11-1 楽しい夜食
新章開始です。
決戦前の一呼吸置いた章になるかと思います。
コンビニのビニール袋を片手に、俺はマンションのエレベーターに乗り込む。深夜なので他の乗客を待たずに早々に扉を閉めて、四階のボタンを押す。
このマンションは俺が大学一年の頃に引っ越してから、以降住んでいる賃貸マンションではない。学生が住むには部屋が多過ぎるし、何より高い。主に子供のいる家族向けの物件だ。築年数も新しいとは言い難い。
ただ、一時的に魔法少女を匿うために借りる物件としては条件を満たしている。
部屋が多ければ、今日のように魔法少女が二人いたとしてもプライベートルームの数に困らない。
家賃についても、一般人レベルでの高価格は、億単位で資産を運用可能な俺にとって実に些細だ。一ヶ月単位で見れば、敷金礼金家賃とホテルの連泊とでは前者の方が安い。
築年数が新しくないというのも、それだけ街に溶け込んだ建物と見なせる。セーフハウスとしては利点と言えた。
エレベーターから降りて、角部屋のドアの前まで行ってから深呼吸する。
「用意しておいてなんだが、本当にこの部屋に魔法少女を招いてしまうとは……」
ディンプルキーでドアを解錠する前に、ドアベルを連続二回押し、間を空けてから更に連続二回押す。
符丁みたいなもので、一回だけの場合は訪問販売や新聞勧誘なので居留守、連続二回の後が一度の場合は要注意といった意味がある。
「おっと、忘れ物だ」
ドアを開ける前に、黒いベネチアンマスクを装着しておいた。
「ちょっと御影! どこに行っていたの?」
「コンビニに買い物だけど。夜食買ってきたけど、食べるだろ?」
リビングに足を踏み入れた途端、髪の長い少女、炎の魔法使いこと美空皐月が駆け寄ってくる。
皐月は魔法少女としての普段着、赤い袴のままだった。見慣れている仮装でも、マンションの一室で見るとやっぱり時代錯誤な違和感しかない。
「リクエストを聞いてなかったから、適当に買ってきたぞ」
皐月という少女は、異性慣れしていない俺には未知の生物だ。一度助けたぐらいで慕ってくる生態以外は、まだまだ謎が多い。まぁ、女子高生ならパスタ好きだろう、パスタ。
「アジサイも一緒にどうだ?」
皐月の他にあと一人、短髪でやや背の低い、氷の魔法使いことアジサイの姿を探す。
アジサイは俺の入室に興味を示さず、椅子に座ったまま買い置きの天然水を飲んでいる。アジサイも青い着物のままである。着替えがないのだろうか。
皐月とアジサイ、彼女達にはマスクの裏側の男が入れ替わっている事実に気が付いていない様子だ。
元は凡人のレベル19の俺と、今も凡人のレベル0の紙屋優太郎。未来ある少女達には、背丈も体格も変わらない無個性な男子大学生の見分けは、ひよこのオスメス選別とほぼ同等の難度なのだろう。
コンビニの袋から、買ってきた食品を取り出しては電子レンジにくべる。
優太郎との入れ替わり工作のために購入した品々だ。冷め具合から矛盾を指摘されないように、あえてコンビニ店では温めてもらっていない。冬の夜が相手では、どうせ帰宅途中に冷めてしまっただろうし。
「俺は余り物で良いから、先に選んでくれ」
「夕食食べてなかったからありがたく貰う。って、和風ステーキ定食弁当、カルボナーラ、ロコモコ。夜食べるにはカロリー高くない?」
「私、ロコモコ」
一番に選んだのはアジサイだった。無愛想な癖して主張を通す子だ。
順当に皐月がカルボナーラを選び、俺は余った和風ステーキ定食に手を伸ばす。
ヤカンで暖めておいたお湯をマグカップに注いで、粉末ポタージュスープを手早く作り、男女三人は夜食を開始した。
赤、青、黒と傍目には奇妙な組み合わせである。特に、俺はマスクのままである。口元が隠れていないマスクなので食事に支障はないが。
「あの廃墟を廃墟にした最後の雷、あれって落花生の魔法だったはずだけど、結局あの子どうした訳?」
「面倒だから預けてきた」
「……卵の下まで暖まってない」
「誰に預けたのよ?」
「皐月は月桂花って名前の魔法使いを知っているか?」
コンビニ弁当の肉にしては柔らかく食べ易い。
昨日から飛行機に乗り続けたり、バイクで事故ったりと体が疲労していたので、もう少し胃を労わるべきかと後悔もしていた。が、レベルアップのお陰で胃も強固になっているのか、箸は進み続ける。
「――へぇ、その月桂花が私の師匠を殺した元凶の一人な訳か」
「恨むなとは言わない。桂さんがしてきた事はたぶん償えるものじゃない。ただ、燃やすなら主様を先にしてくれないか。あと、口元汚れているぞ」
「……ハンバーグも冷たい。暖め直す」
「ありがと。……ん、桂、さん? 敵に寝返った魔法使いに馴れ馴れしくない?」
「皐月は呼び捨て、桂さんはさん付け。桂さんが美人だからって理由で肩を持ったりしないから安心しろ。本当だぞ?」
席を立ったアジサイがロコモコを持って電子レンジに向かう。
そう言えば、アジサイの本名を知らないな、俺。
「桂さんは主様から命じられない限りは敵対しないと思う。当面の敵はスキュラ、ついでに落花生になるだろう」
「スキュラって女、誰?」
「……暖め過ぎた。器が熱い」
「ギリシャ神話に出てくる化物?」
「ああ、英雄御一行様が乗っている船でさえ避けようとした真性の化物だ。それなりの対策は必要だろうな」
皐月はスキュラについて詳しくはないようで、ピンときていない顔でフォークをくるくる動かしている。
アジサイについてはまったく会話に加わろうとしない。姉に関わる話なので興味を示すかと思ったのだが、マイペースが過ぎる。
「とりあえず、今日はこのままここに泊まってくれるか? できれば、主様を倒すまではずっと。家は桂さんに知られているだろうから、家族を巻き込みたくはないだろ」
「同棲なんて、御影は大胆。これも惚れた弱みだから仕方がないし、望むところよ」
「……眠くなったら寝る」
「ならアジサイからシャワー入って良いから」
「二人とも同意してくれたと見なすぞ」
俺もこのマンションで寝泊りする予定なのだが、少女二人は危機感が薄い。食事を終えると俺を放置して風呂場へと向かっていく。
覗き見するつもりはないが、少女二人の共同生活ともなれば心が強制的に躍る。タイプはかなり異なるが、二人とも私見を除いたとしても可愛らしいのだ。魔法少女というだけで、俺の好みである事に間違いはない。
暇なままだと邪な感情に身を委ねてしまいそうになる。
手持ち無沙汰を解消するために、食器の洗浄を開始した。
「御影ー、シャンプーってどこー? アジサイと一緒に入っちゃったから取ってきてくれるー?」
な、なんだと?




