12-5(青) 対峙するは犠牲者達の群体
盆休みの書き溜めは、これでひとまず使い切りました。
天竜川下流の、比較的深度のある川底から立ち上がるキメラの巨体。
いつの間に潜んでいたのか、などと言う疑問は、姿を現した現段階では意味を成さない。
浅子が最も注目すべきは、現れたスキュラの本体を殲滅できるか否かである。
「さあ、浅子。貴方も一緒に同化して、未来永劫仲良く暮しましょう!」
スキュラの本体の中央付近から、川に飛び込んで姿が見えなくなっていた浅子姉の声が聞こえる。目を凝らせば、蠢く人々の間に、姉の体が確認できた。
「うるさい化物め……」
スキュラの真の姿は上半分と下半分で大きく異なった。
下半分は、ライオンよりも巨大な犬が六頭、鎖を使われる事なく連結されている。六頭は下四頭、上二頭の二層で並び、胴体の部分が癒着した構造だ。
位置的に、上の二頭は動き辛そうに見えるが、六頭すべてにぎこちなさはない。十二本の前脚は互いを干渉する事なく、岸を目指して稼動している。
「川から出さない。――串刺、速射、氷柱群」
「――放熱、隔絶、火炎壁。その程度の魔法じゃ、無駄よねぇ。クスクス」
大型犬が六頭も引っ付いたスキュラは、それだけでも化物としては完成している。が、その程度では化物としてはB流だ。
例えば目前のスキュラの場合、上半分が完全に親和性を損なった群生生物として成り立っている。生物として不条理な姿をしているからこそ、化物としての完成度は高いと言える。
何人もの犠牲者が犬の背中に埋め込まれており、上半身だけが外気にさらされていた。各々が独自の意志を乗っているかのように頭を動かし、視線を浅子に向けている。
二十人近く見える犠牲者。人間族の割合が大きく、性別は女が多い。スキュラの趣味が窺える。
多数の人間が乗り込んだ醜悪なナイトパレードの観客は、浅子一人だ。
「炎の魔法?! 姉さんじゃないっ。なら、――零下、硬直、氷結止!」
スキュラを一撃で仕留めるのは難しいと判断した浅子は、川の水ごと瞬間冷凍させて動きを止めようと試みる。
「――加熱、融解、熱崩壊。無駄ね」
「――凍結、崩壊、氷結撃。そうよ、無駄よ。たった一人の力で、私達に勝てるかしら、浅子?」
「嘘っ、二人同時に詠唱!? 飾りじゃない!」
スキュラ本体に再接続された浅子姉と、彼女の背後に寄り添うもう一人の女が同時に魔法を行使し、浅子の魔法を溶かして砕く。
浅子はスキュラの前進を止められない。
「私達相手にがんばっているじゃない。有望な妹さんね」
「そうでしょう? 自慢の妹なのよ。クスクス」
犠牲者達はまるで人格があるかのように語り合っているが、スキュラの『同化』スキルで取り込まれた彼女等は、所詮、人の形状をした臓器に過ぎない。すべてはスキュラの自作自演である。
生前の仕草を完璧に真似ており、人間として違和感がないところが、むしろ不気味さを増加させてしまっている。
「どう、妹さん。これが人間の可能性よ。たった一人では虫けら以下なのに、成長が早くて数がいるから、使える個体がいくつも手に入る。弱点を補うのも容易だわ。これが多様性というものかしら?」
「一人は私のために、私は一人のために。クスクス」
「口が多くなった分、煩わしさが増倍しただけ。化物はもう喋るな」
スキュラ側に炎の魔法を扱う女が増えた事により、浅子の魔法が悉く防がれてしまう。
炎と氷では属性が背反しているため、効果を打ち消され易い。レベル72の浅子の技量は炎の女を上回っていたので、炎だけなら力押しで突破できていた。が、敵には浅子姉も存在する。二対一の不利を覆すのは困難だった。
手をこまねいていると、ついに犬の前脚が地面を踏みしめる。天竜川からスキュラが出てきてしまう。
見上げなければ全貌が視界に収まりきらない巨体から、浅子は思わず後ずさりしてしまった。
「人間は弱いものよ。でも、浅子は人付き合いが苦手だったもの。協力してくれるお友達なんていないでしょ?」
「……姉さんがいれば十分だったからっ」
「その姉たる私が誘っているのよ。一緒になりましょう!」
「黙れッ」
浅子は、怒気の混じった電柱サイズの氷柱をスキュラに発射する。耐魔アイテムによる無効化はないため、命中さえすればダメージを与えられるのだ。
ただし、そんな事実は、スキュラも『鑑定』スキルを所持する老人の瞳越しに確認済みである。本体に直撃する前に、丁寧に魔法は魔法で相殺されてしまう。
劣勢の浅子は勝機を得ようと、スキュラの後方に回り込む。
犠牲者達の下半身は、腰の位置で犬の体に固定されている。よって、過敏に後ろを振り返るのは難しく、浅子の姿を見失う。
スキュラの背後を取った浅子は、地面を強く踏み込んで空中に跳ぶ。敵の数を減らさなければどうにもならないと、背中を向けている一人に狙いを定めた。
犬と体の付け根の部分を狙って、切断性のある冷気を込めた旋風脚を繰り出す。
「――旋脚、斬撃」
「クスクス。二度も同じ手は通じないわよ?」
浅子の接近に合わせて、犬の臀部の肉が盛り上がり、鱗を持った亜人、リザードマンが出現する。このモンスターも、スキュラが同化した犠牲者の一人である。
右の方の腕を失った手負いのリザードマンだったが、もう一本の腕や尻尾は健在だ。『守』パラメーターが心許ない魔法使いでは、筋肉隆々なリザードマンの体術を受け止めきれないだろう。
旋回する脚を掻い潜り、カウンターで左の拳を放つリザードマン。
「ッ! 氷結刃ッ!」
浅子は空中であえてバランスを崩して拳の軌道から逃れ、かつ、瞬時に攻撃目標をリザードマンに切り替えて魔法で切り裂いた。浅子が小柄であった事と、猫のような直感が身を助けてくれた。
リザードマンは胸の辺りがスライドしていき、地面に落ちていく。
「化物が非常識過ぎて近づけない」
今見えている犠牲者が全員ではなかった。無用心に近づけば、何がスキュラの体から飛び出てくるか分かったものではない。こう浅子は学び、魔法使いらしく距離を置く。
しかし距離を置いても、再び二対一の不利な状況が待っているだけだ。
「さあ、どうするの浅子? クスクス」
『魔』の量比べで、魔法を連発する愚策しかないだろうかと不機嫌顔になる浅子。
……打つ手なしの泥沼に片足が入り込みかけている浅子のもとに、望んでいない救援が現れたのは、この瞬間だった。
「――――業火、疾走、火炎風ッ!!」
浅子のものではない魔法詠唱と共に、スキュラの巨躯をまるごと内包する炎の渦が出現する。
夜を焦がす程の熱風がスキュラを熱していく。渦の内部温度は鉄の融解点を超えているため、化物であっても生物であれば甚大な被害を与えられる。
だから、赤い渦が消え去り確認できたスキュラの体に、火傷が一切ないという事実は、改めて耐魔アイテムの存在と厄介さを浅子達に印象付けた。
「……無駄撃ち。足手まとい。レベル低い。サツキ、帰れ」
「駆けつけてきた友達に、事実でもそういう事言っちゃうって酷くない!? アジサイ」




