幻想郷の操られた住人
「これから、紅魔館を攻める。弾幕ごっこなんて生易しいものではなく、本当の戦いだ。恐れおののくな。なにがあっても諦めるな。最後まで足掻け。覚悟は出来たか? 俺は言わずもがな」
赤い霧に包まれた境内。昨日は天国。今日は地獄。覚悟を新たに、問い掛ける。
「覚悟なら昨日。血濡れの布と共に捨ててきたわ」
腕を触りながら言った。細い腕には火傷の痕がある。
「思い出は八卦炉に詰め込んだ。覚悟は毎朝鏡に向かってしてるぜ」
にかっ。と白く輝く歯を出し、ボーイッシュに笑う。
まあ、尤も、赤い霧のせいで輝いてはいないが。
「必見必殺! 連携を大事にしろ! わかったな!」
帽子はボックスにいれた。汚れたり切れたら嫌だから。戦いにおいて装飾品はいらない。
戦わないに越したことはない。ましてや、相手は嫁達。
しかし、このままにするわけにはいかない。やるしかない。
三人で飛ぶ。紅魔館に向けて。
霧の湖。
ここも赤い霧に包まれている。
進んでいると、行く手を阻むように、紅い瞳をした、チルノが仁王立ち、大妖精が飛んでいた。
俺達に気付くと、大妖精が緑の弾幕を放って、チルノが氷の剣で突撃してくる。
「お前達は温存しておけ、一瞬で終わらす」
豪語してから、スピードを上げ、最高速で進む。
「…………」
チルノが氷の剣を俺に降り下す。
無駄な動きを削ぎ落とし、紙一重で避け。
はっきりとチルノを見る。紅く輝き、感情を無くしたように無表情。
すれ違い様に、首に手刀を落とす。
崩れ落ちるチルノ。
服を掴み、片腕で抱き、大妖精に向かう。
「…………!!」
一層弾幕が激しくなる。
それは怒ったように。
そのままの速度で弾幕を散りばめている大妖精に近づき、背後に回り、チルノ同様気絶させた。
木の下に、大妖精とチルノを背中合わせに寝かせ、先に進む。
「おー、本当に一瞬だったな……」
感心の息を吐く。
しかし、満足出来る速さではなかった、全盛期なら本当に一瞬だっただろう。あの力が恋しいよ。全く。
「行こう」
返事を聞いて、再び向かった。
紅魔館。
瞳を輝かせ、美鈴が立っていた。
その目は赤い霧の中でも爛々と輝いていて、俺達を睨み付けている。
「…………」
静かに、何も言わずに構える。
「魔理沙、一発ぶちかましてやれ」
「良いのか?」
「良いよ。何時もの嫁に戻るなら死ぬよりましだ」
そりゃそうだ。そんな声が聞こえた後、今の魔理沙の魔力は明らかに俺より多い。
今の。
今の俺の魔力ね。
対抗心を燃やす。
「マスター……、スパァーク!!」
俺の横から極大のビームが通り過ぎる。
「…………!?」
あまりの大きさに驚愕で顔を歪ませ、防御に専念した。
砂埃が舞う。
俺達が降りる。
「やったぜ!!」
魔理沙、それは駄目だ。
砂埃がおさまる。
見ないでもわかる。
美鈴は――――立っていた。
準備運動のように手を振り、礼をしてから構える。
魔理沙と霊夢に手で静止させ、俺も礼をして、構える。
霊力、魔力、妖力は出していない。
ここで出していたらもたない。だが魔力は半分出しておく。
美鈴は一筋縄にいかない。しかし、一回限りの必勝法がある。
その鍵は魔法。地面。
察しの良い人ならもう気付くと思う。
ほんの少しだけ、足に力を入れる。
美鈴がゆっくりと。間合いを確かめるように歩いてきた。
俺は逃げるように、円を描くように動く。
ずさ、ずさ。と砂の上に足を動かす音が聞こえる。
ちょうど俺がいた所の反対方向に来たときだろうか。背には門。美鈴は俺を見て、首を傾げている。
逃げてるだけだからそりゃあそうだろう。出来れば傷つけたくはない。
しかし、俺の思いとは裏腹に、痺れを切らしたのか、突っ込んできた。
足と腕に力のこもった右肘打ち。足に地をつけたとき『ズドン』と重い衝撃音がする。
それをまた時計回りにもどる。
足を引き摺るようにして。
「おい、神楽、足に怪我をしてるのか?」
「さあ」
二人の声が背中越しに聞こえる。
そう、振り出しに戻った。
ただし、俺はやっと進める。
丸。円が地面に跡を残している。その真ん中に美鈴が構え、立っていた。
ゆっくりと。
近付く。
砂の上を俺の足で引き摺る音がしながらも、翔た。間合いに入った時、左足目掛けて抉るように蹴る。
美鈴は合わせるように蹴り、右足の脛を俺の足にぶつけてきた。鋼を彷彿とさせるその硬さに顔をしかめる。
だが、ここは我慢だ。
ぶつけられた反動を利用して回転する。そして遠心力の要領で踵蹴り。
その蹴りをも美鈴は脅威的な反射神経で頭を後ろに下げ、避ける。が、頬を掠める。
サマーソルトで顎を打ち、下がった。
――手応えは無かった……! 衝撃を殺しやがったな……!!
美鈴は体重を後ろに向けながら飛んで、サマーソルトの威力をいなし、そこから宙返りで華麗に着地した。
頬から流れる血を腕で拭い、構える。
また仕切り直しだ。
俺も構える。それは静の構え。
全てを流し、全てを制す。
相手の呼吸に合わせ、同化させる。
よし。
美鈴はフェイントの後、ジャブ、ストレート。
ハイキック、回し蹴り、足払い。
それら全て、地面を削り、踊るようにいなし、受け流す。
「よし。美鈴」
構えを解く。
「…………」
首を傾げ、動きが止まる。
「終わりだ」
地面に魔力を流す。
魔力が、地面の線をなぞる。
俺は避しながらも、地面に魔方陣を描いていた。
中級雷魔法《天雷》
魔方陣に入っているものを対象に、天から雷が落ちる。
中級では心許ないが、魔力を注げばそれだけ強力な魔法になる。例えば初級《炎弾》初級の中でも中位に入るが、魔力少量なら、拳程度の炎の弾がでる。密度はかすかす。当たれば少し燃える。
しかし、それに上級の魔法位、魔力を注ぐと、バスケットボール並の大きさで、密度もあり、当たると爆発が起きる。今の俺の魔力の半分をいれた。これで丈夫な美鈴でも気絶位するだろう。
地面が光り、魔方陣を写し出す。
「おー!」
後ろで魔理沙が騒いでいる。
無視して、魔力を流す。
かすかに見えるが、空が曇っている。雷雲が立ち込めて、唸る。
美鈴は魔方陣の中で、キョロキョロと様子を見ていた。
伏せた。その時、一際大きく鳴ると、一筋の光が落ちた。それは美鈴の真上からで、魔法の脅威を、自然の驚異をふるう。
眩しく、この場に居る者を強制的に瞑らせる光量。轟き。
鼓膜を、心臓を、身体を、震わせる。
眩い光が止み、目眩を起こさしながら、美鈴を見る。
焦げた魔方陣の上、眠るように倒れて。
急いで様態を確認して、一瞥した。
どこも怪我は無く、心臓も動いている。何故かは知らないが。髪も服も全て無事。これには俺も驚く。
驚くが、それ以上に無事だったことに安心した。
自信が無かったからだ。《天雷》は初めて使う魔法で、魔力も多すぎたと後悔した。もしかしたら。そう考えてしまった。
だがそれは杞憂に終わったようだ。
無詠唱が出来て良かった。パチュリーと勉強して本当に良かったよ。
そこらの妖怪に襲われないように、急ぎで俺の城に連れていく。もし紅魔館に入れてしまったら、操られている嫁や、咲夜が居る。今の俺では守れない。
安全に、拍子抜けするほど簡単に、城まで行けた。が、油断出来ない。三月精が起きてて、弾幕を放ってくる可能性があるからな。
慎重に開ける。薄暗いが、三月精はいない。
背中越しに美鈴の寝息が聞こえるなか、俺の部屋を開けて、ベッドに寝かせた。
部屋を見てもいつも通りで、俺と美鈴以外誰もいない。
頭を撫でてから、閉じている目を開く。輝いてない。戻ったのだろう。
多分。
部屋を後にして、三月精の居る部屋の扉を開け、中をちらりと確認。ベッドの上で気持ち良さそうに寝ている。
全く、起きて正気に戻ったらお仕置きだな。動けないように一日ずっと抱っこしてやる。
閉めて、城を出る。そして紅魔館に戻った。
「何もなかったか?」
紅魔館の門に着き、陰にかくれれていた魔理沙と霊夢に聞いた。
「何もなかったわよ。問題なし」
お祓い棒を右手で遊ばせ、俺を見て、応える。
今気づいたが、結構、軽率だったな。反省するべきか。しかし、咲夜とどう戦おう。相手は無条件で、好きに時間を止められる。避けるのは容易い。
前に戦った時は、気づけない速さで組ついたが、今はそう簡単にはいかない。
創造はどれくらい出来る……? 翼を創造出来るなら少しは速くなるが……。
試してみる。しかし、無理。出せるのは武器だけ。あと簡単な食料。
あ、銃があったな。そう言えば。
思い出し、ボックスから河童から貰った二対の金銀の銃を出す。
その銃を見て魔理沙が疑問の声を挙げる。
「ああ、武器だよ。俺の取って置きのな」
魔理沙と霊夢に見えるよう、目の前に持っていく。
だが、しかし、これは霊力と妖力を消費する。ここぞと言うときにするべきか。
相手は人間だ。加減をしないと。
不思議な武器もあるもんだ。そう魔理沙が返事したあと、紅魔館に目を移した。
赤い霧、紅い館。見事にマッチしている。
まさか、俺が異変を解決させる側になるとはな。
嘲笑の後、顔を見合わせ、門を開ける。そして噴水を越え、館への扉の前に立つ。
さて、ここで誰が一番強いか。
総合的に見ると圧倒的にレミィが厄介だ。
パチェは喘息。それを無くしてもあまり動けない。
それに、人間だ。魔女ではあるが、特別な身体能力はない。寧ろ、普通の人間より低い。
フランは力業が多い。考えなしに、自分のしたいよう暴れる。
しかし、レミィは聡明で、力も強いし速い。これ程厄介な敵はいない。弱点が無いのだ。
吸血鬼としての弱点はある。そこをつくしかないな。
咲夜は言わずもがな。体力は無地蔵に近いし、避けるのも容易い。じり貧になるだろう。
隙をついて、銃で気絶させるしかない。幸い、相手は銃を知らない。
美鈴なら知ってるだろうが。
いや、待てよ。咲夜も銃を知ってるんじゃないか? ……。寧ろ、銃っていつ出来たんだ……?
くそ、こんなことなら紅魔館に引きこもってばかりいるんじゃなかった!
後悔先に立たず。とはこの事。知らない事を祈るしかない。
「なあ、早く入ろうぜ」
後ろから魔理沙の、女性にしては、低く、綺麗な声が聞こえる。
「……すまない」
一言謝り、扉を開け、紅魔館に入った。