館に一人の客
「お兄様、そろそろ限界じゃない?」
そうだな、そろそろ面倒くささが限界だ。
俺の横に立ち、レミィが顔をうかがいながらもそう言った。
俺とレミィは今門の外にいる。何故かと言われるとヴァンパイアハンターを蹴散らしに。としか言えないのだが。
今俺達は賞金首になっているらしい。それも遊んで暮らせる程の金額を掛けられている。それを見て誰彼構わず来る。だから底をつかない。そしてもう三桁は殺している。人間からしたら少し強いのだろうが俺から見たらミジンコほど弱い。いや、ミジンコがどれくらいの強さかは知らないが。ただの比喩だ。
それはさておき、俺はレミィに「そうだな、門番が欲しい」と、返事をして空を見る。
暗く、雲の一つもない。その上蝙蝠が鳴きながら飛んでいる。後ろの紅い館、吸血鬼。どこかのゲームみたいな画だな。と言いたいが我慢する。言ってもレミィには分からないからだ。
俺は空から目線を落とし、レミィに目を合わせた。
「そういえば、なんか最近、海の向こうの大陸から赤色の服と頭に『龍』って書いてる女がきたらしいわよ? なんでも凄く強いんだとか」
「ほう。興味深いな」
それを聞いたら一人しか思い浮かばない。会うしかないな。しかしどこにいるんだろうか? 此方に来てくれたら嬉しいんだが……。
腕を組んで目を瞑り、考え込んでいる俺を見てか、レミィは付け加える。
「強い人を探してるらしいわよ? あれかしら? 『俺より強い奴に会いに行く!』ってやつ!」
レミィから聞いた話じゃそれで大体合ってるだろう。しかしそんな声を低くして言わないで良いだろ。誰の真似だよ。どこのストリートファイターだよ。
俺はツッコミそうになるが、しないで、話を続ける。
「あー、ありそうだな。ならじきに来るか? 俺としては動きたく無いのだが」
「お兄様が動く程でもないわ。会ったら私が一方的に実力を知らしめてやる。そして門番にしてやるんだから!」
頼もしい妹だよ。全く。
俺は人指し指を天に向けて決意を露にしたレミィを見て思う。
まあ、吸血鬼なら大丈夫だろう。最近はヴァンパイアハンターを殺したりしているし。
「まあ期待しておくよ。だが無理はするなよ?」
「ええ、ありがとう。お兄様」
話が終わると、レミィは俺の右腕に身体を絡ませた。
そして人間だったものを処理して、その場を後にした。
俺とレミィが玄関の扉を開けると、見える人物が一人。
「おかえり! お兄様! お姉様!」
「ええ、ただいま。フラン」
「ただいま、フラン」
フランだ。フランは待ち望んでいたかのように俺の左腕に抱きついてきた。
「お帰りなさいませ、当主様」
もう一人いた。無表情メイドだ。しかし、その顔、声、体は歳によるものか、しわがれていて、重力に負け、体を曲げている。やはり歳には勝てないのだろう。いま、齢八十なのだとか。他のメイド達も相対的に年齢が上がっている。
――そろそろメイドもいなくなってしまう。そこらへんも考えなくては。
しかしメイドなんて仕事をする子がいるのか? しかもこんな館に。
まあ、その事は明日考えよう。
結論付けて――そして明日も、また明日。また明日。と言う――終わらし、フランとレミィ、メイドを連れて、食堂に行く。
――しかし、歳を迎えてもよく働いてくれるなぁ。
三人の目の前には、俺が来た当初とあまり変わらない料理の数々が見える。
いつものように、しかしいつも以上に。働いてくれる人たちに感謝をしながら食べる。
「食べ終わったら、メイド達を全員呼んでくれ」
「かしこまりました」
メイドは曲がってる腰をさらに曲げて、食堂から出ていった。
呼びに行ったのだろう。
俺達は粛々と食事を終え、メイドが三十人くらい入ってきた。
壮観だな。
俺はレミィとフランを立たせ、自身も立つ。
俺は声をだし、食堂に響かせた。
「よく集まってくれた! そして今までよく頑張ってくれた、歳、風邪、寒さ、暑さにも負けずによく仕事してくれた! お前達はこの紅魔館、指しては俺の誇りだ!!」
「ありがたきお言葉です!」
俺が労うと、メイド達全員が応えてくれた。
俺が何故呼んだかと言うと、感謝をのべたいからだ。いつ逝くか――不謹慎だが――分からない。だから今のうちに言っておいたほうが良いと思ったのだ。
「ここで共に生き、朽ち果てよう! ついてきてくれるか!!」
「立場など関係なく慕っております故、この身が朽ち果ててもついて行きます!!」
「何処へでも参ります!」
「仰せのままに!」
色々言ってくれる。こんなメイド達を持てて俺は幸せだ。
「しかし、お前達は今まで本当によくやった! 感謝しか出ない! すまないが、言いたい事はそれだけだ」
「いえ! 当主様からそう言って頂けるなら火の中水の中!!」
あれ、そこまで慕われるようなことしたっけ? 逆に怖いんだけど。
後で無表情メイドに聞いておこう。
なんだかんだ、困った時は無表情メイドへ。的な事になっている感も否めないが、まあいいだろう。
終わった後に聞いてみたら「あなた様は私達メイドの事を気にかけたりと、私達使用人にとっては神のような当主です」と、言われた。
そんなこんなで一週間後、俺とレミィ、フランが遊んでるところを無表情メイドが眺めている中、一人の客が来た。
「ここは吸血鬼の館、紅魔館であってますか?」
頭に緑の帽子をかぶり、『龍』と書かれた星形のプレート。伸長は結構高く、出るとこは出てる。髪は真っ赤でロングストレート。全体的に落ち着いた色の服を着ている。動いた時に見える足が眩しい。
紅 美鈴だ。
「そうだが? なんの用だ?」
「あいや、私、紅 美鈴と言います!」
「ああ、海の向こうから来たと言われる?」
「はい、強い人を探してます!」
強い人を探してると言っても、抽象的だな。レミィに頼ろう。
「レミィ、相手をしてやれ」
「はーい! 美鈴と言ったわね? 私が勝ったらここの門番をしなさい!」
こらこら、人に向かって指を指してはいけません。しかもいきなりすぎだし。まだ戦うとは決まってないし。一方的だし。
心の中で思う存分つっこんでいると、レミィの我が儘ともとれる言葉を美鈴は笑って了承した。
「良いですよぉー。私が勝ったら……。どうしようかな……」
考えていなかったのかよ!!
そんな言葉が全員から――主に俺から――聞こえそうだ。
しかしそんな空気を吹っ飛ばすように美鈴は「まあ、いいや! 勝ったら決めます!!」と気合い? をいれ、構える。
レミィは構えず、自然体で戦うようだ。
結果としては美鈴の負け。まあ当たり前だろう。相手が悪い。
しかし初めてスピア・ザ・グングニルを見たな。俺もなんかそういう風なものつくろう。
まあ、門番ゲットだぜ! とでも言っておこうか。
「いやぁー、お強いですね! 文字通り手も足も出なかったです!」
「ふん、当たり前よ。お兄様の妹だもの!」
それ関係あるか? ないだろ。
美鈴は強い。中国拳法の達人だからだろうか。ただ、人間には強いが、吸血鬼等には敵わない。
レミィは自慢気に俺の腕に抱き付く。
「へぇー、おにいさんのが強いんですか?」
「そうよ! なんて言ったって元英雄で最強の半人半妖なのだから!」
「それは凄いですね!」
姦しい。そういえば、フランどこいった?
俺は美鈴と話してるレミィを見て感想を抱く。そしてフランを思い出し、辺りを探すが、それを察したのか、無表情メイドが俺に耳打ちしてきた。
「当主様、フランお嬢様は中に入りました」
「そうか、ありがとう」
「ありがたきお言葉」
先に帰ったらしいな。まあ負ける事はないと確信してるんだろう。
俺は二人に中に入るよう促す。
「二人共、入ろう」
「はーい!」
「私もいいんですか?」
いいんですか? じゃないだろうに。もう門番なんだから家族と一緒だろ。
「もう門番じゃないか。なら家族と大差ない。お前は俺達の家族だ」
これからよろしくな、美鈴。そう言って俺は握手の為に手を差し出した。
「謝謝、当主様」
差し出した手をとり、美鈴は母性を感じさせる笑みを浮かべ、握手した。
場所は変わり、館の中の食堂。
美鈴は今までご飯をちゃんと食べれなかったみたいなのでご飯を食べさせる。
俺達も軽いデザートを食べて、談笑する。
食べ終わり、本題に入った。
「さて、これからだが、君には門番をしてもらう。此方に牙を向ける奴は手加減せず殺してくれ。別に無理して殺せとは言わないが」
「はい」
「俺の家族だ。衣食住は保証しよう。勿論休憩もある」
俺がそう言うと、美鈴は主張している胸を持ち上げるように腕を組む。主張が激しくなり、僅かに目線がそちらに行くが、ふとレミィとフランを見ると、自分の胸をペタペタ触っている。御愁傷様。なにがとは言わないが。
「へぇー、結構優しいんですね」
「そうか? 普通だろ」
「いやいや、使用人や門番は必要最低限しか休めないですよ、普通」
そんな世の中の使用人はブラックな雇い主を持ってるのか? しかし、そんなときはやはりこの言葉に限る。
「他所は他所、うちはうち。お前は家族だ、そんな扱いはしない。者は物じゃないんだ」
「……、ふふ、ここに来たこと、後悔しなさそうですね」
「後悔させないさ。したなら出てもいい。去るもの追わず」
来るもの拒まず。歓迎するよ。ハンターなら違う意味で歓迎する。主に物理的な意味で。
しかしこれでいちいち面倒くさい事をしなくて済む。
ありがたい。
今日は休むように言い、浴場を案内して、着替えも渡した。それこそメイド服でも良かったんだが、メイドでは無いからな。個人的には見たかったが。
そして今日はトランプをして遊んだ。美鈴も初めてのゲームに驚き、興味深そうにやっていた。
そこからはいつも通り。
食べ、三人で寝る。
美鈴は違う部屋に案内した。比較的すぐ外に出られる場所に。
門番の仕事は明日からだ。流石に来て早々仕事をさせたくない。
今日はゆっくり休め。そう言って別れたのだ。
――明日からは相手をしないでいいのか……、時間が出来るな。なにをしようか。
そう考えながら眠りに落ちた。