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13-3 たたりに溺れる

 スキュラは高揚していた。

 過去に『鑑定モノクル』スキルを入手した時も心臓の鼓動は高まったが、今回の幸福感は過去のどの瞬間よりも勝っている。『同化』スキルで得た青年一人分の肉体が馴染むにつれて、鼓動は更に高まっていく。

 戦力の大半は失ってしまった。

 重要なスキルをいくつも手放してしまった。

 それ等すべて、実に些細な損害でしかない。

 本来、スキュラが欲したのはどんな魔族も圧倒できる力である。チマチマと相手の情報を入手して、手札を吟味し、戦術をくわだてなければならない『鑑定』スキルなど、趣向に反していた。

 スキュラが欲しかったのは、御影なるアサシンのような分かり易い異常性だ。

 御影を同化できた今、スキュラは潜在的にも後天的にも、真の魔族として生まれ変わろうとしている。

 人間は誕生日を祝うものだと、これまで同化してきた人間の記憶から把握している。脆弱な人間族の習慣にしては実にセンスが良い。

 スキュラは誕生を祝うため、雄たけびの如き産声を叫び上げる――。




 産道を潜り抜けるような感覚の後、スキュラは全身に浮力を感じていた。産道の先が羊水で満たされているのを不思議に思い、周囲を確認すると、そこはだだっ広く薄暗い、海中のような場所であった。

 地平線の先まで見渡しても、何も見えない。

 海中の底の方は暗闇が広がっていて、底が知れない。

 海面の上には光源は見えるが、魔族たるスキュラにとってまぶしさは好まれるものではない。

 雰囲気から、スキュラは傍を流れる天竜川に落下したのではないと理解する。この奇妙な場所からさっさと出て行こうと海面を目指す。

 しかし、スキュラの体は浮上しない。背中を何者かに掴まれてしまった所為で、板に釘打ちされてしまったかの如く停止してしまったからだ。

 スキュラ程の化物を力で拘束する相手は誰なのか。スキュラは即座に振り返ってその姿を確認する。



「――お姉ちゃん、返して?」



 目を疑う光景とは、スキュラの現状を示す。

 六匹の犬と数多あまたの死体を従える、完全な姿のスキュラの背後に手を伸ばしていたのは、人間族の幼女だった。幼女のか細い腕が犬の尻尾を掴んでいるが、たったそれだけでスキュラは金縛りになって動けずにいる。


「――お姉ちゃん。私の体を返して」


 幼女の発言の真意を考察する間もなく、スキュラは肉体をむしりとられる激痛に苦悶した。

 どこにそんな力があるのか。幼女は犬の尻尾を無理やり引きちぎると、幼女の体と同じ重量の肉を奪って海の底に消えていく。


「――孫の分だけでなく、ワシの分も返して貰おうか」

「――私達の体もカエせ」

「――ブッヒィ、ブヒ」


 幼女が消えて危険が去った訳ではない。

 海の底からは別の人物が次々と現れては、幼女と同じようにスキュラの体を力任せに毟っていく。出現しているのは人間族だけではなく、セイレーンやオークといったモンスターも含まる。

 最初の幼女の顔は忘れていたスキュラも、モノクルの老人やセイレーンの顔は覚えている。

 彼等彼女等は、スキュラが『同化』スキルで体を奪った犠牲者達だ。


「――私のもカエせ」

「――俺のもカエせ」

「――全部、全部、カエせ」


 海底から浮かび上がる人数は経過時間と共に倍化していき、容赦がなくなる。

 軍隊蟻ぐんたいありに群がられた羽虫と同じ。あるいはアマゾン川でピラニアの集団に噛み千切られていく子羊のように、スキュラはただ一方的に搾取されるだけのにえになっていた。激痛がするたびに、確実に体は小分けされていく。

 犬の大腿部が失われた。

 死体は根元から奪われた。

 こじ開けられた口から歯茎がねじり取られた……。

 真性の化物であるスキュラは、己がどうして抵抗もできないまま体を解体されていくのか、さっぱり理解できない。

 ただ、激痛の合間に、真っ黒い恐怖を感じるようになってきている。同化した分だけ体の肉を全部奪われたら、残るのは元の頼りない体だけとなる。魔族の森で、他種族や魔王にビクビク震えていたあの頃の体に戻ってしまう。容認できない恐ろしさだ。

 不安に駆られたスキュラは海面に向けて手を伸ばすが、手と呼べる部位はほとんど持ち去られているため意味がない。

 海面まで逃げるため、海洋の魔族たるスキュラが本来所持している魚の尾を展開しようとするが、こちらは尾を出した途端に骨も残さず奪われてしまい、無意味に終わる。

 どうして私の体まで奪うのか。魚の尾は元々私のものだと、スキュラは見当違いな怒りを海底に向ける。

 そんなスキュラが可笑しくて、赤い袴の少女はクスクス笑っていた。



「――あーあ、私は死んだ後に体を利用されていただけだから、まだマシだけど。こんなに情けないモンスターに利用されていたと思うと、クスクス笑いをマネしたくなる。気色悪いから二度としないけど」



 先代の炎の魔法使い、皐月の師匠らしき少女の両手が、スキュラの視界の左右に伸べてくる。

「私のマネして弟子に酷い事言った報いだ。精々痛がれ」

 両目の眼球を引き抜かれて、スキュラは叫び上げた。

 恥も外聞も気にしている場合ではなくなった。この恐ろしい海から一刻も早く逃れるために、スキュラは主様から頂いた『奇跡の葉』を発動させる。欠損した体を修復し、全力で海面を目指し、泳ぎきるつもりだ。

 しかし葉は一度淡く光っただけで、特別な効果を発揮せずに消えていく。


「――お前は私の浅子を傷付けた――」


 どうして、と主様を恨むスキュラに、また別の人物が語りかけた。



「――お前は私の浅子を傷付けた。私の浅子が傷付いた。私の浅子を殺そうとした。私の浅子が泣いた。私の浅子を一人にした。私の浅子を孤独にした。私の浅子に魔法を使った。私の浅子を泣かした。私の浅子を、私、浅子、わたし、浅子浅子浅子浅子、わ、ワワワワワ、浅子浅子、浅子、ゆ、ユユユユ、浅子浅子、許さない許さない許さない許さない許さない許さない許されない。妹のためにシネシネシネシネシネ――――」



 息継ぎなしに怨嗟えんさを口走る人物は、目を失っても長年のお気に入りだけあって即座に分かる。

 先代の氷の魔法使い、浅子の姉だ。彼女はスキュラの腹に手を突っ込んでは、内臓を一つずつ丁寧に奪っているので時間が掛かっている。

 スキュラ自らが燃やしたはずの浅子姉。もう存在しないはずの浅子姉がスキュラを呪っている状況から、スキュラは何が起きているのかどうにか理解する。

 浅子姉を含めて海底から出現した者達は全員、亡者だ。スキュラが演じていた偽者ではない、本物の死者達である。

 であればスキュラは現在、己が同化した生物全員から呪われているという事になる。

 真性の化物たるスキュラが、人間族や下等モンスターに呪われるなど摂理に反している。不気味過ぎてホラーだというのに笑えない。



「――スキュラ。お前の世界と地球は違う。特に日本ではたたりなんて夏の風物詩になるぐらいにメジャーだ。他人を粗末にすれば、最後は自分も粗末に使われるのが当然なんだ」



 最後に声を掛けてきた人物は、スキュラが先程同化したばかりのアサシン、御影だった。

 御影も体を毟りにきたのかと勘違いしたスキュラは、痩せ我慢気味に御影を笑う。

暢気のんきだな。笑うための笑窪えくぼどころか、全身すべてもう残っていない。そんな状態で、笑っていられるのか?」

 体が動かないのは金縛りの所為。こう勘違いしていたスキュラだったが、あれだけ感じていた激痛が綺麗に消えている。

 つまり、痛覚を感じるべき体が既に存在しない。


「回復アイテム、『奇跡の葉』が発動しなかった理由が分かるか。お前の体なんて最初からなかったんだよ。『同化』によって他者を吸収し続けていたお前は、自分で自分が分からなくなっていたんだ」


 そんなはずはないとスキュラは御影を否定する。

 己は魔族のスキュラであり、将来は魔界の王として世界を治める存在だ。こんな訳の分からない場所で終わるようなちっぽけな存在ではない。

「その馬鹿な野望も、たぶん同化した別の魔族の思考だろう? お前のものじゃない。他人の記憶で他人を演じてきたお前には判断できないだろうが」

 違う、と叫ぶ口さえないスキュラ。

 そんな悲惨な化物に対して、御影は残忍な態度を崩さない。


「あるいは、スキュラなんて化物は最初からいなかったのか。『同化』スキルでスキュラを奪った別のモンスターがいたはずなのに、そんな大切な事さえ忘れてしまったのか。可哀想だ。本当に可哀想だ」


 体を全部奪っていっただけでは飽き足らず、今度は自己同一性まで奪うつもりか。『同化』スキルで多くの生命を奪ったのは確かだが、そんなの向こうの世界でもこちらの世界でも珍しくない事だ。スキュラだけがこんな仕打ちを受けるのは間違っている。

 不条理に反論するため、スキュラは無い瞳で御影をにらみつける。

 ……睨んだという気持ちで己を納得させたいだけだったのに、スキュラは不注意にも見てはいけないモノを見てしまった。『鑑定』スキルを喪失した時の経験は、生かされない。



「可哀想だ。俺と似ていて、本当に可哀想だ」



 海面を背にした御影は、黒い人形ひとがたのようだった。

 しかし顔の上半分に大穴が開いていて、とてもじゃないが真っ当な人間には見えなかった。

 大穴の底知らずな黒色に、スキュラは生物としての純粋な恐怖を発症する。

 発狂し掛けながらも、御影から逃れようと海底を目指す。が、海底もやっぱり底が見えない黒さが広がっていると気付き、どこにも逃げ場がないとさとる。

 スキュラが停止した瞬間を狙って、深海から無数の亡者の腕が伸びてくる。あるべきところへ帰るべきだと、下へ下へと引っ張っていく。

 スキュラは魔族でありながら、人間と同じように幽霊の集団に恐怖した。体があれば泣きべそをかいていただろうが、スキュラには泣く資格さえないのだろう。

 切羽詰ったスキュラは、とうとう御影に対して死にたくないと懇願する。


「死ぬ? 違う違う。お前の場合は、いなくなるんだ。そこの人達とも違って、本当に完全消滅する。……最後なんだし、その消える恐ろしさも味わってみろ」


 恐怖すら消えてなくなると、黒い人形は親切を装った悪意で今後の展開のネタバレを行う。

 スキュラの自我は叫びで満たされた後、少し深度が下がっただけで崩壊してしまう。

 そして最後は亡者に牽引けんいんされて――海底の黒さに紛れて消滅した。

スキュラという化物に相応しい最後を用意しました。

『同化』スキルを思いついた時から、スキュラの最後はこうあるべきだと

考えておりました。

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 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない  (絶賛、連載中!!)


― 新着の感想 ―
[良い点] 【亡霊を装いて戯れなば、汝、亡霊となるべし】  人間を取り込み続けた化け物は最後には自己を保てない。  純粋な実力だけで戦わない、他者依存の化け物ほど自業自得の末路が似合う敵役もいないで…
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