竹取物語
六百二十三年の、朝。
俺は諏訪子達の神社に帰る。
この先、少なくとも六百七十二年になるまでは暇だからだ。
「ただいま」
「お帰り、神楽。ねえねえ聞いてよ! 神奈子って料理出来ないんだよ」
挨拶をすると、すぐさま、諏訪子から返事がきて、そのままの勢いで口走った。
「あ、いや、出来ないんじゃないんだよ。これはだな。……そう! 苦手なだけなんだよ!」
神奈子は何故か焦り、苦手なのだと言う。
何故焦るんだろうか……。
俺は、考えてもわからないので、神奈子に聞いてみた。
「なんでそんなに焦ってるんだ?」
「そ、それはだな……。女が料理出来ないなんてみっともない……、だろ?」
――ああ、神奈子はそれで焦っていたのか。
別に気にしないのに。
可愛らしい事に、神奈子は料理出来ない事が俺に伝わって、焦っていたようだ。
「別に気にしないさ、むしろそんなことで俺がどうこう言うと思ったのか?」
そう、俺が問い掛けると、神奈子は少し顔を俯かせ、チラチラとこちらを伺う。
「……、好きな人にばれるのが怖かったんだ……」
少しの沈黙の後、理由を口に出す。
……、かの軍神も恋愛事には弱いみたいだ。
「え? なにこの空気。私置いてきぼりじゃん……」
諏訪子が横で、きょとんとしたような顔でこの空気に突っ込んだ。
一悶着もありながら、早くも、しかしゆっくりと年は過ぎる。
そして、時は竹取物語の六百九十年。
俺は神社を出て、都に来ていた。
適当に大きい屋敷を隠密で見ていく。
しかし、居ない。
そこで俺は少し方法を変え、一番大きい屋敷から見ていく事にした。
都を歩いて見てみると、一際大きく、門番がいる屋敷が見えた。
ここに入ってみるか。
だが警備が厳重だな。
ふむ、夜にまたきて潜入しよう。
そこから夜になるまで、団子を食べたり、散歩したり、武器を見たりして時間を潰す。
そして夜。
俺は再び屋敷に来た。
相変わらず、警備は厳重だが、まだ暗闇に隠れればばれないだろう。
俺は身体能力だけで塀を越え、屋敷に侵入する。
入った所は庭のようだ。
小さい木の物影に隠れ、屋敷の敷地内を見た。
今は料理を運んでいるらしい。
所忙しと、従者だろうか?が料理を持って動きまわっている。
その間も隠れている。
どうやらばれていないようだ。
しかし時間が悪かったか……、久し振りに、輝夜に会えるからか焦ってしまった。
まあ、戻りはしないが。
俺は少し落ち着くまで待ち、動きだす。
速くも音を立てず、慎重に。
俺は廊下を歩いてると、曲がり角から何者かが歩く音が聞こえた。
部屋があったので、咄嗟にそこに入って、息を殺す。
過ぎていったのを確認し、部屋を出る。
そのまま歩いてると戸越しに綺麗な女の声が聞こえる。
「あー、毎日下らない男、しかもおっさんばかりに求婚されるとかなんの拷問なのよ。……、ふふっ、だけど、藤原と言ったかしら? あの男、顔を青くしてたわね。全く滑稽だわ。うふふ」
……これは輝夜だろうか?いや、十中八九輝夜だ。
俺は部屋に入る。
「!? 誰? 勝手に入るなんて無礼者は」
戸が開いた事にびっくりした後、無表情にする輝夜。
「えっ……、神楽……!?」
しかし、俺の顔を見るや否やそう問い掛ける。
「ああ、神楽だ。久し振りだな、輝夜」
「本当に神楽なの? 神楽は大戦で死んだか、寿命で死んでいる筈よ?」
あれ? 輝夜にいってなかったか?
今まで寿命を操ってたんだが。
その事を輝夜に言ったら、輝夜は驚いた顔をしながらも納得してくれた。
ついでに半妖になった経歴、今までの事と永琳がどうしてるのかを聞いた。
俺が語る時は終始楽しそうに聞き、時には激しく笑い、時には軽く涙ぐむ、時には怒る。
途中からは俺も気が良くなり、お伽噺やなにかの物語を語るかの様に、抑揚等を駆使して今までの事を輝夜に伝えた。
「あ、思い出したんだけど、永琳が凄く怒ってたわよ?」
「な、なに? 本当か?」
新薬飲まされないだろうな……?
いや、甘んじて受けるか。
俺が守る為とはいえ、無理して永琳を心配させ、泣かしたのは事実だからな。
しかし、二億年ぶりに会えるのか、楽しみだ。
「本当よ、でも本当に生きてて良かったわ。あの時、永琳は一億年位引きずってたのよ?」
そんなに愛されていたんだな……、幸福者だよ。本当に。
そのあと、少し話をして屋敷を出た。
もう遅いからだ。
暇な時は輝夜に会いに行き、会わないときは団子を食べたり、酒を呑んだりもした。
その間に俺は迷いの竹林に永琳と輝夜を逃がす事を紫に伝える。
そういえば紫は着々と幻想郷を作っている。
粗方出来たらしい。
あとは住民達なのだと。
これであとは永琳を待つだけだ。
七百七年。
竹取物語もそろそろ終盤だ。
兵士達が輝夜を守る中、俺は隠れて見ていた。
因みに輝夜は俺がいることを知っている。
ざわざわと兵士が騒ぎ出す。
口々にこう言う。
なんだあれは!
おかしい! こんなの普通じゃねぇよ!
そういって空から現れたのは、牛なのだろうか、牛が何かの小屋の様なものを引いている。
それは優雅に降りていき、地面につく。
小屋から出てきたのは五人程の男。
男達はそれぞれ武装している。
その中のリーダーらしき男が兵士には目もくれず、輝夜に向かって口を開いた。
「お久し振りです、姫様。お迎えに上がりました」
「嫌ね、その格好が迎えに来た格好なのかしら?」
そう輝夜に言われ、男は黙る。
しかし、また男は言った。
「さあ、月に戻りましょう」
月人がそう言うと、小屋の中から一人の女性が現れた……。
「姫様」
「永琳……」
そう、永琳だ。
永琳は輝夜に近づき、こそこそと二人こからは早かった。
永琳が一瞬で弓をどこからか取りだし、射った。
その矢はさっきまで喋っていた男に、飛んでいき美しい放物線を描きながら額を射抜く。
男は脳汁をぶちまけながらも矢に当たった衝撃で後ろに倒れる。
他の男達、兵士は唖然としながらも永琳を見る。
その隙に、俺は身体能力だけで音速になる。
その勢いで、残りの月人を首を折り、手を手刀の形にして首をぶった切り、もう一人はすれ違い様に心臓を抜き取り、最後の一人は顔を掴み、雷を流す。
「よう、永琳、久し振りだな」
俺は雷で白目を向いて、口から泡を吐き、鼻、目、耳から血を流し、焦げていく月人を頬り投げながら言った。
「かっ……、神楽……なの? 本当に、神楽?」
永琳は俺が生きていた事に驚く。
「ああ、本当に俺だよ」
「生き……てる? なんで無事だったの……? 絶望的だったはずよ?」
長話になりそうなので迷いの竹林に行くように言う。
「話は後でしよう、まず逃げるぞ。紫」
「はーい、久し振りね、神楽」
スキマから出てきた紫はあの頃とは違い、すっかり大人になり、見るものを魅了するような妖艶な女性になった。
俺は紫を呼び、永琳と輝夜を迷いの竹林に送るよう言った。
「紫、先にこの二人を竹林に送って、適当な広場で待たして、俺を迎えに来てくれ。俺は後始末する」
「……分かったわ。後で迎えにくるわね? お二人さん、此方にいらっしゃい」
俺は永琳と輝夜がスキマに入ったことを確認し、後始末の為、動き出した。
正直に言うと、これを見た奴の始末だ。
もし兵士がこの事を言ったら面倒なことになる。
そこからは阿鼻叫喚だった。
今まで現実を認められなかった兵士を一人殺した。
そこから蜘蛛の子を散らす様に逃げる兵士。
しかし音速に敵うわけもなく、生きたいという願いが叶うわけもない。
ただ一つ幸せなのは、痛みを感じる事なく、いつ死んだかもわからないことだろう。
そのついでに月からきた物も壊し、燃やして塵も残さないようにする。
これで輝夜は月に行ったと思わせれるだろう。
「あらあら、これはまたひどいわね」
丁度いい時間に紫がやってきた。
「紫、送ってくれ」
「そのまえにその格好をどうにかしなさい?」
早速行こうとしたのだが、止められた。
そこで初めて俺が血だらけだったのを知る。
返り血だろう。
「あ、すまんな。気付かなかった。今着替えるよ」
「だめよ、そんなとこで着替えないで。人がいるかも知れないでしょ? スキマに入って着替えなさい?」
ん?何故わざわざスキマに? まあいいか。
紫はそう言い、スキマを開き、俺を入れる。
「すまんな、わざわざ」
「いえいえ」
紫はにこにこしている。
俺はスキマに入り、服を着替えようとした。
したのだが……。
「…………」
「…………?」
なんで紫がいるんだろうか。
「紫? なぜいるんだ?」
俺がそう聞くと紫はさも当たり前の様に言った。
「いたら悪いのかしら? ここは私の領域よ?」
そりゃそうだが。
なんか納得がいかない。
でもまあ、いいか。
そして俺は同じ服を創造してそれに着替える。
すると何故か紫が手を出している。
「なんだ? この手は」
「え、えっと……。こほん! その服は私が処分しておくわ」
と、何故か呼吸を少し荒くしながらも処分するから。と言った。
「あ、ああ。わかった」
俺は服を紫に渡した。
紫は服を受けとると、さっきよりも呼吸を荒く、顔を赤くし、その服をじっと見ている。
そして、笑った。
「えへへ……。」
なんだこいつ。
と少し引きながらも送る事を言った。
すると紫は我に返り、咳払いをして永琳達のいる場所にスキマを開いた。
「神楽!」
「少し待て、隠れ家を出す」
俺は想像する。
和風の屋敷を。
想像する。
未来に笑って過ごせる様に。
想像する。
永遠の時を生きる人間、蓬莱人、妖怪。
俺はそんな事を想いながらも屋敷をつくった。
「す、すごい……」
永琳が驚く。
「話は中でしよう」
そこから俺と永琳、輝夜は屋敷に入り、玄関を通り、居間に入る。
そして永琳に今までの事を説明した。
人妖大戦の事、大介の事、そこから二億年の事、諏訪大戦の事やその他の事を。
「そう、辛かったのね……、神楽。でもまた会えて良かったわ」
前と同じように永琳は相槌をうち、時には言いやすいように聞いてくれた。
「ああ、俺も会いたかったよ」
輝夜が凄く空気だ。
「ねえー? ほかの部屋とか見てきてもいい?」
とうとう輝夜は堪えられなくなり、他の部屋に探検しにいきたい様だ。
まあ好都合だし、いいかな。
そして輝夜が出ていき、少し経ってから、喋っていた俺と永琳は二人して沈黙する。
「あのさ……、永琳」
「なによ?」
ここでずっと胸に秘めていた事を口にする。
「人妖大戦の時……、俺、大事な話があるって言っただろ? 結局会えなくて二億年も経ったけど」
「ええ、そういえばそんなこと言ってたわね。なんだったの?」
言うか。
そこでテーブルの下でそっと指輪を創造する。
「永琳、俺と結婚してくれないか?」
指輪を永琳に見せて、プロポーズした。
「え……」
永琳は口を開いたまま唖然とする。
指輪と俺の言葉を聞いて、十分だろうか、いや一分も経ってないだろう。
一秒が一分にも感じる。
永琳徐々に顔を赤くしていき、涙を浮かべた。
そして。
「……、はい! よろしくお願いします!」
涙を流し、指輪を受け取ってくれた。
「これからもよろしくな、永琳」
「ええ、神楽。全く……、遅すぎるわよ……!」
永琳は俺の胸を軽く叩く。
しかしその行為さえも今は愛おしい。
そして徐々に顔を近付かせる俺と永琳。
お互いの息遣いが感じれるほど近くなった。
そのとき、勢い良く戸が開けられた。
「神楽ー! ここすごいわねー! …………」
「「…………」」
「邪魔したわ」
ピシャッと閉められる戸。
「あああのあの、ち、違うんですよ姫様!」
永琳は輝夜に見られた事で恥ずかしかったのだが、輝夜を連れ戻し、ちゃんと訳を話す。
「へえ、それでその指輪なのね。ふぅん。お熱いじゃない。ねぇ神楽? 私には指輪ないのかしら?」
ん? 何でだ?
その疑問を輝夜に言うと。
「あら?私は貴方のこと、結構好きよ? 前に言ったじゃない。考えてあげるって」
ああ、確かに言ってたな……。
「本当に良いのか? お前は第二の嫁ってことになるんだぞ?」
それを聞くと、輝夜は気にしないのかキョトンとする。
「だから? 私が良いって言ってるの。そんなこと関係無いわ。ただ、まあ……。一緒にいれる時間は欲しいわ……」
「永琳は良いのか?」
俺がそう聞くと永琳も。
「え? 私は貴方と一緒にいれるだけで幸せよ。しかも、貴方格好いいし、これから惚れる子も多いと思うわよ、しかもどうせまだ貴方の事が好きな子がいるんでしょ?」
例えば話に出てきた神様とか、妖怪とか。
と、的確に言い当てる永琳。
ぐぅの音も出ない。
「もういっそのことその神や妖怪達も嫁にしなさいよ」
「別に私は構わないわよ、貴方の好きにしてちょうだい」
まず輝夜が、その次に永琳が肯定する。
……え? 本当にか?
いや、永琳や輝夜が良いなら俺は良いが。
「ほら! さっさとプロポーズして嫁にしてきなさい! だらだらとしてたら可哀想でしょ!」
と輝夜が俺を押し出しながら言った。
え?いま行くのか?ゆっくりしちゃいかんのか?
結構緊張してたんだが。
「え、永琳! 輝夜はこう言ってるが本当にいいのか!?」
「ええ、全然良いわよ。ちゃんと貴方の一番にしてくれるのなら」
こうしてまず守矢神社に行くことになった。
結果的に、諏訪子と神奈子は二つ返事で了承してくれた。
次は紫だ。
俺は適当な場所に立ち、紫を呼び出す。
「紫、聞いてたら出てきてくれ、大事な話がある」
後ろから紫の気配がする。
空間と空間の境界線を開き、出てきた。
「さっきぶりね。大事な話ってなにかしら?」
「今日は大事な話を持ってきた。聞いてくれるか?」
俺は少し勿体振る。
「良いわよ。早く言いなさいよ」
俺は手を後ろに隠し、指輪を創造した。
その指輪を紫に見せ、告白した。
「紫、もう四人いるんだが、紫が良ければ伴侶になってくれ、勿論嫌な――」
「本当に!? やっとだわ、ずっと待ってたのよ?」
あれ、思ってたのと違う、全員同じような反応だ。
まあいい。
そのあと、嫁達はお互いに自己紹介した。
全員であと何人嫁が増えるか話し合っていたようだ。
当時の俺はそんな事を知らず、屋敷の部屋でのんびりしていた。
これから藤原 妹紅とどう接触するか考えながらも。