12-7(黄) 走馬灯と海
銃撃したままの体勢を崩さず、俺は落花生が苦しむ姿を見ていた。グリップを両手で握り込み、両目は開いているが右目に比重を置いている。
痛みにもがく魔法少女の姿は痛々しい。それをやってしまったのが俺なのだから、心的要因で心臓がよじれて仕方がない。何より、無力化の済んでいない敵に対して不用意に近づけないため、落花生の介抱ができないのが一番辛い。
「あッ、アがぁあッ!!」
右の太もも付近を銃弾が貫通した落花生は立つ事が叶わず、アスファルトの駐車場の上に倒れていた。痛みで叫びながらも出血を止めようと着弾点を触れては、傷口からコルクスクリューを挿入されてグリグリと回されているような痛みに耐えかねて、手を離している。
致命傷を避けるつもりで足を狙った。が、結果は、狙いどころが良過ぎた。
落花生の足からは絶え間なく血が流れ続けている。動脈を傷つけてしまった可能性が高く、このままでは大量出血で落花生は死んでしまうだろう。
「もう良いだろう。降伏してくれ、落花生!」
「あああッ、誰が! お前ェ、に!」
「いい加減にしろ。意地を張って死ぬなんて、つまらないだろ!」
過呼吸になりながらも落花生は言葉を発するが、そこに降伏を示す単語は含まれていない。
「誰のッ、所為で!」
「俺の所為だ。だから、俺に負債を負わせてくれ」
「ッ!! どこ、までもッ、ど、うしてッ、最後まで! 私に優しくできない、ですッ」
正直なところ、落花生が俺を憎む理由は理解できていない。
俺が落花生を助けなかった所為で、落花生は天竜川の黒幕に襲われた。これは酷い責任転換で、こんな逆恨みが成立するのであれば、世の中の救助活動という善行がすべて悪に転じてしまう。
落花生の立場から言えば、恨むべきは黒幕共のみである。俺を恨んだところで何一つ解決しないし、事態は現状のように悪化してしまっていると言える。
実に不満だ。落花生が全部悪かったと言ってやりたい。
だが、俺の感情を優先し、一時的な不満解消を行った事によって落花生が死んでしまうのは許されない。
俺の我慢によって落花生を助けられるのであれば、俺の感情など些細なのだ。
「俺に助けを求めろ!」
「もう、ヤダッ! こんな世界ッ、意味が! ない!」
「頼む! 俺に救わせてくれ!」
「私はただッ、同情してくれる人、欲しかっただけなのにッ!」
落花生は命が途切れる寸前になっても、俺に助けを求めなかった。
不吉な予感に駆り立てられた俺は、無用心と分かっていながらハンドガンを放り捨て、落花生に向かって走り始める。素人でもハンドガンで命中させられる、たった十メートルの距離が酷く長い。
「――来るなッ! 私は、私の所為で死ぬんだ! 絶対に、お前になんて殺されない!」
痛みに震えながらも明瞭な声で落花生は俺を威嚇する。足を押さえようとしていた両手を、何故か上半身の方へとスライドさせた。
赤く染まった小さな手の終着点は、落花生の胸の中央。
心臓だ。
「――稲妻、感電、電圧撃ッ。私は私の所為で死ッ――」
落花生の体を貫いて、電流が背後に抜けていく。
眩い衝撃が走ったのは一瞬で、落花生は最後の言葉を言い終える暇もなく力を失う。
心筋を麻痺させる魔法の電流が、主の命を絶った瞬間だった。
落花生の死に顔は微笑みだ。他人に対する当て付けで、これほどに安らかな表情は作れない。
「このッ、馬鹿女がッ!!」
俺は安易だったのか。落花生の逆恨みを適当にあしらい、取り合おうとしなかった。落花生はそんな不誠実な男の下心を見抜いていたから、助けの手を払いのけ続けていたのか。
ほとんど他人な女学生と接する態度としては無難だった。こう自己弁護するのは間違いだ。
俺は落花生を叱ってやるべきだったのかもしれない。
廃屋で殺されかけた事や、皐月やアジサイを襲ってきた事は言い逃れできない悪事だと指摘してやり、ごめんなさいと言わせてから助ける必要があったのだ。俺は、抜かしてはならない手順を完全に省いてしまっていた。
もう死んでしまっている死体に何を怒鳴っても、既に遅いのだろうが。
「そんなに死ぬのが幸せか! そんな顔で死ぬなんて、俺に対する当てつけか!」
手遅れになってから少女の死体に覆いかぶさり、俺は死体の胸倉に手を掛ける。
「冗談じゃないとすればナンセンスにも程がある。この俺の目の前で死を選べると思うなよ!」
彼女が最初に憧れていた夢は、お姫様になる事だった。
幼稚園児が考える拙い夢である。誰からも愛される美貌を持ち、綺麗な衣装を着られる職業と言えば、お姫様しか知らない頃の夢である。他に代用できる職があるのなら、直ぐさま切り替えられる夢というのもおこがましい夢だった。
年齢が進み、次に彼女が憧れた夢は、魔法使いになる事だった。
中学生になった事で地球の大きさをおぼろげに理解した頃の夢だ。
世の中は科学で塗れ、不可思議なんて最早残っていない。そんな諦観に対するわずかばかりの抵抗が夢という形で現れたのだろう。決して、闇の炎がどうの、前世は妖精がどうの、と口走っていた訳ではない。
朝のテレビ番組の星座占いで必ず最下位になる。そんな彼女が本来存在しないはずの魔法使いになるという夢を叶えられたのは、真性の偶然か、彼女の不運が成しえた最大級の惨事だったのだろう。彼女の結末を考慮すれば、後者の可能性が高いと言える。
中学最後の一年は先代の雷の魔法使いの指導を受け、中学を卒業して彼女は魔法使いとして独り立ち。
学園生になってからはレベリングの毎日だ。せっかく叶った夢なので、天竜川で一番の魔法使いになろうと張り切ったためである。以降の学園での三年間、波はあるものの、楽しめていたというのが彼女の感想だ。
卒業式までもう少し。――この辺りは面白くないのでスキップする。
……たったこれだけ。
これで、彼女の走馬灯はすべて終わりだ。人生が十八年しかないというのは本当に短い。回想だってあっと言う間に過ぎてしまう。
彼女にとって、人生とは意味の見出せないものであった。何がしたくて生まれたのか、これならば生まれていなくても大勢に影響はない。最後が苦しかった分、マイナスだったとさえ言える。
走馬灯は終わり、辺りは暗くなっていく。
彼女は滑りの多い、浮力に富んだ水の中をゆっくりと沈んでいる。マリン・スノーな気分。体なんて現世に置いてきてしまっているので、裸で海中を沈んでいるような実感は彼女の錯覚だろう。
彼女は無いはずの瞳で、海面付近を見上げてみる。海上は淀んでいるが明るい。生前の記憶から、嫌悪感が這い上がってくる。
彼女は無いはずの首を動かして背後を見る。そっちは真っ暗で何も見えないが、マリアナ海溝よりも深いのは確実で、下手をすれば底という概念がないかもしれない。魂が持っていかれそうで、酷く恐ろしい。
本当に、不条理な状況だ。
海上が嫌な場所である事は明白であるが、海底には絶望がない代わりに希望がない。それでもどちらか片方を選ばなければならないのだから、空しくなる。
ここで漂っているのが、最も安穏としていられる。こう消去法の余り物を選ぶ事さえままならない。沈殿物は宿命的に底へと落ちていき、泥と同化するのみ。
こんな状況に追い込まれるのなら、生まれてくるのではなかった。こう彼女は本気で後悔してしまう。
最早、人生の僅かなオフタイムを楽しむしかなく、彼女は周囲を見渡す。
見える範囲には面白味のあるものはない。耳が痛い程に静かな海には楽しみと呼べるものが皆無で、彼女は残念がる。
この海には何もいない訳ではない。やや近場に犬の群が焦げた格好で落ちてきて、物凄い速さで海底に沈降していっている光景は、静かな海の例外だ。が、これは特に楽しそうに見えないので、彼女は視線を外した。
深度が深まり、水圧が高まった所為か息が苦しくなる。
楽しめないだけならまだしも、こんな海まできて苦しみを味わってしまっている。ならば早く意識を手放して、底に沈んでしまおうと彼女は考え始める。
遠くなった海面から腕が一本伸びてきたのは、彼女が決意する寸前だった。
「――沈むな! 手を伸ばせ!」




