西行妖と封印 後編
「う、うそ……、ゆ、幽々子……。いやああぁああ!!」
「幽々子様!!」
悲痛の叫びをあげ、しゃがみ、塞ぎこんだ大妖怪、紫。
妖忌もまた、見てしまった。
主人の姿を。
美しくも禍々しい妖気を出しながら、満開になっている西行妖。そのすぐ下には
幽々子がいた。しかし正確に言うならば、幽々子“だったもの”だろうか。は、胸に小刀を刺し、血を出していた。
そこから少し離れた所で紫と神楽、妖忌がいた。
なぜこうなったか。それを知るには少し時を遡る必要がある。
俺は今紫と白玉楼で世話になっている。
幽々子と一緒に紫を弄ったり、妖忌と修業していたり。
妖忌と戦ってみてわかったが、あいつはおかしい。
なんだよ時を斬るって。
しかも妖忌の太刀筋を予想しづらい。
気づいたら斬られそうになっている。そしてよくよく妖忌を見ていると、最初は遅くしているのだが、どんどん振り下ろしたりの行為を早くしていることに――うまく説明出来ないが――気づいた。
その事を聞くと「ほっほっほっ……、流石は神楽殿です」と、誉められたのかはよくわからんがそう言われた。
しかし、そんなことをしていてもどんどん時間は過ぎていく。
刻一刻と迫ってくる満開の時間まで何も思い付かずにいた。
そしてとうとう満開の時が来た。
見惚れるくらい美しい。けれどその美しさには棘『死』がある。その言葉がありありと思い浮かぶ様だ。
俺と紫、妖忌は庭にある西行妖に近付くことが出来ずにいる。
西行妖が枝で絶え間なく攻撃してくるのだ。
しかしそんな俺達を嘲笑うかの様に、幽々子だけを導く。
幽々子は光のない目をしていて、おぼつかない足取りで西行妖に向かっている。
俺達は枝を切り落としたりしているが、無数にある物の中の一本を斬った所で意味がないのだ。
斬った所から再生、その間、違う枝が無数に迫ってくる。
その繰り返しだった。
妖忌は少しづつ傷ついていく。
流石の紫も辛いようだ。
かくいう俺も少し辛い。
幽々子は懐から小刀を出し、迷いなく横向きにし、自分の胸に刺した。
俺達はいきなりの事に反応出来ずにいた。
「う、うそ……、ゆ、幽々子……。いやああぁああ!!」
「幽々子様!!」
血を吐き、仰向けに倒れる幽々子を見て、紫は悲鳴をあげ塞ぎこむ。妖忌は主人が自害した事で枝に集中出来ないでいる。
紫は今、格好の的だった。
「紫!!」
俺は咄嗟に紫を抱きしめた。その瞬間、無数の枝が俺を襲う。足に、体に、腕に、頭に。
軽く刺さったり鞭のようにしなり、当たる。
「か、ぐら……? ふふ……、ねえ。私は大切な友人すら守ることは出来ない。なんて無力な妖怪なのかしら……」
光のない目をして紫が問う。
「紫……。今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ……! 封印するなら今しかないんだ! 幽々子を永遠の苦しみから助けてやれ!! それがお前に出来る最期の手向けだ!!」
俺から激励を受けて、光を取り戻す。
「そうね……、こんなところで立ち止まってられないわよね……。神楽! 封印する!! 時間稼ぎをお願い!!」
足は震え、涙を我慢しているがその姿は気高く、美しい。
「何時間でも稼いでやるさ……! 今の俺に出来るのはそれだけだ!!」
――そうだ!! 妖忌はどうしたんだ!?
俺はふと妖忌に違和感を抱く。そしてさっき妖忌のいた場所を見た。
妖忌は横っ腹に血を流し、刀を杖にしてなんとか立っていた。
「妖忌ィ!! 無事か!?」
「ぐぬぬ、この妖忌、一生の不覚……」
「あとは俺に任せろ!! はっきり言って邪魔になる!!」
「ぐ……。わかりました。しかし、神楽殿……。無理はなさらないように……」
俺の言葉を素直に聞いて、下がってくれた。
そして俺は初めて本気をだす。
霊力、妖力共に十割。
「スゥー……、ハァ!!」
土や石が弾け飛ぶ。空間が歪み、擬似的に地震が起きる。
西行妖は俺を最優先に倒さなければいけない敵だと判断したのか、全ての枝が俺を襲う。
俺は全身を全力で硬化する。
無数の枝が当たるが全く痛くない、なんとも思わないのだ。
俺は西行妖に向かい、全身全霊の一撃を打った。
しかし、やはりと言うべきか。全く意味をなしていない。
――有効打は……? いや、俺はあくまで時間稼ぎだ。
ちらっと紫を見ると、手を幽々子の方に伸ばし、何かを口ずさんでいる。恐らく封印の呪文か何かだろうな。
そこから数分経った。
俺はずっと相手の攻撃を食らっていた。
幸いな事に、枝一本はそんな痛くはないし、俺以外を狙うことも無かった。
「神楽! 出来たわ! 下がって!!」
「了解! この惨劇を終わらせろ!!」
「ええ! 『境界封印』!!」
下がり、勝ちを確信したからか封印を見ているとふと思った。
――無粋かも知れないけど。……、あの技の名前、ありきたりだな。たった今考えたのか……?
そんな事を考えながら封印を見届ける。
幽々子の体は光に包まれ、西行妖の木の下に沈んでいった。
さっきまであった幽々子の体は無くなり。辺りにまばゆい閃光が走った。
その後、満開だった西行妖の桜は蕾になった。
「終わった……。……、幽々子……!」
紫は友人の死を思い出し、泣き崩れた。
そんな紫に、俺は声をかけた。
「紫、幽々子は生き返るさ……」
「そういう励ましはいらないわ……! 無茶苦茶な事を言わないで!」
「そうだな。今日は寝よう。疲れた」
「ええ……」
そういえば。と、俺が下がっていた妖忌を探す。
すると妖忌は庭で気を失っていた。
「妖忌、今日はゆっくり休め」
そういって、治癒能力をあげた。
妖忌の傷はみるみる内に治っていき、出血で青くしていた顔は安らかなものになった。
俺が妖忌を背負い――野郎を背負いたくはないが――適当な部屋の布団に運ぶ。
俺と紫も適当な部屋を選び、一緒に寝た。
次の日、居間に行くと一人の、いや。亡霊がいた。周りに小さな幽霊を数体浮かばせて。
「幽々子!!」
「ん~? どなたかしら?」
「え……? 冗談はよしなさいよ……。貴女は西行寺 幽々子よね……?」
「そうよ~」
「なら――」
「その話は私がしましょう」
そう言ってどこからか現れた彼女は。
緑色のショートヘアーで右側の髪が長く、青い目をしており、帽子は――なんと言ったらいいんだろうか、わからないが――下側にフリル? がつき、そこから金色の板らしき物が出ており、後ろ側には赤と白の布が見える。
服は白のシャツを着て、その上に青いベストのような服を着ている。
青いベストの肩には金色で何かの字が見えるが、読めない。
そして下はスカートをはいている。
身長は別に低くはない、永琳とそう変わらないのでは無いだろうか。
右手には懺悔棒を持っている。
四季 映姫だ。
ヤマザナドゥは役職名で。
それぞれ、ヤマは閻魔。ザナドゥは楽園なんだそうだ。
彼女の話を簡単にするとこうだ。
亡霊はいつか幽霊に戻って、閻魔の裁判を受け、天国か地獄に行くか、転生する筈だが。幽々子は例外らしい。
西行妖の封印の力によって亡霊になった幽々子は、封印を解かない限り、幽霊に戻る事はない。
そこで閻魔は彼女の能力を有効に使おうと亡霊のままで、この白玉楼に永住させる事にしたのだと。ただ、記憶は無くなっているが。
それを聞いた紫は泣き、笑いながらもこう言った。
「前も親友になれたのだから今回も親友になれるわ!」