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東方極限想  作者: みょんみょん打破
古代編
17/67

都の傾国の美女と陰陽師




「ちょっくら旅をしてくるわ」



 いつも通りそう言ってさっさと出ていく。嫁達と娘は毎度の事で慣れたのだろうか「いってらっしゃい」以外何も言わず行かしてくれるようになった。

 まず都に向かう。今は千百五十四年だ。ただもう雪が降っており身を凍えさす位には寒い冬。雲は走り、冷風が吹き荒ぶ。

 俺は都に着き、身を凍えさしながらも、行きつけの茶屋に行く。ここの温かいお茶と暖かく迎えてくれる女性店主が好きだ。

 その店主に温かいお茶となにか摘まめる物を頼む。すると店主は凍えた心を溶かしてくれるような笑顔を見せ「あいよ! 待ってな!」と、言って中に入っていく。俺は外にある椅子に座り、待つ事にした。

 改めて空を見てみると、やはり雪が降っており、その街並みといい、雪とあいまって幻想的な雰囲気を醸し出している。

 昔だろうか、未来だろうか、俺が前の世界で生きていた時はこんな風景に憧れてもいた。今に比べて前の世界は酷く退廃的だった。そう古い記憶を手繰り寄せ、俺は感傷に浸る。

 目を泳がせ、街並み等を見ていると、横の立て掛けに吊るされた一つの傘に目が止まる。

 その傘は茄子を連想させる紫色。特徴を言えばそれだけだ。しかし、何故かその傘は不思議な魅力を出している。


 ――この傘を使いたい。なんだか可哀想だ。


 長年使われなくなり、手に取られては忘れられる。そんな思いが、悲壮感が伝わってくる。

 すると丁度と言うべきか、店主がお茶と団子を持ってきた。

 ありがとう。そう礼を言い、傘の事を聞く。


「ああ、あれねぇ。なんだか気が付いたらあったんだよ。処分は出来ないし。困ったもんさ」

「なら、もらっていいか?」

「全然良いさね。むしろ持ってってくれ」


 改めて礼を言って、紫色の傘を手に取る。そして破けていないことを確認した後、横に置いた。

 お茶を飲み、凍えた身を溶かす。そして団子を頬張った。程よくもちもちとして、美味。これで安いのだからもっと繁盛しても良いのだが、店主は「気に入ってくれた人だけが来てくれたらいいさね。ひっそりとやりたいのさ」そう言ってウインクした。上からだが、顔は美人の部類に入るのでその姿は実に絵になっていた。

 そして、俺はなにか面白い事が無いかを聞いた。

 茶屋の店主に聞くのは最早テンプレと言っても良いだろう。


「最近なにか面白い事は無いか?」


 すると店主顎に手をやり、うーん。と唸りながらも考える。


「そうだ! なんか最近は正体不明の妖が出るらしいね……。なんか異形らしいよ?」

「異形?」

「ああ。なんでも見る人によって違うんだってさ」


 ある者には顔は猿、胴体は狸、手足が虎、尾は蛇の妖怪。

 ある者にはただの女の子や町娘。

 ある者には円盤型の飛行物体。

 ある者には真っ黒の奇抜な服装をした女の子。

 十人十色、見えるものは違うらしい。前の世界で言う都市伝説の様だ。

 店主はふと思い出したかの様に話を続けた。


「あと、帝様の嫁さんは絶世の美女らしい。でもその姿、実は妖なんだってさ。その事を聞いて帝様は陰陽師を雇ったみたいだねぇ。結局夫婦って言っても形だけなのかねぇ」

「ほう。面白そうだな。じゃあ代金はいくらだ?」


 そう言って傘を持ち立ち上がる。


「んー、三銅でいいさね」

「ふむ、ん」


 そう言って七銅渡した。

 それを見て、店主は驚き、「四銅多いじゃないか! 受け取れないよ!」と、焦りながら言ってきた。


「情報料と店主の別嬪顔が見れたんだ、これでも安い」

「あ、あんた……」


 ――少し格好つけすぎたな。


 そう思い、店主の顔をみると、赤くしていた。

 そして一言「あ、あんたいつか背中刺されるよ……」それを聞き届け、俺は後ろを向き、背中越しに手を振って歩きだした。


 さて、次はその正体不明を探すか。そう思い、俺は紫色の傘をさした。なんだか喜んでいるようにも感じ取れる。

 俺は人通りのあまり無い場所に行き、妖力を探した。すると都合良く、少し先に歩いてる女の子がいた。


 黒い艶のあるショートヘアーに黒の短いワンピース。黒のニーソックス、太股の絶対領域と言われるものが眩しい――見た目黒いのに眩しいとはこれいかに――そして赤い靴。


 これだけを見てもこの時代では奇抜に感じるが、最も目を引くのは――太股だがそこじゃない――背中の羽根らしき物だろう。その女の子の右背中には三対の鎌のような形状で赤く、硬く、その上切れ味が良さそうな羽根。左は三対の青い矢印のような羽根。そして手には緑の蛇をつけた三又の槍。


 封獣 ぬえ。そのものだった。

 俺はぬえだと知っていた。だからぬえの能力は効かなかったんだろう。

 何よりその姿を見ても“ただの町娘”としか見えていない様に素通りしている街人が証拠だろう。


 早速その子に声をかけた。


「君は……封獣 ぬえで良いね?」

「な、なんで私の名前を知ってるの?」


 ぬえは明らかに警戒している。そりゃそうだろう。雪だからといっても紫色の傘をさしているのだから。


「君は妖怪だ――」

「だから何さ。あんたも私を退治するの? 私はこれでも妖怪で強いんだよ?」

「いや、違う。俺も一応妖怪なんだ」


 半分人間だけど。を付け加えた。するとぬえは幾分か安心したのか、ほっと白い息を吐く。


「なんだ、仲間か。私はぬえだよ。よろしくね」

「ああ、俺は未知 神楽だ。よろしく頼む」

「それで、一体全体なんの用なのさ?」

「いや、お前陰陽師達に狙われているだろ? いつか退治されるぞ? そこで、とはなんだが。俺と一緒にに来ないか?」


 俺は簡潔に言った。するとぬえは少し考え、了承した。


「……わかった。行動を共にしよう。最近は逃げるのもやっとなんだ。一人だけ桁違いに強くてさ……」

「……誰だ?」

「んー、なんか安倍晴明って他の陰陽師は言ってたなー……」


 安倍晴明。二大陰陽師と呼ばれる者だ。

 霊力も莫大で札を操るようにして色んな陰陽術を使うと――妖怪達から――畏れられている。

 その一方で人間からは救世主だと呼ばれている。しかしその強さを妬む者も、また、やはりと言うべきか。いるようだ。

 そう言えばさっき風の噂で聞いたんだが、帝が雇った陰陽師がその安倍晴明なのだと。


 ――これは早々会いに行き、忠告するべきか。


 そう思い立ったが吉日。俺は今度また会う約束をして、お土産を買った後、帝の嫁の所に向かった。

 俺は寒空の中、飛んでいる。向かう先は大きい城のようなもの。帝邸とでも言っておこう。

 周りを飛んでいると窓から見ている女性と目があった。その女性は少し驚きながらもこちらをずっと見ている。その容姿、漂う気品さ。恐らく帝の嫁だろう。

 俺はその女性がいる所に向かい、窓を開けるよう催促した。するとなんの躊躇いもなく開け、俺に静かに問いかけた。


「お前妖怪だろ? こんなところに妖怪が何しに来たんだ?」

「半分正解。それにお前も妖怪だろ」

「……なぜそれを?」

「最近、噂になってるぞ? 帝の嫁が妖怪だってさ。それに帝は安倍晴明という最強の陰陽師を雇った」

「なっ!? やはり顔だけしか見てくれないのか……」

「なにか悩みがあるなら言え。逆に言えばそれしか出来ないが」


 俺は未知 神楽だ。よろしく頼む。そう言って懐からお土産を出す。それを神妙な顔つきで女性が受け取った。


「私は玉藻前と呼ばれている。よろしく」


 玉藻前と言った女性は肩につくかつかないかの長さの金髪で、傾国の美女と謳われるに恥じない程、顔が良い。そして真っ白の着物を身に付けている。


 今は尻尾も耳も出していないが、後の八雲 藍だ。

 玉藻前はお土産を開ける。すると中には油揚げ――俺がここに来る前に買った物だ――が入っていた。それを見た瞬間、目を輝かせ「お前いいやつだな!」と、言って美味しそうに頬張っていた。

 しかし俺はまだ外にいるのだ。


「……入って良いか?」


 俺が遠慮気味に言うと玉藻前は食べていた物を飲み込み、恥ずかしそうにして「すまん。入ってくれ」そう言ってくれた。



 そこから通い、少しづつ仲を深めた。そして俺は今、宿にいて、思考の海を泳いでいる。


 玉藻前は人間が好きらしい。人並みの愛が欲しいのだ。だが妖怪、人間とは相容れない。

 玉藻前は人間に化けてここに来たらしい。そこで帝に目をつけられ、プロポーズを受ける。


 妖怪である自分を隠し、人間と夫婦になれば私も人並みの愛を知ることが出来るんじゃないか。


 しかし待っていたのは人並みの愛じゃなく監禁にも似た生活だった。毎日この部屋から出ることもあまり出来ない。ご飯も持ってこられ、風呂も女の付き人が必ずいる。


 そんな毎日が嫌なのだと。好きでもない相手に監禁されるのは辛い。だが受けたのは自分だ。今更後悔しても意味がない。

 そう悩んでる所、俺を見つけたのだと。


 出たくないのか? とは聞いたのだが、本当に私を退治するのかを見たい。もし攻撃されたら逃げる。しかし私を妖怪だと知っても尚、退治せず夫婦としていてくれるなら私も帝を愛する。だと。


 俺はあまり考えが思い付かず、寝ることにした。しかし、なにか嫌な予感がする。玉藻前を見てくるか。












 私はいま逃げている。私が寝ている所、戸が開かれいきなり切りつけられた。私は飛び起きて、窓を割り屋根を伝って逃げているのだ。

 私はちらっと後ろを見る。しかし、やはり“追ってきている”

 そう。追ってきているのだ。人間が妖怪である私の速さについてきている。その上ここは屋根なのだ。あまつさえ札を投げてきている。


――こいつ……! 何者だ……!! 私はただ愛が欲しかっただけなのに……! どうしてこうなったんだ!


 思えば帝に告白を受けた時からだろうか。あのときからどんどんつまらなく、愛なんてない日々をおくった。夫婦とは名ばかり。顔だけを見て、私を物と見ている。


――これなら受けるんじゃなかった!


 後悔先に立たずとはこの事か。身をもって学んだ私はまだ札を投げてきている男を見やる。

 尚も札を両の手で巧みに操り、仕事をこなそうとする陰陽師。

 なんとか十の札を避けてここまで来たが、九尾の私でも流石にずっと避ける事は出来ない。


――危ない!


 そう思いながらも避ける事が出来た。しかし、その札は囮だった。


「……ッ!?」


 足を見ると肌が焼け爛れていた。陰陽術を施した札なのだろう。

 今のが避けさせる札で本命はこちらだったのだ。

 やられた。そう思う時間すらなく、落ちて、地面にぶつかってしまった。私は足を庇いながらも必死に逃げる。


 しかし、その男は息を乱すことなく言った。


「全く……。手間をかけさせないでくれ。九尾の妖怪」


 男は私の正体を知っている様だ。仕方なく、妖力を開放する。

 私の周りを禍々しい妖力が包み九つの尻尾が姿を現す。

 しかしその男は平然と、飄々としている。


「無駄だよ。僕には勝てない。妖ごときが僕に敵うと思ってるのか? 天敵だよ?」


 そう言い、札を手の隙間に挟む。

 やってみなければわからないだろうと口にすると奴は鼻で笑った。いや、嗤った。


「陰陽師で最強の僕に勝てると思うな! 妖怪が!!」

「お前こそ。私をただの妖怪じゃないことを忘れるなよ! 人間が!!」


 そうして戦いが始まった。

 私は妖力で治した足で奴を蹴る。しかし霊力で固めた腕で簡単に止められた。

 次にその止められている足をそのままに、片手で狐火をお見舞いする。その隙に距離を取る


 狐火が相手を焼いた。そう思った。だが奴はあろうことか霊力で狐火をかき消したのだ。

 その光景に私は一瞬驚いた。驚いてしまった。


 奴にはその一瞬で良かったのだ。札を投げられたのに遅れて反応し、避けきれなかった。陰陽師の札を、最強と謳われる者の技をくらってしまったのだ。



「……ッ!? ギッ……!」


 少し遅れて傷みが体を、脳を支配する。

 その隙も逃す訳もなく、男は私に札を投げつけた。

 いたるところに当たり、いたるところが焼け爛れていく。


――ああ、最後に神楽と話したい……。優しくて、好きなものをくれて、ただ話しているだけなのに格好良くて、私のす……き……。


 最後の言葉を言う前に力が出なくなる。


 遠のく意識の中、少しだけ神楽の声が聞こえたような気がした。






「全くもって不愉快だ……。俺の大事な友人を。俺が傷つけるならまだしも、誰かも知らない男に傷つけられるとは、不愉快だ。実に不愉快だ。殺してやりたい。しかしそれを守ってやれなかった俺をもっと殺してやりたい」


 そう言いながら俺は玉藻前の怪我を治す。


 目の前の男を殺したい。どう処理してやろうか。

 それをよそに安倍晴明はまた増えたか。とでも言うような顔をする。


「面倒だなぁ。お前は強そうだけど、無駄に戦いたくないんだよね。疲れ――」

「吹っ飛べ」


 不意打ちは基本。一気に近づき、顔面を思いっきり殴る。それに反応出来なかったのか、はたまたしなかったのかは知らないがそのまま吹っ飛んだ。

 後ろの家にぶつかり、壁をぶち破り中で止まった。幸い中には誰も居なかった。


――死んだか? 結構力をいれたからな……。


 少しすっきりして玉藻前を背負う。


 その時、絞り出すような声が聞こえた。



「神楽……、後ろ……」


――後ろ……?


 玉藻前の声が聞こえ、後ろを確認すると真後ろに安倍晴明が札を持ち、構えていた。しかし、その顔、姿、霊力からは修羅の如く怒りが垣間見える。


「……お前人間か?」

「人間だよ。最強のな。お前のような妖怪は生かしては置けない。ここで殺す」

「ほう……、面白いことを言う。お前。それで本気か?」

「なに――」


 また近づき殴り吹っ飛ばす。


「それで俺に勝てると思うな? ただの人間が。俺を殺したければ人間をやめて、一万年修行しろ。だがまあ」


 俺はその頃にはもっと強くなっているがな。そう言って後ろを向いた。


 しかしまだ死んでいない。何故か奴は生きて、無傷の状態でこちらに歩いてくる。


「…………」

「…………?」


 俺はもう一度振り返り、安倍晴明と無言で向き合う。安倍晴明はなにも反応が無く。何故か口を三日月の様に歪めている。


「フフフッ……、アハハハ……!」

「なんだ、気色の悪い」


 嗤うように笑う。


「僕がどれだけ待ちわびた事か……、あの日、両親を殺されてから復讐を誓ったんだ……。強い妖怪は殺すってさぁ……!!」



 そしてやっと強い妖怪に出会えた!! 言い終わるや否や札を数枚投げて、一気に距離を縮めてきた。

 俺は瞬時に構え霊力のみ五割出し、札を弾いて安倍晴明を殴り飛ばす。

 どうやら武術の心得は無いみたいだ。大振りで避けることをしない。

 しかしそれを補える程のタフネス。


――早く玉藻前を寝かしてやりたいし、俺も寝たいし一思いに殺るか。でもな……。


 いや、やはりここは逃げよう。今安倍晴明を殺してしまうのは人類的に惜しいし俺も楽しめない。


 なによりまた戦いたい。能力が気になるしな。


「安倍晴明、今回は許してやる。もし俺を殺したいなら妖怪にでもなって俺を探し出せ。俺の名は未知 神楽だ」

「逃がさない。殺す、殺す。殺す」

「喧しい、じゃあな。また会える事を願って」



 そうして俺は目にも止まらぬ速さで玉藻前を背負い直し、飛び立った。

 その間も安倍晴明は殺気の籠った目で俺を見ていた。


――妖怪になってくれたら戦ってやろう。待ってやるのも一興。寿命かなにかで死ねばそれまでの男だったってことで。


 そして俺は玉藻前を背負い、永遠亭に帰った。


              

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