悪魔召喚
「フラン、レミィ、ルーミア。朝だぞ」
俺は目をさました。爽やかな朝だ。小鳥の囀りと心地よい木々のざわめき、自然の歌が聞こえる。
勿論それは嘘で、俺は自室にいるんだが。
いつも通り上で寝ているルーミアを退けて、レミィ、フランを起こす。美鈴はもう門番をしてるみたいだ。パチュリーは図書館に引き籠っているだろう。最近、レ ミィとフランは俺と同じ時間に起きる。と言っても、パチュリーが気絶した、次の日だけど。
大体、ルーミア、 黒白を連れて帰って来た辺りからだろうか。早寝早起きが自慢らしい。起こしてもらってる癖に。
それは置いておいて、俺は図書館に向かおうと思っている。パチュリーが来たことで、魔法に関する事もわかりやすく、アドバイスを貰えるようになったんだ。 俺が図書館に行く事を伝えると、全員が着いていきたいらしく、四人で図書館に向かう。
「パチュリー、おはよう」
「え、ええ。おはよう、当主様」
俺が図書館に入ってパチュリーに挨拶すると、読んでいた本で顔を隠し、少し吃りながらも、挨拶してくれた。若干顔が赤い気がする。 昨日の事を思い出したんだろう。
「パチュリー、おはよう」
「おはよー!」
「レミリアとフランドールもおはよう」
皆、名前呼びだ。
原作では、妹様とか呼んでいた気がするが、俺が嫌だ。他人行儀で少し寂しい。だから、俺は皆に愛称か、名前呼びをするように言っている。
とにかく、パチュリーは本を退けて、いつもの無表情の澄まし顔に戻し、妹達に挨拶した。
そこからは各々本を選んで読み。俺はパチュリーと魔法の練習や、魔法を作ったりもしている。その時に聞いた話だが、使い魔が欲しいらしい。
俺はその事を肯定した。そしたら、思いきってやってみる。と言っていた。
今、魔方陣を描いて、パチュリーは詠唱している。こ の使い魔を呼び出す行為は魔力を膨大に使う。なんでも、魔界から転移させるからその魔力は計り知れないのだと。
その証拠に――詠唱を唱えているパチュリーの額からは汗が滲んでいる。
俺は大人しく見守っている。すると、パチュリーが光に包まれた。
次の瞬間――と言っても、光に包まれた瞬間を見た訳ではないが――、一人の女の子がいた。
まず目についたのは赤く腰まである髪。耳は尖って――よくあるファンタジーのエルフみたいに――いる。その尖った耳の上には蝙蝠の翼っぽいものがついている。目は俺達みたいに紅く、そして、背中にも蝙蝠の翼がある。 服は白のシャツの上に黒いブレザーを着ている。ミニスカート、ニーソックスをはき、黒い靴を履いている。
その女の子はお辞儀をして、名乗った。
「お初にお目にかかります、召喚して頂いてありがとうございます。私は小悪魔。これは下級悪魔という意味の小悪魔です。故にこれは名前ではありませんので悪しからず。ですが私の事は小悪魔。若しくはこあ、こあちゃんとお呼びください」
マシンガントーク。まくし立てる。そして、いい募り、言い尽くしたと言わんばかりに黙りこむ。
「「「…………」」」
なんだこの空気。 魔界の悪魔ってお喋りなの?
それだったら魔界には行きたくないな……。 そう考え始めた時、小悪魔は後頭部に手をやって、微笑を浮かべ、言った。
「あれ? 間違っちゃいました……?」
なにを間違ったのかはわからないが、明らかに違っていると言えるだろう。名前のチョイスその他諸々。
俺とパチュリーは唖然として、黙ってしまう。
それを見て、焦り、両の手のひらを俺達に向け、ブンブンと左右に振りながら訂正する。
「ち、違うんですよ!? この挨拶というか、これは上級悪魔の先生からこう紹介しろって言われたのを実践しただけなんですよ! 確かにこあ、とか、こあちゃんは私が付け足しましたけど……、そんな反応ないじゃないですか!」
「よろしく、こあちゃん」
「うわーーん! 格好いいタキシードの人はいけずで すぅー!!」
なんというか、うるさいこの子。
俺が笑顔で呼んであげたら泣き出してしまった。 泣いたと言っても、多分嘘泣きだろう。わかりやすい。しかも喧しい。でも弄るの楽しい。
俺の中の新しい扉を開きそうだが、全力をもって扉を閉める。
いじめたくなる女の子だな。
「え、えーっと、貴女は私が呼び出した悪魔であって る、かしら?」
「はーい! そうですよー! 魔界にいる悪魔は生活していたらたまに呼び出されたりするんですよねー、でも最近そういう、呼び出しが無くなったり、使い魔召喚が減ったりで悪魔口が多くなってしまったんですよねー、でも私は呼び出されて良かったーっていま少しほっとしています。はい!」
はい! と共に、爽やかに、全てを出しきったかのよ うに、笑って終わらした小悪魔。
パチュリーを見ると少し引いている。方眉がぴくぴくと動いて、頬がひきつっている。言ってから気付いたが、少しどころではない。ドン引きである。
しかし、悪魔口とは、恐らく、俺達で言う、人口のような言葉だろう。
「……これ私引かれてません? 引かれるような行動しましたかね? いや、してないはず、多分、恐らく、きっと。してなかったらいいなぁ。どうですか? タキシードの格好いい人」
「…………。うん、してないと思うよ!」
半分は聞いてないが、行動はしてないんじゃないか? ただ言動やマシンガントーク等がパチュリーには引かれているようだ。 しかし、マシンガントークも行動に入るのだろうか。 そもそも行動とはなんだ? 喋るということも行動に入るのでは? それなら全ての事、あらゆる事が行動になるのでは? 今、俺は考えている。これも行動に――
閑話休題。
駄目だ、彼女の癖が移ってしまいそうだ。こんな喋る子が来るとは思ってもいなかった……。少し考えればわかることだったのかもしれない。しかし、今更後悔しても遅すぎる。
例えるなら俺が永琳に告白しようと決め、結局二億年出来なかった時位に遅い。
ならこれは俺の罪でもある。俺はパチュリーと共に彼女と向き合わなくてはいけない。そう感じるんだ。某、ロボットのような物に、初号機にのっている青年だって言っていたじゃないか。『逃げちゃだめだ』と、何処かのバスケのアニメでも言ってたじゃないか『諦めたらそこで試合終了だよ』と!
――そこで、俺に電流走る。
これは罪にまみれた俺が、更生出来るチャンスなのか!?
まあ、そんなことは微塵もなかったし、思ってもないが。
しかしこの悪魔、よく喋るな。
俺は身ぶり手振りでまだ喋っている小悪魔を見る。可愛いが……、可愛いだが……。一緒に居るとずっと喋っていそうだ。コミュニケーションもいいが、俺は言わなくても通じるというか、なんだ、阿吽の呼吸っていうのか? 喋らなくても居心地の良い感じが好きだ。どうでも良いが。
こういう子を残念可愛いって言うのか? ……、結構ありかもしれない……。
いやいや、俺には九人の嫁がいるんだ! まだ嫁を増やす気か!?
でもここまで来たら人数とかどうでもよくなってくるな……。
そんな葛藤をしていると、いつもの無表情はどこへやら、助けてくれ。と言いたげに、俺をちらちらと横目で見ている。
しかしそれを小悪魔が見てしまい、変な方向に勘違いする。
「なにをちらちらと見てるんですぅ? あ、もしかしてタキシードの格好いい人は貴女の恋人なんですかぁ?」
「むきゅ……、恋人……。ち、違うわよ! まだそんな関係じゃ――」
「ほうほう! まだ? へぇー……、ふーん……」
にやにや、嫌らしく笑って。まさに悪魔の所業。ゲスっている。
変な事を口走る前にこの思考は止める事にする。
「ち、違うってば!!」
「なら私が貰いますね! 格好いいですし、惚れちゃいます!」
言って、抱きついてくる小悪魔。俺は気づかれないように溜め息を吐いた。
「だめよ! 一人占めはだめなの!」
「えっ? 一人占めは駄目? そこですか?」
――ああ、小悪魔は俺が多数、嫁がいることを知らないんだった。そういえば召喚して二十分も経ってない。
普通ならパチュリーは、だめよ! なんて言って、俺と小悪魔を離すんだろう。それを期待していた小悪魔だったみたいだが、予想に反して、一人占めはだめだ。と言った。これは小悪魔からしたら驚きも驚きだろう。現に今、目を点にしている。
俺は抱きついている小悪魔に説明した。
「こあちゃん、俺は九人の嫁がいるんだ。その子は俺の嫁ではないが」
パチュリーを見て。まだパチュリーは小悪魔に名乗っていないからな。パチュリーと言ってもわからないだろう。
「……? あー! だから一人占めはだめなんですね! わっかりました!」
驚かないのだろうか? 九人だぞ? 九人。まさかこれって別におかしくないんじゃ……。
「魔界では一夫多妻って結構いるんですよねー! その逆もまた然り。魔界って結構自由なんですよー。魔界ですし? 悪魔ですし? おすし? いやいやおすしってなんですか、知らないですよっとえへへ」
そんなことはなかった。……。しかし悪魔以前に頭は大丈夫か? 俺の嫁に医者がいるけど紹介しようか?
頭をこてん。と叩いて舌を出す。そしてあざとく笑った。また似合うのが腹立つ。
話が進まない。全く。全然。一ミリも。いや、三ミリは進んでるか。だがたったそれだけである。
「本題に入ろうぜ」
俺の一言で、パチュリーは我にかえり、小悪魔は、ありがとうございました。頭を軽く下げて礼を言い、離れた。
――ありがとう? 礼を言われるような事はしていないが……。
見に覚えのない礼を言われたことに、少し疑問を持つ。しかし、自分は無くても、相手にとってはありがたかった事なんてよくあるので、疑問をそっと脳に飲み込ませ、考えない事にした。
「そうよ! 貴女、私の使い魔になりなさい」
「良いですよ」
「そう、なら実力こう……え? 良いのかしら?」
実力行使って言おうとしたよな、パチュリー。断られたら実力行使って。いや、断られてないが。
魔法の詠唱をしようとして、呆気にとられたパチュリー。
「ええ、良いですよ。あそこにはあまりいたくないですし。ここのがよっぽど良いです」
苦々しく、それこそ苦虫を噛んだように、忌まわしそうに、悔しそうに、これから嗚咽を出すぞ。と言った風に。見ているだけで、胸が締め付けられるような負の十面相。
「ですからここに居させてください。もう戻りたくないんです……」
なにがあったんだろうか。だが、聞くわけにはいかない。彼女の痛みは彼女にしかわからないんだ。他人の俺が抉り、土足で踏みにじって聞く事ではない。
俺も――昔も昔だが――苛められ、虐待され、心を閉ざした事もあった。しかし、俺には俺の痛みがある。これは俺だけの痛みだ。
だが、俺は嫁達とその痛みを分かち合った。今、小悪魔はそんな相手がいないのだろう。
万物の生き物には平等に、それこそ残酷に、心の痛みを持っているんだろう。それが、俺の考えだ。
「……わかったわ、契約するわね」
少しの沈黙の後、詠唱して、小悪魔と握手をした。すると、小悪魔の手の甲に魔方陣が浮き出た。
これで契約は完了よ。そう、パチュリーは言って、俺は小悪魔を見た。
今までの苦々しい顔は、元からなかったかのように、晴れやかな顔をしていた。
「いやー、ありがとうございますー。これで忌々しい魔界に戻らなくてよくなりました!」
「いや、こちらもありがとう。私はパチュリー・ノーレッジよ」
「先も名乗りましたが小悪魔です!」
無表情で自己紹介したパチュリー。晴れやかに名乗った小悪魔。握手をした。
その手にある魔方陣がこれからの俺達を祝福する架け橋とならんことを――願う。