11-2 ちなみに風呂場には桶すらありません
賃貸契約をしたばかりのマンションの中身は空に等しい。家具はもちろん、日用品さえ不十分だ。
リビングに置いてあったテーブルと椅子が例外なぐらいで――以前の借主が置いていったものらしい――その他は二リットルの水が数本、布団が二組。シャンプーボトルの一本さえ備蓄されていない。
資金はあっても、午前零時ともなれば店が閉まっている。
シャンプーぐらいならコンビニで売っているだろうが、シャンプー以外にも必需品の要望が出る事は必至だ。
とりあえず優先順位の高いお風呂用品を入手するため、一時間前に訪ねたばかりのコンビニに向かう。
女性はシャンプーにさえ拘りがあると聞き及んでいるが、残念ながらコンビニの棚には選ぶ程に銘柄がない。今日を凌げる最小サイズのシャンプーをかごに放り込んだ。
ついでにリンス、ボディーソープ、ハンドソープ、洗顔石鹸、歯ブラシ、紙コップ、タオルと、風呂で必要になりそうな物品を連鎖的に思い付き、次々と手に取る。
「これは引越しと同じだな」
便利の代名詞であるコンビニをもってしても、足りない消耗品は多い。
あったとしても少々割高である。本当は百円均一を活用したいが、無い物強請りをしても等価交換を無視して物体は練成できない。
「……へぇ、最近は下着も売っているのか。ほぅー」
女性物を買うのは気恥ずかしいとか、つまらないデザインとかは関係なくかごに押し込む。
使うか分からない物でも目に付いた物はすべて購入し、ついでに明日の朝食になりそうなパンやサンドウィッチもかごに詰め込んでレジに行く。コンビニで万単位の買い物をしたのも、クレジットカードを使ったのも初めての経験だ。
タイムセール帰りのおば様のごとく、丸々太ったビニール袋を両手にぶら下げて帰り道を急ぐ。
なかなかの重量のはずだが、地味にレベルアップの恩恵が効いているのかビニールが手に食い込んでも痛くはなかった。
マンションに戻ると、まずマスクを付け、律儀にドアベルを四回鳴らしてから、脱衣所に直行する。
「皐月、必要そうなものは買ってきた。バスタオルとかは俺の家から運んでくるからまた出かける」
「御影? ありがとう。とりあえず、シャンプーだけちょうだい」
風呂場のドアを十センチだけ開いて、内部から艶やかな手が伸ばされる。
なかなか稀有なシチュエーションに赤面しつつ、喜んでシャンプーを袋から発掘する。半透明のドア越しに見える肌色を題材に想像力を鍛えながら、皐月にシャンプーのボトルを手渡した。
「御影。せっかくなら一緒に入る?」
「冗談で男を誘うなよ。勘違いするだろ」
「本気だから安心して」
「……あー、その――」
「断れ、マスク」
「――遠慮しておく」
皐月以外の声が風呂場で木霊したので、皐月の誘惑を遺憾ながら辞退する。皐月とアジサイって裸の付き合いをする程に親しかったっけ。
女は長風呂というのが相場だが、湯冷めさせては申し訳がない。
バスタオルを入手するという名目で、俺は皐月のアプローチから逃げ出した。
御影の気配が消えた後、風呂場で再び声が木霊す。
皐月に一方的に友人関係を確立され、風呂場に押し入られた浅子の声である。
「……サツキって本当にマスクが好き?」
「そうだけど。あげないから」
「いらない」
外界との気温差により生じた湯気越しに、浅子は素朴な疑問を口にする。
「助けられたぐらいで、裸まで見せるぐらいに好きになれるもの?」
「奇天烈で回りくどい助け方に惚れた訳じゃないわ。ただ、御影に惚れなかったら、私の人生でもう男に恋する機会は巡ってこないと思うから」
魔法使いにとって、天竜川は死地と同じ。
明日化物に攫われて、経験値の肥しにされてから恋を経験したかったと後悔しても遅いのだ。
だから、皐月は御影という男を逃さないし、肌をさらす程度は気にしないし、それ以上だって望んでいる。
「ま、主様って魔王がいなかったとしても、御影以外の男に興味なんて持てなかっただろうけど」
「だからって、マスクはない」
友人の趣味の悪さに閉口したのか、アジサイは口元まで湯に浸かって黙り込む。
念入りに体を洗っている皐月としても、あまり会話は求めていないため都合が良かったらしく、以降の会話は続かない。
ただ、シャワーで長髪を洗う音に隠しながら、皐月は口走る。
「アジサイさー。私、御影を夜這いするから、覗かないでね」
「黙れ、頭が沸いた魔法使い」
次回はたぶん皐月に襲われます。
R15ってどこまで許されるんですかねぇ……。




