9-8 外国帰りの男
「ねぇ、御影! どこに行くつもり」
「セーフハウスまで誘導するっ! ただ、その前にあの黄色いのを完全に振り切る必要があるな」
路地を出て商店街のアーケードの内側を進む。
寂れても地方都市の繁華街。日付が変わっていないような時刻であれば、酔っ払いの数は多い。黒いバイクと並走する紅い袴の少女と、荷物のように抱えられた青い着物の少女。二人の少女を目撃して、今日はもう酔い過ぎたかと頭を振る姿がちらほら見受けられた。
バイクのライダーもノーヘルの癖してマスクを被った変人だったが、時速五十キロで走る少女よりは常識的な変人だったため、酔っ払いの視線を釘付けにはできなかった。
「異様に目立つ。魔法で姿を隠せないのか?」
「集中できる場所と時間が欲しい。正直、隠れる魔法は苦手!」
「だったら明日の朝刊に載るぐらいは覚悟しろ」
商店街を抜けて大通りに出る。御影は人の目をまったく気にしておらず、逃走ルートは速度重視で選んでいる。
「皐月、もう少し速度を出してくれ」
「トラウマがあるから御影の運転するバイクに乗るのは絶対に遠慮するけど。アジサイを頼めるならもっと走れると思う」
「おち……、る。ヤめ、ろ」
「ロープは用意してあるが、止まるのはまずい。このまま直進しよう。街外れまで逃げて建物に潜む」
しかし、魔法使いからは逃げるのは容易ではない。
逃げるのならば、皐月が『魔』を遮断する魔法を完成させる事が絶対条件だ。そのためには一度足を止めて、詠唱のための時間を稼ぐ必要があった。
御影は二人の少女に告げる。
目的地は、不況に耐え切れず数年前に潰れたホテル。個人客が主なターゲットで、営業中は安さ重視のビジネスホテルとはやや趣が異なる接客を行っていた。
外観も一般的とは言えず、戦国時代の城を模した無駄に豪華な外観をしている。内装も無意味に凝っていたようだが――規制された回転するベッド、絶滅しつつあるエアシューターなど――新鮮さを求める客には喜ばれていたと言われる。
建物や設備にどれだけ惹かれたとしても、ホテルが営業していた頃は、逃走中の三人では年齢的に利用はできなかっただろう。
いわゆる、ラブなホテルであるからして――。
「…………ま、スク。さい、あく」
「学生二人を、何て所に連れ込むつもりっ!」
「…………本物に言ってくれよ」
ホテル内部は無人となって久しいが、ここ数日はビルのオーナーが代わったらしく、一部フロアが改装されている。
新たな客を迎え入れるための改装ではなく、敵を歓迎するトラップ群の設営工事であったが。
「ねぇ、御影!」
「質問か?」
「今日の御影って、どことなく凛々しいんだけど何で?」
「いや、いつも通りだろ? マスクとか」
≪――便が、ただいま到着いたしました――≫
最終便に乗って関西空港からおよそ一時間。
地方空港に降り立って、ようやく確認できた携帯電話のメールを見て事態を知る。たった一時間電話に出られなかっただけで状況が随分と悪化してしまったようだ。
『防衛体制2発令。ポイントLHに逃げ込むからさっさと助けにこい』
可能な限りの手段を残して旅立ったつもりだった。
一週間前から急ピッチで準備を進めて、億単位の資産を惜し気もなく使い果たした。
それでも不安があったので、七つの玉をコレクションしなくても無茶な願いを無報酬で引き受けてくれる優太郎に頼りもした。
準備した分は報われていると思いたい。
『赤いのは無事、青いのは麻痺中』
「皐月はアジサイと一緒に行動してくれたか。優しい子で助かる」
ロビーを駆け抜けて駐車場に向かう。今朝置いたばかりなので記憶は確かで、すぐに黒バイ二世乙号を探して当てた。優太郎のとお揃いで購入した片割れである。
駐車料金を支払い、公道に進む。
優太郎達が逃げ込んだ場所は地方空港の逆方向だ。とはいえ、そう遠くはない。街中からかなり近い位置にある空港なので、黒バイを全速力で走らせれば三十分もかからず到着できるだろう。
唸り声を上げるエンジン。慣れない大型車なので、『非殺傷攻撃』スキルは免許証以上に欠かせない乗り物である。
「無事な姿で待っていろ、優太郎。 ……ん、ここは皐月の名前であるべきか、せめてアジサイだろう」
御影(優太郎)の黒バイ二世甲号と御影(本人)の黒バイ二世乙号は
まったく同じ車種です。
市販モデルなので黒バイ一世よりは性能が劣ります。
本当はアジサイがメイン章のはずなのに感電した所為で喋らすことが難しい……。どうしてこうなった。




