11-3 炎の魔法少女の夜這い
なろう運営「作者、あなたは健全ですか?」
作者「はい、健全です」
なろう運営「健全は義務です」
……なんのことか分からないと思いますが、察してください。
Y染色体の違いを痛感する夜となった。
男と女では入浴時間だけでなく、風呂上りに脱衣所にいる時間も大きく異なるらしい。必要とする物品もバスタオルとドライヤーだけでは不十分であった。
セーフハウスに旅館並みの快適さを期待する方が間違っているとも言えるが、生活の質を疎かに考えていたのは確かである。招いた側としては、もう少し受け入れ準備を整えておくべきであったと思う。
己の不甲斐なさを、特に皐月に見せてしまうのは心が苦しい。
好かれていると知っている相手に、評価を下げさせたくないと思うのはただの我侭なのだろうが。相手の欠点を知って許せてからが真の恋人関係とは言ったものである。
ちなみに、アジサイは湯冷めで疲れていたのか、疲れていたから湯冷めしたのか、男子と変わらない時間で脱衣所から出てきた。貸したジャージが妙に似合っている。
「…………ふん」
リビングに現れたアジサイは、半乾きの髪のまま、お茶のペットボトルを一本奪って奥部屋へと消えていく。一度だけ俺のマスクをじっと眺めていたのが印象的だった。
皐月が姿を現すまでウトウトと時間を潰し、現れた後は俺も汗を流したかったので風呂場に向かう。残り湯は使わずに捨て、シャワーだけを浴びた。
所要時間五分で風呂を終わらせたが、リビングに戻った時にはもう皐月の姿は消えていた。寝る前の挨拶くらいはしておきたかったが、夜の女子部屋を訪問する勇気はない。
豆球を残し、リビングの照明を落とす。本日の寝床はここだ。
布団は二組しか用意していなかったので、皐月とアジサイで品切れである。未使用のバスタオルを床に敷いて、外套を掛け布団代わりに就寝を開始した。
今日に限った話ではないが、どうにも疲れているのだろう。
薄ら寒く、慣れない環境だというのにすぐに熟睡してしまう。
「――御影?」
俺の眠りを覚ます者はだ、れ……ぐぅ。
「マスク付けたまま眠っちゃって、まったく……ん」
まるで唇を奪われたかのような息苦しさを感じるが、心地良いので快眠を続けよう。
「まだ寝ている。寝込みを襲われるなんてアサシン失格じゃない?」
同じ屋根の下、安心できる異性と一緒にいるのだから眠ってしまうのは仕方がない。そもそもモンスターを暗殺した経験のない異端なアサシンなので、寝込みを襲われても言い訳できる。
それはそうと、外套をめくって体を密着させないで欲しい。これは夢なのだから、あまり肉体的な実感を持たせないで欲しい。
いちおう、瞼を開いて現状が夢である事を確認するが……現実感のない光景だな。やっぱり俺は疲れて眠っている。
「夢か。間違いない。お休み……ぐぅ」
「寝るな、馬鹿」
瞼の向こう側では、髪の長い女が長袖シャツ一枚で俺を誘惑していた。
夢でなければ成立しない光景なので、俺は酷い明晰夢を体験しているのだろう。
「夢とはいえ、彼シャツ姿の皐月をキャスティングするとは、俺も度し難い。早くノンレム睡眠しなければ」
「だから寝るな」
明晰夢の良いところは夢をある程度操作できる点にあるが、寝ぼけた脳が本能のままに鉛筆でシナリオを描いているものだからリアリティは低い。
皐月がガチ恋距離で添い寝してくれる。
なるほど、確かに素晴らしい夢ではあるな。現実では味わえない至福であろう。
だが、だったらっ、どうして魔法少女の服装ではないのか。シャツなどというありふれた服装ではなく、皐月(夢)に着せるならいつもの服だ。クレームをつけてやる。
「…………チェンジで」
「アぁ?」
うわ、怖。皐月(夢)にメンチきられている。
明晰夢なのに悪夢って一番最悪なパターンではなかろうか。
「御影、起きているでしょう?」
「いや、眠っている」
「起きているなら、私を見なさいって」
「嫌だ。青少年保護育成条例が怖い。なろう運営はもっと怖い」
「私はもう十八歳だから安心して。そもそも、結婚が十六歳からできるのに十八歳未満に厳しいのって当事者にとって有難迷惑なのよね」
俺が寝ているリビングの床に、皐月は長袖のシャツ一枚で寝そべっている。川の字ならぬリの字。シャツのボタンを留めていないから、可愛らしい柄の下着だってチラりと見えてしまっている。リビングに暖房器具はないのに、寒くはないのだろうか。
「私との関係を考えてくれないの? 御影はどうして嫌がる訳?」
顔から目をそらし、仕方なく下方にあった胸に注目する。皐月の胸は慎ましい。
存在はしているが、決して大きくはない。円錐型というのだろう。ローマ字で表すなら、大きく見積もってもCが限界か。
心眼スキルもないのに看破しておいて、と言われるかもしれないが、胸のサイズなど相対値でしかない。皐月の胸だから、触れるのだ。
いや、触れていないよ?
「今まで聞いてなかったから、逃げられないこの場で聞く。御影は私の事をどう思っている?」
手入れの行き届いた眉と凛々しい瞳。一対の宝石の奥には、燃えるような力強さと、俺の返事に対する若干の怯えが共存している。
皐月が俺を好いているのは当然、自覚している。俺を好きでいてくれるような奇特な少女を無視できるはずがない。
蔑ろにしたつもりはない。マカデミアナッツだってきちんと優太郎のお土産よりも高い物を買ってある。
では何故、俺から皐月に好きだと伝えないのか。
「俺は天竜川の魔法使いを全員助ける。だから、主様が人間に倒せない魔王だったとしても戦うだろう。はっきり言って、最後まで生き残っている可能性は少ないぞ?」
……決まっている。好きだから伝えないのだ。
「死ぬかもしれないから好きだと言えない。こうほざいたら、燃やすから」
「いや、でもなぁ」
「死ぬかもしれないのは、私だって同じだから。だったらせめて告白されてから私は死にたい」
俺の彼女は真面目な顔をして冗談を言う。俺が助けるから皐月は死ぬはずがないというのに。
「なら問題はない。好きだ、皐月」
「私は大好き」
前歯の痛くないキスでお互いの気持ちを確かめる。
起きた時にはどうなるものかと焦ったが、これで一件落着だ。
若い二人の心の結束はより強固となった。この成果は偉大なものであり、肉体的な繋がりなど些細なものとせせら笑える程に強大だ。だから、このまま安心して眠れ――。
「よっしゃっ、両想いなら問題はないわね。初めてだから大変でしょうけど、レベルが68もあればそう痛くはないはず」
「ちょっと待てっ! プラトニックに終われないのか?」
「何よ、童貞のまま死にたいの?」
マウントポジションで皐月は長袖シャツをキャストオフしようとしている。この年下、行動に躊躇がなくて、ちょっと怖い。レベル差が50近い所為もあるのだろうか。
「かく言う私も処女でして。こういう楽しみを知らずに死にたくはないわ」
「皐月の指摘通り、俺は童貞だ。だから明るい家族計画も持っていない。残念だったな!」
「……必要なくない?」
告白直後にというのは、いくらなんでも蛮族が過ぎる。
だというのに、皐月を押し止める方法がまったく思いつかない。スキルが十二個もあるのにどれも役立たないとは甚だしいではないか。
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“『一発逆転』、どん底状態からでも、『運』さえ正常機能すれば立ち直れるスキル。
極限状態になればなるほど『運』が倍化していく。
このスキルを得る前提条件として、『破産』系スキルを取得しなければならないため、『運』のベースアップは行われない。
スキル取得によって『成金』『破産』は強制スキルではなくなり、自由にスキル能力を発動できるようになる”
“実績達成条件。
『破産』スキルの達成条件を一日以内に帳消しにする”
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“ステータス詳細
●力:18 守:6 速:36
●魔:0/0
●運:10 + 100”
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ちょっと待て。パラメーターが一部狂っているぞ。
「ああっ、駄目だ。無計画なのは許せない。そこだけは譲れない」
「往生際が悪い。まだ言うか」
皐月の肩を持って、素早く体勢を入れ替える。
動けないようにしっかりとホールドして――何か柔らかいな、はて――マジノラインを形成する。すぐに突破されてしまいそうな防衛ラインだ。
「皐月が学園を卒業してからだ。それまではお預けだ」
「チキン! チェリー!」
「鳥なのか果物なのか、どちらかにしろっ」
「仕方がない。今日は私が折れてあげる」
皐月と約束の指切りを交わす。
これにて、今夜はお開きと相成りまして。
「それじゃね、御影。おやすみー」
「……待て、どうしてこのまま寝ようとする」
「御影が言うから仕方なく卒業まで待ってあげるけど……御影から約束を破る分にはありじゃない? 男は狼だから慎みを持って抱き枕にならないと。おやすみー」
「おい、俺の理性を試すんじゃない」
「あ、寒いからくっついて」
「おいっ」
深夜未明。
リビングでは二人分の寝息が小さく響いている。他に特筆する音は聞こえない。
――奥部屋からノソりと現れた人間の足音を除けば、音は聞こえない。
「……不健全」
その人物は睡眠不足の目を擦りながら、リビングの床のリの字を観察していた。
「……不潔」
仮面の所為で顔がはっきり見えない癖に、幸せそうな寝顔を見せる男。そして男の隣にいる属性不一致な女。
「…………やっぱり、マスクは気に入らない。私が信頼して良いのは姉さんだけ。マスクに特別な感情なんてないから、誰と同衾していようと知った事じゃない」
氷の魔法で男の鼻の穴を瞬間凍結させて、詰まらせる。少々以上に激しくむせていた。
「だから、マスクがサツキを好きでも、私には関係ない――」
現れた時と同じ足取りで、奥部屋に戻っていく。
部屋に逃げ帰ったその人物、浅子の顔色は、あまり健康的ではなかった。




