十人目の○×
埃っぽい図書館の中、三人はいた。
俺、パチュリー、小悪魔だ。いつのまにかレミィとフラン、ルーミアはどっかに行っていた。ルーミアは専属じゃないから俺より、レミィ達を見に行ったんだろう。まあ、しかし……。
「私は小悪魔ですが、これってただの種族名なんですよ? それを一括りにして、私を小悪魔、小悪魔って! 私だって生きてるんです! 名前くらいほしいですよ! 我輩は悪魔である。名前はまだ無い。みたいじゃないですか! ふふ……、名前はまだない。だって……。ってなに笑ってるんですか!? 笑ってる場合じゃないですよ! 私だって名前がほしいうわーーん!!」
――これどうしよう……。
俺は頭を抱えて、溜め息を吐いた。
あれから、テーブルと椅子を創造して、図書館で祝い酒をし、ガバガバ飲んだ挙げ句、酔っぱらった小悪魔の相手をしてる俺。パチュリーは「任せたわ」と、意志を託したような顔をして、さっさとどっかに行ってしまった。薄情だ。最悪だ。
悪態を心の中でつきながら、話を聞いている。
「名前をつけたら良いんじゃないか?」
何気無く、いつもの無表情だろう顔で言った。
すると、小悪魔はちらちらと俺を伺いながら。
「そうしたいのはやまやまですが、私、ネーミングセンス無いんですよねー……。誰かつけてくれないかなぁ……」
「…………はぁ」
「溜め息を吐くと幸せ妖精がナイフを持って追いかけて来ますよー! ……光速で」
「怖いよ!」
どんだけ速いんだよ! しかもお前のせいだよ!
そう言いたいが、我慢して飲み込む。
――しかし、名前か……。もう、リトルデビルで良いだろ……。
適当に考える。しかし、これから、家族の一員になる子だ。真剣に考えよう。
…………。ココア? ここあ? 微妙だな。それに安直……。
俺はいつもの腕組みと目を瞑るという癖をする。
……。リリーでどうだろうか? なんか語感というか、そんなのが寂しがりやでみたいじゃないか? 小悪魔にぴったりだろう。うん。
腕を解き、目を開けて、真っ直ぐ小悪魔を見る。
「リリー……で、どうだ?」
少し、小悪魔は沈黙する。しかし、その後、テーブルに手を叩き付け、俺の手を握って、熱く語った。
「良いじゃないですか! リリー! 可愛らしく、まさに私、小悪魔である、私を言葉で体現したかのようなその名前! 愉快で素敵でかっこよく、最高です! これから私こと、リリーは貴方の為に尽くしに尽くしたいと思います! 不肖リリー! 頑張ります!」
キャピ。そんな効果音が聞こえそうなポーズをして、締めくくった。
後ろで、私が貴方のご主人なのよー。という、パチュリーの声が聞こえる。
しかし、聞こえていないのか、またも俺の手をとり、目を星のように輝かせ、語りかけてくる。
「ありがとうございます! ありがとうございます! 貴方は神ですね!? 神なんでしょ!? 私の名付け親は神だったとは……!!」
またまた俺の手を離し、己の手をお祈りするように握り、興奮して、自分の世界に入った。
「私は悪魔……、でも私の想い人は神……、相いれない存在……。でもそんなもので私の恋は遮れない!! 障害物にもなりませーん!!」
「神じゃ――」
「壁をドン! ってして、『リリー、愛してる。もう我慢出来ないんだ……』……きゃーー!!」
――勘弁してくれよ……。本当に、冗談抜きで。この終わらない無限の会話を誰か止めてくれ……。
両頬に手を当て、騒いでいる。後ろからパチュリーが「ここは図書館よー、静かにしてー」と、諦め半分ながら、言う。
俺は腹が空いたのに気づいて、リリーを放って、パチュリーに食堂でご飯を食べよう、という事を言って、向かった。
俺が図書館を出て行った直後。
「あ、あれ、私のダーリンとなる人は……?」
「誰がダーリンよ。あんたのご主人は私だって言ってるでしょ!」
そんな会話と、分厚い本で何かを叩く音と、軽い悲鳴が聞こえた。
食堂に入ると、妖精メイドが一人居た。その妖精メイドに、レミィ、フラン、ルーミアにご飯を食べよう、食堂へ。という伝言を頼んだ。
時計を見ると、今は午後七時半だった。
食べるならちょうど良い時間だろう。それから少しして、全員が食堂に集まった。しかし、ルーミアは一応メイドなので、料理を作りに行った。
清潔なテーブルクロスの上に、中華、洋、和の色とりどりの料理が並ぶ。
「老公、中華料理は私が作ったんですよ! 是非食べてください!」
美鈴が俺の席に近づいて、中華料理の一つを自分の箸で取って、俺に差し出してきた。それを口に入れ、咀嚼する。数ある、中華料理の内、美鈴がとったのは酢豚だった。
少しの酸味、肉は柔らかく、玉ねぎやピーマンもいいアクセントになっている。美鈴が作ったとなると、なお、美味しく感じる。
三月精の内、スターも料理が得意らしく、俺に、これとこれと、これ、これ、これも私が作ったの。と、自慢していた。
それを始め、数多の妖精達が、これは私が作った! 等々。この料理は全部、ルーミアと三月精、美鈴、妖精達が作ったのだと。
妖精達、最近は掃除も進んでやってくれるらしい。
高齢メイドは喜んでいた。やはり辛いみたいだ。
その後、三月精含め、全員から食べさせられ、いろいろと幸せだった。が、引こうにも引けない。俺がお腹一杯だと言ったら、少し、寂しそうにするからだ。
それから、食べ終わった後でも、俺は一時間程、食堂に居座ったままだった。
そこから比較的、平和に一週間が経った。
とくに何もない。あったことと言えば、レミィがテーブルトークロールプレイングの虜になったという事だろうか。
少し暇があれば――「お兄様! テーブルトークロールプレイングやりましょ!」こんな風に……。
今みたいに言ってくるのだ。最近は勇者役を演じるのが好きらしい。たまに推理ものとかもやりたくなるのだとか。
まあそれは省こう。
何百もの魔導書を買い取ったりもした。
今は図書館で新しい魔導書をパチュリーと一緒に見ている。
小悪魔、基、リリーは図書館を掃除している。
「この魔法って詠唱を変えたりしたら姿を変える事、出来ないか?」
俺は魔導書を見ていてふと、パチュリーに問いかけた。
「そうね、ここ、『炎の龍よ、我が願う破滅をその身に宿せ』を、『炎の不死鳥』に変えても良いし、『炎の魔神となりて』でも良いんじゃないかしら?」
「だよな、でもその分、魔力を消費する……と」
「ええ、どんな魔法でも、それこそ、初級の炎弾だって、魔力の密度や、消費量によっては、威力や大きさも変わるわ」
「うん、まあ、そうだよな」
少し話をして、二人とも沈黙する。
――だが、この沈黙は嫌いじゃない。居心地の良い沈黙なのだ。
パチュリーもそう思っていたなら嬉しいが。
そう思った時だ。
「……。当主様……」
「ん?」
「私……、この時間が好きなの……。貴方とこうして、好きな事を分かち合い、一緒に試行錯誤する時間が」
「俺もだよ、パチュリー」
本で顔を隠して、心の内を、露にするパチュリー。きっと本の向こうでは顔を赤くしている事だろう。見ていないが分かる。
「私は本を読む。それだけで幸せだと思ってた。でも、貴方といると、それだけじゃ物足りないの。むきゅ……。も、もう……、このさ、この際言うけど……。貴方の事が――」
「まて、そこからは男の俺が言うことだ」
遮り、本を置いて、椅子から立って、パチュリーの後ろに行く。
そして、小さく、か細いパチュリーを後ろから抱き締める。
ふわっと石鹸の良い匂いがして、林檎のように真っ赤に染まった耳が目の前に来る。俺は言葉を紡いだ。
「俺もこの時間が好きなんだ。パチュリー、結婚してくれないか?」
「よ、よよ喜んで……」
俺は指輪を創造して、パチュリーの薬指にはめた。
パチュリーも嫁になった。十人か。
「愛してるよ、パチュリー」
「わ、私もよ……」
さて、パチュリーの事だ。少しの間、意識して喋ってくれないだろう。それなら祝い酒だ!!
思ったが吉日、パチュリーとリリーをつれて、食堂に行き、全員を呼んで、酒を呑む。ワインが多いが、日本酒や焼酎、ビール、色々だす。
「皆、嫁が増えた。パチュリーだ!」
歓声がわいて、拍手がおこる。レミィ、フラン、ルーミア、美鈴は、やっぱりね。や、パチュリーも魅力に気付いたのね。等々言っている。
魅力なんてあるんだろうか、自分じゃわからないな。まあ、嫁達が言ってくれるなら良いや。
そう、結論づけて、酒を呑む。
一時間程だろうか。酒を皆で呑んでいたら、俺は急激に眠く? 酔いがまわったのだろうか、意識を手放した。