13-1 スキュラ掃討
某日、某国――。
「いやー、銃撃ちに来るお客さんは多いですが、お客さんのように羽振りが良い方は珍しいですね」
熱帯のリゾート地。その名はグアム。
観光業が盛んな土地であり、美しい自然を求めて日本やヨーロッパから多数の観光客が訪れる。
関西国際空港からならおよそ四時間の旅路だ。やろうと思えば日帰り海外旅行もできるだろうが、俺のようにセスナをチャーターしてまで一日二往復しようとしている人間はいないだろう。『暗器』で隠せる武器が一つしかないので仕方がない。
観光が盛んな一方で、領土の三分の一を占めるのは米軍の軍事基地。
太平洋に浮かぶこの島は米国領だ。米国である以上、政治や法律も米国本土に準じている。
「ただのミーハーですよ。銃には詳しくないですし」
「ただのミーハーが道楽で百万円単位の金を注ぎ込みますかね。お若いのに稼いでいてうらやましい。日本もまだまだ不景気でしょうに」
日本とは異なり、米国の法律では市民の銃所持が保証されている。市民権を持たない観光客でも、銃を撃っても法律違反にはならない。
「扱い易い拳銃というご希望であれば、SIGがお勧めですな」
「プロの使う銃ならブローニング・ハイパワーだと聞いていました」
「自称通りミーハーですな。昔の映画ではそうですが、もう時代はSIGに移り変わっています」
透き通るような海を代表とする自然目的ではなく、硝煙に汚れる銃の射撃目的でも観光客はグアムを訪れる。
「ブローニングはM2で十分でしょう。ご希望通り、こちらの重機関銃であれば熊だろうと化物だろうと蜂の巣ですな」
ここの野外射撃場のオーナーは日本人のおじさんだった。英語は英検B級レベルでしか会話できなかったので、話が通じて何よりだ。
話が通じると言えば、店の目玉商品であるブローニングM2重機関銃を俺専用銃として譲ってくれた事もそうだ。
「米国も不景気でして、経営者としては運営費を稼がなければならないのですよ」
ここの射撃場では客が銃を買い取って、各自のロッカーで管理するというシステムを採用している。
もちろん、買い取ると言っても射撃場の外には持ち出せない。が、場内での管理は放任的だ。客自身がメンテナンスを行うのもサービスの一つである。
「しかし、せっかくご購入されるのに装填方法のレクチャーと試射のみですか」
「今日は時間がないので。あ、ロッカーに保管している間は、本当に誰も触りませんよね?」
「定期点検はありますが、半年後ですので。お客様の愛銃には触れないというのもサービスの一つです」
現時刻、天竜川下流――。
銃口が火を噴くたび、暴力的な反動で体が十センチ近く後退していく。それが一秒間に数度と繰り返すので、重機関銃を握る手が急速に痺れていく。
非力なアサシンでも『力』は常人の倍はあるのでどうにか保持できている。それでも一分ぐらいが限界だろう。弾数的に、一分も持たないだろうが。
本体の固定が甘い所為で銃身が上下に大きくブレている。だが、多少ズレても的が大きいお陰で全弾命中していた。
“まさか、私の『歌声』と『魅惑』の二重掛けが破られるとは――ッ”
『歌声』を発していたセイレーンの顔が、次の瞬間には赤い血飛沫と化す。
弾の着弾点は穴が開くでは済まされない。秒速800メートルで発射される携帯消臭スプレー缶と同等の極太弾丸は、射線上にあるものすべてを弾け飛ばし、食い破っていく。一発の値段が六千円というのは伊達ではない。
スキュラに対して、地球製の武器は有効だ。
六匹いた巨大犬の半数は顔の形が残っていない挽き肉と化している。
犬の背中に生えている犠牲者達は着弾と同時に複数人が飛び散り、最も銃撃にさらされている前面には部位単位でしか死体が残っていない。12.7×99mmNATO弾は人間程度の有機物は障害とならないため、前面から後方へと次々と貫通し被害を拡大させつつある。五臓六腑が無事な死体はもうほとんど残っていなかった。
「オノレッ、オノレッ、オノレッ、オノレェェェェェッ!!」
老人の死体が断末魔を上げる。と同時に、スキュラ本体に隠されていた同化死体が解放されていく。
膨れ上がった死体の塊を、文字通り肉の壁として使うつもりか。
オークは脂肪と筋肉があり、リザードマンには鱗がある。それらは確かに強靭であるが、所詮は生物としてはという評価に止まる。重機関銃の雨は、どのモンスターも平等に血と肉に変化させていく。
勝負を決めるのは、重機関銃の威力と残弾。
スキュラの同化解除による死体放出に、ブローニングM2重機関銃はやや押されている。
弾数も問題で、『暗器』スキルで輸送できた弾は装填済みだった百と十発のみ。しかも五発に一発は射線を見るための曳光弾で威力はない。
意表を突いてスキュラを攻撃したまでは良かったが、このままでは押し負けてしまうだろう。
……俺一人だけが奮戦した場合の、あまり意味のない考察だ。
「アジサイッ、頼む!!」
「――串刺、速射、氷柱群ッ!!」
スキュラの銃撃にツララの弾が加わって、劣勢だった状況が優勢に移り変わっていく。
俺と密着したままの仰向け体勢で、アジサイはスキュラに向けて両手を掲げる。重機関銃の射撃音に紛れながらも完成した呪文により、アジサイの手の平からは氷の弾丸が発射されていた。
アジサイとの協力で、スキュラの悪足掻きを強引にねじ伏せる。
スキュラからは多くが失われた。犠牲者達から奪ったスキルもまだまだ隠し持っていたかもしれないが、有力な死体はもう残ってはいない。山積みの肉片と化した化物からはもう脅威は感じられない。
それでも、追い詰められた化物が酷く厄介なのはギルクで経験済み。
可能であればこのまま仕留めたいところだが、カラカラとギアが空回りする無情な音を重機関銃は鳴らす。
「クソ、弾切れかよ!?」
“耐えたッ! 耐え切ったぞォォッ!!”
聞いた事のない野太い声が歓喜している。俺の弾切れを喜んでいる事から、声の主がスキュラなのは間違いないだろう。
代弁させるための死体さえも失った瀕死状態であるが、スキュラは未だ健在だ。
「御影っ、私の魔法も止まる」
アジサイの魔法もクールタイムを迎えて、スキュラへの攻撃が完全に停止する。
仕留めそこなったツケは大きい。大魔法一発で倒せるところまでスキュラを追い込んだというのに、その一発を放てない。
地面に密着した射撃体勢が仇となった。
重機関銃を置き去りに、アジサイを抱えて中腰になるが、それ以上をスキュラは容認しない。
“二人仲良く! 私の身として、生涯仲良く! クスクス!!”
肉片の間から這い上がってくる雑多なモンスターの群が、失った体を補充しようと俺とアジサイに群がってきて――。
===============
“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく。
このスキルを得る前提条件として、『破産』系スキルを取得しなければならないため、『運』のベースアップは行われない。
スキル取得によって『成金』『破産』は強制スキルではなくなり、自由にスキル能力を発動できるようになる”
===============
“ステータス詳細
●力:18 守:6 速:36
●魔:0/0
●運:10 + 50”
===============
「――――爆裂、抹消、神罰、天神雷!! 見苦しい怪物は、消えろです」
弾薬炸裂の火花など比べ物にならない光量がスキュラを包む。
重機関銃の射撃音よりも巨大に轟く雷鳴が、俺とアジサイに迫っていた死体群を弾き飛ばす。
晴天だったはずの夜空より突如零れ落ちてきた青白い稲妻が、スキュラの肉体を貫いていく。
瀑布の如き電流は触れる物すべてをショートさせていった。バリバリという音を輪唱しながら、血肉は黒く焦げた物体へと不可逆で致命的な変化を起す。
スキュラという化物がいた場所には、もう黒い何かしか残留していない。
掃射によって散々傷付いていたスキュラの本体はほとんど死にかけだったが、とうとう、電撃の大魔法によって完全に使い物にならなくなってしまった。
近場の地面に、誰かが降り立つ。
「……雷? ピーナッ子?」
「落花生ですっ! 氷の人はいい加減名前を覚えるです! だいたい、そんな裸で男と抱き合っているなんて、なんて破廉恥な」
「……前に裏切った癖に、恥ずかしくない?」
「今助けたので帳消しですッ。御影ともそれでおあいこです!」
助けに現れた落花生が、さっそくアジサイと仲良く打ち解けていく。細かい部分では許せないところも残っているだろうが、二人の魔法少女に敵対の意志はない。
スキュラを起因とする確執は、スキュラの協同撃破によって拭われたと信じたい。
「…………御影。少し見ない内にアジサイと親密になったようね。裸で抱き合うぐらいに親密で暑苦しそう。だから、火事が起きても仕方がないかー」
「いや、それは違うぞ、皐月。俺は着衣しているから裸で抱き合っている訳じゃない」
アジサイからゆっくりと手を離し、俺は平静を装いながら背後に現れた彼女と向き合う。
===============
“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく――”
===============
“ステータス詳細
●力:18 守:6 速:36
●魔:0/0
●運:10 + 100”
===============
皐月の視線は、不本意な気持ちが梱包されているためか、炎属性の癖にジットリとしている。
スキュラ本体とは別働していた死体群から逃げ回るのに『魔』を消費していた皐月には、俺を燃やせる力は残っていない。だから、当面の間は燃やされる恐れがない。ありがとう、スキュラ。大人しく死ね。
三人の魔法少女は全員生還。俺も無傷に等しい。
これで何もかもが解決した……などと、暢気な思考はしていられない。
「――――御影、姉さんは??」
足元からポツリと呟かれた疑問に、俺は答えなければならないのだ。




