13-2 裏切りには対価を、姉知らずには代償を
「俺はアジサイの姉を助けた。だから、アジサイの姉が願ったはずの願いが叶うように助力した。だがな……、アジサイの姉を助けるとは一言も言っていない」
「……え、何?」
「一つの魂が分かれて生まれたような姉妹の姉が、姉と同じ末路にならないように妹の救済を願うだろうとは、簡単に想像できる。妹を見ていれば良く分かる」
「御影、よしてよ。姉さんはどこ? どこにいるの??」
「アジサイ、現実を見ろ。死人は生き返らない」
背中を向けたまま、不誠実な立ち位置で俺はアジサイに語りかける。とてもじゃないが、傷付けている少女の顔を見下ろす気分にはなれない。
全面的にアジサイが我侭なだけだと俺は思っているが、俺だけかもしれない。傍から見ていれば、大学生が年下を騙しているだけの構図でしかない。
それに親しい人間を失った人間なら誰でも等しく、アジサイのように無い希望にだって縋ってしまうのだろうとは予想できる。それを、死人が悲しむぞと尤もらしい事を言って、有耶無耶にしようとしている俺は最悪だ。
「……嘘。嘘よ。嘘って言ってよっ!」
「妹なら姉の気持ちを汲んでやれ。それでも俺が許せないのなら、恨んでくれて構わない。俺の所有物であり続ける必要もない」
「そんな言葉は望んでいないッ。姉さんをどこにやったッ!」
感情を爆発させたアジサイは、立ち上がって俺の背後にぶつかってくる。華奢な体からは想像もできない力で押されてしまい、たたらを踏んでしまう。
アジサイの力は増すばかりで、俺は数歩進んでは止まるを続ける。
「何が姉さんの願いよッ。姉妹の事に口を出すなと言ったはずなのに!」
「助けてくれと言ったのはアジサイだ。頼んだ相手が悪かったな。力が及ばず、申し訳ない」
「違う。違うっ!」
普段の他人知らずな態度から変貌しているアジサイに驚き、皐月は俺からアジサイを引き離そうとする。
「ちょっとアジサイ。御影に限らず、誰にだって死んだ人間を生き返らすのは無理だから」
「でも、約束したッ! したのに、御影は裏切った!」
皐月の手を振りほどき、アジサイは更に俺を押す。
終着点は焦げ臭い黒い塊が堆積している場所。動くものは何も残っていないが、アジサイの姉の遺体も残っていない。
スキュラを滅ぼしただけでは、アジサイの心は救われなかった。
魔法少女を救うしか能のない俺では、きっと、アジサイの心までは救えない。
「何か言えッ、裏切り者ッ!」
「……すまない」
「だから、違うッ!」
アジサイ程ではないが、俺の心も荒んでいたため、一杯一杯だった。
だから、黒い塊が動かない事に安心して、棒立ちを続けている。元々はスキュラに同化されたモンスターの死体が大半なので、通常通りの消失現象が発生していないだけかもしれない、と安易に考えていたのだ。
だが、網膜上には未だにスキュラ討伐のポップアップが浮かんでいない。アジサイとのやり取りに疲れ、経過時間を正しく認識できていなかったため、遅いとは思わなかった。
すべては、拙い言い訳だ。
“――――アサシンよ、お前の体は貰ったぞ。クスクスッ!!”
野太い声は地面の下から響いてきた。
足元の大地を砕き、砂煙を上げながら出現したのは、たった一匹になってしまったスキュラの巨大犬。他の犬と癒着していた部位を無理やり引きちぎった所為で、前脚は片方しかなく、脇腹が赤く裂かれて内臓が飛び出てしまっている。
高く飛び上がった犬は月を隠し、俺を見下ろす。
「御影ッ! 逃げてッ!」
「早く逃げるのです、御影!」
皐月と落花生は同時に警告するが、完全な不意打ちの所為で俺の体は指示に従わない。
地面から現れたという状況から、犬は皐月がドロドロに溶かした地面に潜って、重機関銃と魔法から逃れていたのか。たった一匹逃しただけで足元をすくわれるとは、やはり天竜川の黒幕は侮ってはならない。
犬の胴体が、頭上から重力に従って落ちてくる。
スキュラは何故か俺の体を所望しているようだが、だからといって他を見逃してくれるはずがない。例えば、このままでは俺の背中を握り締めている少女の体もスキュラに奪われてしまうだろう。
実在するだけで害悪な存在だが、スキュラも最後の最後で役に立つ。
アジサイを裏切った俺に相応しい末路をスキュラは用意した。背中のアジサイを強引に弾き飛ばして、俺は一人で惨めに化物と化す決断を下す。
「――御影ッ、待って、まだ姉さ――、あ、違う。私はそんな、ああ、いやッ!?」
犬の落下範囲からギリギリ逃れたアジサイに、最後に言い残す事は何だろう。
「違う。御影までいなくなるなんて、私は嫌、ヤダ、イア、あっ」
「アジサイの姉を救ってやれなくて、ごめ――」
数百キロの巨体に潰されて、俺の視界は上から下へとグチャリと黒く塗りつぶされていく。
俺という感覚や、アイデンティティーと呼べるものはすべて、無に帰す――。




