12-11(青) 妹は姉を失い、アサシンは理性を失う
スキュラのステータスです。
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“●レベル:77”
“ステータス詳細
●力:201 守:120 速:23
●魔:175/261
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●スキュラ固有スキル『ヘルハウンド生成』
●スキュラ固有スキル『誘惑』
●スキュラ固有スキル『同化』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●リザードマン固有スキル『耐打撃』
●オーガ固有スキル『力・良成長』
●ヘルハウンド固有スキル『群統率』
●セイレーン固有スキル『歌声』
●隠者固有スキル『鑑定』
●剣士固有スキル『刃物扱い上手』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』”
“職業詳細
●スキュラ(Aランク)”
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スキュラは動揺していた。
異世界の魔法使いを相手にしたお遊びで、主戦力である二体の魔法使いを失う失態。その誤算を生じさせた存在が、少し前までの興味の対象であったマスクのアサシン、御影なる人物だとは、どうしても思えなかったからである。
ギルクを倒した御影。
オーク族とは言え、クラスチェンジしたギルクはパワーだけであれば強大だった。それを無名の、しかも人間族からも忌み嫌われるアサシンが達成したという事実。
スキル所持者のコレクションに余念のないスキュラにとって、これ程までに食指が動く人間はいなかった。後に裏切られたが。
最初に遭遇した際――浅子を初めて襲った時、浅子姉の体だけで赴いたのは失敗だった。モノクルの老人の眼がなければ『鑑定』スキルを発動できないからである。
だから昨晩、落花生を使って誘き寄せて調査したのだ。
そして、改めて確認した御影の正体は、予想外にもレベル0の凡人だった。遠方から黒いバイクで疾走している姿を見ただけであるが、『鑑定』スキルは完璧である。見間違えるはずがない。
人間を襲うのは趣味であるが、ツマラナイ人間を襲う時間は惜しい。
たった一目で、スキュラはマスクの御影に対する興味を失っていた。一応、お遊びの邪魔をされないように、落花生に付近の警戒をさせていた。いくらドジな娘とはいえ、レベル0の凡人にレベル71の魔法使いが敗れるはずがない。
……そうした采配が、見事に狂わされたのが現状だ。
浅子姉についてはお遊びが過ぎたためであるが、先代の炎の魔法使いについては完全な不意打ちで失った。
まさにアサシンらしい行動とも言える。味方である浅子の心が壊れていく瞬間を平然と見逃して、敵の魔法使いを討つ事のみに集中していたのだから、人間という生物は化物とは違って理性的で恐ろしい。
レベル0のツマラナイ人間に大事なコレクションを壊された事実は、スキュラを動揺から立ち直るよりも前に、怒らせた。
「殺せ。見苦しく叫ばせろ!」
体からゴブリンを数匹放出して、御影を撲殺するように命じる。
この迎撃のために貧弱なゴブリンを使った判断も、スキュラの誤りの一つとなる。
両腕を水平に保つ独特な構え方で走る御影は、進むのに邪魔だったゴブリンを苦もなく処分する。
「あの武器は……なんじゃ?」
刃物が届く距離ではないが、弓を使った気配もない。ただ、ゴブリンが殺される瞬間に、耳障りな破裂音が響いただけである。
破裂音の振動が、怒りばかりが先行していたスキュラをやや冷静に思考させる。
まずは飛び道具の正体を探るために『鑑定』スキルで、御影の手元を見る。
「SIG P226? 9mmパラベラム弾使用の自動拳銃?? 装弾数は十六発で残弾は九――」
モノクルの老人は網膜に映し出される鑑定結果を意味も分からず読み上げていく。
「――馬鹿なッ、この国にはない武器ではないか!」
自動拳銃という武器の特性を別途鑑定し、初めて銃の脅威度を正確に把握した老人は喚いた。
スキュラ下半身の巨大な犬のように、分厚い皮膚を持つ大型生物ならば、銃は恐ろしい武器ではない。
しかし、コレクションの中核を担う人間の脆弱な肉体を破壊するだけであれば、これ以上ない程に高効率な殺傷武器である。
老人の声が目立っていたためか、御影はスキュラ本体のやや後方に射線を合わせる。
魔法使いだけなら代替品が手に入るが、『鑑定』スキルを保持する老人は代えがない。
「ッヒぃっ」
老人が発した情けない声はスキュラの心の声だ。
不恰好に頭を抱えて身を縮める老人。彼を守るように周囲の死者が本体から接続を解除し、両手を広げる。御影の射撃が命中した死体は、本体の巨体からずり落ちて地面に落ちていった。
姉の喪失にガタガタと震えるだけの浅子のもとへとたどり着いた御影は、ハンドガンでは倒せない六匹の犬と平然と対峙する。
「六匹の犬までは伝承通りか。上の方は全然違うようだが……人数ばかり集めた烏合か。これなら、まだギルクの方が強そうだったな」
「ほざけ、レベル0の小僧がッ」
「……レベル0? 何を言っている??」
老人の罵声と犬の唸り声にまったく怯えず、本当に不思議そうな仕草でマスクが傾く。
「俺はレベル19だが?」
六匹の巨大なアギドを目の前にしながら、大した演技である。が、命を賭ける程に意味のある名演ではない。
レベル77のスキュラに対して虚勢を張りたいのであれば、勇者に憧れる幼児の如くレベル100と誇張すれば良い。何故、まだまだビギナーなレベル19と呟くのかスキュラには理解できない。
いや、そもそも理解する必要はない。老人であれば一目瞭然だ。
レベル0を再認するためだけに『鑑定』スキルを行使するのは業腹であるが、SIG以外の近代兵器を隠し持っている可能性は十分にある。武器を探るために『鑑定』スキルを使用する、これならばスキュラも納得できる。
老人は弾避けの肉壁に隠れながら、御影の姿を視認する。
「どれ、お前のすべてを暴きだし――」
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“●レベル:Void《空》
“ステータス詳細
●力:Void 守:Void 速:Void
●魔:Void
●運:Void”
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「――な、ワシに見えぬものなどあるものか!」
モノクルの老人は額を歪めて御影を凝視するが、網膜には何も映らない。
妙に仄暗く感じる瞳孔を酷使する。
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――Void《空》。
――Void《空》。Void。Void。Void。Void。Void。Void。
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「『鑑定』できぬじゃと! そんなはずがあるものかッ。『鑑定』スキルは最上級のレアスキル、不良動作などあるものか!」
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――Void《空》。深淵を覗き込む時、深淵もまたお前を覗き込んでいるのだ。
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“『正体不明(?)』、姿を目視されても相手に正体を知られなくなる。
相手が『鑑定』のスキルを所持したとしても、己のステータス情報の隠匿が可能。ただし、このスキルは正体を隠すだけの機能しか持たないため、探索系魔法やスキルには何ら干渉はしない”
“実績達成条件。
本来は実績より得られるスキルではない。神秘性の高い最上位種族や高位魔族のみに許された固有スキルである”
“≪追記≫
レベル差が50以上あり、かつ、強い興味を持たれている相手に対して正体を隠し続けた事により、人間族でありながら開眼したものと思われる。
しかし、これが本来の『正体不明』スキルであるかは、スキル効果により誰にも解らない”
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「アアアアアぁああッ!!」
突然、モノクルの老人は目元を抑えて痛みを訴える。
老人の濁った白い瞳からは赤褐色の血が流れ出ていた。生前の頃に衰え始めていた視力は、見てはいけないモノを見た禁忌によって、完全に失われてしまったのだ。
レアスキルの喪失によって、遅蒔きながらスキュラはようやく己の勘違いに気付く。
眼前にいるアサシンは間違いなく異質だ。
ただ現れるだけでスキュラが持つ優位性を奪う特別な存在である。それはレベル差やスキルの保有数という常識的戦力差を破綻させる程の特権。
こんな敵と出逢ってしまった己は――、なんて幸運な化物なのだろう。
……コレを同化できれば、己は間違いなく最強の化物に昇華できるではないか。
「アアアアアァア、ッファ、ッファッ! ファ、クス、クスクスッ!」
老人の叫びはいつからか笑い声に変わり、死体達のコーラスによって絶唱にいたる。
「もうチマチマと魔法使いでレベリングする必要はない! もう下等な人間の体を同化してまで己を強化しなければならない屈辱を味合う必要はない! もう主様の格下として不等な地位に甘んじる必要はない!」
喜ぶスキュラに不穏を感じた御影は、動かない浅子を抱きかえて下がろうとする。
しかし、スキュラが逃したりするだろうか。
“クスクス、逃げては駄目。クスクス。しっかりと私の歌を聞いて”
御影の脳内で女性の歌声が木霊す。
犬の首の付け根の辺りで、容姿麗しい女がクスクス歌っていた。
彼女の美は異質で、耳の辺りには鰓と思しき器官があり、首周りには羽毛が付随している。人間族ではない。美しいという特徴を持った化物なのだから容姿に魅かれるのは当然である。が、問題は見栄えの話ではない。
美しい化物の美声には、何故だか従いたくなる心地よい強制力がある。中毒的な歌声にシナプスが汚染されていく。
耳を塞ぎ、声の範囲から逃れるべきだと脳で理解しているのに、御影の腕と脚は神経伝達を拒絶して動かない。
反応したのは四肢だけではない。御影の鼻は抱えている少女の柔らかと異性の匂いに気付き、喉は危機的状況に反して美味そうにツバを飲み込んだ。
「小僧。スキュラについて知っているような口振りであったが、ワシ等の住む海域にはセイレーンと呼ばれる別種のモンスターもおったと知っておるか?」
“そう、それが私。クスクス”
美しい化物女と視力を失った老人は御影に言葉を投げるが、御影には返答を行える余力がない。
「なんだっ、どうして、俺? アジサイが」
上昇する脈拍が、男である御影に何かを望んでいる。
下半身でいきり立つものが、何かの行為を望んで餌を求めている。
三大欲求の一つの暴走が止まらない。この瞬間、抱えた少女に襲い掛かっていないのは、彼が本能的な人間ではないという立派な証明である。
「近場にいたので、ワシ等はセイレーンを同化した」
しかし、マスクの裏から垂れていく汗の量を見る限り、理性の決壊は近い。
「セイレーンの歌は人を魅了する。本来は海に溺れさせるだけの拙いスキルであるが、今発動させているスキルは『歌声』だけではない」
“『魅惑』こそがスキュラの本質。神すら『魅惑』したからこそ、嫉妬によって化物に落とされた。クスクス”
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“『歌声』、悲しき恋愛を歌うスキル。
『魔』が対象よりも上回っている場合、『魔』を一割消費することで発動できる。
歌声を耳にした者の理性を奪い、本能を促進させる。”
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“『誘惑』、異性を己の虜とするスキル。
『魔』が対象よりも上回っている場合、『魔』を一割消費することで発動できる。
言葉や容姿で対象を縛り、言いなりに動かす事が可能。
特別、性欲に関する命令は強く効果を発する”
“≪追記≫
『同化』スキルにより性別が曖昧化しているが、本来の性別は女性なので男に対してのみ効果あり”
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「俺にッ、何を、したい!」
「ワシも枯れてはいても性別では男だからのう。化物相手に欲情するよりも、そこの小娘相手の方が良かろうて。それとも獣姦を望むか。クスクス」
“このまま同化するのは容易いけれど、心が残っていると同化後に運用し辛い。だから、守るべきものを壊した罪悪感で壊れてね。クスクス”
とっくに答えは出ているのに、御影はスキュラが己に何を望んでいるか判断できない。
御影の頭の中はコールタールの如き欲情で埋め尽くされている。化物の眼前であるとか、昨晩できたばかりの彼女の事とか、昨晩の彼女の可愛い声とか、そんな細々したものは既に追い払われた。
一緒に逃げるために抱えた浅子を地面に押し倒し、両腕を押さえつけるように覆いかぶさる。
「では命じよう。その娘を犯せ」
御影は浅子の青い着物を力任せに開けると、胸に貪りついた。
「――御影、助けて」
地面に無理やり押さえつけられて泣く少女の願いは、もう御影には届かない。
まるでバッドエンドみたいな終わり方ですが、
そんな事はないのでご安心です。
次はまた週末ぐらいになりますが……
そろそろスキュラ戦の終幕が近づいています。




