2-4 背後
最初は危機的な状況かと思ったものだが、終わってみれば酷く呆気ない。
高レベルの魔法使いパーティーが雑魚モンスターの群れをパワープレイで倒している戦闘風景は、あまり面白いものではなかった。個人的には、技巧を凝らした低レベル縛りプレイ動画の方が見応えがある。
うつ伏せのまま隠れているだけだが、それでもそれが三、四時間も続くと首筋が痛くなる。
魔法少女も去ったのでそろそろ帰りたい。が、前回の事もある。倒し損ないの未確認生物がいないかを確認するため、もう三十分は監視を続けるつもりだ。
臆病な程な慎重さ。本当は凡人故の臆病なだけの慎重さ。
今回はその慎重さが、俺の生命を救ってくれた。
「――あれが、今期収穫予定の人間か。うまく育てているな」
男の声が予期せぬ方向から耳に届く。
「実に可憐で、それでいて良く跳ねる少女達だ。我らのレベルアップの糧として申し分ない」
本日の俺の潜伏場所は、天竜川に掛かる橋の傍にある藪である。戦場を見渡せ、背後を取られにくいよう橋の支柱を背負った場所を選んだつもりだった。
男の低くも周囲に響く声は、背後の橋の傍から聞こえてくる。
「ワームは低級とはいえドラゴン族だ。それを呆気なく仕留めた少女達には、うむ、食指が動くな」
夜風に体が冷やされて、もう震える余地がなかった。だから突然声が聞こえてもビクリと驚かないでいられた。
一ヶ月も続けていれば、無関係な人間が深夜の天竜川を訪れる事もあった。土手から下りてきて、俺入りの藪の傍まで近づかれた経験もある。男がそういった不良、夢遊病者、認知症老人の愉快な仲間であれば無視し、去っていくまで石になりきれば良い――病人老人は後で通報したが。
だが、男の喋る方角は先程まで魔法少女達が暴れていた川の中央で、男の喋る内容も魔法少女を示している。傾聴せざるを得ない。
「魔法使いは、好物だ」
背中には目がないので、当然相手の姿は確認できない。
では反対に、この男には俺の背中が見えているのか?
「注文通りの人材を都合良く育てたものだな。苦労したのではないか? ゲッケイ?」
俺は雑草と同化するように作られたギリースーツを着込んでいる。それも満月とはいえ深夜の電灯に乏しい川岸。バレてはいないはずだ。
それともとっくにバレていて、俺は遊ばれているか。俺の縮こまった姿を見下ろし、愉悦に口元を歪ませているのでないだろうか。
振り返ればハッキリする、という強い欲求が心で急浮上してきた。
首を動かすだけでも致命的なのに、暗視スコープを持って振り返れば絶対に気付かれるという判断を錘にして、どうにか心を静める。
「主様のご希望に答えられたでしょうか?」
「ああ、そうだな。あの二人以外も全員魔法使いなのだろう? 職業を厳選して育てるだけでも十分な働きだ。全員若い女で見栄えも良い。あれなら長く殺し続けてもそれなりに楽しめるだろう」
男の声だけではなく、女の声まで聞こえてきた。
急上昇する心拍が喧しい。心臓よ、俺をそんなに殺したいのか。頼むから静かにしてくれ。
「特別、女を希望したのはお前であったか、ギルク?」
「どうして見ているばかりで狩らねぇんだ? さっさとヤらせろよ!」
「急くな。珍しい異世界ともなれば観光という楽しみ方もある。魔力に乏しく、人間族が群生し、空気が淀んだ世界。下手な魔界よりも見苦しいとは実に愉快だ」
状況は更に悪くなり、複数の気配に背後を取られた。
無防備な背中をさらした危険な状況が続くが、果たして、危険にさらされているのは俺だけなのだろうか。男達の会話の主題としてあの魔法少女達があげられている。
「ああッ、くそッ!」
「口を慎め。主様に従え」
「人間風情がオレに命令するか、ゲッケイ! 主様よう、今日は我慢してやるからこいつをオレにヤらせてくれよ!」
「駄目だ。ゲッケイはまだ使える。ギルクのレベルアップを優先してやるから、数日は我慢していろ」
「でもよッ!」
「ここはゲッケイが整えてくれた優良な狩場だ。身勝手な行動でここを失った場合、お前を経験値にしなければならなくなるが、どうだ?」
ギルクと呼称される荒い口調の男は、不本意な気持ちを少しでも散らすために強く地面を踏み付ける。地面を伝わる振動が異常に激しく、雑草を握りしめなければ堪えられなかった程の局地地震が俺を襲う。
更に近場にあった橋の支柱を殴り付けでもしたのだろうか。鉄球が鉄筋コンクリートに衝突したかのような粉砕音が周囲に轟く。人間が素手で支柱を破壊できるはずはないので、何か重機を使ったと思いたい。
……さもなければ、人外の化物が魔法少女を狙っている事になってしまうではないか。