月の下の紅い館
蝙蝠が嬉々として飛ぶ。どんよりと曇っており、鬱蒼とした木々が、蝙蝠が、月が、雲が、その不気味さを増大させる夜。
月の下。分かりやすく言えば、門の前で一人の女性と多数の男が戦っている。端から見れば女性の方が圧倒的に不利。と、言えるだろう。しかし、逆に圧倒している。
その女性の強さを知る、館の玄関前で見ている紅目のタキシードを着た男。神楽は真剣な表情でその女性の戦いを見ていた。
「は! せやぁ!!」
――鮮やかで、尚且つ華があり、力強い。
俺は今、門番としての、初仕事をこなしている美鈴を見ている。
まあ、強いと言えるだろう。人間相手には。
美鈴は飛び道具等に苦手意識を持っているようにも見える。
純粋な体術を得意としているからだろう。気を使うと言っても、それを放出して当てる事が出来るとしてもだ。体術専門の美鈴は、受け流す事が出来ないから苦手なんだろう。
門番は凄く辛い仕事だ。
何故かと言うと、昼夜問わず門の前に立ち、主に牙を向ける奴がいれば戦う。敵との戦いに最小限の力を使って戦わないと、集中力が切れ、妖力も切れる。そして不測の事態や奇襲等を受けてしまうのだ。昔――それこそ二億年以上だが――親友に聞いた話だ。門番をやってるとやはり妖怪が来る。それをいちいち全力で相手をしていたら此方が殺られる。のだと。
それを心得ているのか、美鈴は全力を出さず、軽く――と言っても妖怪の力だ。軽く頭を殴るだけでも人間は気絶したり死んでしまうだろう――相手をしている。
「終わりましたー」
おっと、そんなことを考えてる内に終わっていたみたいだな。
俺は考える時に無意識でやってしまう腕組みと目積むりを解き、門の前からにこりと、手を振っている美鈴に、目を合わせ、此方も振り返す。
「ご苦労だったな。その調子でこれからも頼む」
言って、コップを創造し、そのなかに霊力の水を淹れ、美鈴に渡した。
「おっ、ありがとうございまーす! いただきますねー!」
美鈴は嬉しそうに受け取り、口をつけて喉を鳴らす。
「ぷはぁ! 美味しい!! えっ、なにこれ水ですよね? なんでこんな美味しいの!?」
そんな違うか? 昔『霊力の質によって水の味は変わる』とは小耳に挟んだ事はあるが……。本当だったのか?
いや、しかしどういう味なんだろうか。気になる。昔飲んだ事はあったが覚えていない。
「どういう味なんだ?」
「いや、えーっと……、なんて言ったらいいんでしょうか……。無味? なんですが、飲みやすさ? が全然違います! いくらでも飲めますよ!」
……わからんがわかった。だが飲みすぎないでくれよ。そんな飲んでお腹がー! っていっても仕事はしてもらうからな? 少し位なら休んでも良いが……。
「おかわりいるか?」
「お願いします!」
言って、笑顔でコップを差し出してきた美鈴。
そのコップにまた、霊力の水を淹れた。
そのあと美鈴はまたも笑顔で礼を言い、飲もうとする。しかし、少し考え、なにを思ったのか、水を淹れたコップを俺に渡してくる。
「当主様も飲んで下さいよー! なんか美味しいですから!」
「俺はいつでも飲めるが……。せっかくだ、頂こう」
俺は美鈴から渡されたコップを唇をつけ、傾ける。
軟らかい水が口に入ってきた。味は無いのだが、自然と喉が動き、飲み込む。
――なるほど、なんかわからんが飲みやすく、うまい。これを言いたかったのか。
俺は喉を通り、胃に入ってくる水に、ただ、美味い。という感想が出てきた。
「なるほどな。美味い。なんかわからんが美味い」
「でしょー!? この味を知ったら他の飲み物が飲めないですよ……」
たはは……。そう、可愛らしく照れ笑いをした。
「良かったら大きいピッチャーに入れておこうか?」
「え!? いいんですか!? 嬉しいです! ありがとうございます!」
そんなに喜ぶ事なのか……? なんか俺まで嬉しくなってくるな……。
嬉しさに動かされ、反射的に顔に表れる。そんな俺の顔を美鈴は口を開けて見ている。
「当主様も笑うんですね……」
――俺ってそんな仏頂面か? なんか少し傷付くな。
俺は眉を顰め、聞いた。
「そんな笑わないか? 俺としては結構笑っていると思うんだが……」
自分の事はあまりわからないが……、笑っているとは……思う……。多分、きっと。
いや、しかしどうでもいいんだ。
「しかし、まあ良いじゃないか。そうだ、ずっと立っていると辛いだろう。これに座って見張ってくれ」
そう言って俺は椅子を創造した。
何もない所から出てきた椅子は、誰もが見たことあるような木の丸い板に生えるようにある鉄の足四本。板の上にクッションを置いた簡易的な椅子だ。
それを見て美鈴は口を開けて目を白黒させた。
「……え? 当主様、なにかの手品ですか……?」
「手品……といったら、手品に入るかな? ただの能力だよ」
なんだと思う? そう言って俺は片目を瞑り、美鈴に問い掛けた。
それを聞いて美鈴は顎に手をやり、うーん、と唸りながらも少し考え、言った。
「椅子を出す能力?」
その時、鴉が鳴いた。その鳴き声は馬鹿にしているようにも聞こえたが、気のせいだと思いたい。
――違う、どんな能力だよ! そんな能力あまり役に立たないじゃないか!
的はずれ、見当違いも甚だしい位の答えを出してくれた。おかげで俺は心の中でつっこむ事が出来た。別にしたくはないが。
俺は閉じていた片目を開き、しかし、目を少し細め、自信無さげに答えた美鈴に言った。
「どんな答えだよ。『あらゆるものを創造する程度の能力』だよ」
だがこれも三つの能力の内、一つでしかない。なんだか俺が頼んだ二つの能力より使い勝手が全然良い気がしてならないが。
その言葉を聞いて、美鈴は目を皿のように丸くさせ、大きな声で言った。
「えぇえ!? なんですかそれ! 卑怯じゃないですか!?」
確かに卑怯だと思うだろう。だが安心しろ。能力は創造出来ないし、ゲームや仮想の武器、物や者、当たり前だが命。そう言うのは無理だ。はっきりと想像出来る物に限るらしい。
なにを安心したら良いのかわからないが、俺は心の中で誰にともなく、能力の説明をした。
「まあこの能力は戦闘にはあまり使わないんだよな。考えずに戦うから。しかも最近は魔法ばかり使っているから武器はいらないんだよ」
「ほぇー、やはりお強いんですねー……」
「伊達に二億以上も生きていない」
そろそろこの言葉が決め台詞というか、そういうのになってきたような気はするが。
なんでもそれで納得する魔法の言葉みたいな。
俺は右手を宙にぶらぶらとさせ、左手を腰に置いて語った。
「に、二億……?」
「ああ、二億」
「……今日だけで百年分は驚いた気がします……」
「はははっ! こんなのまだまだだよ!」
まあレミィやフランにも全然話していないことのが多いしな。
俺は快活に笑って、美鈴に言った。
「しかし、もうあまり来そうにない、中に入って飯だ。行こう」
「はい、分かりました!」
二人で中に入り、食堂に向かった。食堂にはもう料理が並んでいて、いつもの椅子にはフランとレミィが座って話をしていた。俺達に気が付くとむくれて「お兄様と美鈴、遅いよ! 早く食べよー!」と、フランが座って食べるように促した。
それを俺と美鈴が謝り、座って、食材とメイド達に感謝してから、食べた。
御馳走様。その言葉が食堂内に響く。メイド達は一礼して食器を下げていった。
下げ終わった所を見計らい、俺が口を開き、発声した。
「今日もご苦労様。休んでくれ。また明日も頼む」
「ありがとうございます、勿体無きお言葉です」
高齢のメイド達――使用人――は口を揃えて、一礼し、休みに行った。そして俺達も寝室に行き、三人でベッドの上で横になる。
その体勢のまま、癖の腕組み、目積むりをして、思考する。
しかし、本当に限界が近くなってきたな……。妖精をメイドにするか? いや、あまり役には立たないだろう。原作ではあの瀟洒なメイドが一人でやっていたと思う。そして妖精は役に立たないと言っていた。
やろうと思えば永琳の薬で知恵をつけたりも出来るだろう。どうしようか……。そういえば最近は嫁達に会っていないなぁ……。今頃どうしてるか……。
多少変な思考にとらわれてしまうが、頭を振り払い、これからの使用人事情について考える。
選択肢としてはだが。
一つ、妹紅みたいな子供や孤児を受け取ったり、拾ったりして使用人達に一端のメイドとして鍛えてもらう。
二つ目、妖精達をメイドにする。その場合、人間でいう給料の代わりになにかを対価に渡さなくては動かない。その上、知恵をつけなくてはいけない。
三つ目、もう適当な妖怪や襲ってきた人間を恐怖等によって心を支配する。
四つ目、メイドを無しにする。
まず、四つ目、三つ目は論外だ。
まず三つ目、恐怖で支配してもいつかは裏切られるし、まずそんなことしたくはない。
次に四つ目、紅魔館は広い。メイド無くしては掃除や食事もままならない。
案的には一つ目か二つ目が良いだろう。だがそんな都合良く、何十人も孤児とかいるか? それを考えると現実的ではないだろうな。
――消去法でやはり妖精になるか……。しかし、ふむ。妖精を集めつつ、孤児や妹紅のような子供を探し、メイドにするか……。
今日はこの辺りでやめよう。久し振りにこれだけ考えた気がするが、たまには思考の海を優雅に泳ぐのも良いだろう。脳の水泳だ。脳の犬かきが一着でゴールだ。
……、本格的に思考が危なくなっているので、寝る事にした。腕を組んでいたと思ったら、いつのまにかレミィ、フランが俺の腕を枕にして寝ていた。おかげで少し飛び起きそうになった。
――明日は妖精と人間を探すか。嫌なら嫌で無理強いはさせないつもりだし。寝よう。
そうして、眠りについた。