10-3(黄) アサシンはまともに戦わない
「どいつもこいつも私を馬鹿にしてぇッ!!」
落花生の魔法が迸り、こんにゃくは一瞬で香ばしく焼け焦げた。悩んだ甲斐があり、ようやく畑の肉に意味がないと気付いたらしい。
「皐月も、マスクのアサシンもッ。私を助けなかっただけでは気が済まないのですか!」
編み上げブーツの底に雷撃の魔法をまとわせて、ドアを蹴り破る。
煙を上げているドアを踏みつけて室内に侵入し、憎きアサシンの姿を探すが、人間大の生物はどこにも見当たらない。
では『魔』の出所には何がいるかというと、野良猫と思しき小汚い猫がいるだけである。広いベッドの上で落花生を威嚇していた。
「デコイ!? ふざけている癖に『魔』の遮断なんて芸当を!」
生物であれば必ず『魔』はある。なのに、この廃墟には目前のベッドと上層部以外には『魔』の反応が確認できない。暗殺者という職業は伊達ではないと落花生はようやく気付く。
どこを探せば良いかと室内を見渡す落花生に反応したのか、ふと、ブラウン管テレビがひとりでに起動した。驚きが強烈で、まだ駆逐されていなかった四角いテレビに懐かしさを感じる余裕はない。
ぼやけた画面が次第に鮮明になっていき、映し出されているモノが見えてくる。
第一印象は、気味が悪いだった。
どこにもスプラッタなシーンは含まれていないというのに、毛布を被って丸まりたくなる映像の羅列だ。感情のベクトルは逆さまであるが、アルバムを開いて昔に撮った写真を見て懐かしむように、悪寒が体中で湧き上がっている。
最終的に、画面には森と井戸が映し出された。
井戸からは髪の長い女が這い出してきて画面外へと――。
「――稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
画面の中の男が髪の長い女に呪われたところで、落花生は電撃でテレビを爆破する。
過去に大ヒットしたホラー映画であったというのが映像の真相だった。
ただの映画に恐怖していた羞恥心が、魔法の威力に上乗せされていた。落花生の世代では実物を見たのは初めてで、初見特有の恐怖に心臓の心拍が酷い事になっている。
「何ですか、何なのですかッ!」
備え付きの電話が鳴り響く。
床で朽ちていた人形が笑う。
割れたガラス壁の向こう側で突然シャワーが流れる。
どれもこれもB級ホラーそのものでしかない。実在する化物に心臓を握られながら脅された落花生にとっては偽者ばかりだ。
真剣に人生の岐路に立たされている少女を馬鹿にした小細工。
それでも、怖いものは怖いものらしい。『魔』の消費量を考えずに魔法を無駄撃ちして、小細工が仕掛けられていると思われる物体をすべて破壊していく。
「――電撃、放射、電流群ッ! 私ばっかり、何でですかッ!」
室内に目的のアサシンがいなかったため、一階の部屋すべてを雷で焼き尽くす作業に移行する。
偽者には恐れながらも、感電死した男の死体を探す落花生。自己矛盾に気付けず、正常な判断を失っている事にも気付けない。
唯一気付けたのは、室内を覗き込んでいた落花生の背後を横切る気配だけだ。
「見つけた!」
『魔』は察知できなくても、物理的な動体は一階層全体に広がった静電気を伝わり、落花生に警報として伝わる。
「――電位、検知、電圧索。もう逃がさない!」
横切る人影を追走するために通路に飛び出る落花生。不用意に出てきた彼女に向かって、投擲物が迫る。
逃げるマスクのアサシンに放つ予定だった魔法の照準を変更し、投擲物を迎撃する。
「つまらない不意打ちは沢山です! 稲妻、炭化、電圧撃ッ!」
投擲物は電撃を撃ち込まれて空中で破裂して、内部物質を散布する。
破裂した中身の液体を頭から被ってしまい、落花生は後悔した。
「うぅっ、臭いッ!? げほッ」
落花生が迎撃する事を予想して投じられた発酵食品。航空機による輸送が禁止される程の劇物が落花生を襲う。
一応は、人体に無害であるが。
「げほっ、目が痛い、鼻がつまる! 今度はいったい、何を!?」
「……何って、ただの缶詰だ。世界一臭い食べ物で評判の、スウェーデン産のニシンの缶詰だけど」
返事は缶詰を投擲した本人、マスクのアサシンから直接届けられる。
落花生とアサシンはようやく対面できたのだ。
「どうしてこんなものを!」
「……ピーナッツ。さっきから何故とかどうしてとかが多いな」
「落花生ですッ!!」
強烈な臭いが染みて、目を閉じたままの魔法攻撃を放つ。
当然の如くアサシンに避けられたため、落花生は己に降りかかった発酵汁に涙を流しながらアサシンの背中を追う。
「こんな無意味な事ばかりで、私ばっかり苛めて!」
「天竜川の黒幕に寝返った相手に対して、十分に手加減しているつもりなんだが」
「私を助けてくれなかった男が、どの口で言うです!」
アサシンは身軽で、落花生よりも『速』のパラメーターが上回っていると推測される。
しかし、アサシンは落花生を振り切ろうとはしていないらしい。一階と二階の間にある踊り場で足を止めて振り返り、落花生を見下ろしてくる。落花生が上がってくるのを待っているかのようだ。
散々翻弄されていた相手に、追加で上から見下される。
まるで格下と見られているような上下関係に、落花生の判断力は曇りに曇った。無用心に階段へと跳んでいく。
「ピーナッツ改め落花生。俺が悪かったのかは分からないんだが――」
「貴方が全部悪いんです!」
「――そこ踏むと地下に落ちるからな。それだけは謝っておく」
落花生が階段だと思って足を置いた先には地面の感触がなかった。発泡スチロールで偽装された落とし穴にホールインしてしまい、一階下の地下へと落ちていく。
「アサシンめぇぇ!」
「……二階のトラップを使う必要がなかったか」
地下には安全のため柔らかいスロープが設置されている。よく滑るようにと、廃墟に残っていたシャンプーやリンスーが大量に垂らしてある。更にスロープの終着点にはトリモチが用意されており、単細胞の化物やゾンビのように操られて動くだけの人間ならそこで捕らえて完了だ。
ただし魔法使いなら、魔法を使えば脱出ぐらい造作もない。
……脱出するだけの気力があれば、という前提が必要だろうが。




