2-2 群れ
今日も今日とて自主的監視任務を遂行する。
まだ二月の川辺は極寒で、先日雪が積もった時などは冗談抜きで凍死しかけた。藪に隠れたまま死んでみろ、春先に白骨が見つかるだけでも奇跡的だ。
潜む事自体には慣れてきている。大学の講義も単位を落とさない程度には受講できており、アルバイトも順調だ――ちなみにアルバイトは忍耐力が必要な警備の仕事だったりする。
退屈だが平和な夜。
今日もそれを望んでいるのだが、本日の天竜川の毛色は大きく異なった。
それはきっと、暗視スコープすら不要な程に明るい満月の所為、とは思いたくない。
日付が変わった頃、天竜川でも最も水深の深い辺りで光が瞬く。
この発光現象は見覚えがある。オークが現れた際もああいう星の瞬きのごとき光が発生した。
だが今回は瞬き回数が多い。多過ぎる。
十回は既に超えただろう。
二十回はそろそろ超えるだろう。
三十回は超えてしまうのだろうか。
瞬きが止んだ時、川の中央付近には人型の未確認生物が数十体と、アナコンダを更に巨大化させた未確認生物が五、六本が湧いていた。
「おいおい、これ大丈夫なんだろうな」
未確認生物の群れはバラバラに分散し、岸を目指して移動を開始する。俺が隠れているのは西側の岸だが、不運にも西側を目指している方が東側よりも多い。
早々の魔法少女到来を願いつつ、通報用に携帯電話を取り出しておく。
危機的状況であるが、ピンチはチャンスでもある。未確認生物を倒せばレベルが上がるのが世界の仕様。これだけの数を一度に狩れる機会はそうそうないはずだ。
「俺にとってではなく、魔法少女にとってのチャンスだけど」
俺は潜伏スタイルを変えるつもりはない。レベル1の凡人が欲をかいて呑気に出ていっても、集団に囲まれて死ぬだけだ。
つまり現状は有効な攻撃手段を持つ魔法少女にとってはレベル上げのチャンスだが、俺を含めた一般市民にとってはただのピンチでしかない。
魔法少女の行動によって、彼女の意思が確認できる。
魔法少女が夜な夜な未確認生物と戦っている理由とは、果たしてレベルアップを目的とした利己的な活動なのか。あるいは、真に街の平和を望む善行なのか。
魔法少女の目的を見定めるため、俺は監視に専念する。
「しかし、やっている事はストーカーと変わらないな、俺……」
「えーと、蛇のボーナスモンスターは六匹か。手伝いを頼んだ事だし、二匹までは譲ってあげる」
「冗談? 私が五、サツキが一」
「がめついっ」
二人の少女が言い争う声が天竜川に響く。
一人は紅い袴の態度の大きな少女。
一人は青い着物の冷たい態度の少女。
天竜川に沿って作られたランニングコース上に現れた二人の少女は人目を憚らず、取り分についてみっともなく言い争っている。
「譲歩して半分。どう、対等でしょ?」
「私は乞われて来た。相応の礼があるべき」
「だからがめつい。そんなだから学校で友達できないのよ!」
紅い袴の少女は長髪が美しく、高い声にイキイキとした覇気を感じる。
青い着物の少女は短髪で細身、低い声も合わさり冷ややかな印象が強い。
ちぐはぐな二人組の相性はあまり良くはないようで、天竜川の切迫した状況を無視した喧嘩に興じている。
「あーもー。ならいつもの通りね」
「早い者勝ち。恨みっこなし。氷の魔法使い、アジサイ。往く」
言うが早い。青い少女は助走なしで建物三階の高度まで飛び跳ねて、川に半身を浸した化物の群れに肉薄する。人間離れした動きであるが、レベルアップにより身体能力が高まっている彼女にとって、この程度の挙動はできて当たり前だ。
「開始の合図もなしにッ! ええぃ、炎の魔法使い、皐月。参る!」
出遅れた紅い少女はランニングコースから動かず、火球による遠距離攻撃を開始した。