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10-5 桂という魔法少女


「御影さん、お久しぶりです」

「やっぱりくすのきさんでしたか。こんな廃墟で、奇遇ですね」


 ドレスとしか思えない上下一体の薄黄色の服。スカートの丈は地面に引きずってしまいそうな程に長いが、右足のスリットも相応に深く、色白な生足がうかがえてしまう。

 平均的な女性よりも背の高い楠桂くすのきかつらには似合った服装で、背筋がぶれない立ち姿はモデルのようだ。

 ここが廃墟の地下ではなく、ファッションステージであったならまったく違和感はなかっただろう。


「出逢ってたった二回目で図々しいお願いですが、御影さんとは親密でいたいですわ。ぜひ桂とお呼びください」

「では、桂さん、と」


 全人類の姉になれそうなぐらいに柔和な雰囲気の女性が、俺の返答で頬を赤く染める。年上の女性が可愛いって反則だと思う。


「桂さんが助けてくれたのですか。魔法を使って?」

「その通りです、御影さん」

「……桂さんが魔法使いでなければ良かったなんて思うのは、助けられた人間の言うべき言葉ではないですよね」


 助かりました、と感謝を伝える俺に桂は優しく微笑み返した。

 桂の最大の特徴である感情が抜け落ちた瞳にも、俺なんかとの会話で微かに色が戻っている。頬に片手をあてて恥ずかしがっている仕草が、妙にくすぐったい。

 本当に、桂は恋愛方面で勘違いしてしまいたいぐらいに好みの女性だ。

 だからこそ、魔法少女であった事実が悔しくてならない。

 天竜川の黒幕のという接頭語が付くのだから、なお悪い。


「いつから魔法使いを続けています?」

「昭和の始まりからですわ。そういえば、まだ百年は過ぎていないのですね」


 どう高く見積もっても二十代中盤の容姿の女性に対して、答えるべき言葉が見つからない。

 女性の歳という禁忌の話題だからではない。一世紀近くも化物の手先として生きなければならなかった桂の境遇があまりにも悲惨で、投げ掛けるべき言葉や、同情以外の適切な感情が見つからなかった所為だ。

 それでも口をどうにか開いて、さし障りない会話を装って確証をき出す。


「桂さん。魔法使いとしての名前は教えていただけますか?」

「わたくしは月桂樹の黄色い花から、月桂花と名乗っていますわ」


 皐月からは現魔法少女全員の名前を聞いていた。

 皐月、アジサイ、ピーナッ……落花生、の三人とは面識がある。最後の一人はラベンダーであって、月桂花ではなかったはずだ。

 桂が天竜川の黒幕から逃れおおせた魔法少女である、という微かな希望はある。三年周期で魔法少女狩りが行われたとしてざっと三十回。一人や二人は生き残りがいてくれるかもしれない。

「月桂樹の花は黄色いのですか。月桂樹は確かローリエだったような」

「葉を乾燥させたものがローリエです」

 ただし、生き残りの魔法少女が、天竜川が流れる街に現れるはずがない。


「やっぱり、魔法使いの名前は花にちなんでいるのですか。……ちなみに、誰かからゲッケイと略されて呼ばれた事はありますでしょうか?」


 特別、卒業式が目前に迫った二月の夜に現れるはずがないのだ。せっかく黒幕から逃れられたというのに、自ら化物の経験値になるために戻ってくる訳がない。


「……その呼ばれ方は好きではありませんが、そう呼ぶ方々ほどに虫唾むしずは走りませんわ」


 桂が天竜川の黒幕の一人という言質を得てしまった。

 ゲッケイと呼ばれていた謎の女の正体は、目前で俺に優しい目線を向けている楠桂だ。


「桂さんの行動の意図が読めません。俺は天竜川の黒幕の敵です。何故、敵を助けるようなマネをしたのです?」


 桂が黒幕の一味だった。感情的には納得できないが、理解はできる。

 天竜川の魔法使いを養殖するために、同じ人間の魔法使いを使う。そこまでなら天竜川の黒幕らしい、実に効率的なやり方だ。

 だが、そうなると更なる疑問が浮かぶ。養殖用の生簀いけすの網に穴を開けようとする害虫を何故助けたのか。落花生の魔法から俺を助けた理由が分からない。

 魔法少女と同じく、俺も経験値にする必要があった。だから即死を避けるために助けたのか。

 ……こんなさびしい理由以外で、桂が俺を助けた理由が分からない。


「主様に歯向かう敵を応援するのを、わたくしが躊躇ちゅうちょするはずがありませんわ。世界をまたいでまで人間を不幸にする化物など滅んでしまえ、と常々思っております」


 黒豚――おそらくギルク――が焦げて死んだ時には、久しぶりに心がおどった。こう感情のない目で桂は告げる。


「御影さんはこちらの世界の人間で、唯一主様の勢力に打撃を与えた英雄です。そんなお方がツマラナイ女の駄々に殺されるなんて、わたくしには許容できません」



「……ッ。見ない顔の魔法使いまでもが、私を見下してッ」



「――沈黙、睡眠、催眠月。御影さんの助けの手を拒絶した愚女に、御影さんとわたくしの会話を邪魔する権利などありませんわ。息を止めろとまでは言いません、静かに眠っていなさい」


 己の最大攻撃魔法を封殺されたショックから立ち直りつつあった落花生を、桂は即時三節の魔法で眠らせる。同じ魔法少女でも実力に差があるためか、落花生は抵抗した素振りを見せずに床に倒れて弛緩してしまった。

 サイドアップの髪にトリモチが付着してしまって可哀想だが、睡眠耐性がないのが悪い。

 桂に路傍に転がる石のような目線を向けられているのも同情はしない。助けるために伸ばした手を叩かれた事実は、不貞寝ふてねでもしない限り忘れられない。


「わたくしが主様に仕えているのは間違いございません。けれども、主様への忠誠心は一切ありません。信じられないでしょうが、わたくしは良心に従って御影さんをお助けいたしました」

「桂さんの立ち位置が分かりづらいですね。主様を裏切ってくれませんか?」

「申し訳ございません。わたくしにも事情がございます。魔法使いを生贄いけにえとする蛮行も止められません」


 俺を助けるが魔法少女には辛く当たる桂を、敵と見なすべきか。優しい顔をしている癖に、桂は俺を大いに悩ませた。

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 ◆祝 コミカライズ化◆ 
表紙絵
 ◆コミカライズ「魔法少女を助けたい」 1~4巻発売中!!◆  
 ◆画像クリックで移動できます◆ 
 助けたいシリーズ一覧

 第一作 魔法少女を助けたい

 第二作 誰も俺を助けてくれない

 第三作 黄昏の私はもう救われない


― 新着の感想 ―
某ホラー漫画の大家さんの名前まんま自作品のキャラに使ってだいじょうぶですか? さすがにアニメ化、映画化もしてる漫画家さんの名前を「知りませんでした」は厳しいだろうし少し心配です(漫画家さんと繋がりあっ…
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