10-6 デア・ピラズィモスの正体
やや長いですが、最後の方はステータス情報です。
マスク越しに額を指で小突きつつ、桂の事情を推察する。
桂が同業の魔法少女を生贄に仕立てるのには理由があるはずだ。真っ当な良識がある人間が現実に絶望しているからこそ、桂の瞳は色を失っている。サディスティックに魔法少女が苦しむ様を楽しんでいる、という線も同じ理由で違うだろう。
諦観。
恐らく、諦めこそが桂の現状を体言する言葉だ。
桂は魔法少女の救済を諦めている。だからどれだけ少女達が犠牲になっても、良心を保ったまま――良心以外の大事な部分が欠けた心で――生きていられる。
「御影さんでは魔法使いを助けられません。御影さんを侮っている訳ではありませんわ。だから御影さんも、主様を侮らないようにしてください」
「桂さんのレベルでも、主様には敵わないと?」
「わたくしがというよりも、人間が対処できる存在ではないのです。主様の世界、わたくし達地球の人間から見れば異世界で、主様は名の知れた魔界の王です」
「魔王……実在してしまいましたか」
「王というよりも戦国大名に近いですわ。粋がった魔族が王を自称する事も多いですし」
主様の情報は貴重だった。
今のところ、男――魔族とやらに性別があれば――である事とレベルが150近い事。このたった二点しか情報がない。
俺が促した訳でもないのに、桂は淡々と主様の情報を教えてくれる。
「ただし、主様は本物で、別格です。討伐不可能と諦められた魔王は主様のみです」
異世界の人間が主様を葬ろうとした事がある。住民を含む街一つを囮とした壮絶な作戦で、おびき寄せた主様を皐月と同等レベルの魔法使い十人で蒸し焼きにしたらしい。
四節の魔法の十連打の追撃で、人類の最終生物兵器、勇者が決戦を挑んだらしい。が、それでも主様は討伐できなかった。
「魔王の次は勇者ですか」
「勇者とはわたくしも手合わせしておりますわ。レベル100前後の出鱈目な強さでしたが、勇者でさえできる事と言えば、主様の勢力を定期的に間引くぐらいです」
魔法使いとレベルが実存する時点で、魔王や勇者など今更だ。決して驚くには値しない。現実味とはどんな味だっただろう、と無意識に斜め上を見上げてしまうが。
桂の諦観の原因は、主様と呼ばれる魔王だ。
魔王が存在する限り、桂の瞳に色彩は戻らないのかもしれない。
桂から聞かされた主様の情報を元に、俺は決意を述べる。
「……桂さん。主様の話を聞いても、やっぱり俺は魔法使いを助けるのを諦めませんよ」
「そんな御影さんが好ましいですわ」
ナチュラルに俺を全肯定しないで欲しい。
「主様が人間に抗えない存在だったぐらいで諦めはしません。敵が強いのは最初から分かっていた事ですから」
「……炎の魔法使いの皐月を助けるのは、求愛されたからですか?」
「――ぇーと、それは結果的にそうなっただけです。まだ恋人候補ですし」
初々しい男女仲は微笑ましいのか、桂は目じりを和らげる。嫉妬が窺えないのは、俺としては残念なのだろうか。
「氷の魔法使いのアジサイとは、そう親しい関係ではないようですが?」
「姉の事しか頭にない子ですからね。危なっかしくて見捨てられないです」
御影さんを想うわたくしの気持ちと似ています、と桂は俺を誘惑してくる。優しい精神攻撃ってあるものだ。
「そこで寝ている雷の魔法使いは、救うに値しますか?」
「人を値踏みはしません。助かる助からないは本人次第です」
「まだ出逢ってもいない魔法使いさえ救うのですか?」
「機会があれば。積極的に動きはしますけど」
「――四人の犠牲で救われるモノがあるとしてもですか?」
「あー、いえ。四人ではなく、できれば五人で」
天竜川に五人目の魔法使いがいただろうか、と右手を頬に添えて思案する桂。
名前を思い付けず、降参するかのように首をかしげたので、俺は最後の一人を助けたいと告げる。
「桂さん、貴方だって魔法使いだ。なら、俺が助けるべき対象になりえます」
完全に失念していた最後の一人を指摘された桂は硬直する。ほんの一瞬だけ瞳孔の辺りに光が戻ったが、気のせいかもしれない。
桂が喋り始めるまではやや合間を置いた。
「……嫌ですわ。こんな女まで助けたいだなんて、ゲテモノ好きにも程がありますわ」
「優しいだけでなく、可愛らしい人なのですが」
「ご、誤解ですわ。わたくしの所為で何人の少女が苦しんで死んだと! 彼女達に呪い殺されるとすれば、主様よりも先にわたくしが殺されるべきです」
「自責の念を否定はしません。だから、助かりたいという気持ちが桂さんにあるのなら、それも否定しません」
「先程、手痛く拒絶されたばかりで。御影さんは愚かしいです」
「返事をいただけますか?」
桂はどうしましょうと呟き、両手で顔を隠して背を向ける。別に婚約の言葉を告げた訳でもないのに、もう少し気楽に答えてくれても良いのだが。
再び正面を向いた桂は外見年齢から十歳は幼く見えてしまった。
「本当に、本当にありがとうございます。わたくしは助かるべきではない女なので、助ける機会があっても見捨ててくださいね」
落花生とは違い、桂は理性的だった。
だから己が犯した罪と己の命の比重を正確に読み取り、救われるべきではないと判決を下せた。本人が見捨てろというのであれば、俺にできる事はないのだろう、か――。
「ですが、わたくし以外の魔法使いを救うのはもう止めませんわ。黒豚が減ったので、主様も一人ぐらい逃したとしても気にしないでしょう。皐月さんと街を離れて、仲良く暮してくださいね」
「アジサイにはまだ断られた訳ではないので……」
「二人、妾です? 近頃は一般的ではないそうですが、古風なのですね。わたくしの家でも父と女中のヨネさんが――」
戦前までの倫理感で納得されるのは困るが、俺が複数の女子高生に手を出していると勘違いされるよりはマシなので黙っておく。野良猫のように他人に心を許さないアジサイが、俺を慕うなんて未来は訪れないだろうし。
「氷の魔法使いはデア・ピラズィモスと呼ばれる魔族が狙っていますわ。助けるのであれば、あの女魔族の息の根を止めるのが前提です」
「ギルク程度であれば、倒せるつもりです」
「単純比較は難しいですが、デア・ピラズィモスは黒豚よりも難敵ですわ。多数のスキルを所持する真性の魔族ですから」
「デア・ぴらずぃもす? 言い辛い名前ですね」
「主様が適当に名付けた仮の名前ですから」
異世界の魔界において、種族の差は決定的なものであるらしい。
中でもドラゴン族と魔族は上位種と称えられる。どちらも生物学的には悲惨な括られ方をされており、トカゲに似た化物とトカゲ以外の何かで分類されていた。
上位種の共通点はただ一つ。生来のスキルの質と数の豊富さだ。
「御影さんには死んで欲しくありませんので戦うのはお勧めしませんが、デア・ピラズィモスの真の名前をお教えします」
実在のオークの特徴と、物語上のオークの特徴はかなり似通っていた。
クスクスと汚らしく笑うのが特徴のアジサイ姉が、デア・ピラズィモスなる魔族である可能性は高い。ヘルハウンドを従える特性以外にも、名前から何か分かるかもしれない。
「スキュラ。デア・ピラズィモスはスキュラに属する女魔族です」
桂は廃墟から離れ、陰湿な地下の隠れ家へと戻っていた。御影と話していた時の頬の柔らかさは失われ、白い肌は硬い。
主様への報告の前に、桂はフォークリフトのように両手で抱えている荷物を持ち主に返すため、獣臭さが強烈な区画へと足を運んだ。
「デア・ピラズィモス様、貴方の奴隷です」
乱暴にではないが、丁寧にでもなく、桂は抱えていた雷の魔法使い、落花生を黒い犬の毛が大量に抜け落ちている地面に下ろす。
まだ魔法の効果が切れていないため、落花生は眠ったままだ。悪い夢でも見ているのか、目筋には涙が溜まっている。
部屋の主は常の作った笑い方を忘れて大部屋の中央で不貞腐れて丸まっていた。が、桂と落花生を複数の目で視認すると挨拶よりも先に笑い始める。
「クスクス。ゲッケイは本当に人間なのかしら? この哀れな小娘を私に返すなんて、本当に酷い事をするのね」
肯定する気はない。が、否定はできないため桂は沈黙を保った。
「そういえば、この子は私が与えた命令を果たせなかったのよねぇ。お仕置きは何が良いかしら? ……ゲッケイ、どう思う?」
「ご自由に」
「そういえば、この子って処女だったかしら? なら最初の相手は慎重に選んであげないと可哀想よねぇ。クスクス。同じ女同士、意見を出し合いましょう?」
「ご自由に、と申しました」
「ギルクが死んで残っていたオークはまだ生きていたかしら? 餌を与えないで監禁していたから、さぞ飢えているでしょうねぇ」
クスクスと不快に笑う女魔族が煩わしいので、桂は本題を切り出す。
落花生を運んだ理由は善意でも悪意でもない。女魔族の動向を探るため、部屋に訪れる理由が欲しかっただけである。
「落花生に氷の魔法使いを襲わせたのは、御影なるアサシンを誘き寄せるためだったはず。それなのに、御影が現れた途端にデア・ピラズィモス様は帰ってしまった。理由をお聞かせいただけますか?」
笑うのを止めた女魔族は数本ある前脚を曲げ、機嫌悪く体を丸め直した。
「アレは期待外れだったわ。……まったく、聞いて驚いて? あのアサシンってレベルが0だったのよ?」
女魔族は尻尾を数本振りながら、気になる事を口走る。
「黒いバイク、YAMABAのFJP1300に乗ってたところを目撃したのだけど、レベルも0ならスキルもゼロ。あんな人間に興味はもうないわ。吸収するだけ余分な脂肪になっちゃう」
女魔族は、まるで見た対象のレベルが分かるかのような口ぶりで御影を語る。
「黒いマスクは定価千円の安物。何の価値もない」
他人のステータスを覗き見るスキルの実存は、噂程度にはある。
『鑑定』と呼ばれるそのスキルを用いれば、目視した対象のステータス、レベル、スキルがすべて読み取れるらしい。
しかし、『鑑定』スキルの取得方法は伝わっていない。スキルの取得方法の多くが秘伝とされているため、当然と言えば当然だ。
『鑑定』スキルがあれば敵の力量を数値として確認できる。レベルの差を埋める程のレアスキルも、事前情報さえあれば裏をかくのも容易だ。
女魔族の種族と『鑑定』スキルの関わり合いはないため、取得する方法は実績達成以外にはありえない。が、実績達成は本来、人生に数度も発生しない。
そもそも桂は、御影がギルクを倒す様子を目撃している。少なくとも、ギルクを倒した際に御影のレベルは0以上になっているはずだ。
女魔族の言葉を信じるべきではない。
所詮、上半身は女性、下半身は複数の犬が絡み合う化物、スキュラが漏らした言葉だ。桂を油断させるための欺瞞情報だろう。
「当てが外れた分、妹とそこの魔法使いからは経験値を搾り取らないと」
だから大事に大事にするからね。こうクスクスと笑うスキュラの声が、やかましく輪唱していく。
闇の中にいたスキュラが、すべての頭を上げた。
頭部が複数ある時点で女魔族は特異だ。一匹一匹がサイほどの巨躯を持ったヘルハウンド、それが計六匹集まって女魔族の下半身を構成してしまっている。
劇場ホール程に巨大な室内の中央部が、たった一匹の――一匹にして複数の――魔族が立ち上がっただけで埋まってしまう。
非常識な生命体であるが、犬はクスクスと笑わない。他に人語を喋る頭が存在する。
笑っているのは、六匹の犬の背中にいる人物達だ。
一人目は、体の重心近くにいるアジサイ姉だった。
二人目はアジサイ姉の背後から身を乗り出している。赤い着物の女がクスクス笑っている。
三人目はモノクルをはめた初老の男性だった。巨大な犬の頭に乗っかり低く笑っている。
四人目、五人目は人間の女性。六人目は魔族らしき綺麗な女性。七人目以降は――もう数える気さえ起こらない。
本来のスキュラは六つの犬のみが同化しただけのキメラである。
しかし、レベル上昇によって得たスキル効果により、天竜川のスキュラは様々な個体と同化した群集に成り果てていた。
「クスクス、姉と妹でコレクションしてしまいましょうか」
「クスクス、可哀想な小娘も最後は皆でお仲間よ」
「クスクス、次の娘のスキルも我等の糧となろう」
クスクス、クスクス、クスクス――。
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“●レベル:77”
“ステータス詳細
●力:201 守:120 速:23
●魔:251/261
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●スキュラ固有スキル『耐毒』
●スキュラ固有スキル『ヘルハウンド生成』
●スキュラ固有スキル『誘惑』
●スキュラ固有スキル『同化』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●リザードマン固有スキル『耐打撃』
●オーガ固有スキル『力・良成長』
●ヘルハウンド固有スキル『群統率』
●セイレーン固有スキル『歌声』
●隠者固有スキル『鑑定』
●剣士固有スキル『刃物扱い上手』
●魔法使い固有スキル『魔・良成長』
●魔法使い固有スキル『三節呪文』
●魔法使い固有スキル『魔・回復速度上昇』
●魔法使い固有スキル『四節呪文』”
“職業詳細
●スキュラ(Aランク)”
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“『ヘルハウンド生成』、己の眷属を生み出すスキル。
『魔』を1消費する事で一体のヘルハウンドを生成可能。
天然物のヘルハウンドとの差はなく、人間が倒せば経験値を得られる”
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“『誘惑』、異性を己の虜とするするスキル。
『魔』が対象よりも上回っている場合、『魔』を一割消費することで発動できる。
言葉や容姿で対象を縛り、言いなりに動かす事が可能。
特別、性欲に関する命令は強く効果を発する”
“≪追記≫
『同化』スキルにより性別が曖昧化しているが、本来の性別は女性なので男に対してのみ効果あり”
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“『同化』、己と他者との境界を曖昧化するスキル。
『魔』をすべて消費する事で捕らえた生物を体に吸収できる。
吸収した生物のレベルとパラメーターは加算されないが、スキルについては完全に受け継ぐ事が可能。
記憶については表層のものしか再現できないため、同化された人物を装っていても、中身は完全に別物である”
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“『鑑定』、世を見透かした者のみが取得するつまらないスキル。
『魔』を1消費する事で目視した生物や物体の鑑定が可能。
対象が生物の場合、ステータス、レベル、スキルを確認可能。
対象が物体の場合、一般常識レベルの情報や価値を確認可能。
最上級のレアスキルに相当するが、俗世界を捨てた『隠者』に職業を変更する事が取得条件であるため、何かに活用された例はない”
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主人公ばかりがスキル多用というのはえこひいきなので、
スキュラはもっと多くのスキルを与えてみました。
『鑑定』スキルについては、なろうでは敵が所持していることが
少ないと思われるので、やっぱりえこひいきかなと思って
スキュラにあたえてみました。
結果、こんな化物に……。