探検と説教
二千十一年、秋。昼。
空は晴れ渡り、冷たく、澄んだ、秋の光が俺を包む。
そんな中、俺は魔法の森、再思の道の入り口にいた。
秋には一面、彼岸花が咲き誇る。
ここは凄く結界が緩い。そして思い直す場所。外の人間が生きる希望をなくしたり、忘れられかけている人間が時々、ここに迷いこむ。
そのまま幻想入りするかと思えば、引き返して行く。
それは何故か。あまり明確ではないが、ここの咲き誇る彼岸花を見ているうちに、生きる気力が沸いてくる。のだとか。定かではない。
だが、無事に帰れるか。といったら違う。
ここに来ると言うことはそれを知っている妖怪もいる。
ほら、そこの彼岸花の陰で、妖怪が目を爛々と輝かせ、今か今かと人間を待っている。
ん? ……。たった今、外から絶望に打ちひしがれた人間が来た。
俺は隠れて尾行する。
人間はふらふらと、生気のない顔で進んでいく。
少し経ち、彼岸花をぼーっと見て、幾分か生気の宿った顔に戻り、憑き物が落ちたようにはっきりとした足取りできた道を戻る。
しかし、隠れていた妖怪が人間の前に立ちはだかった。
人間はその異形を見て、自分とは違う容姿を見て、腰を抜かし、声をあげ、情けなく逃げる。
だがそれは叶わない。
いくら、助けて。殺さないで。
そう哀願しても。
そう懇願しても。
どう喚いても。
どう泣いても叶わない。
絶対に。
しかし、まあ――――
「よう、そいつ、見逃してくれないか?」
それはこの場に誰も居ない時に限るが。
人間と妖怪の間に立つ。
「アァ?」妖怪は俺を訝しげに見た。
人間――――いや、高校生位の女の子は一筋の希望を見出だしたように、俺にすがる。
「た、助けてください!」泣き付く。
「待ってろ」女の子に命令して、妖怪に「ここで死ぬか、この子を見逃して、後日違う奴を襲うか。どちらが良い?」脅しかけた。
「そんなもん決まってんじゃねェか!!」少し間を置いて「お前も――――」
「じゃあ死ね」平淡と、抑揚なく。
こいしから貰った帽子を汚さないよう、飛ばないよう、上に投げ、一気に近づいて掌底を当てる。
そのあと、もといた場所に戻り、帽子を待つ。
妖怪も、女の子も、俺が何をしたかは知らない。見えない。知る術もない。
一瞬のように感じただろう。
一寸遅れ、頭に落ちた帽子がのる。
後に残ったのは女の子と俺だけ。
妖怪は吹っ飛んでいった。
「力量がわからんやつは死んで当然。それが男なら尚更」いなくなった妖怪に、そう吐き捨て、向き直る。
「さて、君は戻りなさい。どうか、この事は他言無用で」未だに腰を抜かし、恐怖に顔を歪ませて俺を見る少女に伝えた。
一目散に逃げていき、消えていった。
帽子で顔を隠すよう、下に向けて「全く。助けて貰っておいてお礼も無し。まあ仕方無いか。人間は弱いからな」独りでに呟き、走っていった方を見て「大事なのは怖いか、ではなく、味方か、敵か。の違いだろうに」無表情で零した。もし嫁が見ていたら悲しそうに見えたかもしれないが。しかし、その言葉は虚しく空に消えていってしまう。
人差し指で帽子の位置を修正して、道を歩き彼岸花を堪能する。
再思の道を越えるとそこは無縁塚。
周りは木で囲まれていて、秋には彼岸花。春には紫の桜。妖怪桜が咲く。
無縁の者の遺体をまとめて埋める場所だ。
ここは危険度が極めて高いと言われている。
俺には関係無いが。
しかもここまできてなんだが、無縁塚には用がない。誰も居ないし興味を示す物もない。
次は中有の道かな。
目的地を決めて、飛んだ。
中有の道。
妖怪の山の裏にある。
この道は三途の河へ繋がっている。
死者だけが通るのか。否。生者も通る事は可能だ。
それは何故か。地獄に落とされた罪人が屋台を開いているからだ。地獄も経済には勝てないらしく、少しでもと屋台を開かせているようだ。
生きている者がここにきて、買ったりもするらしい。
俺も買ってしまった。
とうもろこし、唐揚げ、ソーセージ、焼きそば、一通り買ってボックスに入れる。
とうもろこしを食べながら歩く。
サニー達とも今度来よう。金魚すくいとか色々あるし。
色んな屋台を見ながら、そう考える。このまま進めば三途の河だ。そこを通ると次の生まで戻る事は出来ない。
彼岸に行きたくても無理なのだ。
まあ、彼岸に行ってしまうと死んでしまうんだけど。
三途の河。
静かだ。川の音もない。動物の声もない。
しかし、一つの鼻歌が聞こえる。
そこに向かうと赤髪の女性が彼岸花の茎を咥え、しなやかで長い足を組んで寝転んでいた。
「やぁ、休憩中かい?」
何をしていたかなんてわかりきっているが、会話だ。知らないふりをしなくてはならない。ましてや初対面だ。
「んー?」視線を空から俺に移し、咥えている彼岸花を放り投げ「珍しいね、生者が来るなんて」口にした。
三途の河だしな。そりゃあそうか。死者とは一方的に話すだけだし。死神仲間か彼岸の映姫だろうし。
いや、他にも喋るだろうけど、知らない。
肩を竦めて「見学って所かな。彼岸も見てみたいけど、死ぬんじゃ、諦めるしかない」
「はっはっは!」大口を開き、笑って「そうだねぇ。死んだら元も子もないしねぇ」
「だろう?」片目を瞑り「幻想郷見学も楽しいが、結構見ちゃってね。あとはここら辺かな、と思って来た次第さ」
よっと。声と共に起き上がる「まあ、ここに面白いもんはないよ。死者を彼岸に連れて終わり。音も何もない所さ」周りを見て、告げた。
「あるじゃないか、面白いもの」
「ん、なにさ? 彼岸花と絶滅した捕れない魚しかないよ?」心底疑問だと言う風に。
死神を見て「お前さ。面白い者じゃないか」
少しキョトンとして「あっはっは!」爆笑され「アンタも面白いねぇ! よし、気に入った! 私は小町だよ! 小野塚 小町」抑揚たっぷりで名乗った。
癖のある赤髪でツインテール。赤い瞳。服は半袖の着物のような服。越巻もしている。
身長は俺が勝っているが、僅差ではある。
そして大きな鎌。しかし、その鎌は奇妙に曲がっている。
前世で見たのだが、実はこれ、全く切れないらしい。ほぼ飾りなのだと。
死神ってやっぱり大きな鎌を持っているんだぁ。と結構好評。だが武器にはつかうらしい。
あと、死神には三種類いる。
一つは死者の魂を迎え、刈り取る死神。
二つ目は地獄の雑務一切をこなす死神。
三つ目は小町のような、船頭。
帽子をとり、胸の辺りに留め、お辞儀をする「俺は未知 神楽だ。よろしくな、小町」
「いやー、ここ何もないから暇で暇で……」両目を瞑りながらも喋る小町。
なら働けよ。と思った俺は悪くないはず。しかし、死者は見えない。来てないのか? 外のも合わせると量があるはずなんだが……。
そう考え、キョロキョロと周りを見る。
そんな俺に気づいて「今送ったばっかだから待ってるのさ。全員、常に私の所に来られたら私がもたないよ」
ああ、他にも死神はたくさんいるんだよな。ならそこにも流れているのか。
一日にどれくらい死ぬのだろうか。
一日にどれくらいここに来るのだろうか。
一日にどれくらい航るんだろうか。
まあ、知ってどうこうする事ではないが。
帽子を頭に乗せ「ほう、まあ、確かにそうなのかな?」目を細めた。
「そうなのそうなの」無理矢理言いくるめるように言う。続けて「立つのもなんだい。そこで座ろうじゃないか」近くにある、二人が座れるくらい大きい岩を指差す小町。
頷き、二人で石の上に座る。その時死者が来る。
人魂。
小町はそれに気付き「おーい! そこのアンタ! 他の死者が来るまで待ってな!!」言い放った。
「良いのか?」俺が連れて行かなかった事に、確認をとる。
頭を掻いて「大丈夫さ。一人一人送っていくより一気に送ったほうがいいんだよ」
確かに……、その通り、……なのか? いや、確かに効率は良いだろうが……。
まあいいか。
「こらー! 小町!」
ん? 後ろから声がする。二人で振り向いた。
あからさまに嫌な顔をして「げ! 四季様!?」
「小町! また貴女……は……」映姫は俺に気付くと言葉を失ったように止まる。
「あ、君は、いつぞやお世話になった四季 映姫様じゃないか」
そう、この見た目女の子は昔、幽々子の事でお世話になった、四季 映姫・ヤマザナドゥ。その人物だった。
「そういう貴方は……、未知 神楽?」目を細め、確認する。
「あ、覚えててくれたか。ありがとう」礼を言って、帽子をとり「久し振りですね」姿勢を正し、お辞儀をした。
敬語に違和感を感じる。これまでにない違和感を。
「おひさしぶりですね。未知 神楽。何年ぶりかは知りませんが、ずっと言いたい事がありました」凛と。
なんか嫌な予感。
「そう、貴方は少し――――いえ、お嫁さんが多すぎます!」
始まった。
俺は正座を自らして、大人しく説教を聞く。
「ん? 素直な所は褒めましょう。ですが――――」
たまには説教されるのもいいかもしれない。
俺は罪が重すぎる。それに、前世で俺の事を想った説教をされたことがない。
甘んじて聞こう。
なんか――――
暖かいな……。
空を見る。
秋の空は澄みきっていて、汚い俺には眩しかった。
だが、この空のように、俺もきれ――――
「こら! 説教をしてるのに余所見とは何事ですか!!」
「すいません……」
くっ……!
あれから一時間ぴったり。
やっと終わった。しかし、俺の事を想って説教をしてくれてるとなると、ありがたく、暖かいものを感じる。
満足したのか、帰ろうとする映姫。
俺が引き留めて「映姫様」
振り向き、俺を見て「なんですか?」
「……俺の為に時間を割いてまで説教、ありがとう」俺は頭を下げる。
「なっ!?」小町が驚く。
そりゃそうだ。しかし、これだけは言いたい。
「俺はさ、昔、親に虐待されて生きてきたんだ。まだ小さい俺にあれしろこれしろ。って命令して、少しでも失敗したら殴って怒鳴ってさ」無表情を作り、語る。
「…………」
二人は黙って話を聞いてくれる。
「親の愛情もわからない。何も信じられないでさ。愛情のこもった説教をされた事がなかったんだよ……。」でも、と続けて「映姫様の説教を受けてさ、こんなに暖かいものなんだって気付いたよ……。虐待のような冷たさはない。俺の為にって考えたら暖かくて――――」
「もう良いです」そう言って、俺を抱き締め「それ以上は言わないでください。貴方、泣いてますよ」
不思議に思い、俺は頬を触る。しかし、涙は流れていない。
そんな俺を優しく微笑み「心が。ですよ。貴方が悪いことをしたら私が叱ってあげます。それが私の仕事でもあるんですから」諭して。それに。と続け「貴方は業が深い。私がそれを少しでも軽くしてあげます」
凄い優しい人――――
「説教で」
…………。
小町の「ぷっ……」という笑い声が聞こえた気がした。