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新米海賊と古参海賊

 ある港街で、殺人鬼が海賊によって連れ去られた。その十日ほど後にある海賊が海神と対峙し、更に海神すら手にする事の出来なかったお宝を手に入れた。と、ならず者たちの集まる町で話題になった。情報屋たちはこぞってその海賊について調べ回り、ヴィカーリオ海賊団の名前はクセ者の名と共に瞬く間に広がった。

「良いじゃねぇか有名人!俺は嬉しいぜ。この調子で名を上げていくべきだろ!」

「そうは言いますがお頭、下手な売名行為は海軍からの監視もキツくなって、行動に支障が出ます」

 ヴィカーリオ海賊団の船、エリザベート号の船長室で、情報屋レヴが長い前髪の奥で瞳を曇らせた。

「おめぇには夢がねぇんだよ!砲台も強化した今なら、海軍の船くらい返り討ちだぜ」

 この僕が整備して調整したのだから当たり前だ。と、喉の奥まで出掛かった言葉をぐっと押さえ、僕は船長ラースに苦言を呈した。

「だがラース。現に港に寄航し辛いのは確かだ。この船の特徴は大方知られている。お前は昔からの海賊でココに来て名を上げ始めたダークホース。今のうちに潰してやろうと考えている同業者も多いはずだぞ」

 それに僕の手配書もどうやら出回り始めたようだ。賞金額はそう大した事はないが、殺人の前科を持った海賊は、多方面から狙われる可能性を持っている。慎重に行動して損はない。

「んっだよ!メーヴォまでレヴの味方かよぉ」

「僕らには到達すべき宝までの航路がある。名を上げるだけの軽率な行動は慎め。宝に到達する経過で自然と名は通るものだ。今流れている情報など、お前の足を浮つかせるだけの美辞麗句に過ぎんぞ」

 バッサリと言い切ってやれば、ラースは怒られた犬のようにしゅんとして、応援を副船長エトワールに振る、が。

「ちょっとエトワールぅ、コイツ黙らしてよ!」

「至極真っ当な正論なので、ラースは少し自重したほうが良いと思いました」

 若干の棒読みでラースを突っぱねたエトワール副船長の一言に、お前もかよぉぉ!と仰け反ったラースが椅子ごと床に倒れて、この話はお開きになった。

 興味本位で広がる話題ほど、冷めるのは早い。だからこそ名が広まり出した時は慎重になるべきなのだ。未熟な者が急いて先を行こうとすれば仕損じるだけだ。

『流石でございます、あるじ様。その崇高な志こそ、かつての技術者たちの目指した精神でございます』

 突然念波で話しかけられるのにもずいぶん慣れた。物言わぬ従者は、どうしてか僕の意見を汲んだように肯定の言葉を口にする。

『今、ラースに沈んでもらっては僕の夢が遠のくからな。せいぜい宝に近づけるように、航路を取ってもらわないとな』

 所詮は踏み台、と言う意識は確かにある。命を拾われた恩もあるが、ラースの知識と行動力、メンタルの強さや総合的な実力で、名だたる海賊たちを差し置いて、僕の夢の宝、燃える水に爆破する水を探し出す事など無理だろうと、冷静に判断している自分がいる。

 その反面、しがらみのない彼だからこそ到達出来る高みがあるのではないかと期待する自分もいる。何処の海賊団ともふわりとした接触で留め、のらりくらりと雲のように自由な彼の行動、しかし決して自分の航路を曲げない彼の実直さは、この時代で生き抜くには十分な力であるとも想う。

 彼に対して期待している自分に内心で苦笑し、あてがわれている武器庫兼自室に戻った。僕が誰かに期待する、か。


 その数日後。食料や船内で使用する油の補給のために港へ寄った。港で寄港する船のチェックを偽名でかわし、素知らぬ顔で街へ入る。船から下りたのは船医、情報屋、調理部隊の面々、そして僕とお掃除隊の異名を持つクラーガ隊の船員二名。船医は医薬品の購入、情報屋は文字通り情報収集。調理隊は勿論食品の買出し。僕たちはその他の生活雑貨の買い出しだ。力自慢の二人には大量の油や火薬を抱えさて船へと戻らせ、少し一人になりたいと言って分かれた。一人では危険では?と心配する鉄鳥を言いくるめ、僕は一人雑踏へ身を潜めた。

 武器屋と鍛冶屋へ立ち寄って、火薬や銃の部品などを見て回った。店主たちが一様におや、と言う顔をしていたのが目に付いたが、商人や海賊相手に、金さえ出せば商売をしてきた連中はそれ以上の反応は示さなかった。堂々としていれば案外、人はこちらを気にしない。平静を装う事は慣れている。身なりもきちんとした今、手配書が回っていようと、他人のそら似でやり過ごす自信があった。殺人鬼ではと目を付けられるのは想定の内だった。

 気を良くして一人酒場に入ったのが間違いだったと、後悔してもあとの祭りだ。自分が置かれている状況に冷静に対処出来なかった。


 一人カウンターでこの土地のエールを注文しようかと思った瞬間、横にいた大柄な男が、コチラにも一杯くれてやってくれ、と口にした。何事かと思う間に、ドンとエールのジョッキが目の前に差し出された。

「……何だこれは」

「噂に違わぬ堅物……じゃなかった慎重な男だな」

 金色の長い髪の男が、ニヤリと笑って僕を見下ろしていた。

「見ず知らずの相手から物をもらわないように、と母親に言われなかったか?」

「おやぁ、悪いねぇ。育ちが悪いもんで貰える物はもらっとけって教わってよ。まあイイじゃねぇか、飲めよ。元殺人鬼で新人海賊のメーヴォさんよ」

「……ふん、同業者からの施しは受けたくないのでな」

 手持ちにあった銀貨をカウンターに置き、置かれたエールのジョッキを手に取る。

「人相書きは見たぜ。それよりもアンタの火薬臭さにピンと来た。思ったより小柄何だなぁ」

 で、間違ってねぇんだろ?としつこく聞いてくる男を一瞥する。どちらかと言えば力で何でも解決させようとするタイプの大柄な男。海賊の人相書きは面倒で覚えていないから、この男がどれ程の実力の持ち主なのか計る事は出来ない。が、察しは付く。

「さっきから聞いていれば、随分野生的な事を言うんだな。鼻が利くのは海の上でも便利だろう」

 は、と笑った男がピッと指をコチラに向ける。

「アンタのその指先、火薬を扱う専門家の手だ。爪が真っ黒だぜ」

 なるほど、そう言う事か。案外目敏いのだな。

「あとな、メーヴォさんよ。アンタの瞳は特徴的すぎる。人の内面に深く入り込む目をしてやがる」

「……目?この奇形眼が?」

「奇形なんて言うなよ。それは歴としたある血筋の証拠だぜ?」

 きっと顔に出てしまった。鉄鳥の言う、技術者の血族、その末裔。金環蝕の瞳の民。コイツは何かを知っているのだ。

「……なぁんだ、アンタ自分の事もまともに知らねぇんだな。俺のところに来れば、教えてやるぜ、その瞳の事をよ」

「断る」

 きっといい返事が返ってくるに違いない、と言う期待感溢れる顔をしていた男は、僕の返事をすぐに理解できなかったようだ。

「もう一度言おうか?人に答えを教えられるのは癪に障るんでね。何事も自分で調べあげ、自分で答えを出さないと気が済まない質なんだ」

「チッ……金獅子の名を聞いてもまだそう言うのか?」

「おや、金獅子は、もっと単純明快で豪快な男だと僕は聞いていたが?こんな風に交渉を仕掛けてくるだろうかね」

 名を語り、虎の威を借りる小物に過ぎない。何よりこの男は覇気に乏しい。海神に対峙した時のような存在感がない。二つ名で語られる男たちとは、もっと覇気に溢れ圧倒される存在だ。海神ニコラスという存在に相見えたからこそ、今は海賊という男たちの存在の大きさを測る事が出来る。

「さあ、僕はそろそろ行くぞ」

「……それで済むと思ってんのか?」

「貴様と話す事はこれ以上ない」

 言って、立ち上がった瞬間。ぐらりと視界が揺れた。おかしい。歯を食いしばって床にキスをするような無様な姿は晒さずに済んだが、時間の問題だ。

「あの海神ニコラスが手を出せずに拱いていたお宝を見つけたんだってな。しかもお前、金環蝕の目じゃねぇか。それは宝の地図と同等の謎に満ちた血族の証だ。テメェのその目が何処を示すんだ?それとも背中に宝の地図でも彫ってあるか?」

「……クソが……貴様等に、くれてやるものなど……毛一本とない、ぞ」

 吐き捨てる言葉の呂律が怪しい。痺れ薬か何かを仕込まれたのだろう。床に付けた足の感覚がなくなっていく。指先も痺れている。このままでは時期に意識も遠のくだろう。

『あるじ様!あるじ様気を確かに!』

 語りかけられる鉄鳥の声に何とかしがみつき、打開策を探る。

『鉄鳥、ラースに知らせろ。情報屋でもいい。僕が合図をするから、そうしたら、船に……』

 グラグラする足に渇を入れ、海中を歩くような感覚の中をカウンター沿いに窓辺へ移動する。酒場の中は既に一悶着起きるであろう予感に、他の客が逃げ出していく。店主も酷く引き攣った顔で、どうか店を壊してくれるなと祈っている。

「おっと!窓から逃げようったって無駄だぞ。外にも俺の仲間が待ちかまえてるからな!さっさと試練の神殿で見つけたお宝について吐くんだな」

 酒場の中は男の手下たちで完全に包囲されていたようだ。良くもまあ手の込んだ事をしてくれた。

「何度も、言わせるな。……貴様等に、話す事など、一切ない」

 渾身の力を右手に込めて、腰に下げたヴィーボスカラートを振るう。酒場の床を小さな爆発が舐める。窓が盛大に割れ、爆風に被っていた帽子が外へ飛んだ。爆破に男たちは一瞬怯み後ずさる。

『行け!』

 キン、と空気の震える音を聞いたのを最後に、足の力が抜け、立っていられなくなって膝を付いた。

「最後の抵抗にしても、空しいねぇ。もう立ってられないかい」

「……貴様たち、後悔するなよ。ヴィカーリオ海賊団に、喧嘩を、売った事をな……」

 全身の力が抜け、床に突っ伏したところで混濁する意識が途切れた。




 港に停泊する船は至って平和そのもの。海賊として馬鹿正直に停泊をする者はおらず、基本的に賄賂か偽名だ。賄賂はつまり金がかかるから面倒。ウチはスマートに偽名と職を偽る。

 いくら名が通り船の特徴を覚えられようが、職を偽るだけの材料があればそっちを信用するものだ。似たような船はごまんとある。今この船は宝石商の商船。そして俺は宝石商の若旦那って訳だ。宝石は良い。金貨銀貨も良いが、あれは一枚あたりの価値がはっきりし過ぎている。宝石や原石はそれ一個の価値がはっきりしない。だからそこら辺に落ちている綺麗な色の小石が宝石の原石になったりする。

 更に一度商船を襲えば宝石や装飾品はたんまり手に入るから、分解して石だけ持ち運べば盗品とバレにくい。それっぽい箱に石を並べてやるだけで、いかにも高価そうな原石や宝石に見えるから不思議だ。停泊船の管理人だって、やたら光る珊瑚の欠片一つを袖の下に忍ばせれば、良い気になって停泊許可を出した。珊瑚の欠片なんてちょっと潜ればすぐ手に入るってのによ。

 偽名を使う事で難なく停泊手続きをした俺を見て、納得行かない顔をしたメーヴォ他一行を気分良く送り出し、マストの上の見張り台で昼寝をしていたのだ。

 キィィンと空気を切り裂くような音に目を覚ました。何事かと起きあがった後頭部に、ヒドく堅い何かがぶつかった。

「おごぁぁぁ!」

 頭が真っ二つに割れるような強烈な痛みに再び俺は見張り台の床に突っ伏した。痛みを堪え視線を巡らせた先で、ぐるぐる旋回する見覚えのある髪飾りがいた。俺に激突してきたのは鉄鳥だった。

「いってぇなこのクソ鳥!俺の頭は射的の的じゃねぇんだよ!」

 キィンキィンと空気の震える音を発し、グルグル回り続ける鉄鳥の様子に、首の後ろでぞわりと悪寒が走った。

「ってか、お前メーヴォはどうした」

 その言葉に何かを訴えるように、鉄鳥は旋回の速度を増した。よく目が回らないこった。コイツはメーヴォとしか交信出来ない。交信する力が普通の人間には備わっていないらしい。俺にコイツの声は聞こえない。だが何かが起こっていて、それはメーヴォの身に起こっていると言う事は間違いなさそうだ。

「兎に角、話を聞かねぇ事には始まんねぇ!」

 飛び起き、見張り台から滑車でロープを滑り降りる。同時に駆け足で船に入ってきた情報屋レヴとかち会った。

「ビンゴォッ!」

 どうやら鉄鳥は俺より先にレヴに異変を伝えておいたらしい。良く出来た従者だ事。

「お頭!メーヴォさんが」

「よぉし、作戦会議だ!」


 メーヴォが金獅子を名乗る相手に浚われた。ただし、どうやら金獅子の名を語る偽物らしい。特徴は良く似ていたが、顔がまるっきりの別人だったそうだ。

「金獅子は一度見た事がありますが、あんな不細工面じゃなかったです」

「で、メーヴォを連れてそいつらは何処に行ったって?」

「丘の上の高級娼婦宿です。今日の午前に清掃屋が入ったそうです」

「よし、流石だな情報屋」

 では作戦を説明しよう。清掃屋を装って忘れ物を回収しに来たと言って館の内部に潜入したら、館に火をつけて撤収。奴らが慌てふためく中、俺がメーヴォの救出に向かう。

 完璧!

 よぉし、と鼻を鳴らせた所で、港に新たに停泊する船を見つけた。海賊旗は見えないが、その船に見覚えがあった。

「……ほっほぉ。コレはこれは」

 思いついた追加作戦に、思わずニヤリと笑いが出て来た。

「おいレヴ。清掃業者に扮装する面子を集めて置け」

 急ぎ足で船長室に置いてあった愛用の銃を二丁と、ワイヤーボウガンを取りに走る。

「お頭はどうするんです?」

「ちょいと用事が出来た。おい鉄鳥。ちょっと俺に力貸せ」

 バンダナの結び目にペトリとくっ付いた鉄鳥を伴い、俺は船を降りて港の桟橋を走った。木製の桟橋と、停留の際にローブをかける木製の杭の上をヒョイヒョイとテンポ良く翔けて行く。

 今しがた入港した船を目掛け最短距離を走る。見間違えなけりゃアレは金獅子の船で間違いないはずだ。金獅子の偽物がこの辺りで大きなツラしている、とかそう言う情報が本人の耳に入っていて駆除のためにこの港に寄ったと、そんな所だろう。

 だったら今ある情報を有効活用して、金獅子さんたちにもお手伝いして頂くに限りますなぁ!ニッヒヒ、と口元に笑いを一つ落として、俺は桟橋から背負っていたワイヤーボウガンを金獅子の船に向けて直接打ち込んだ。ざわつく声と、木に鉄が噛む音と手応えがして、一気に俺は船の壁を昇って甲板に颯爽と登場した。

「はぁい!金獅子海賊団の皆さん、こんにちは!」

 ニッコリ笑って言った俺の鼻先に、銀色に輝く剣の切っ先がピタリと翳される。お?と横を見れば、そちらにも剣の切っ先が見える。あの一瞬の強襲で、十人はくだらない男たちが剣を抜いて侵入者に詰め寄っていた。いやぁ、流石金獅子。この息の合った連携に容赦なさ。一朝一夕で出来る連携では無いし、長年培われて来た経験は見事としか言いようがない。

「おい、お前なんだ?此処が金獅子の船と知ってのご登場か?」

 長い金髪の男が凄みのある声で、剣を構える男たちの後ろから俺に声をかけた。額の大きな傷跡を誇示するように、金の髪をバンダナで押さえている。額の中央には折れた角の残骸が残っている。

「あ、アンタ金獅子の頭領だろ?」

「だったらなんだ?」

「ちょっとイイ話があるんですけど、聞いちゃあくれませんかねぇ?」

 目の前にある切っ先をそっと下に押しやろうとするも、ピクリとも動かない辺り、鬼たちの海賊だってのは伊達じゃないって話か。

「……おい、お前ら剣を下ろせ」

 いいんですか頭?と部下たちが口々に言いながら構えていた剣を収めた。ようやく一息吐けるってモンだ。

「おい、海藻頭」

 はぁ?かいそう?海藻って言ったのかおいぃ?

「クラーケンのヒゲみてぇな緑髪のてめぇだよ、甲板に傷つけやがって」

 言うに事欠いてクラーケンのヒゲとか!おい!ふざけんな!

「……なんでやしょ?」

 いやしかし、ここで切れたら元も子もない。怒りに歪む顔をぐっと堪えて俺はにこやかに返事をした。

「その左の頭にくっ付いてんのは、青い鳥か?」

 鉄鳥の事を指している。やっぱり金獅子もあの祠を訪れていたし、鉄鳥を手に入れようとしていたに違いない。頭に上っていた血がすっと引いていく。そうだそうだ、クールに事に臨もうぜ。

「アンタはコイツを青い鳥って呼んでたのか。残念でしたねぇ、その鳥はウチの仲間が手懐けちまいやしたよ」

「そいつの主が見つかったってのか」

「そうなんすよねぇ。で、ちょいと此方で厄介な事が起きてて、あんたらの力にもなれそうなんですが、ちょいと話を聞いて頂けませんかねぇ?」

 渋い顔をした金獅子頭領に変わって、その横に居た神経質そうな男が「話を聞きましょう」と一歩前に出た。

 よし、かかった。

「俺はヴィカーリオ海賊団船長のラースタチカ=フェルディナンド=ヴィカーリオだ。よろしく頼むぜ、金獅子さんたちよ」




 丘の中腹にある高級娼婦宿は、元々何処かのお偉いさんの別宅だったらしい。何人も娼婦たちを侍らせていたが、海賊からの賄賂や横領が発覚し失脚。残された遺産とお屋敷は、娼婦たちがありがたく引き継いで、娼婦宿になったらしい。高級娼婦(コルティジャーネ)を名乗るだけあって、今でも海軍の高官や名だたる商人御用達らしい。そして金さえ払えば海賊だろうと客として迎え入れる。このご時世、信じられるモノは真っ当な価値ある金貨銀貨のみと言うワケだ。

 クラーガ隊を中心に清掃業者になりすまし、館へ潜入させる。アイツ等はメーヴォを助けるためならと、自ら潜入役を買って出た。いつかアイツの人心掌握術とやらをご教授願いたいものだ。

 裏口から三人の男たちが館へ入っていくのを確認し、俺はアンカーボウガンを背負い直し館を見下ろす丘の更に上を目指した。深淵が口を開けた夜半過ぎ。偽金獅子にヴィカーリオ海賊団へ喧嘩を売った事を後悔させてやる。

 ぼんやりと発光し獣道を照らす鉄鳥を共に従え、館の裏手を見下ろす場所に陣取る。景観が悪く普通の客を通さない部屋が、こう言う立地の建物には大抵ある。普通の事情を持たない客が利用する料金割増部屋。

 光を落とし、音もなく飛ぶ鉄鳥が、恐らく三部屋はあるであろう割増部屋を窓から伺う。その内の一番端の部屋を確認した途端ヒドく動揺するような動きをしたから、あの部屋で間違いないだろう。

「おい、帰ってこい、おいっ」

 名残惜しそうにフワフワと帰ってきた鉄鳥に、念のため部屋を確認する。

「おい、あの角部屋で間違いないか?間違いないなら一回光れ。違うなら二回だ」

 チカッチカ、と二回鉄鳥は光った。何だ違うのか?あの部屋に何があったんだ?まあ今は良いとしよう。

「ならメーヴォのいた部屋は角部屋からいくつめだ」

 チカ、と一回点滅。

「角部屋の隣だな?」

 ピカッと強く一度光った鉄鳥に、良し、と小さく呟く。更に丘の下に松明の明かりをいくつか確認する。そろそろ手はず通り清掃部隊クラーガ隊が、焼却清掃をおっ始める頃だ。

「よし、行くぜ!」

 アンカーボウガンを屋根に向けて放ち、アンカーが咬んだのを確認すると俺は館の壁に一気に滑空した。窓の横に取り付いたついでに例の角部屋を覗くと、きっついSMが繰り広げられていた。鉄鳥くんはこう言うのが好きなのかい、と内心眉を顰める。海軍の制服がハンガーに掛けてあるから、大方海軍のお偉方だろう。日々の鬱憤でも溜まってんのかね……。

 さて、囚われのウチの姫君はどうしてっかな?

 ちらりと部屋を覗き見ると、部屋に見張りはおらず、ベッドに横になるメーヴォの姿を確認出来た。腕をベッドの端に結ばれていて、まさに監禁状態。コートを着ていないし、シャツもグシャグシャだから、何事かはされたようだ。ざまあみろと言ってやりたいところだが、俺の所持品を勝手に荒らされたのは腹立たしい。

 ガシャンと窓を蹴り割って部屋に入り、まず銃を構えて入り口の扉に一発。パキン、と涼しげな音を立てて、扉が凍り付いた。

「……ラース」

「よう、お姫さん。気分はどうだ?」

「ハ、最高だよ王子様」

 鉄鳥がひゅんひゅんと飛び回ってメーヴォの無事を喜んだ。何がどうなってるのか、羽根飾りの部分がニュニュっと伸びて、メーヴォの腕を縛っているローブを切断した。

 起きあがったメーヴォの顔を改めて見ると、頬は腫れているし眼鏡が歪んでいて目元に痣もある。いかがわしい事じゃなくて、暴力的に何事かあったんだなコリャ。まあ、なんつーかそっちでヨカッタネ?

「助かったよ、ラース、鉄鳥。次は気を付ける」

「おぉ、素直だな」

「今回は単独行動をした僕に非がある。手を煩わせてすまなかった」

 あらやだ、ちょっと以外だわぁ。お前絶対謝らないタイプだと思ってた。

 ドンドンと扉を叩く音と、男の怒号が響いて来たから、外の見張りが気付いたってところか。

「散々ウチのを可愛がってくれたみたいで、お礼はたっぷりさせてもらうぜ!え?金獅子さんたちよ!」

「てめぇラース=ヴィカーリオか!こんの野郎!おい、斧を持ってこい!扉をぶっ壊してやる!」

 そんな悠長な事やってて間に合うかぁ?

「火事だぁぁ!」

 一階の窓を開けて男が大仰に叫ぶ。次々に火事だと叫ぶ男が三人、一階の窓や扉を開けながら叫び走り回る。クラーガ隊の焼却清掃が始まった。途端に館の中はパニックだ。半裸の男女が大慌てで出口を目指す。廊下の男たちも動揺している。

「おおっとぉ、さっさと逃げないと危険じゃありませんかぁ?それとも供物にお祈りするか?」

「キっサマ……っ!」

 顔を真っ赤にしているのが目に浮かぶ。あー楽しい!

「……僕のコートがない」

 突然どうしたかと思えば、メーヴォが渋い顔をして部屋中をひっくり返して漁っていた。

「僕のコートも帽子も、ヴィーボスカラートもない!」

 それは分かった。特注武器はともかく高がコートと帽子でそこまで必死になるか?

「折角お前が買ってくれた物なのに」

「え、マジでそう言う事言っちゃうキャラだっけ?」

「ふざけてるのか」

「むしろこっちの台詞だよ?」

「ついでにアレにはこの一ヶ月で仕込んだ爆弾が全部隠してあったんだぞ」

「えぇ?何それ怖い。引火したらこの屋敷吹き飛ぶんじゃないの、それ」

 メーヴォとの漫才をするウチに、館全体に火の手が回ってきたらしく、部屋に煙が入り込んできた。廊下の男たちも、ついに根を上げたようでドタバタと二階の窓から壁伝いに逃げ出していた。

「コートも帽子も、また買ってやるから、行くぞ!」

「……火薬も新しい武器もだ!」

「わぁかったよ!買ってやっから!」

 ようやく納得したメーヴォを抱え、窓の外に吊り下がっていたボウガンを手に、再び滑車を巻き上げて屋根へ脱出する。館から続く通りでは、火から逃げ仰せた偽金獅子たちが、当の本人、金獅子海賊団に囲まれて小さくなっていた。

「金獅子の大将!あとよろしくお願いしゃーっす!」

 屋根の上から叫べば、大柄な金髪の青年、金獅子海賊団の船長ディオニージがにっかり笑って手を振り返した。

「本人と知り合い……ではない、よな?」

「そうだな、この件で知り合いになったってところだな」

 ニヤリと笑ってやれば、ボコボコの顔のハンサムが食えない男だ、と笑い返してきた。館の二階が激しく爆発して、ボボン、と一部の屋根が吹き飛んだ。

「やべぇやべぇ、そろそろトンズラしようぜ」

「……そうだな」

 あーあ、自分のコートが爆発してるの気にしてるよ。案外みみっちぃな。

 メーヴォを抱え、アンカーボウガンを丘の木へ放つ。勢いを付けて飛んだその先で、ウチの船医がそのデカい体で俺たちを受け止めた。

「よし、ずらかるぞ!」

 火柱を上げて爆発四散していく館を横目に、俺たちはそそくさとその場を撤退した。




 ラースタチカ=フェルディナンド=ヴィーカリオ率いる、ヴィカーリオ海賊団による高級娼婦宿爆破火災事件から三日後。僕らは例の街から二日ほど航行した先の無人島沖に停泊していた。

 船医に担がれて丘を降り、焼却清掃部隊と合流し船に戻ると、夜明けと共に出航した。ラースの指示通りこの無人島海域で停泊して半日が過ぎようとしている。合流したクラーガ隊の面子は、着込んだ服の至る所に宿で目に付いた金目の物をごっそり頂戴して来ていた。

「これでまた帽子とコートとか、買おうぜ」

 山と積まれた装飾品から宝石を分解・解体するラースは不敵に笑ったが、だったら僕の持ち物を回収して来て欲しかった。実際のところ、偽金獅子が持っていたとか何とかで回収出来なかったんだと予想は出来るから、口には出さなかったが。

 コートは着やすいものだったし、追加でポケットやらを縫い合わせたりして使いやすくしていた。何より長年改良に改良を重ねて出来上がったヴィーボスカラートを無くした事は痛手だ。レシピは頭の中にあるが、再現をするのに時間がかかるだろう。

 本当にもったいない事をした。自分の不注意が招いた結果だとしても、そう思わずにはいられなかった。

「はぁ……」

 深い溜息が水平線に溶けて消える。溶けたそれが小さな点になって、やがて海賊旗を掲げた船であると視認出来る程に、あっと言う間にそれは近付いて来た。黒地に金の鬣の髑髏が浮かぶ、本物の金獅子の海賊旗を掲げた船であると見て取れた頃には、見張り台にいたラースが交渉の意志を示す信号旗を掲げていた。

 並んで停泊した船の間に橋板が渡され、金獅子海賊団の船長が、副船長を伴ってヴィカーリオ海賊団の船に乗船して来た。

 背格好は例の偽物に近かったが、やはり本物は気迫が違う。あんな小物と比べたら雲泥の差だ。背中と首筋の産毛がチリチリと逆立つような緊張感がある。その気になれば、彼一人でこの船など沈めてしまえるだろう。この男の元に単身乗り込んだと言うのだから、ラースの行動力と度胸に感心する。

「ラース船長、先日は世話になった」

「いやいや、金獅子の旦那。俺たちは必要な行動を取ったまで。それがお役に立てて光栄ってもんです」

 普段から板に付いていたラースの商人の演技も半ば本気なのだろう。目が全然笑ってない。

「お前さんたちが場をひっくり返してくれてコッチはかなり助かったんだ。その分の礼は、約束通り払わせてもらうぜ」

 大柄な金獅子は、どうしてかその気迫とは真逆に人懐っこく笑う。ともすれば大型犬のそれに近い何かを感じる不思議な男だ。

「おい、アデライド。例のヤツを渡してくれ」

「はい」

 名を呼ばれた副船長と思わしき線の細い中性的な雰囲気の男が、見覚えのあるそれを手にしていた。

「メーヴォ=クラーガ、君の武器を偽者たちが所持しているのを回収しました。ヤツらには過ぎた品です」

 差し出された深紅の鞭は確かに僕のヴィーボスカラートだった。

「……あ、ありがとうございます!」

 柄をぎゅっと握って、確かなその感触に胸が高鳴った。

「あとは、此方です、ラース船長」

 金獅子の副船長が、ラースに分厚い装丁の本を一冊手渡した。それをパラパラっと捲って中身を確認すると、ラースはニヤリと笑って「ほらよ」と本をコチラへ投げた。馬鹿か!僕は慌ててそれを受け取った。ずしりとした手の中に納まった本は随分古い物らしいが、これまたどうしてか手に馴染んだ。

「確かに、頂戴します」

 恭しく礼をしたラースに、金獅子副船長は同じく一礼して金獅子船長の後ろに下がった。

「ヴィカーリオ海賊団、噂に違わぬ曲者ばかりってところだな。丁度良いし、お前らウチの船の下に着かねぇか?」

 ああ、やはり東洋のバンブーのような男だ。御託はいい、ウチに来いと。ただ彼の勧誘は単純明快だ。

「いやぁ、天下の金獅子になんて、恐れ多くてなぁ」

 へらっと笑って回答をコチラに振る辺りは、やはりラースには小物感が付きまとうが、それが彼の処世術だ。だから、ココで僕がこう言う訳だ。

「僕たちには到達すべき宝への航路がある。あなたの所では、その航路は取れない。獅子の風とは相容れない」

 次に宝の前で見える時は敵同士だ、と。宣戦布告にも似た殺気と共に金獅子を視線で射抜く。そうだ、この男の横に居たい訳ではない。どちらかと言えば、この男は屈服させたい、この男たちを絶望させたい。

 僕の視線を物ともせず、むしろ良い餌を見つけたと言う顔の金獅子が、ガハハと笑った。

「いいねぇ、いいねぇ。そう言うのがロマンだよな!チビ助の割りに肝が据わってら!」

 言って金獅子は僕の左耳にかかっている鉄鳥をじっと見た。彼も何か知っているに違いない。あとチビ助は余計だ大概に余計だクソが!

「魔弾のラース、蝕眼のメーヴォ。そしてヴィカーリオ海賊団の諸君!次に会うのは何処の海域か知らんが、お互い楽しもうじゃねぇか!」

 またな!と言い残し、金獅子はそのコートと長い金髪を翻して、自分の船に戻っていった。副船長が一礼をしてそれに従った。程なく橋板が外され、二隻の船は袂を別った。

「お前らのセイルに追い風を!」

「貴公のセイルに横風と、海の供物のご加護を!」

 ラースが船長らしく相手に返事をすると、金獅子の船はするすると風を掴んで海域を抜けていった。

 船が小さくなって行く様をヴィカーリオ海賊団の船員全員が見送った。ただただ、全員があの金獅子を至近距離で見て、平和的に分かれる事が出来たのを夢のように思っているんだろう。それは例の海神と対峙した後の感覚に近いから良く分かる。現実感のない、ふわっとした夢の続きのような感覚。それを呼び覚ましたのは、やはりラースの気の抜けた声だった。

「ぃいやぁー!金獅子おっかなかったなぁ!」

「その金獅子に交渉を仕掛けたのは何処のどいつだ」

「うぅーん、火事場力って凄いね!」

 あまりにいつも通りの気の抜ける声に、船員全員が苦笑しつつ各自の持ち場に戻っていった。

「よーし、予定通り明朝まで此処に停泊!それまで各自羽を伸ばせぇ!」

 船長の声に、船員の野太い返事が無人島にまで響き渡る。船員の何人かが釣竿を抱えて小型艇で船を降り、また何人かが手斧を持って無人島へ入って行った。

 渡された本を持て余していた僕は、燦々と降り注ぐ太陽光の下でそれを開いた。

『おやおや、コレはコレは……』

 ペラペラと適当に頁を捲ったところで鉄鳥が懐かしそうに呟いた。その内容に、僕も釘付けだった。

「ラース!コイツは……!」

「おう、金獅子んとこの秘蔵のコレクションを譲ってもらったぜ!お前は自分で調べたい派だろ?」

 マストの上の見張り台に移動中のラースがニヤニヤしながらコチラを見下ろしていた。

「……流石だよ、船長殿!アンタにキスしてやりたいよ!」

「やめろよバカ!」

 "リーブロエクリープソ(蝕の技術書)"と古い文字で書かれた分厚い古書を手に、僕は武器庫へと軽い足取りで向かった。



おわり


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