12-9(黄) そして御影は赴く
小さな頭を後ろにそらして気道を確保し、鼻を摘みながら息を吹き込む。
小さな胸が膨らむのを確認したら、呼吸が再開していないかを確認してからもう一度息を吹き込む。
それが終われば今度は心臓マッサージだ。息だけでなく脈も停止しているので、胸の中心に両手をあてがって十五回心臓を強制的に動かしてやる。これがワンセット。
オークの時のようにAEDがあれば良かったのだが、近場に落ちていないのだから仕方がない。今できる精一杯を続けるだけだ。
ただ、既に心肺蘇生を開始して十分近く経過している。生存率で言えばもう絶望的な時間だ。仮に蘇生できたとしても脳への深刻なダメージが懸念される時間帯である。
寒い三月の夜に汗だくになってしまっているが、止めようとは決して思わない。
落花生は常人とは異なる。レベルが70近くあるため『守』のパラメーターは一般人の数十倍。『守』がどこまで内臓の強度を高めているかは知らないが、信じて続けるしかない。
再度息を吹き込むために、落花生の唇を俺の口で覆い込む。
……あ、呼吸が再開しているか確認するのを忘れていた。
「――ッ!?? がぁハッ、あぇ、うぇえぇッ。生き返った途端に、何ですか! ゲホ、うぇぇ。酷過ぎるじゃないですか!」
自律神経を無視して肺が膨らんだ事で、落花生は乙女チックではない苦悶の声を吐きながら目を覚ます。
奇跡の生還を果たした直後から、死にそうな表情でゼーゼー咳き込んでいた。
「それになんで、口と口が、え??」
「人工呼吸していたから当然だろ?」
「服が乱れているのは、胸が見えちゃっているのは、え??」
「あー、それは心臓マッサージしようとしたら異物があって、取るために脱がせた」
落花生は先程まで俺と零距離で繋がっていた口元を片手で押さえている。
もう一方の手は解れた黄色い矢絣の振り袖を掴み、肌色が見える面積を極力小さくしようと努力している。医療行為を何だと思っているのだろう。
俺は地面に転がしていた異物、落花生の胸の中心に埋まっていたソレを拾い上げて落花生本人に見せてやる。
雷の魔法の直撃で焦げてしまった大きめの植物の種、アボガドの種似の形は留めてあった。
「奴隷の証と言っていた種だ。心臓付近にあったから、魔法が直撃して機能停止したのだろう」
種がなくなった事でもう落花生を縛る物はなくなった。
残存する問題は、落花生を縛る化物を退治するだけであるが、深夜のコインパーキングに未成年の少女を一人置いていくのは色々とリスクが高い。
蘇生はしていても、落花生の出血は深刻だ。銃弾が貫通している足は根元の部分をきつく縛って血を止めているだけなので、早急の外科的な療法が必要だ。
……いや、医学ではなく魔法に頼る手段もあるか。
「桂さん、いますよね?」
「――もちろんですわ。御影さん」
当然のような返答と共に、白線で囲まれた駐車スペースに降り立ったのは、背の高い女性だった。
以前と同じ薄黄色のスリットの深いドレスで、楠桂は現れる。
桂は主様の命令で動く敵側の魔法少女だ。天竜川の牧羊犬として諜報、防諜活動を行っているため、俺と落花生の戦闘を隠れて監視していると想像はできていた。
本来であれば敵な桂に頼める事はない。が、個人的な付き合いであれば良好な関係を築けているのでお願いをし易い。仮に敵だったとしても経験値となる魔法少女を無駄に殺しはしないだろう。
「死にかけのギルクが一度復活した事があったのですが、あれって魔法かアイテムです?」
「アイテムですわ。主様より供給された『奇跡の葉』という名の治療アイテムです。死んでさえいなければ、体が半分に千切れていても完治します」
完全回復アイテムを天竜川の黒幕は常備しているらしい。RPGゲームで手に入っても最後まで使い切らずにアイテムボックスの肥やしとなるだけの品物だが、現実の敵が使用するとなると酷く面倒だ。スキュラと戦う際には注意すべき点である。
だが、今回は素直に活用させてもらう。
「桂さんが持っている一枚を、落花生に使ってもらえませんか?」
「それが御影さんの願いであれば、わたくしは断りません」
お願いしますと述べると、桂は微笑みながら腰の後ろを探り始める。身長に比例して大きめな胸元に隠されていたらと思ってドキドキしたが、ただの妄想だったらしい。
桂が取り出したのは、大人の手の平と同じ大きさの葉っぱである。特別な特徴を持っていない葉で、山に入れば何枚でも入手できそうに思える。
落花生の傍で膝を付いた桂は、葉を足の傷口に添える。
効果は劇的だった。葉は光の粒となって実体を失い、傷口から落花生の体に浸透していく。足のももの表面と裏面をつなげていた穴は数秒足らずで塞がり、表面の血の汚れも消え去った。
顔色の悪かった落花生も、今は己の復調に驚いただけの健康な顔付きをしている。
「桂さんにもう一つお願いがあります。俺がスキュラを討伐するまで、落花生を見守っていてくれませんか?」
「……御影さんがあの犬女を倒せるのであれば」
「それなら問題ありません。安心して任せられますね」
捨てていたハンドガンを回収し、装備を整える。
落花生の看護も信頼できる人物に託せたので、俺はさっそく『暗躍』スキルを発動させて走りだそうと――。
「――マスクのアサシン、御影って名前なのです?」
「ん、名乗っていなかったっけ?」
傷が治ったばかりの体で落花生は立ち上がり、俺に質問する。
「御影。こんなにもしつこく私を助ける理由を、まだ聞いていないです」
「可愛いからに決まっているだろ?」
今更な事を聞かれたので、俺は短く返答した。
魔法少女に命を救われた事から始まった戦いであるが、魔法少女達と関わる事で後付けの動機は増えている。恩義や同情、義憤といったものが代表か。
だが、俺が魔法少女を助ける一番の理由は、やっぱり魔法少女が可愛らしく、愛おしい存在だからだろう。黒幕に騙されて魔法少女を始めているところが危なげで、戦う姿は凛々しく、それでも単独では救われない彼女達からは目を離せない。
各々が個性的過ぎるので、特定の誰かだけが可愛い訳ではないが。
遠目に見えるスキュラ戦の光景が激化している。俺だけが暢気にとどまってはいられない。
俺は落花生への返事を終えると、早々に戦場に向けて走り始めた。
そろそろスキュラが本気になる予定です。
落花生はスキュラ戦では助からない予定もあったのですが、
まだ後ろに控えている人も多いので、早めに助けてあげることにしました。
正確にはまだ完全に助かっていませんが。




