引きこもりの吸血少女
次の日。
電気をつけ、時間を見る。
朝の六時半。
俺は昨日七時にメイドが来たことを考え、少し早く起きたのだ。起きた後のルーチンを終わらす。もう一度時間を見ると今は六時五十分の様だ。
――さて、時間が余ったが何をしよう。
改めて部屋を見る。
十二畳位か? それくらいの広さで天井には小さいシャンデリア。部屋に入って右奥にはベッド、ベッドの横に蝋燭。
部屋から入り、真っ直ぐの所に服を収納する棚がある。そこにはタキシード、白、黒、赤のシャツ、同じく白、黒、赤のスボン。
入って左奥に扉、その中はトイレである。左手前にも扉があり、中は簡単な風呂場と洗面所。
全体的に赤色でシャンデリアの光が上手く重なり、落ち着いた雰囲気だ。
そして窓がない。しかし別に閉鎖的だとは思わない。
見終わり、時間を見る。
六時五十七分。
――こういう時って時間経つの遅く感じるんだよな……。どうしようかな。
しかしメイドを動かすのもなんだか申し訳ないな。そう思い、俺は部屋を出ることにした。
扉を開ける。すると扉の少し離れた所に懐中時計を持って時間を見ている、昨日来たメイドが立っていた。
「あ、すまない。待たせていたか?」
「いえ、お気になさらず」
無表情で。
しかし昨日も七時になるまで待っていたのだろうか……? やはり申し訳ないな。
次はもう少し早く出ることにして、朝食に行った。
「おはよう」
俺が挨拶をしたらクレイン、クレセット、レミリアから挨拶が返ってきた。
「よく眠れたかい?」
「おかげさまでぐっすりだよ。しかしなるべく吸血鬼の生活にあわせるようにする。辛いだろ?」
「そうだね、私は別に大丈夫だが、レミィが辛いようだね」
「レミリア、すまないな」
「ううん……」
俺が謝罪をするとレミリアは船を漕ぎながらも返事をしてくれる。
「神楽君、今日はもう一人の愛娘に会ってくれないか?」
フランドールだろうか? 確か狂気があって幽閉されてると前の世界では聞いたな。
しかし両親はいるし……、愛娘と言ってるあたり悪い子とは思っていないだろう。
しかし、考えている俺をよそに、クレインは続けた。
「あの子は優しすぎるんだよ。私達は気にしないのに……」
「ほう、どういう意味だ?」
「それを話す前に食べましょう?」
クレセットが遮り食べるよう促す。
クレインと俺は、それもそうだな。と同時に言って食べ始めた。
食べ終わり、今は数多ある部屋の一つに俺とクレインで話していた。クレセットはレミリアを寝かしている。
少し神妙な顔をして、もう一人の愛娘はフランドールと言うんだが。と言って話を切り出す。
「フランは産まれた時から凄い力を持っていた。能力も凄くてね。『ありとあらゆる物を破壊する程度の能力』だってさ。気づいたら遊具を壊してしまうらしい。それで私達を傷つけたくないからと引き篭ってしまったんだよ」
「……、ふむ。俺がなんとかしよう。家族だと言ってくれるんだ。それくらいやらないとな」
「ありがとう。案内させよう」
クレインはメイドを呼んで案内するように言った。メイドは終始無表情だった。
頼むよ、神楽君。そう言ってクレインは俺を見送る。
階段があり、そこをさっさと降りていくメイド。
俺は今フランドールが引き篭っていると思われる地下への階段を降っている。
成人男性が一人と子供一人位の広さ。壁には窪みがあり、そこに火のついた蝋燭が置いてあった。しかし、それがまた不気味だ。
一分――時間がわからないが恐らくそれくらい――階段を降り、平坦な床に足をつけた。
メイドは、ここでございます。お気をつけて。と言って無表情で帰っていった。
その顔がまた恐怖を煽る様だと言っておこう。別に怖くないが。
前にある鉄の扉。その左右には火のついた松明。
――なんかゲームに出てくるボスの扉みたいだ。フランドールがボスだとしたら裏ボスはあの無表情メイドだな。
そんな事を考えながらも扉に手を掛ける。少し重いが少し力を入れたらすぐ開いた。
「だれ……?」
可愛らしい声が聞こえる。真っ暗な部屋の中から。
「俺は未知 神楽だ。クレイン達からは一応家族同然だと言われている」
「そう、おとうさまから……。おにいさまは何しに来たの?」
何も見えない中、俺と女の子は話す。しかしお兄様? 俺は疑問に思い、聞いてみた。
「おとうさまから家族同然っていわれたなら私からはおにいさまになるでしょ?」
「……確かにそうかもな。君の名前は?」
「私はフラン。フランドール」
知っているが自己紹介をしないと何も始まらないだろう。そう思い名前を名乗った。
「そうか、フランドール。お前のお兄さんだ。存分に遊んで存分に楽しもう」
「……やだ」
「それは何故だ?」
「……壊しちゃう……。この手が、この体が、この力が、この私がおにいさまを壊しちゃうの……」
そんなのやだ……。言う。見えないがフランドールは泣いている。心が、泣いている。
「俺は壊れない。絶対に。伊達に二億もの年月を生きていないさ」
「私が私じゃなくなっちゃう。その私がおにいさまやおねえさま、おかあさまとおとうさまを壊しちゃうの……」
「大丈夫。俺が治してやる。救ってやる。守ってやる。お前が外で遊んだり、壊したりしないようにしてやる」
「ほんと?」
「ああ。任せろ。お前のお兄さんになる俺は凄いんだ」
俺は見えるかわからないが自信を持って胸をはり、叩いた。
さっきフランドールが言った、『私が私で無くなる』これは恐らくだが狂気の事だろう。しかしこれは能力で限りなく零に出来る。
あとは心の隙間だろう。
「明かりはないか?」
「ない……かな?」
明かりはないらしい。炎を出したら明るくなるだろうが、火って大丈夫なのか?
レーヴァテインを使うから火は大丈夫だと思うのだが。一応聞こう。
「フランドール、火は大丈夫か?」
「大丈夫だよ」
やはり大丈夫みたいだ。そこで俺は松明を創造して火をつけた。
俺の周りが明るくなる。
床は古いカーペットが敷かれ、壁には黒い赤が付着し、天井にはシャンデリアの痕がある。見る影もない。
そして俺の足下には白い綿とぬいぐるみの一部があった。ぬいぐるみの腕だろうか。少し離れた所には足、頭部、胴体がばらばらになっていた。
周りを見ているとふと、赤い靴が見えた。そこから辿ると、足、ふりふりとした赤色の服。黄色の短いネクタイ、細長い一本の枝。それに垂れるような色とりどり、虹色の結晶。内側から薄い水色、青、紫、ピンク、オレンジ、黄色、黄緑、濃い水色になっている。とても個性的で羽の役割をしていない様に見える。
右手には形容しづらい物を持っている。強いて言えば時計の針を歪めたような棒状の物体。サイドテールにして金髪。レミリアと同じようなナイトキャップ。
顔は腕で隠している。眩しいのか?
そう思いフランドールに謝って、壁にあった立て掛けに置いた。
「大丈夫か? すまんな……、気遣いが足らなかった」
「ううん、だいじょうぶ」
光に慣れたのか、か細い腕を下ろした。
そこから見えた目は紅く、輝いていた。
――しかし暗いな。埃っぽいし何より部屋が汚い。
ぬいぐるみが散らばったり、血があったり、割れたティーカップが落ちていたりと少し汚かった。
少し仲良くなったら掃除をするか。そう決意にも似たような思いを抱く。
そんなことより、と俺は本題に入った。
「フランドール、自分じゃなくなるのが嫌か? 俺なら多分治せる。どうしたい?」
「できるの……? ならなおしたい。ここから出ておにいさまやおねえさま、おかあさま、おとうさまとあそんだり、おはなししたい」
「そっか」
少し待ってろ。そう言って頭に手を乗せる。フランドールは目を瞑った。
そして能力を使用する。フランドールの狂気の限界を限りなく零に。
少し手が光り、フランドールが目を開ける。
「なんかもやっとしたのが無くなった……」
「それがお前の病気だ。治ったんだよ」
「ほんとに……? ほんとのほんと?」
「ああ。本当だよ、もう治ったんだ」
「もう独りじゃなくて良いの? もうおはなしやあそべるの?」
フランドールは目に涙を溜めていく。
堪えきれなかったのか綺麗な涙を落とし、俺に抱きついてくる。
「ありがとうおにいさまぁ……! もうフランは独りじゃないんだね……!」
「ああ、独りじゃない。俺もいるしレミリアやクレイン、クレセットだっているさ。これからいっぱい話そう。いっぱい遊ぼう……」
抱き締め返した。少し力を入れたら折れそうな華奢な体を、力を込めて。
――しかし、今から何をしよう……。レミリアは寝ているし……。一先ずフランドールを連れてクレインの所に行くか。
思い至り、フランドールに言った。
「フランドール、クレインの所に行こうか」
「おとうさまのところ? うん!」
「よし! じゃあ行こう!」
フランドールと手を繋いで地下室から出た。
階段をのぼり、扉を開けた。開けた先に無表情メイドがいた。
「ま、待っててくれたのか?」
「はい。クレイン様が待っていろと」
「あ、ああ。そうなのか。すまないな」
「いえ。お気に為さらず」
そんな会話をフランドールは首を傾げて見ていた。
このメイドさん凄いな……。色んな意味で。
やはりメイドだからか。
わけがわからないことを考えながらクレインの所に案内してもらう。
「やあ、神楽君。どうだ――」
「おとうさま!!」
クレインが結果を聞こうとした所をフランドールが走って抱きついた。
「フ、フラン? 大丈夫なのか?」
「うん!! おにいさまがなおしてくれたの!!」
「クレイン、フランドールの中に狂気が巣食っていた。限りなく零にしておいた」
「それは……、ありがとう……。本当に……。君にどんな言葉で感謝してもしきれないよ……」
「いや、いいよ。家族同然だろ?」
出来てるかわからないが笑顔をだし、親指を立てた。
「そうだな……! 神楽! 本当に君に会えてよかった!!」
「俺もだよ、クレイン」
クレインは少し涙ぐみ、俺に感謝の意を示した。
俺はこの家族が大好きだ。一緒にいる時間なんて関係ない事をずっと前に教わった。
俺はクレインやクレセット、レミリアやフランドールが大好きだ。優しく、暖かい。少し厳しくもあり、怒鳴るのではなくちゃんと叱り、諭す。一緒にいると凄く安心するんだ。
この家族も守っていきたい。
いや、守る。
窮地には駆けつけ、一緒に笑い、一緒に泣きたい。
――これからが楽しみだ。