10-4 拒まれる助け、予期せぬ助け
久しぶりにまともな主人公視点。
俺は隠してあった地下階段を下って、落花生の安否を確認しに向かう。
皐月達が逃げるまでの時間稼ぎが主目的なので、数分待っても落花生が上がってこない状況は望んだものである。が、落とし穴の底から泣き声が聞こえてきたのであれば、敵対しているとはいえ心配になってしまうのだ。
「――もう嫌です。ぐすっ、私ばっかり、苛められるために魔法使いになった訳、ぐすっ、ないです!」
一応、俺を誘い出す罠の可能性を考慮して暗闇に紛れながら地下へと向かう。
「ぐすっ、うぇぇん」
女子高生にしては幼過ぎる泣き方で、とても罠とは思えなかったが。
真剣味のある戦いであるのなら、落花生は悔しくても立ち上がれたのかもしれない。
だが、俺は今回のこれを戦いだとは思っていない。敵対するにしては、俺は落花生の事を知らなさ過ぎる。敵対するべきかどうかさえ俺には分からないのだ。
ただ、そういった態度が落花生を泣かせた原因なのかもしれない。敵に手を抜かれているのに、自分は手も足も出せていない。真剣に主役を演じている悲劇をポップコーン片手にゲラゲラと観客に笑われた主演女優の心情、そんなものに落花生は耐えかねて泣いてしまったのか。
こう思うと俺の責任が重大だが、落花生は天竜川の黒幕に囚われた生活を送っていたのだ。現れた当初からストレスは多大だったに違いない。自己弁護は完璧だ。俺は悪くない。
「ぐすっ、ぐすっ。私の、何がいけなかった、ぐすっ、のですかっ!」
「……あのさ、別に落花生の何が悪かった訳じゃないと思うぞ。運がなかっただけで」
「ひぃぐっ、マスクのアサシン。こっち、こないでください」
落花生が俺の接近を嫌がった理由を、単純に嫌われているからと安易に受け止めて足を進める。
それが間違いだったと気付いた時にはもう遅い。
発酵食品やら洗顔剤やらトリモチやらで台無しになってしまっている黄色い一張羅は、結んでいた紐が緩んで色々とはだけてしまっていた。
袴はまだ大丈夫だ。半分しか脱げていない。
胸元も胸の谷間からヘソまでしか見えていないので実に健全だ。
何より、地下室には光がない。『暗視』スキルでもない限り、落花生本人であっても己の半裸を視認できない。
「あー、悪い。クリーニング代は全額補償する。……着物は下着をつけないって聞くが、振り袖もなのか?」
「ひっぐ、見られたあぁ」
「いやいや、暗闇で見えないからさ。けどさ、胸の中央に植えられている種みたいなモノは何?」
「やっぱり、ひっぐ、見られたあぁ」
御影が注目したのは予想以上のサイズの乳房付近、からやや視線をずらした先にある三センチ程の物体である。
形状や大きさはアボガドの中に入っている種にそっくりだ。
「これも、ひっぐ、貴方の所為、うっぐ、です」
しゃくり上げながらも落花生は応対してくれる。本当は良い子なんじゃないかと思う。
「奴隷の証、っぐ、です。裏切ったら、発芽し、うっぐ、て死ぬって」
肉体に何かを植えつけて人間を服従させるとは、天竜川の黒幕もベタな手を使う。種を植え付けられている本人の前では呟けないが。
落花生と名乗る魔法少女が強制されて敵になっているのであれば、誰かが助けてやるべきではないだろうか。
「落花生、心が折れてしまってから言うのは遅過ぎるとは思うけどさ」
「うっぐっ」
「俺に助けを求めてくれないか。助けてみせるから」
そして、天竜川で魔法少女を助けられる人物と言えば、俺しかいない。
「…………うっ、何が、助けてみせるから、だっ! い、今更現れて言う言葉が、それかッ!」
俺は本心から落花生を助けたくて台詞を吐いたつもりだった。同情はしたかもしれないが、助けたい気持ちに偽りはない。
「ぐ、うぅ!! その余計な気遣いが、私を、惨めな存在だと肯定してしまうんです!!」
そんな真心が致命的であったなどと、思いたくはない。
「誰が、誰が言うものです! お前になんかに、決して助けを求めない!」
嗚咽を意識的に止めてしまう程の怒りに満ちた視線が俺を襲う。
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“ステータスが更新されました(非表示)
スキル更新詳細
●実績達成ボーナススキル『不運なる宿命(強)』(非表示)”
“実績達成ボーナススキル『不運なる宿命』、最終的な悲劇の約束。
実績というよりも呪いに近い。レベルアップによる運上昇が見込めなくなる”
“非表示化されているので『個人ステータス表示』では確認できない”
“助かる道を自ら断った実績により(強)に悪化。『運』のマイナス10補正が追加される”
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「――爆裂、抹消、神罰、天神雷ッ!」
地下室という密閉空間で大魔法を発動させる落花生。四節の魔法となれば、廃墟そのものを吹き飛ばせる威力を有しているはずなのに、落花生は己が余波に巻き込まれる事を一切考慮していない。
ただ、俺というひたすらに気に入らない存在を目の前から除去したい。
そんな小さな目的を叶えたいがために自殺同然の魔法を夜空の高みから呼び寄せてしまった。
自然界の調和が崩れ、極度の電位差が生じる。
月の見える夜空に雷雲が急成長する。水平方向の回転がある雲の形はスーパーセルの特徴に合致していたが、内包するエネルギーをたった一度の落雷で使い果たしてしまう異常性を発揮し、雷鳴が響いた後にはもうほとんど雲は残っていなかった。
計測するのも馬鹿らしい高電圧の青白い稲妻が、廃墟の瓦を吹き飛ばして天井を爆散させる。各階の天井も同様だ。
雷の速度は光速の数分の一。とてもじゃないが、『速』が二桁しかない真人間に避けられるモノではない。
「アサシンなんて消えてなくなれッ!!」
俺は間違ったのだ。
雷の魔法使いを相手取るというのは、魔法を唱えさせた時点で命が断たれる一かゼロかの戦いであったのに、致命的に手段を誤った。
落花生は死に際だからだろうか。少女の口元が嬉しそうに歪んでいる。
魔法少女を助けるためだけの御影という存在が、魔法少女に望まれて消去される。実に皮肉が利いていて、悲劇的な所にリアリティを感じる。
現実なんてクソ喰らえ――。
「――偽造、誘導、霧散、朧月夜、夢虫の夢は妨げないだろう――ムーン・エンド」
眩い光だった。
雷のような激しい発光ではなく、姉の微笑みのように柔らかい月の光だった。
光が去った後の地下には、落花生の四節の攻撃魔法の被害はどこにも見当たらない。天井を見上げれば焼け焦げ廃屋の残骸が残されているのに、地下室だけはまったくの無傷だ。
俺の体も無事で、落花生も無事だ。不気味な程に何も失われてはいない。
失ったものがない代わりに、俺と落花生以外の、いなかったはず第三者の女性が地下室の奥に立ってているのも不気味と言えば不気味だ。
その女性は見覚えがある。思い出せば、皐月よりも前に助けたのは彼女である。
背の高い彼女の名前は、楠桂。色彩の抜け落ちた瞳が記憶に深く残っている女性で、もう天竜川に関わるべきではない被害者のはず。
それがどうして、こんな場所に現れてしまったのか。
「誰にも殺せはしませんわ。御影さんは、わたくしが助けます」
……え、俺って助けられる側なの?
落花生は最初のプロットでは用意していなかった魔法少女です。
助けられた皐月の正反対の魔法少女がいても良いかと思い、誕生しました。
酷い扱いなのは、妬みや仲間外れを原料に練成されたキャラクターだからです。
運は実績達成する前から悪かったです。
裏切り者の魔法少女を誰かで疑心暗鬼するシーンを、
もう少しシナリオに組み込んでも良かったのですが、
そうすると遅い進捗が更に遅くなりそうだったので止めました。
ラベンダーの泥人形はミスリードに使えそうな魔法だったのですが。
あと、桂さんは人間の中で最年長ですが魔法少女です。




