下に向けて「幽香の紛い物。お前はもうおしまいだ……」掠れた声で呟く。
不思議そうに、怪訝そうに、首を傾げた。
言い終わった直後、血が滾った。
全てがスローになった。
思考は鋭く。
心の底から沸き上がる、高揚感。嗜虐心。その他のなにか。
――これは凄い! はははっ!! 力が漲る! 全盛期みたいだ!!
口を大きく開いて笑う。幽香に嗤いながら「こんな気持ちで戦えるなんて。もうなにも怖くない!」声高々に告げた。
フラグめいた事を言うが今は凄く気分が良い。やったことはないが麻薬のようだ。今ならなんでも出来そう。
そして虐めたい。しかしそれは駄目だ。早く終わらさないと効果が切れる。
危険だと判断したのか幽香は本気で走ってくる。しかしその動きすら遅い。あまりにも遅すぎる。歩いてるように感じる。
遅すぎるんだよ幽香。さっきまでの強さはどうした?
日傘で殴る。何度も、振り上げては下げて、突いては先端から妖力を放出。
連撃をくらっても全く痛くない。最高だよこの薬!
高笑いの後、強めに殴った。すると幽香は軽々と吹き飛び、向日葵を操って柔らかいクッションをつくり、反動を利用し、此方に飛んでまた日傘を降り下ろす。
遅すぎる攻撃は俺には届かない。日傘を掴み、幽香を地面に叩きつけた。小さいクレーターが出来て、幽香が咳き込む。しかしそんなもの今の俺には気にならない。気絶あるのみ。
忍び笑い。
しかしその中に狂気を感じる。だがどうでもいい。そんなこと程度気にはしないしならない。
霊力を手のひらに一瞬で溜める。青い塊が出来た。放出。
青い閃光。幽香がそれに包まれ、一秒経ってから放出を止める。
目を閉じた幽香がいた。外傷はない。
抱き上げ、城に連れていく。
城に着いた時くらいからなにか目眩がする。急に副作用が怖くなり、急いでベッドに乗せて、泥のように眠った。
急に目が覚め、目を開ける。
一気に吐き気を催し、目が回る。急ぎで袋を創造して、吐き出す。喉から逆流するその感覚は気持ち悪く、また吐き気がする。朝食べた、まだ消化仕切れて無いものが出る。
出し終わり、目眩がしているが、トイレに向かう。その間も吐いては歩き、吐いては歩きを繰り返す。やっと着いて、便器に中身を棄て、流してまた吐く。口の中が酸っぱく、喉が焼けるように痛い。
自分がどこに立っているか、方向感覚、平衡感覚を失い、倒れこむ。また吐き気がして、無理矢理便器に顔を近づけ、出す。もう胃になにもないのか、胃液が出る。つっかかえたような喉。切れたのか血。それでも吐き気は止まらない。目眩も止まらない。ついには自分が何をしているのか、何者なのか。名前、性別、今まで何をしていたのか、その全てを一瞬忘れてしまう。が、すぐ思い出し、頭を左右に振り、自我を保つ。
――くそ! これが副作用か……!!
心の中で悪態をついて、また血を吐く。
それを幾度繰り返し、気絶した。
トイレで目をさます。なんて最悪な目覚めだくそ。
吐き気は嘘のように無くなり、目眩も消えた。
だが、腹が減って仕方ない。
食べたいという欲望に駆られて、料理をつくり、貪るように食べた。そういえば、気絶している子は食べなくてもいいのだろうか。外見には特に変わった様子が見られない。まあいいか。そう考えて、薬の事を考える。
あのとき、明らかに俺の精神状態はおかしかった。発狂に近かった。本当の俺を見失いそうだった。しかし、強さは折り紙つきだ。その為に作って貰ったからな。明らかに全盛期時の俺の強さだった。高揚と嗜虐心が重なり、全盛期よりも強いと言えるだろう。
ある意味、本気で戦っていた。前は霊力や妖力で脅して無駄な戦いはしなかったからな。好戦的になっていた。怖いもんだ。
副作用。これはまだはっきりしないが、吐き気は確実だ。何故か。これは恐らく、薬を出す為だろう。遅れて体が拒絶をし、成分やらを吐き出す。あと、目眩だけか? …………。それ以外は思い出せないな……。なんか大事な事を忘れているような……。
まあ、今はやることをやろう。次は……、どこだ? 妖怪の山の天狗達か? 地底は最後に行きたい。勇儀は強敵だ。勝てるかはわからない。
副作用は怖いが、そうも言ってられない。勝てないなら強制的に勝つ。副作用がなんだ。やってやる。飲んでやる。
自暴自棄。
そんな言葉が足を生やし、俺の頭の中で走る。
一体全体、どう言うことかは俺にもさっぱりだ。
しかし、今日はゆっくりしよう。明日は連戦、激戦だ。体を十分に休ませ、明日も頑張ろう。
自室のベッドに寝転び、眠りに就いた。