12-4(黄) 御影 VS 落花生
またまた落花生が活躍(?)します。
セーフハウスからアジサイの姿が消えている事に、最初に気付いたのは皐月だった。
昨日の今日で、夜行性のライオンの如く俺の寝床に侵入しようと画策した皐月が、同居人の様子を伺った際に判明した。
奥部屋の窓が全開になっていて、冬の夜風で冷やされた室内には住人たるアジサイは不在。コンビニに出掛けたのだろうと呑気な事は思わない。
俺と皐月は即行で装備を整えて、アジサイの後を追って天竜川に向かう。
紅い袴に着替えた皐月に先導を任せて、俺は後ろを追走する。移動経路が民家の屋根や電柱である事もいい加減慣れてきた。
「アジサイは自分の縄張りでスキュラを迎え撃っている可能性が高いと思う!」
「皐月、その根拠は?」
「それ以外の場所に心当たりがないっ! LIFEにも返事が来ないから、天竜川の下流にいなかったらアウトよ!」
アジサイの友人を自称している癖に、皐月の後ろ姿は頼りない。
俺と優太郎のような友人関係だったなら、互いの現在位置を確実に把握できただろうに。大学食堂か自宅かの二通なので、決して外しはしない。
遠くに漁港が見え始め、空気も塩を含み始めた。アジサイの縄張りまでもう少しだ。
「――マズい。もう戦っちゃっているわ、あの子!」
魔法少女な皐月は戦闘の気配を『魔』を通じて感じ取る。
速度を上げて現場に駆けつけようとする皐月を後ろから眺め続けていて、ふと、背中が無防備過ぎないだろうかという感想が浮かんだ。
「なあ、皐月?」
「何ッ? 今急いでいるんだけど!」
「雷の魔法使い、落花生の事なんだが。昨日は扱いに困ったから、一度黒幕のところに返したのだけど」
「あのバカ女が何ッ?」
「次に襲ってくるなら、今じゃないかな?」
突如、稲光が網膜を焼く。
図太い電流が上空から地表に落ちてくるのではなく、空を跳ぶ皐月と俺に向かって地上から照射される。
天竜川最速の魔法使いとは言ったものだ。雷属性の魔法は発動さえしてしまえば、目標に逃げる暇を与えずに命中させられるだけの速度があった。
雷の光を目撃した時には、もう体は電撃に貫かれている。
偶然、近場の屋上から延び出ていた避雷針に電撃魔法が誘導されていなければ、上空で迎撃されてからの地面落下で、皐月共々死んでいたかもしれない。
「あのバカ雷、また攻撃してきたな! 人類の裏切り者の黄色めッ! 発火、発――」
「待て、皐月。反撃するよりも、今はアジサイの方が先だ!」
魔法の詠唱を開始する皐月の肩を掴んで、天竜川の下流に視線を向けさせる。
最優先目標を思い出した皐月は、苦虫を味わう顔で魔法を中断した。
「腐ったミカン色のバカ雷だけど、放置して挟撃されたくはない。ここで仕留めないと!」
「同じ魔法使いで戦う事はないだろう」
「けれど、スキュラに私の魔法は通じない。残って戦うなら御影よりも私よ!」
「それは、そうなんだ――けどぉッ!?」
皐月と言い合っている間に、第二波の電撃が迫る。
今度も直撃はしなかったが、着地しようとしていたビルの外壁を大きく削らされた。
皐月への被害がなくて一安心だが、俺の方は足場を失ってビルから落ちる破目になった。
「御影ッ!」
「危なッ! と、とりあえず死んでない! こうなったら、皐月が先行してくれ。すぐに追いつくっ!」
全面的な信頼を得ている皐月からの返事は、了解、であった。
未練はあっても後ろ髪は引かれずに、皐月は川の方角に飛んでいく。従順な彼女を、俺はビルの壁でクリフハンガーしながら見送る。
「……さて、と」
落花生に第三波を放たれる前に『暗躍』スキルで気配を隠し、破壊されたビルの外壁を伝って適当な物陰に身を隠す。
「まともに戦って、あの黄色い子に勝てるか?」
皐月には言い切ったが、雷の魔法使いと本気で戦って無事でいられるとは思わない。
レベル差だけを考えれば、俺が落花生に勝てる見込みはない。
アサシンと魔法使いでは間合いが卑怯な程に違うため、接近するだけでも一苦労だ。隠れながら接近するという姑息な手段も、絨毯爆撃が可能な魔法使い相手では通用しないだろう。無駄に周辺への被害が大きくなる。
仕方がないので、ここは運任せの他力本願で挑む。
「――優太郎。お前が張ってくれたブラフを使うからな」
落花生は上空を睨みながら、皐月が遠ざかる姿を見送る。
撃墜してやりたいのが本心であるが、先程まで建物の屋上をバッタのように飛んでいたのは二名だった。一人分の影が消えている。
恐らくはマスクのアサシンが残っている。魔法使いは魔法を二つ同時に行使できないので、不用意に皐月を狙えない。
一撃で倒せないかもしれない魔法使いよりも、一撃当てれば倒せるアサシンを狙う方が利口だろう。憎さの度合いもアサシンが上である。こう思い、落花生は視線を上空から地上に戻した。
「結局、誰も通すなというスキュラの命令は、守れなかったのですか……」
あれだけ仕打ちを受けた相手の命令など、そもそも最初から守るつもりはない。そんな気力は残されていない。
皐月達を攻撃したのは落花生の意思である。
人生最後の行動が嫌がらせだったなんて、詰まらな過ぎて笑えない。このところ、誰からも助けられずに貶められたのは、落花生がそういう詰まらない人間だったから。実に些細な話だ。
「スキュラに殺される前の最後の自由意思が、誰かを道連れにするぐらいだなんて、最悪です」
栄養不足を起因として、定期的に霞む視界に苛立ちながら、落花生は消えたアサシンを探す。
スキュラはペットに餌を与えない化物だったため、睡眠も足りなければ食事も足りない。戦闘続きで、魔力も一割弱とコンディションは最悪だ。
心を動かすガソリンの主成分も、妬みという負の感情であるため、持続的な馬力は得られない。
マスクのアサシンとは早期決戦が望ましかったが――、
「落花生。戦うしかないのか?」
――昨日、殺し損ねたアサシンが自ら落花生の視界に現れた。
こうも状況が整えば、落花生としては本当にアサシンを殺すしかないだろう。
「のこのこ現れるなんて、本当に最低な男です。だから殺しちゃっても問題ないですよね!」
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
落花生は広げた右手を構えて照準を取り、魔法を放つ。
高圧電流を放つだけの単純な魔法が、マスクのアサシンに向かっていく。速度は光速の数分の一。不可避の攻撃だ。
しかし、マスクのアサシンは落花生の魔法を、避けた。
回避方法は、ただの飛び込み前転。速度は光速であっても、狙いを定めて詠唱が完了するまではラグがある。そこをアサシンは見極めたようだ。
言うは易く、実践は運任せ。何度も成功するマグレではない。
「落花生。次は右に避けるからな」
「なっ! ふざけるなですッ! ――稲妻、炭化、電圧撃ッ」
落花生は左側を狙って魔法を放ったため、マスクのアサシンは宣言通り右の地面にスライディングして避けてしまう。
「次も右だ!」
「黙って!」
深読みせずに、落花生は再度左側を狙って電撃を照射する。
その所為で、右に避けたマスクの男の接近を許してしまう。
「次は直進だ!」
マスクのアサシンは移動する方向を逐一大声で宣言する。宣言通りに移動しているかと言えば、今度は左に避けたので馬鹿正直に叫んでいるだけではないらしい。
ジャンケンで次の手を言ってから、実際に手を出す。そんな幼稚な心理戦のと同じだ。
己の次の行動を言葉通りか、そうでないかの二択に単純化してしまうだけの無意味な行動である。こんな事で、回避する確率が上がる訳がない。
しかし、それでも落花生は連続で五回も魔法を外す。『運』がないにしても限度があった。
そうこうしている間に、アサシンは落花生が陣地としているコインパーキングに入り込んできてしまう。
ただし、運がない落花生とて、流石にこの距離で魔法を外すはずがない。
深夜だけあってパーキングには一台も駐車されていないため、視界は開けている。マスクのアサシンが盾とできる物体は存在しない。
このまま電撃魔法を続ければ、必ずマスクのアサシンを黒焦げにできるだろう。
「落花生。お前、たった一日で、昨日よりも窶れてないか?」
「お前などに心配されたくないですッ」
また、何も遠距離攻撃に拘らず、いつもの様に接近戦に持ち込めば落花生の勝利は確実だ。が、落花生はその場を動かない。
何度も避けられて自棄になっているところもあるのだろう。
それに、マスクのアサシンには魔法のような飛び道具がない。間合いを詰めてやる必要はない。
己の十八番である格闘魔術を披露するのも癪だった。
「誰の所為で、こんなにも、苦しんで……」
……決して、子供を足で潰した感覚がトラウマとなり、格闘術を使えなくなった訳ではない。
「俺は魔法使いを助けるのが務めだと思っている。落花生だって魔法使いだから、傷つけたくはないんだ」
「まだ言うか!」
「だから警告する。次の魔法を撃つな」
マスクのアサシンは背中に手を回して、ある物を掴んで正面に構える。
落花生には見覚えがある品物だ。昨夜、黒いバイクに乗ったアサシンに後頭部を撃たれた経験がある。
アサシンが持ち出した道具は、違法改造されていてガス圧は高まっているが、所詮はただの玩具の銃だった。
弾が当たれば痛いかもしれない。が、もうその程度で怯む程に落花生は正常ではない。
「――稲妻」
「最後の警告だ。魔法を撃ってくれるな」
「――炭化」
マスクに隠されているはずなのに、落花生の瞳越しには、アサシンの表情に真剣味が増した気がした。
ただ、見下している小娘を攻撃すると決心した癖に心痛そうにも見えたので、アサシンの表情は気の所為であると判断した。
破裂音がコインパーキングに響いたのは、落花生がこう判断した直後である。
「――電圧げ……き?」
落花生の詠唱は、体を駆け巡る奇妙な感覚によって中断させられた。
痛いか、熱いかで言えば、熱い。右足のももに熱せられた鉄心を突き入れられたような感覚であるが、マスクのアサシンとの位置関係は変化していない。攻撃が届くはずがない。
右足から力が抜けた落花生は、アスファルトの地面に尻餅を付く。
火傷した部位からドクドクと滑った液体が流れ出し、袴を汚していく。
「あれ……え、何です?」
マスクのアサシンが構えている玩具の銃。その銃口付近から白い湯気のようなものが昇っている。
「それ、本物です、か……ぇ? あ、アァガあァッ!!」
遅れてやってきた激痛に、落花生は腹の底から叫び上げた。
改めて言いますが、作者は落花生が嫌いではありません。
不調のどん底の魔法少女を銃撃する御影が悪いんです。




