12-6(青) 一応、サツキは友達です
炎の魔法使い、皐月の登場で形勢逆転……とはいかない。
レベル70以下の皐月が参戦したところで、耐魔アイテムを装備するスキュラの脅威には成りえない。むしろ、経験値という餌が増えた事でスキュラを喜ばすだけである。
「クスクス。この世界は本当に愉快だわ。口を開けているだけで、向こうからご馳走がやってくるのだから!」
主人格を気取る浅子姉はクスクスと腹を抱える。
難敵という意味以外でも面倒なスキュラの巨体を、皐月は面倒臭そうな顔で見上げた。
「……妹もアレだけど、姉よりもマシだったのか。それとも、そんな姉に懐いている妹の方がやっぱりアレなのか」
「本来の姉さんはもっと綺麗。私は別に良いけど、姉さんへの侮辱は許さない」
川岸に降り立った皐月へと、浅子の方から近づく。役立つか分からない応援でも、突破口の見えない戦闘では上手に使う必要があるからだ。
目線をスキュラに向けたまま警戒を解かず、浅子は長髪に隠れた皐月の耳へと耳打ちする。
「スキュラは人間やモンスターを取り込んで、生前通りに操るスキルがあると思う。姉さん以外にも炎の魔法使いがいて厄介」
「……炎の魔法使い? 炎、炎ねぇ……」
「接近もできない。体内から取り込まれているモンスターが飛び出てくるから、無闇に近づかないで」
「もしかして、アジサイの姉貴の後ろに奴が、そう?」
現在判明しているボス情報の共有化のため、浅子は皐月に語りかけている。が、皐月の耳に注意事項が入っているかは怪しい。
皐月は友人の姉の背後に潜んでいる、敵側の炎の魔法使いの正体に気付いた。
「――クスクス。そんなハトが豆鉄砲を食った顔しちゃって、どうしたの? 私の可愛げのない弟子?」
スキュラの本体と同化している炎の魔法使いは、浅子達に向けて言葉を投げ掛ける。正確には、浅子の隣にいる皐月に語り掛けているようだ。
「皐月ってば、また髪が伸びたわね。戦闘では邪魔になるって言っても、弟子は言う事を聞いてくれないから困るわ。そんなんじゃ、死んでも死にきれないでしょ?」
「まさか、あの炎の魔法使いはサツキの知り合い?」
「そうよ、妹さん。私は三年前まで皐月の師匠をやっていました。謀った訳でもないのに、新旧の炎と氷の魔法使いがペアになるなんて、運命は残酷だわ」
上方から降り注ぐ言葉から逃れるように、皐月は顔を伏せてしまった。両手の拳は硬度を増し、肩が小刻みに震えている。
「サツキ、大丈夫? 私の話だけを聞いて」
思わず、浅子が心配してしまう程に皐月の容態は悪そうだ。
スキュラな女の口ぶりから、生前に皐月と師弟関係があったと分かる。姉妹の因縁と比べれば浅い関係かもしれないが、親しい人間が化物と化してしまった衝撃と心の削られ具合は相対的なものではない。誰にも見比べられない絶対的なものだ。
先代の炎の魔法使いの顛末と直面している皐月。役に立たないだけでは飽き足らず、足手まといですらあるが、心の優しい浅子は指摘を自重した。
顔を地面に向けたまま、皐月はスキュラと対話する。
「……師匠なんですか?」
「皐月にとっては残念だけどね。私だって、最後まで頑張ったのよ?」
「ああ、師匠らしい事を言う……」
「んー、皐月の方が妹さんよりもレベルが低いのは残念ね。少し肩入れしてあげようかしら?」
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“『ヘルハウンド生成』、己の眷属を生み出すスキル。
『魔』を1消費する事で一体のヘルハウンドを生成可能。
天然物のヘルハウンドとの差はなく、人間が倒せば経験値を得られる”
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六頭の巨大な犬の各所から肉が盛り上がり、外にこぼれ落ちた時には犬型のモンスター、ヘルハウンドが誕生していた。
秒速六頭の生産能力で生み出される犬の群が浅子と皐月を囲む。最終的には三十匹強まで群は膨れ上がる。
「非力な子達だけど、私達も遊んであげるから、退屈はさせないわ」
「浅子にも守ってあげなくちゃいけない大事な友達ができて、私達は本当に嬉しいわ」
ヘルハウンドの生産は一旦停止しているが、再開は可能だろう。
ヘルハウンドだけがスキュラの保有するスキルではない。まだ化物特有の異常なスキルを隠し持っていると容易に想像できる敵と、浅子は隣に立つ荷物を抱えたまま戦わなければならない。
髪の毛を伝い、浅子の額から冷たい汗が流れ落ちてきた。
「――本当に、師匠にうまく化けている」
顔を上げた皐月。
尊敬していた人間の顔をした敵と戦わなければならない皐月の心は……折れていない。
むしろ、眉毛は鋭角が強まっている。
溶鉱炉にガソリンが注がれてしまったかのように、皐月の瞳の中では激情が爆発していた。
「弟子に過保護なところとか、弟子の力を見誤っているところとかがねッ!」
突如、叫んだ皐月に浅子は腰を抱えられ、二人でヘルハウンドの囲いから跳び退く。
逃がしはしないと多数のヘルハウンドも跳ぶが、地面から舞い上がる炎の渦に撃墜され、重力に従って地面に落ちた頃には骨と炭になっていた。
「――業火、疾走、火炎風。犬ごときをけしかけたところで!」
「なら魔法はどう? ――炎上、炭化、火炎撃」
「魔法は火力だッ!」
皐月が起した火柱は旋回し、スキュラが放った火球の魔法の進路を妨害する。火炎の渦は弱小なる炎の球を燃やし尽くした。
「師匠に対する弟子からの最後の奉公だ! 火葬してやる!」
皐月は得意とする距離まで後退していた。天竜川の魔法使いのベストアンサー、火力極振りの魔法でスキュラへの砲撃戦を開始する。
スキュラ本体は件の耐魔アイテムに防がれてダメージはないものの、取り巻きはそうもいかない。炎に巻き込まれたヘルハウンドは既に全滅してしまっている。
「炎が炎を燃やすなんて、馬鹿火力ね。今度は私が攻撃するわ。――串刺、速射、氷柱群」
「そこの師匠似の化物と、アレな姉似の化物ッ! どっちも魔法使いとしては一世代遅れているのよ!」
耐魔アイテムの加護は装備している者の身体に対してのみである。
体外にある魔法は対象外であり、浅子姉が作った鋭利なツララは、数が多いというのにできた途端に溶かされてしまう。
「ちょっと、貴方の弟子の魔法は下品で鬱陶しいわよ」
「火力だけは危険な域にあるようね。下手にレベルを上げさせずに、このまま同化した方が無難かも」
炎属性に悩まされていた浅子と同じ問題を、スキュラも今味わっていた。
大攻勢をしかける皐月。
皐月に抱えられて一緒に後退していた浅子は、近場で魔法を連発している友人に問いかける。
「……サツキは、師匠だった人を攻撃する事に躊躇いはないの?」
スキュラへの攻撃を継続しつつも、皐月は浅子の質問に答えた。
「偽者だって分かっていても、顔を見ちゃうと悩むよね。でも、悩むのはスキュラを倒した後でもできる。慰めてくれる人の当てもあるし」




