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海賊と孔雀の君1

 半年ほど前に船長が拾ってきた技術者は言ってしまえば我侭で、船長と良く似ていた。良くも悪くもリーダー的カリスマを持ち合わせた人物で、乗船の翌日には勝手に船員を使って船内の掃除を始め、三日後には船はピカピカ。大砲と不調気味だった船長の魔銃を修復していた。更に船内の浄化活動は徹底的に進められ、常時の深酒禁止と過剰喫煙の禁止、魔薬(魔法薬の幻覚薬で体に悪い)の撤廃。その他、規則正しい生活習慣の徹底、掃除の徹底、身なりをキチンと整えろとか、海軍張りの船内浄化が提案された。

 もちろん船長を含む幾人かの水夫たちが反対意見を出したのだが、船医と料理長がそれに賛同して多数決となり、思うところもあったのか多くの水夫が技術者に就いて、ヴィカーリオ海賊団はならず者の集まりから、戒律を持った組織として生まれ変わったのである。そして現在に至るまで、ヴィカーリオ海賊団は何とも健康的に海賊行為を続けている。お宝の入手に一役買ったりと、副船長の私を置き去りにして船長と技術者はあちこちで快進撃を繰り広げた。

 先日の旅客船の襲撃では誰よりも沢山、誰よりも楽しそうに人を殺していた。誰よりも狂人で、誰よりも船長と波長が合う男。技術者で元殺人鬼、爆弾魔の異名を持つメーヴォ=クラーガは、その冷静な性格と的確な判断力に、すっかり船内でも信頼の置ける仲間になっていた。


 で、そんな彼に買い物を依頼されて、私は雑貨屋に向かっている。その後ろに面倒くさそうな顔をした船長ラースを伴って。船から降りて久しい我々は陸地で干からびようとしていた。

「なあエトワールぅ……今日何日だっけ」

「それまた答えなくてはいけないんです?」

 この外出中、何度目かのラースの質問に雑貨店の扉をくぐりながら逆に聞き返す。ある目的のために陸に上がって三日。海から上がった海賊などと、シャレにも笑えない状況に逸早く根を上げたのは、作戦指揮を請け負う船長その人。やる事がないのは船の上でも同じだが、長年船上生活が続いていた彼は必要最低限の理由でしか陸に上がらない。

 予定より早く目的の土地に着いた。十日くらいならたまには陸で生活するか、といつものように偽名を使って港に長期停泊許可をもらい、更に船員も交代で船から降りて生活が出来るようにと港近くに大きめのコテージも借りた。そこまでやっておいて、彼は二日目には飽きたと言い出したのだ。無責任にも程がある。

 結局コテージには例の技術者メーヴォさんを中心とした砲撃班クラーガ隊の面々が寝泊まりして、ある一件で手にした古い技術書の実験をしている。揺れる船の中では出来ない精密で繊細な実験に、大ざっぱでがさつな船長はむしろ立ち入りを禁止させている始末だ。少しでも技術書の解析と、使える技術の解析をすると、メーヴォさんが意気込んでいた。毎日の経過報告の際に買い出しを頼まれた。どうせ船の調理場で使う火打ち石が無くなったと買い物を予定していたから丁度良かった。いくつかの薬剤の買い出しのメモを受け取って、私たちは現在に至ると言うワケだ。

 例の技術書で思い出したが、金獅子のところの副船長はとても美しい人だった。尖った耳のレッサーエルフ……いや、ホワイトエルフで、中性的な顔立ちの柔らかい笑顔の似合う美人だった。そう、そこにいる方のような……?

「あれ、なあエトワール。あれって金獅子の」

 ラースが口を開いた途端、彼の人が顔を歪めて誰かの手を払った。

「私も暇じゃないんです」

「いいじゃねぇかよ、少しくらい付き合ってくれてもさぁ」

 何故チンピラや人の話を聞かないグズたちは、皆一様に同じ台詞で人を引き留めようとするのか。かく言う私も、誰かを助けようとする時の台詞は在り来たりなものしか浮かばないから、得てしてそう言うものなのかもしれない。

 後ろでアラアラ、と感嘆を漏らしたラースを差し置いて、私は足を前に進めていた。

「彼、お困りのようですが?」

 棚の後ろを回ってチンピラたちの後ろに陣取り、手に持ったそれを男の背中に突きつける。

「あぁ?何だてめぇ」

「なるべく穏便に済ませたいんですがね」

「あ、アニキ、こいつ、銃持ってます……いま、俺の背中に」

「私の仲間が改造した特注の小型銃は、小さいながら中々の威力でしてね。コチラと、もう一人くらいならお腹の見通しが良くなることでしょうね」

「っ……こいつ、緑髪に赤い眼、銃の使い手……もしや魔弾のラース……っ!」

 中々ラースの名前も売れて来たと言う事か。当たらずとも遠からず。親類で顔立ちが似ているんだ。こう言う時は勘違いさせておくのがいい。

「さっさと店を出な。目障りだ」

 トーンを低めに威嚇すれば、そそくさと男たちは店を後にして行った。

「……ありがとうございます、ラース船長……ではないですね」

「どもー、本物の船長です」

 いつの間にか背後にいたラースがヘラリと笑って手を振ってみせる。

「コッチは副船長のエトワールです、金獅子の副船長殿」

 若干緊張気味の私を余所に、ラースが言葉早く紹介を終えてしまう。会釈をして、笑顔で返すしかない。それににこりと柔らかく笑った金獅子海賊団の副船長アデライド氏の麗しさを私の語録で表現出来るだろうか。

 ゲ ロ マ ブ !

 ああ、いけない。本性が露見してしまう。何て麗しい事か!一目見た時から思っていたが、本当にこの人は美しい。人ではない種の者が持つ特別な色香がある。この人を手元に置けたらどれだけ日々の生活が潤う事だろうか。その為にはあの金獅子海賊団船長ディオニージを打ち倒さないといけないが、中々高い目標だ。やり甲斐がある。

「助かりました。ああ言う輩は何処に行っても付いて回るもので困ってしまいますね」

「ご無事でなによりです」

「貴方も、ブラフがお上手で」

「お気付きでしたか」

 袖の中に隠していた万年筆を取り出して笑ってみせれば、アデライド氏は流石ですね、と苦笑する。

「あなた方がこの街にいると言う事は、目的はフェリペ司祭の蒼石ですか?」

「おや、そちらさんもクリストフ提督の宝石品評会に」

 答えを聞かずとも、その笑顔が肯定する。

 クリストフ提督はゴーンブール一帯の海域を仕切る海軍の重鎮。各界の有名どころを呼び寄せて、自らのコレクションの披露と売買を行う品評会が年に一度、今年は年明けの一週間後に行われる。そこに潜入して宝石を頂こうと計画を練っていたのだ。

「この件にヴィカーリオ海賊団が咬んでいるのは興味があります。ウチは船長がアレなので、強行突破しか策が練れそうになかったんですが……どうでしょう、今回の件で共同戦線を張ってみるのは」

 指で顎を撫でながら、アデライド副船長はその奥に隠した闇を少しだけ口元に現した。

 ああ、本当にこの人は美しい。

「……いいでしょう。立ち話も何だ。港の近くにコテージがあります。もしくは、そちらの船に参りましょうか?」

 芝居がかった口調で、ラースがその申し出に乗った。



 買い物の後のアレコレを済ませ、コテージに戻った時には午後の日も傾き始めていた。

「遅い!」

 部屋の扉を開けた途端にメーヴォに怒鳴られた。夢見心地のエトワールを置いて、俺だけで荷物を届けに来たらこの待遇だよ。俺が船長だよ?ヒドくない?ろくに顔も合わせずに荷物を受け取ったメーヴォはすぐさま机に向かって器具をイジりだした。

 コイツは大変、熱心なこった。他のクラーガ隊の手先が器用な奴らは大体同じように薬品を計っていたり、何かを調合したり組み立てたりしている。体の大きい奴らは大体掃除してるからこいつらの連携振りには舌を巻く。

 さぁて、エトワールに押しつけられたコレとアレを交渉するか……。

「メーヴォ、ちょっと話がある。手が空くか?」

「……」

「……手が空いたら来てくれ。コッチで待ってる。早めに返事が欲しい案件だ」

「……分かった」

 部屋の入り口で返事を確認し、大きなリビングの大きなソファに転がる。手元にあるその腕輪を半ば持て余すように光に翳した。月日が金の装飾をくすませているが、上等さは一目見て分かる。

 つい先ほど、金獅子の船をエトワールと共に訪れ、船長ディオニージ同席の下、アデライド副船長とクリストフ提督の品評会潜入作戦を立ててきた。その別れ際に、アデライドがエトワールにそっと渡していた品がコレだ。

「例の、蝕の民の遺物です。あの技術書がなければ活用が難しい品ですから、お持ちになって是非彼に見せてください。今日助けて頂いたお礼です」

 そう言われた時のエトワールの顔を見たか。アレ絶対勃ってた。もう手が洗えないとか言ってて身内ながらどん引きする。メーヴォに見せるために預かって来たが、ずいぶん渋られた。

「遺物ったって、こんな古ぼけた腕輪だけどなぁ」

 呟いた声に答えるように扉が開く音がした。

「ラース、話ってなんだ?」

 出て来たメーヴォの顔を改めて見てぎょっとした。さっきは気が付かなかったが、髪はボサボサだし普段はきちんと剃ってある筈の無精髭まで生えてる。隈がヒドいし、眼なんかかなり充血してて、元々の蝕の瞳と相まって魔物みたいだ。

「お前大丈夫か?」

「何がだ?」

「すげぇ顔してる。お前あんだけ俺らに体調管理させておいて、しっかり寝てないだろ」

「技術書の内容が面白すぎてな。熱中していたらこの有様だ」

「寝る間も惜しんでやってんの?次の作戦が変わったから、お前には体調整えてもらわないと困るんだけど?」

「作戦が変わった?クリストフ提督の品評会には、僕は参加しない話だったろ?」

「話が変わったんだ」

 リビングのソファに二人並んで座って、先ほどまでの経緯を説明した。金獅子の副船長をチンピラから助けた流れで、両海賊が同じお宝を狙っていると分かり、共同戦線を張る事になったと告げる。

「金獅子の旦那はあの性格だから、正面突破しか策を練る気がなくて、流石に海軍重鎮の催し物にそれはダメだろって話はしてたらしいんだ」

「あの人なら乗り込んで行ってお宝全部奪っていきそうだけどな、流石に船員が付いていけないな」

「で、前回のウチの潜入、誘導とかの作戦が見事だったからってこっちの策に乗らせてくれって話になってな」

「それ、報酬山分けじゃあ分が悪いぞ」

「大丈夫、分け前は四対六でウチが少し多めって話にしてもらった。決定済み」

 メーヴォはクラーガ隊の連中が用意したお茶と軽食を食べながら、納得したのか話の続きを促した。

「当初の予定通り、レヴの用意した偽造招待状で品評会に潜入する。そこに金獅子の旦那たちが加わる。で、人選変更だ」

 ゴクリと生唾を飲み下す。コレを言い出して生きて作戦決行が出来るかは、俺自身の交渉技術とメーヴォからの信頼に掛かっている。海でも空でも陸でも良いから、供物に成功を祈ろう。

「……で、だな。招待状は金獅子の旦那名義で、旦那と副船長が行く。公爵とその執事だ」

「ふぅん。で、僕らの役回りは?」

「俺が公爵旦那に買われた宝石商」

「僕はその使用人か何かか?」

「その案もあったんだがな、あの品評会は……その、社交会の場でもあってだな」

「歯切れが悪いな。取りあえず聞かせて貰わない事には判断出来ない」

 ふぅっと深く息を吐いて、俺はメーヴォに向き直る。

「……お前、普段からヒール履いてるじゃん?俺らの中じゃ小柄じゃん?」

「……」

 あぁー!絶対察してる!顔怖いよメーヴォさん!

「…………メーヴォは、宝石商の俺の、よ、嫁さん役を……」

 ああぁーっ!怖い!今メーヴォからクワッてオーラ出た!

「……つまり、僕に女装しろと」

「待て、まてメーヴォ!話を最後まで聞け!前に話してた、赤石!馬鹿デカいルビーの塊!もしかしたらアレらしいブツが品評会の場に並ぶかも知れないって情報を金獅子から貰ってきた!そいつもこっちの取り分に入れて貰ってあるから!な、頼む!」

 赤石の名を出した途端、メーヴォのオーラが変わった。殺気立ったそれではなく、興味を持ったと言うようなそれに。

「……いくつか聞くが」

「どうぞどうぞ」

「まず、女装するにも服はどうする」

「金獅子のところで工面してもらえる事になってる」

「……次に、カツラや化粧は」

「それも、金獅子の船の船医がコッチのヒトらしくてな」

 左の頬に右手の甲を添えるようにしてやれば、なるほど、と眉間に皺を寄せつつ、メーヴォはうなだれた。

「そのな、社交会に潜入するってのに、大柄な男四人でゾロゾロ行くにも、こう、むさ苦しいし怪しいじゃん。だから誰か一人くらいは女役が欲しいって、言い出したのは金獅子の副船長なんだぜ?」

「で、適役だと僕を指名したんだろう?」

「……ソウデス」

「全く、そんな事だろうと思った」

 軽食を食べ終え、メーヴォが伸びをして大きく溜め息を吐いた。

「ラース、作戦の終了後は予定通り即座に出航だな?別の海域でいいから、また少し陸上生活をすると約束してくれ。何度も言うが、技術書の解析と実験は海の上だけでは出来ないんだ」

「お、おう。じゃあやってくれんの?」

「赤石の為だ。今から僕は寝るから、明日金獅子のところに案内してくれ」

「え、今から寝る上に、明日金獅子のところ行くの?何で?」

「僕は何事にも完璧でありたいと思っているんだ。女装するならそれなりの完成度を出さないと、作戦の成功率に影響する。いつものシャツの上にドレスを着るわけにも行かないだろう?」

「……確かに」

「履き慣れない靴を履くなら靴擦れも出来るだろうし、普段と違う環境に慣れる必要があるだろう」

「すっげぇやる気じゃねーか!」

「何度も言わせるな。赤石の為だ」

 それじゃあ、おやすみ。と言い残してメーヴォは部屋に戻ってしまった。

「……あ、この腕輪見せるの忘れてた」

 ま、後日にしましょうかね。生きて帰れそうですし。俺は盛大に息を吐いて、ソファに突っ伏した。

 神様供物様、ありがとう。柄にも無く俺は両手を合わせて天を仰いだ。



 夕方から翌朝までたっぷり眠って眼精疲労を回復させ、いつものように身なりを整え、ラースを伴って金獅子海賊団の船を訪れた。僕はこの船を見るのは二度目で、海神の戦艦に負けじ劣らずの帆船に改めて息を呑んだ。

「よう!よく来たな」

 相変わらずにっかりと笑った金獅子ことディオニージ船長の大柄さに気圧されつつ、その紹介で船医のダニエル氏と対面した。線が細くシュッと縦に長い男。褐色の肌の色から、ダークエルフかその辺りの人外種のように見える。短く刈り込んだ髪は日に透けて銀色に輝いている。

「よろしくね」

 見るからに男の顔なのに、化粧をしたその顔は小綺麗で、人当たりの良い笑顔で握手を求められ、それに答える。

「確かに小柄なのね。そのヒールでよく海上生活が送れるわ。感心しちゃう」

 独特の女言葉に、確かにソッチの人間なのかと納得しつつ、よろしく、とだけ答える。しかし金獅子の船員にしろラースにしろ、海賊たちは皆長身で若干腹立たしい。

「さぁて、採寸とかしたいから、こっち来て貰って良いかしら?」

「構わない。色々と指導して貰うと思うが、よろしく頼む」

「そんなに畏まらなくっても良いわよ。ダニエルって呼んで」

 笑うダニエルは、どうしてかコチラの緊張や警戒を緩める。これがこの船の船医を勤めているから不思議だ。

「俺は金獅子の旦那と話してるから、いってらっしゃーい」

 ニヤニヤと笑いながら見送ってくれたラースに中指を立てつつ、僕はダニエルと共に金獅子の船の医務室へと移動した。通された医務室には既に豪華なドレスが所狭しと並んでいて、何故この船にこれだけの物があるのか聞きたかったが、ぐっと口を噤んだ。

「採寸させてね」

 言ってダニエルが巻尺を構えて来たので、服のままで?と確認を取ると……。

「脱いでくれた方が嬉しいわね、いろんな意味で」

 ジワッと嫌な雰囲気を感じつつ、格上の海賊船員相手に逆らう気にもなれずシャツを脱いだ。僕の背中を見たダニエルが小さく、あら?と呟いたが、それ以上何も言わなかった。

「今回の作戦に乗ってくれて感謝してるわ。あの脳筋馬鹿はまどろっこしい事が嫌いで、何事も正面突破しか能がなくてねぇ。流石に海軍提督が主催する社交会でしょ?だったらアンタ一人で行って来なって話していたところだったのよぉ」

 採寸を取られる間にも悠長に話をしているダニエルの、少し間延びした女言葉には緊張感がなく、この美丈夫からその言葉が出て来る事にも差違がありすぎて、思わずこっちの気も緩んでしまう。

「僕らの船長がお役に立てたようで、何よりです」

「役に立ったなんてモンじゃないわよ。前回だって、例の屋敷に正面から突破していく構えだったのよ。ホント、あの時小鳥ちゃんを連れたラース船長が来てくれて助かったわ」

 小鳥ちゃん、と言うのは鉄鳥の事だろう。いやいやそれほどでも……と呟く声が聞こえる。お前は誉められてない。

「はい、オッケー。じゃあ次はこっちのパンプス、色々試してみてくれる?」

 胸囲や腰回りなどのサイズを測られ、シャツを着たところで何足かのパンプスを並べられた。想定していた事なので驚きはしなかったが、やはり何でこんなに女物が?と言う疑問ばかり僕の中に沈殿していった。しかもこんなに多彩にサイズまである……謎だ。

「これが丁度いいですね」

「あら、この青のパンプス、綺麗でしょ。私も気に入ってるのよ」

 気に入っている、と言う事は、やはり彼は何らかの理由でコレを蒐集しているのだ。

「……アナタが履くんですか?」

「履きたいけど、残念な事にサイズが合わなくてね。見て楽しむだけなの」

 ああ、やっぱり、そうですよね?

「良かったわぁ、いい人に譲る事か出来て嬉しいわ」

 え、お借りするだけじゃないのか。ああ、でも脱出と共に出航だから……って、別に前みたいに待ち合わせをすれば返せるだろ。

「いつか、お返しします」

「あら、律儀ねぇ。さぁて、じゃあ次はカツラよ」

 両手に長い髪のカツラを持ってにこやかに笑うダニエルは、ある意味悪魔のようにも見えた。何て頼りがいのある悪魔だ……。女装する事に対して未だ冗談半分だったか、僕もそろそろ腹を括ろう。

 僕の髪色に似た緑色の長い髪のカツラを付ける。肩から流れる髪に物珍しさと新鮮さで思わず顔に出たんだろう。

「あら、可愛いわね!」

「世辞でも嬉しいです」

「瞳が大きいし、化粧映えしそう」

 そう言うものなのだろうか。化粧で女は化けるというが、男がどう化けられるものなのか、いささか不思議だ。

「そう言えば、ドレスを着るのに女の体型はどう作るんです?」

「別に、見えない所なんだし、布でも何でも詰めておけばいいのよ」

「そう言うものですか……」

「で、ドレスはどれが良いかしらね!」

 ずらりと並べられたドレスを眺めながら、ダニエルはウキウキと言った具合に選別を始める。

「パンプスが青だし、この青のドレスはどう?」

「……ああ、綺麗な色のドレスで」

 はい、と渡されたドレスを腕の中で持て余していた所で、ドレスの中についていたタグに目を取られた。

「……ダニエルさん、あの、このドレスにします」

「あら、良いのそれで?」

「ええ、まあ」

 そのタグには『Paradise Peacock』と言うブランド名と孔雀が描かれていた。

「ああ、パラダイスピーコックのドレスなら丈夫だし、万が一走り回ったりする事になっても平気でしょ」

 此処のブランド知ってるの?と聞かれて、ええ、と生返事で返した。

 忌々しい血の繋がり、こんな所にまで来てお前と出会うとはな、僕の大事なパーヴォ。

『妹君の、ドレスでございますか?』

『……ああ、あの子の作った物なら、信用出来る』

「ピーコックのドレスで良いなら、実はまだまだあるから!色々試して見ましょうよぉ」

 追加で盛大に開けられたチェストの中一杯のドレスをひっくり返され、僕はそのドレスの山に埋もれてしまった。

 その後の僕はすっかり着せかえ人形だ。ええい、全ては赤石の為!

『あるじ様はお美しい方ですから、きっと何でもお似合いになられますぞ!』

『慰めになってない!』

 相変わらず左耳の上に陣取る鉄鳥の励ましにため息を吐いて、ダニエルの言うままに僕はドレスの試着と体型の誤魔化し方を模索した。



「んっだよクッソォ!また負けたぁぁ!」

「旦那は顔に出やすいですねぇ」

「よく言われるよ。にしても、アイツら長ぇなぁ」

 ポリポリと額の大きな傷跡を掻きつつ、ポーカーに負けながらもあっけらかんと言うディオニージの旦那に、どんだけの大らかさだよと内心苦笑しつつ、イカサマで勝った銀貨数枚を懐に入れる。実はさっきジャッジ役を買収するのに金貨一枚払ったから、プラマイゼロなんだけどな。

「ちょっと見に行ってみるか?」

「ええ、お供しましょう」

 ディオニージの旦那の後ろについて船の奥に入る。自分も結構身長はある方だと思っていたが、それにしても旦那はデカい。大剣を振り回すと言うその怪力さに相まって、ずっと大きく見えるから恐ろしい。なるべくこの人とはお友達でいたいもんだ。

「おーい、様子はどうだー?」

 ノックもなしに医務室の扉を開けた旦那の横から扉の奥を覗き見る。そこに居たのは、青に染め上げられたドレスを着た緑の髪の美女で、コチラを見た途端に頬を染めたものだからドキリとしてしまった。

「ぅうわぁあぁぁぁぁ!」

「ちょっ、ちょっと!折角めかし込んでるのにその悲鳴はないんじゃない?」

 ダニエル船医に支えられ、椅子から転げ落ちるのを寸でて止められた美女の声に聞き覚えがあってハッとした。

「え、メーヴォ?マジで?」

「おぉー!綺麗に化けたなぁ!」

 ドカドカと足音を踏み鳴らせて旦那が医務室に入ってメーヴォを覗き込む。

「ダニエルのオカマ謎技術がこんなところで役に立つとはな!」

「謎技術は余計だコラ」

 今にも殴り合いを始めそうな二人を余所に、固まっているメーヴォに興味引かれる。どうせ六日後には横に連れて歩くのだから、その姿を見慣れておきたい。いや、だって俺今スゲェドキドキしてるよ?イチイチこんなに心拍数上げてたら作戦も何もないぜ。

「おいメーヴォ、流石完璧主義だな!一瞬誰か分かんなかったぜ」

「……チッ」

 嫌そうに顔を歪めた美女が渾身の舌打ちをする。

「恥ずかしがり屋ねぇ。彼と夫婦役を演じるって言うのに」

「心の準備って物があるだろうが……」

 蚊の鳴くような声を上げるメーヴォが、顔を真っ赤にしている事実に俺の中が酷くザワつく。

「お前眼鏡は?」

「あれは伊達だ。例の……幼馴染の記念品だ」

 あぁー記念品ね、把握。

 緑の長い髪に、コサージュで飾った鉄鳥が定位置に収まっている。きゅっと絞られたウエストとそこから広がるヒップラインが魅惑的だ。目のパッチリした、頬を染める薄化粧の美女にしか見えない。

「すげぇくびれじゃん。どうやってんのそれ」

「ウエストの太さは変えていない。肩幅に合わせて胸と尻に布を入れているだけだ」

「へぇー!オカマ謎技術スゲェ」

「オカマとか言うんじゃないわよ!ほら、見せ物じゃないんだから出てきなさい!」

 プンスカと怒るダニエル船医に背を押され、俺とディオニージの旦那が医務室から追い出された。

「着替えてすぐに行く」

「あ、あーゆっくりでも良いぜ?」

 扉の隙間から聞こえたメーヴォの声に返事をして、俺は今見た事を反芻していた。美女に目を惹かれる事は多々あるが、魂に来る女は久々に見た。女じゃねぇけど。

「品評会が楽しみになったなぁ」

 裏があるのかないのか、旦那のカラリとした言葉に、ですね、と適当な相槌を打つ事しか出来なかった。



 金獅子の船から帰って来たラースとメーヴォさんが微妙な距離感で戻って来たから、見合いの後か!と馬鹿にしたら声を揃えて違う!と返事をされてアホかと更に言葉を投げつけた。

 そもそも何故金獅子の船に行くなら私を誘わなかったのだ。

「エトワール連れてくと面倒くさそうだったんだもん」

「面倒くさいとかそう言う問題で人を省くんじゃありません」

「あ、お前の顔見て思い出した。メーヴォ、お前に見せたい物があったんだ」

「話を逸らさないで欲しいんですが、そもそもまだ見せてなかったのですか、もしかしなくても!」

 私の抗議の声を聞かず、ブーツではなく何故か女物のパンプスを履いて、いつもより一段と背の低いメーヴォさんを捕まえてラースが例の腕輪を見せていた。

「……え、なんだって?懐かしい?」

 メーヴォさんが頭に着けている己の使い魔に問い返した。その手に腕輪を取り、ためつすがめつ眺め始めた。

「随分な物を金獅子の副船長はくれたものだな」

 かしゃんと右腕に腕輪を着けたメーヴォさんが腕を伸ばし、その言葉を口にする。

「イベリーゴ(解放)」

 途端に腕輪だった物に亀裂が入り、それが分解して腕に沿って再構築されていく。手の平にトリガーを有し、右腕全体を覆うほどに巨大な形をしたそれは、透明な羅針盤を掲げた銃に見えた。

「フールモサジターリオ、と言う名の超遠距離射撃用の銃だ。コイツはかつて蝕の民が作った武器らしい。鉄鳥が言ってる」

 魔法の銃。それも何だかとんでもない力を有した物に違いない。神々しいそれは特別な代物である証だ。

「すげぇじゃねぇか!本当にこれ貰っちまっていいのかよ」

「あの技術書がないと意味がないとアデライド副船長殿はおっしゃっていましたよ」

「……でしょうね。これ壊れてますから」

 私とラースが同時に、え?と声を上げた。

「スコープが全く反応しない。ついでにテイルも死んでる。このままじゃただ大きいだけの装飾品と変わりない」

「マジかよ」

「スタンピタ(封印)」

 再び何かの古い言葉をメーヴォさんが口にすると、巨大な砲身を持ったそれは腕輪に戻った。

「ついでにコレ、使用者の精神力とか魔力を使う代物だ。今展開しただけでもう手が痺れてるよ」

 腕輪を外したメーヴォが手を振りながらそれをラースに渡す。そっかぁ、と苦笑したラースがそれを私に放って寄越した。

「残念だったなぁせぇっかく愛しのアデライド副船長から頂いた物なのに、使えないってよ」

 ニヤニヤと笑う船長の顔をグーで殴ってやろうと構えたところで、メーヴォさんのサラリとした一言に、その拳が別の方向に向かった。

「直せるぞ、それ」

 私は握った拳を天高く突き上げていた。

「ただし、それこそ例の赤石が必要だ。今回の作戦は絶対に成功させないといけないな」

 いつものようにヒールの音を高らかに鳴らせてメーヴォさんが船室に戻って行くの見送り、私はラースにニヤリと笑って見せた。

「ヘマしないで下さいよ絶対に」

「へいへい……」


つづく

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