9-7(青) 御影(?)の到着
魔法使い達の戦いを一般人が察知するのは難しい。
何度も轟く雷は、季節外れの雷雨の兆候としか捉えられない。燃え盛るビルの屋上は、炎が消えてからの焦げ跡しか見つけられないだろう。
すべては魔法という原理不明の法則によって隠匿されるのだ。
……魔法を扱っている本人達がもう少しだけ慎重であったなら、という接頭語が付いてしまうが。
「うわ、本当に携帯のカメラ越しでなら見えるな。ビルの屋上でキャンプファイヤーやっている」
街の商業地域を見渡せる屋上で、携帯電話のカメラ画像と裸眼で見た夜景の比較によって、魔法使い達の戦場を発見した男がいる。
彼は友人から携帯メールで送られてきた対応マニュアルに従い、行動を起した。対応マニュアルには、魔法使いの少女達に何らかの問題が発生した場合の行動が目が痛くなる程に記述されていたが、現在の状況は非常事態Bに相当するだろう。
「……俺、魔法少女を助ける義理はないよなぁ」
魔法使いの少女、皐月から連絡があった時点で、防衛体制4に移行。
即応部隊――隊員は男一人のみ――があらかじめ知らされていた皐月の巡回経路を確認する。何らかの異常を確認した時点で、防衛体制3に移行。
そして、男が皐月に直接電話をかけて、十コール以内に連絡が繋がらなかった場合は防衛体制2に移行。防衛体制2は男が直接、救出活動を行わなければならない、最高度に準じる防衛体制である。
「アイツは日本には帰っているだろうが、今頃は最終便だろう。まったく、アイツがいなくなった途端、王手の一歩前の段階になるのか。この街はどうなっているのかねぇ」
ちなみに、防衛体制1への移行は魔法使いの敗北が確認された場合に行われる。
このレベルまで状況が暗転した際には男の出番はなく、即時撤退が対応マニュアルに記載されていた。機上の人となっているアサシンが、我が身を省みない特攻で事態を強制解決する、いわゆる、もう手遅れの段階だ。
「たくっ。……まぁ、アイツは曲りなりにも友人だ。義理立てしてやるさ。アジサイとやらの顔を見てやろうじゃないか」
男、紙屋優太郎は仕方がないの一言で己の不満を霧散させると、トートバックから黒いマスクを取り出す。
マスクを装着した優太郎は、本物のマスク男、御影と瓜二つだった。同じメーカーの同じ製品を被っているのだから当然だろうが。
「お、忘れていたな」
男が持つには似つかわしくないコンパクトで、優太郎は己の首元を確認する。
位置を確認した優太郎は黒いペンのような化粧用具で、二つのホクロを書き足す。これで完璧な御影の出来上がりだ。
優太郎は山の斜面を駆け下りると、駐車場に止めてある黒いバイクに跨った。
炎の魔法使いと雷の魔法使いの実力は拮抗していた。
ギルク討伐によりレベル68まで向上した皐月と、デア・ピラズィモスの調教により毎夜休まずヘルハウンドを狩っていた落花生。レベルの面での優劣はない。
ただし、今の皐月には不意打ちによってステータスが麻痺状態に陥っている浅子というデッドウェイトが存在する。
「軽いけどさ、ちゃんとご飯食べないと駄目だからね!」
「……うる、さい」
高レベル者特有の身体能力を発揮すれば、少女が少女を抱えて夜の街を駆ける事ぐらい造作もない。
しかし、落花生は動けない浅子を狙って攻撃するだけで決着がつく。皐月の不利は否めない。
「炎の人! 氷の人を置いていってはくれません?」
「黙れ、裏切り者めっ!」
落花生にとって皐月は羨ましいからこそ最も憎らしい人間となっているが、特別今直ぐ打倒したい相手ではない。最終的には同じ目に遇って欲しいと望んではいるが。
落花生にとって今一番欲しいものは、同じ境遇の仲間だ。
「氷の人! あの人はお姉さんなのでしょう? 一緒にいきませんか?」
「…………姉の事を、他人が……わざ、わざ」
被害者は多ければ多い程良い。単純に役割が分担されるだろうし、己だけが運がなかったと嘆かずに済む。弱って手に入りそうな相手がいるのなら、迷わず狙う。そういった私情を抜きにしても、落花生はデア・ピラズィモスからは浅子の捕縛を命じられていた。
「いつまでも避けきれる攻撃じゃないわ。逃げ込める場所を探さないと」
皐月が直前まで立っていた場所、の脇にあったLEDの看板が落雷によってランダムに点滅した後、火を噴いて二つに割れる。
皐月が逃げた先、の後方にあった植木と水入りのペットボトルが感電して水蒸気を吹き上げて爆発する。
魔法使いの通った道には電撃で破壊された破片と、ペンペン草ぐらいしか残らない。
「落花生がノーコンだから助かっているけどさ。アジサイ、魔法使える?」
「……む、り」
「だろうね。補助系の魔法って苦手だけど仕方がない。でも、まずは身を隠さな――エンジン音?」
居酒屋さえも閉店する深夜に、バイクの駆動音が前方から響いてくる。狭い裏通りを走って何が楽しいのか分からないが、魔法使い同士の戦いに一般人を巻き込むのは面白くない事態だ。
逃げる方向を変えるか、一時休戦するべき状況である。奇抜な格好した少女三人が、人間離れした跳躍力で路地を走る光景を一般人に見せたくはない。
皐月はこう敵である落花生に提案するが――。
「知るかですッ!」
――一蹴されてしまったので何も対応ができない。顔を見られない事を祈りつつ、バイクに道を譲るために進路を左にずらす。
魔法使いにまったく関心を示さず、全身黒ずくめのライダーは皐月の横を素通りしていった。落花生も化物に寝返ったとはいえ、現状では一般人に危害を加える理由はないので、落花生の横も通り抜けていく。
「――バイクに気が取られて、隙だらけです。炎の人ッ! 稲妻、拡さ――ブァッ?!」
魔法詠唱を開始した落花生だったが、途中で言葉を詰まらせて失敗し、無駄に『魔』を消費した。後頭部に不意の鋭い痛撃を受けた所為で、舌を噛んでしまったらしい。
落花生の後方では、先程通り過ぎ去ったはずの黒いバイクが車体を横に滑らせて急停車させていた。ライダーはバイクに跨ったままだが、その手にはハンドガンタイプの銃が握られている。
落花生を邪魔したのは間違いなく、この黒いライダーだ。
銃撃の視界確保を邪魔するヘルメットを脱いでいるというのに、この男はヘルメット以上に邪魔となりそうなベネチアンマスクを外さない。
ヘルメットを脱いだのは、己の正体を明かす事が主目的だったのだろう。
「御影っ!? 助けにきてくれたの!」
「――痛ゥゥ、そうですか。アナタが炎の人を助けたというアサシンですか。私を見捨てたアサシンですか! 私が今一番憎いのは、たぶん、アサシ――ぃ痛ッ」
後頭部を押さえる落花生を御影は無慈悲に追撃する。口上が長く、隙があったので狙わない理由はなかったのだろう。
御影の持つハンドガンが実物ではなく、玩具であるのは明白だ。日本国内で一般人が銃を所持するのは法律で禁止されており、流通そのものがないのは言うまでもない。
ただし、ただの玩具ではない。
違法改造によりガス圧を高めており、ベニア板やアルミ缶程度であれば簡単に貫通する危険物である。決して人の後頭部を狙って撃つべき品物ではない。レベルアップ時の『守』の上昇率が低い魔法使いにも――強いデコピン程度の衝撃に緩和されるとはいえ――撃つべき品物ではない。
「そんな玩具で馬鹿にして、魔法使いをどうにかで――ぃいッ??」
高レベルの人間には不意打ちの牽制にしか使えないので、玩具のハンドガンは人に向けて撃つべき物ではない。
だから、御影はバイクの脇にぶら下げていたネット・ランチャーを構えて、振り返った直後の落花生を漁獲した。
「網!? 何ですか、これはっ!」
本来は防犯目的で、不審者に網を発射する装置であるネット・ランチャー。買おうと思えばネット通販、予算五万で誰でも可能だ。単発式で再利用はできないので一般人が買うには高い。最近FXを始めて資金に余裕がある人物が、友人の装備として購入するぐらいだろう。
「皐月、アジサイ、俺についてこい!」
網が絡まって動けない落花生の横を再度通り抜ける黒バイク。
いくら魔法使いの『力』が弱いとはいえ、時間をかければ網からの脱出は可能だ。ハンドガンにしてもネット・ランチャーにしても、所詮は牽制、足止めの小道具に過ぎない。
レベル0の偽者の御影にできる事と言えば、精々がレベル70差の魔法少女を翻弄するぐらい。黒バイを走らせる御影はこう心得ているからこそ、逃走に迷いがない。




