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新米海賊と魔法生物

 人の命など大したモノではない。特に僕の命などその最たるモノだ。父も母も殺したし、幼なじみで初恋の相手だった女も殺した。その全ては、火薬の前には塵も当然だった。

 爆発を引き起こす火薬やそれに類似する薬品などは、今後世界の覇権すらも左右する強大な力に成り得る代物だ。ヒトの命などでは計れない、歴史と共に進化するであろう偉大なものだ。

 黒色火薬が一般的なこの時代だが、一説には油とは違い水の様に無色透明で粘度の薄い燃える水や、衝撃を与えるだけで爆発をする水が存在すると聞く。それらはドラゴンの血や体液などではなく、人工的に生成出来る強力な爆薬であるらしい。

 それがあればどれだけ素晴らしい兵器が作れるだろうか。どれだけの人間を瞬時に消し去ることが出来るだろうか!両親も、そして幼なじみの女も、僕のその考えを否定した。火薬は人殺しの道具じゃない、と。だから殺した。人の命など、大したモノではない。歴史に名を残すことのない矮小な人間の命など、使い捨ての実験道具と大差ない。

 殺人鬼として、爆弾魔として処刑されそうになっても、僕の中に殺人への懺悔や後悔はなかった。ただただ、まだ見ぬ爆薬への期待が胸の内にくすぶっていた。

 ヴィカーリオ海賊団のラースタチカ船長に、火薬の専門家だから、と言う理由で処刑場からかっ浚われた訳だが、正直に言えば生き延びられるなら何でも良かったし、海賊ともなればまだ見ぬ爆薬にも近い将来辿り着けるかもしれないと高をくくって、入団を決めた。

 まさかこんな事態になるとは思っても見なかった!

「新しいクルーだ!技術者だから丁重にもてなせよ!」

 と、言うラース船長の声で深夜まで続いた歓迎の宴の翌朝。持ち場となる武器庫の扉を開けた瞬間、雪崩を起こした剣や銃、弾薬箱に僕はあっと言う間にキレた。

「なんだこの有様は!」

 体力自慢の船員と、手先の器用な船員を五人ずつ借りて、僕は武器庫の掃除と整頓から事を始めた。丸一日かかって武器庫を綺麗にし、搭乗二日目から船内全体の掃除を開始した。男集団である海賊なのだから、几帳面なまとめ役がいなければ荒れて当然だろうが、それでも船内は酷い有様だった。

 一日で僕の言うことを聞いてくれるようになった十名の船員を筆頭に、船長だろうが何だろうが、強制的に船内掃除をさせた。副船長に至っては、何処か満足げに笑って僕の事を放任した。

「おめぇ船から突き落とすぞ!」

「ならば貴様の魔銃はいつまでもそのままだぞ」

 船長の抗議の声であっても、必要不可欠な技術者である僕の一言にはぐうの音も出ず、大人しく船長室の掃除に取りかかってくれたので、三日目には船内が見違えるほど綺麗になった。大柄だけど気の小さい船医と副船長が両手を挙げて喜んだ。

 これでこそ、満足いく仕事が出来ると言うものだ。クラーガ隊と呼ばれるようになった十人を従え、錆び付き掛けた砲台を磨き、銃をバラして整備させた。船長の持つ魔法銃は僕が看た。とは言え、結局彼の魔法銃も整備不足のカス詰まりが原因の単純な不良だった。

 魔力にも残りカスと言う物がある。火薬の燃えカスと同じで、それを取り除いてやらなければ、本来の威力を発揮することが出来ない。整備が終わって試し撃ちにと上空へ放った魔弾は、綺麗な直線を描いて真っ青な空へと消えていった。船長の歓喜の声も、空と海の青へ溶けていった。

 船内のあらゆる銃砲を整備し終えた頃に、船は次の港へと寄港していた。僕が船員になって十日目のことだった。


 ラースに手を取られ、寄港した港町の酒場に連れ込まれた。あれよあれよと料理が注文され、僕の目の前にはドカンとエールジョッキが置かれた。次々に運ばれた料理が鼻腔をくすぐる。ぐう、と腹がなった気がした。

「クラーガ隊の大掃除のおかげでよ、イイものを見つけたんだ」

 ニヤニヤと笑いながらエールのジョッキを仰ぐラースを前に、僕は何事かと少しだけ興味を持って耳を向けた。

「へっへっへ……昔手に入れた宝の地図よ」

 何だそんなものか、と思わず溜息が出そうになるのを堪えて、ラースが失念していそうなある点を問う。

「昔の代物では、既に他の同業者に取られている可能性があるのでは?」

「イイ目の付けどころだなメーヴォ。ところがだなぁ……コイツは多くの海賊が挑んで、失敗を重ねたって言ういわく付きの地図なのよ」

 またラースはへっへ、と笑ってエールを仰ぎ、手元の頭蓋骨の金髪のカツラを愛おしそうに撫でる。既に掃除隊船員から聞いているが、かつての想い人を殺してその頭蓋骨を愛でている気狂い、あの骸骨に触れば殺されるぞ、と、随分な海賊船長である。だからこそ僕を助けると言った口で、好きな女はいるかと聞いたに違いない。

 僕の想い人だった女は、ラースとは真逆に頭蓋骨まで綺麗さっぱり吹き飛ばしてやった。火薬の爆発力は、美しいまでに何も残さない。

「……名のある海賊が挑み、それを奪うことも持ち帰ることも出来なかった宝など、本当に存在するのか?」

「聞いて驚け、かの翠鳥や、海神すらも奪えなかったってぇシロモノさ!ワクワクするだろ!」

「……彼らの名前を出してくるのだから相当だろうが、それはその場から動かすことの出来ないものではないのか?建物だったり、情景そのものだったり」

 チッチ、と指を降りながら、ラースはようやくお前の上に立てる、と言わんばかりの得意げな顔で言う。

「そうじゃあねぇんだなコレが。そこにしっかりとブツがある。だが力でも魔力でもどうにもならねぇってぇ訳よ」

 ならば我々でも成果は変わらないはず。力でも魔力でも、名だたる海賊たちを上回る人材はいないはずだ。

「そこでお前の正確無比な爆弾技術が光るってもんじゃねぇか?」

「僕程度の技術者なら、何処の海賊にも一人くらいはいるものだろう?もしくは魔力の高い魔導師とかが」

「この宝の地図、今じゃどの海賊だって見向きもしないありふれた場所を指してるものなんだ。その意味分かるか?」

「名だたる海賊や新米の海賊すらも、皆が行き尽くした場所と言うことだろう?」

「その通り。俺ですら三回は行ってる。だがお前を連れて行って試してぇことがあるって話よ!」

 つまり、力でも魔でもない、緻密な爆発と言う新しい力でこそ開かれる何かがあるのではないかと、そうラースは踏んでいると言うことか。

「言いたいことは分かった。僕としては火薬の化合物を見つけて来れれば満足だ。その場所は?」

「セイレーンと人魚の島の奥にある神殿だ」

「海賊の登竜門じゃないか。その程度の場所なら確かに調べ尽くされているだろうな」

 海賊に興味のなかった僕でさえ知っている。不思議な生物が住まうと言う試練の島。かつてそこに金銀財宝があると謡われたが、海賊の跋扈するこの御時世、セイレーンの歌封じも、人魚の誘惑も退けると言う気付け薬すら出回って久しい今日、あの島に何かが残っているとは考えられない。

 しかし、だからこそそこに隠された何かがあるのでは、と考えるその思考は嫌いではない。繰り返される実験の中で、些細な介入が新たな発見を見いだすものなのだから。

「俺はさぁ、名を上げる事も勿論なんだけどな、愛するエリーの導きのままに気ままに航海して行きたいワケなのよ。掃除の最中にふっとエリーの下にある地図を取ったらこの地図だったってワケ。あそこのセイレーンも人魚もみんな別嬪で目の保養になるし、メーヴォの海賊デビューにしきたりってか、基本は押さえておきたいじゃん?」

 今一瞬でもこの男の思考を誉めようとした自分を呪っている。


 大きな海老のガーリックオイル焼きを平らげて酒場を後にし、ラースに連れて来られたのは仕立て屋だった。海賊だろうが国軍だろうが、金を出せば一張羅を仕立ててくれるがめつい主人の店は、海賊とも商人とも付かない男たちで賑わっていた。

「お前のそのシャツとズボンじゃ格好がつかねぇからな。新人海賊に俺様が一丁服を買ってやるぜ」

 着の身着のままで投獄されてそのままだったシャツとズボンは、十日間の大掃除の間に更に汚れて、今や囚人服の方が立派な有様だ。

「好きな服を選ぶと良いぜ」

「……なら、コレと似たようなシャツとズボン……あと、ブーツが欲しいな」

「コートとかもどうだ?お、この帽子なんか似合いそうだな」

 大きくて派手な飾り羽根のついた帽子なんぞを手にしている辺り、遊ばれることは間違いなさそうだ。さっさと決めてしまうに限る。

 キャスケットに似た青い帽子と、肩に革を張って補強してあるマントのようなコート。そして高いヒールのロングブーツ。

「え、これ履くの?」

「背が低いのを舐められたくないんでね」

「美人が履けば様になるんだけどなぁ」

「僕が美人じゃないって?」

「はっ、いやいや!お前も相当な美人の部類だぜ?……ぶっ、わっははは!」

 腹を抱えて大笑いするラースを他所に、足が吊りそうだな、と店主に揶揄されたが、慣れている、と一言返して履いて見せれば、ほう、と店主は声を上げた。

「小柄でよく馬鹿にされたからな。成人してからずっとヒールで生活していた」

 カッと高らかに踵が鳴るそれに満足して笑みが漏れる。全身を新たにコーディネートして、姿見の前に立つ。

「フゥー!カッコイイー!」

 俺の方がカッコいいけど!と釘を刺しながらも褒めて来る辺りはちゃっかりとしている。海賊と言うよりは航海士や学者と言った風貌になったが、コレはこれで良い。

「勘定はコレでいいか?」

 ラースがポイっと店主に何かを投げる。それが深い色に輝く青の宝石であると見て取れた。中々太っ腹な支払いをする。

「毎度!」

 満面の笑みで店主に見送られ、僕たちは店を出た。歩く度に鳴る踵が心地良い。

「横に居るのが美女なら、その踵の音も心地良いんだがな」

 ヒールを履いてほぼ並んだ視線の先でラースが苦笑している。

「悪かったな、僕で」

「いんやぁ?女王様を侍らせてるみたいで、悪くないぜ?」

 困った男だ。フン、と鼻で笑ってやったところで、何やら港の方が騒々しいのに気が付いた。皆揃って港へ押し寄せている。一般市民、商人、そして如何にも海賊に憧れていますと言わんばかりの少年たち。皆一様に目をキラキラと輝かせている。

「おい、海神だ!ニコラスの船が見えるぞ!」

 ざわつく民衆の声にハッとラースを見れば、恐れ戦く様な、勇ましくも覚悟を決めたような、何とも言えない複雑な顔をしていた。これが野心ある者達が、頂に近い者を見た時の歓喜の顔か。

 港にはセイルを畳んだヴィカーリオ海賊団の船が停泊している。そのずっと向こう、沖合いにラースの船とは桁違いに武装した海賊船が見える。海神ニコラスの海賊船だ。

 あの船にいつか乗るんだ、と夢見る少年。あの船をいつか沈めてやる、と正義感に燃える海兵。あの船をいつか奪ってやる、と野心を燻らせる海賊。そこに掲げられた海賊旗を、皆羨望の眼差しで見つめていた。

 そして横に立つ男も、アレを超えるのだ、と夢見る少年のように瞳を輝かせ、野心を燃やす青年のようにニヤリと口元を歪めていた。そうでなくては、僕が加わった意味がないと言う物だ。この男には野心家であり続けてもらわなくてはいけない。僕の生涯の宝を見つけ出すまで。


 海神の船を港で見た翌日。ヴィカーリオ海賊団は、海賊の登竜門と呼ばれるセイレーンと人魚の島へ船を寄せていた。沖合いに船を残し、小型艇で島へ上陸する。面子はラース船長と僕、そして船医と強面の料理人が共に上陸した。とは言え、船医は小型艇の見張りに残り、料理人は島で採れる食料品の探索に出て、奥を目指すのはラースと僕の二人だ。

「よっしゃ、行きますかっと!」

 意気揚々と進むラースの後に大人しく続く。そんなヒールで獣道が歩けるか?と危惧されたが、これだけ人が歩き尽くした獣道ならどうと言う事はなかった。むしろ僕の住み慣れたあの町の路地裏の方がよっぽど歩き難い、と話せば、ラースは確かにあの路地裏は酷かったな、と相槌を返した。

「あ、そういやお前にはまだ話してなかったな。ヴィカーリオ海賊団の掟」

 海賊の掟と言うのは共通の物以外に海賊団ごとの固有の物があるのか?そう思った疑問をそのままラースへぶつけると、ウチはウチ、他所は他所なのさ、とニヤリと笑って来るから、この男は本当に掴めない。

 無法者と言われる海賊たちの中にも掟と言う名の最低限の決まりがある。小規模でも五十人からは無法者が集まるのだから、何か一定の決まりがなければそれを統率など出来ないだろう。例えば略奪の後の取り分の分配がそれだ。要役職に着く者の取り分は下っ端の水夫より多い。

 その他にも、組織の中で何か決め事をする時には一人一票の票を持って多数決で決定する、痴情の縺れの原因になる女を船に連れ込まないなど。無法者たちの集まりであり、命の保障などない集団だからこそ、彼らの人権を尊重した確固たる掟が必要なのだ。

 ラースが言う、ヴィカーリオ海賊団の掟を要約すると、こうだ。


『ヴィカーリオ海賊団に取っての正義とは己である。己が良しとする物を守り、己が否定するものを排除せよ。物は奪い、命は散らすもの。血肉は海に返し、やがて己も海へ帰れ。力こそ全て。信じるのは己であり、己を信じる仲間のみ』


「お前が俺を信じるなら、俺はお前を信じる。俺の信頼は絶対だ」

 基本的に束縛はしない。船を降りたいなら降りれば良い。罰則金を支払って余りある給与は支払われていると言う。ただ、ヴィカーリオの船を降りたいと言った者は、ごく僅かだったと言う前例もあるようだ。

「ただし、お前は貴重な技術者だからな!しばらくは同行してもらうぜ?」

「無論だ。僕ももう少しお前たちを観察してみたいんでな」

 今後ヴィカーリオの船を降りて他の海賊船に乗せてもらう時の参考にするよ、と嫌味をたっぷり篭めて言ってやれば、ラースは乾いた苦笑を零した。

 そんな会話をしながら、島の奥を目指して歩き続ける。

「さぁて、そろそろ人魚の住まう湖の畔に付くが……」

 気付け薬を飲んでおくと良いぜ、とラースが緑色の薬の入った小瓶を投げて寄越した。

「正直な話、必要ないと思うが」

「幻惑に引き込まれるぞ?」

 フン、と鼻で笑って彼を追い抜き、一人どんどん先へ進む。その背に慌てる声が刺さる。

「人魚の幻惑と言うのは、人間の本能部分を見透かし、刺激して惑わすものだろう。僕の性癖を見取って尚、彼女たちは僕を誘惑すると思うか?」

「って言ってもお前なぁ!」

 言い合う間も無く森の木々が開け、湖の畔を通る道へと出る。海にも続く湖では、美しい人魚たちが久々の来客に沸き立ち始めた。いくつもの異形の瞳が僕の内面を透かし見ようとその視線で僕を絡め取る。

「良いさ、よく見るといい。で、どの彼女から、何処から吹き飛ばされたい?」

 腰に下げていた真っ赤な鞭、ヴィーボスカラートを手に取り、足元の湖面をピシャリと叩く。波紋を描いた湖面が水柱を上げて爆発した途端、人魚たちはおぞましい者を見てしまったと言う顔をしてそそくさと水面にその身を翻した。残ったのは微かな水音だけだった。

「……お前何したの?」

「別に?ただあの岩の上に居た人魚を、五体バラバラに爆破してやりたいなぁって考えてただけだ。あの位の小柄さなら、きっと頭は綺麗に吹き飛ぶだろうなって……」

「……あー、お前は好みの子は爆破しちゃいたい系だったっけな!」

 その後はご想像の通り、セイレーンたちも僕の内面のおぞましさに文字通り尻尾を巻いて逃げていった。勿論、僕の内面だけではなかったようだけれど。


 試練の神殿は殆どが崩れてしまっていて、此処で何組もの海賊たちが剣を交えた事を伺わせる。大剣、小剣、弓矢、拳、魔法、銃、爆薬。ありとあらゆる攻撃方法の痕跡が見て取れた。爆破の痕跡が一番大きく、一番美しい。

 倒壊を免れた神殿の奥に進む。そこには在り来たりな礼拝堂が辛うじて残っており、巨大な石版だっただろうレリーフが最奥に鎮座していた。レリーフを飾っていたであろう金銀宝石の類は奪い取られ、それはすっかり巨大な石塊に成り果てていた。

「何かこれ以上の物があるとは思えんな」

「そう言うなって。コッチだよ」

 言ってレリーフの裏に隠された空洞へとラースは身を滑らせた。その空洞すらも、幾人もの人間が通った形跡が残されている。本当に探索し尽くされているのだな、と感心するくらいだ。しかしこの土壌は……ふむ。これは採取していくか。

「おい、何やってなんだよ早く来い!」

「わかった、すぐ行く」

 今度からナイフと麻袋を携帯する事にしよう。少量の土を掘り返しそれを鞭の柄へと仕舞う。火薬の化合物になる土だ。これはある意味、僕にとっての宝ではある。

 ラースの後を追って空洞の奥へと足を進めると、そこに小さな祭壇があった。祭壇の上でラースが手を振っている。

「ココだ!コレコレ!」

 その足元に、青い錆に覆われた髪飾りのような物が埋まっていた。

「コレは何だ?」

「わからねぇ!だがコイツを掘り返そうにもちっとも外れねぇんだ」

 膝を付いてよく観察してみるが、石にビッチリと食い込んでいて、この石を割るか当の髪飾りを割るしかないくらいだ。しかしコレに価値があるとは思えない。青錆で今にも朽ち果てようとしている鉄の塊にしか見えない。石に食い込んだ程度の物珍しさでしかない。強いて言うなら『名だたる海賊が破壊出来なかった』といわくつきの髪飾りか。

『あるじ様!』

「ん?何か言ったか?」

「いや、何も?」

 突然呼びかけられたような声が聞こえて、顔を上げた。

『ああ、ああ!あるじ様!お待ちしておりました長い長い間を、わたしくめはお待ちしておりました!』

 思わず振り返り周囲を見渡すが、僕たちの他に人や獣の姿すらない。顔を合わせたラースは、何も知らないよ?何も聞こえないし何も言ってないよ?と言う顔で首を横に振るだけ。

「……誰だ!」

『わたくしめでございます、鉄鳥(てつどり)でございます。あるじ様、わたくしめはココです!』

 思わず足元を凝視する。青錆にまみれた鉄の板が話をしている?そんな馬鹿な。

『馬鹿な話はございません、その通りでございますあるじ様!このまま朽ち果てるが定めかと思いました……奇跡は訪れたのです!』

「……ラース、本当に何も聞こえないんだな?この声が聞こえないんだな?」

「俺はむしろメーヴォ君の事が心配ですけど?」

「……僕にだけ聞こえていると言うのか?主など、人違いではないのか?僕は何も知らない」

 眉根にしわを寄せたしかめっ面の僕を、ラースは心配そうに見ている。彼には本当に聞こえていないんだ。

「貴様は何だ?」

『わたしくしめは、かつての技術者に命を救われた魔物で、魔法生物でございます。その技術者の血を引くのがあなた様でございます!』

「僕は平凡な家の生まれだ。技術者ではあるが、魔法生物の製造方法など知らんぞ」

『何も知らずにお育ちになられたのです。その金冠蝕の瞳こそが、魔法技術に長けた民の末裔である証。わたくしめの声をお聞きになるそれこそが、その証拠なのです!』

 唐突過ぎて付いて行けない。混乱している。まずその話をまとめよう。

「……ラース、聞いてくれ。話すから聞いてくれ。これは僕自身が話す事で今起こっている事態を説明、整頓する為に話すんだ」

「分かったから早く話せ!」

「よし……まずは、この青錆だらけの鉄の板だが、今コレに話しかけられている」

 怪訝そうにこちらを見るラースの顔は、精神病患者を目の当たりにしている健常者の顔をしていて腹立たしいが、今は無視する。

 この祭壇の石に埋まりこんでいる鉄の板が、自身は魔法生物だと言う。しかも僕にしかその声は聞こえず、彼……彼の声を聞く事が出来るのは、彼を作った技術者の血族である証拠らしい。

「つまりコレは間違いなくお宝だってことだな!」

「そうだな、価値ある一品だろう。だが、コイツは僕の事を主と勘違いしている」

『勘違いではございません!かつてのあるじ様が、新たなあるじ様がココに至った時、力を貸すようにと命ぜられたのです!ですから、わたくしめの声をお聞きになる、金環蝕の瞳を持つあなた様が!わたくしめの新たなあるじ様なのです!』

「……随分と強引なヤツだ。これは定められた運命だと言っているよ」

「なっんだよ!羨ましいじゃねぇか魔法生物に主人として見込んでもらえたなんてよ!お前を掻っ攫ってきた俺も鼻が高いぜ!」

 そう言う問題ではない。

「勘違いでも何でも良いだろ!そろそろ本人?うん、本人がお前に仕えたいって言ってんだからよ、貰っとけって!」

 貧乏性か!

『そうですぞ、あるじ様!わたくしめ、こう見えても結構活躍出来ますぞ!』

 お前の話は聞いてない!

「そもそもコレをどうやって取り外すんだ!この祭壇をコレだけ傷付けて尚外れなかったんだろうが」

『それはわたくしめの意思でこの祭壇を護ってきたからです。今なら、あるじ様の一撃で粉砕出来ましょう!』

 ご都合主義か!もうこうなったら、どうとでもなれだ!

「ラース、この祭壇を吹き飛ばすから下がってくれ」

「おう、よし来た!」

 ヴィーボスカラートを手にして、祭壇の前に立つ。この特製鞭の先端には火薬を内蔵した重石が付いていて、鞭の先端数十センチには火打石を砕いて編みこんであるため、火薬に反応して遠隔爆破させることが出来る。この祭壇を破壊するには、発破力が足りないので使用しないが……コートの裏側にあるポケットに仕込んでおいた火薬玉を手にし、それを祭壇に向けて放り投げ、素早くヴィーボスカラートで着火、同時に祭壇に向けて弾き飛ばす。轟音が立て続けに響き、衝撃波が波紋を描くように走る。ズズン、と鈍い音を立てて祭壇が真っ二つに割れた。

「ヒュー!鮮やかぁ」

 感嘆の声を上げて拍手しながらコチラへ向かって来たラースの足が止まる。その顔が恐怖と驚愕に染まって固まる。丁度僕の後ろ、この空洞の入り口を見て、彼は固まっている。

 それ、に気付いた瞬間、首筋を食いちぎられるような恐怖に身体が硬直した。いる。そこにいる。振り返らずとも分かる、その存在感。

『おお、おお!ついにわたくしめは自由になった!』

 僕らの緊張感を他所に、割れた祭壇から嬉しそうな声がする。キン、と空気が震える音と共に、青錆だらけだった鉄の板が見違えるように光を発して浮かんでいた。

 深い海の底を思わせる濃青緑の半面に羽根飾りの付いたような、鳥を意匠した不思議な形の髪飾り。それが自ら鉄鳥と名乗っていたモノの正体だった。

『おお?おお!海神公ではありませんか!』

 ああ、その名を改めて聞きたくなかった。

『鉄鳥殿よ、ついに主と見えたか?』

『はい、ご覧の通りでございます!』

『貴殿、海賊か』

 呼ばれて、答えぬ訳には行かなかった。破裂しそうな心臓で、重い体を反転させる。

 漆黒のコート、大波のようにうねる長い黒髪、大きな傷で潰れた右顔面、細身だが見上げるほどの巨躯。無表情にコチラを見る左目が、己の内面と魂の奥すらも見透かすように僕を射抜く。

 ドラゴンスレイヤー・ニコラス、海神ニコラス。その本人が、目の前に立っている!震える声が僕の口から零れ落ちる。

「メーヴォ=クラーガ。ついこの間、海賊になったばかりだ」

『勇敢なるカモメは海賊に成り果てたか』

『メーヴォ様は崇高なる技術者の魂を持った海賊でございます!』

『……そうか。よき主と再会したな、鉄鳥。次に見える時は敵かも知れぬぞ』

『長きに渡った友情は、この先も永遠でございましょう。貴殿の海路に、天道の導きありますよう』

『ふ、貴殿にもな』

 声を発せず、鉄鳥はあの海神ニコラスと語らい、そして互いの健闘を祈りあった。海神ニコラスは何事もなかったように振り返り、空洞を後にした。

 漸くの事で息を吐き出すと、足の力がガクンと抜けてしまった。よろける様に両膝を付いて座り込む。背後で同じように砂利の鳴る音がして振り返れば、ラースも同じように尻を着いていた。

「……」

「……」

 ラースも僕も、割れた祭壇を挟んで顔を合わせ、ほぼ同時に大きな溜息を吐いた。

 恐ろしかった。アレが今世紀最も恐れる、最も海賊王に近いとされる海賊の気迫か。きっとラースも同じように圧倒されていただろう。

『あるじ様!おお、どうなされた!』

 ふわっと浮かんだ鉄鳥が、顔の前に飛んでくる。文字通り飛んでいる。

「……夢じゃあないんだな」

 あの海神と対峙した。魔法生物に主と慕われた。僕は海賊になった。どれも夢ではないようだ。

「供物に祈る間もねぇや……メーヴォ、メーヴォ!ちょっと、助けて。腰抜けちゃって立てねぇや……」

 へらっと笑って助けを呼んだラースに、僕は思わず笑った。

「は、ははは!だらしない船長だな!」

「うるせぇ、お前だって似たようなもんだろ!」

「ははは、海賊になってたった十日で武勇伝が出来たぞ」

「まったくだ、スゲェ船員を拾ったってもんだ」

 フワフワと飛ぶ鉄鳥を引き寄せ、左の耳に掛ける様に止まらせる。出来ればこうしてアクセサリーみたいにしていてくれ。飛び回って人目に付くのは良くない。船に帰ったら他の船員に紹介しなくてはいけない。

『かしこまりました、あるじ様』

「さて、大きな収穫もあったことだ。帰ろうか、僕の船に」

「俺の船だバカやろう!」

 おっとそうだった。

 つい先日、同じように引っ張られた左手を、今度は引いて、少しだけだらしない船長に肩を貸して、僕たちは船への道のりを帰った。


おわり。


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