9-3 ひねくれた妹の、ひねくれた妹による、ひねくれた妹のための姉妹論
初対面のはずの俺に向かって、アジサイは姉を殺したいなどという物騒な意思表示を行う。路地裏では、殺したいはずの姉に対し、俺がジャベリンをピッチャー返ししたのを怒っていたと思うのだが。
手を伸ばせば届く位置で向かい合っているというのに、俺から顔をそらしている少女の思考が分からない。
「初対面だけど、マスクの話はサツキから聞いている。魔法少女が好きなオタクだって」
「待てっ! 俺を曲解しているのは皐月なのか、アジサイなのか?!」
「……天竜川の魔法使いの共通認識?」
俺の魔法少女限定の博愛精神が、庇護対象である彼女達に正しく伝わっていない。
数日前、カラオケに出かけるという皐月に、他三人の魔法少女説得のため、俺の存在を口外して良いと伝えていた。むしろ、積極的に宣伝してくれて構わないとも付け加えたぐらいだ。魔法少女達に、敵は強大でも孤立無援ではないと安心して欲しかったからである。
そんな希望の星であるべき俺が、オタッキーで済まされて良いものか。
「皐月に助けられたから、その恩返しに魔法少女を救っているというのは?」
「聞いている。サイクロプスに襲われたぐらいで、何週間も魔法少女を探していたストーカーの近似値」
「ギルクから皐月を助けた話は?」
「聞いている。救助を要請しない限り手助けしなかったって」
「皐月からはかなり好感触だったんだが?」
「聞いている。だからウザイ。あの沸いた女どうにかしろ」
この氷の魔法少女、言霊使いでもあったのか。一言一言に、俺の心筋を毟り取る力が秘められているぞ。
女子部屋に訪れたばかりだというのに、帰りたくて仕方がない。家のベッドで不貞寝したい。
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“『破産』、両手から消え去った金に泣くスキル。
資産がなくなった圧倒的な喪失感を経験し、強靭な心を得た。
魔法やスキルによる精神攻撃を拒否できる”
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「『破産』スキルがなければ、危うかった……」
スキルを発動させて精神を保った俺は、そろそろ本題をアジサイに問う。
面倒事は嫌いだが、面倒を放置するのはもっと嫌いな性分だ。
「俺の職業がアサシンとも聞いていると思うが、依頼殺人は受けないからな」
「さっきも言った。私が、私の手で、姉さんを殺したい」
両手を強く握り締めながら、アジサイは独特な姉妹感を言葉にした。
「前から気に入らない姉だった。けど、今日出遭った姉はもっと気に入らない姉になっていた。あんな姉さんは許されない」
アジサイにとっての姉はコンプレックスの元凶。姉よりも優れた点を持たない妹にとっては苦々しい年上の二親等である。憎らしい訳でもないのに、困らせたくなる対象だった。
「三年前までの姉さんは、妹の世話焼きが趣味みたいな人だった。どの学園に入るかも姉さんが選んだようなものだったし、魔法使いになったのだって姉さんの所為」
姉がせっせとひいたレールの上を無感想な顔でトロッコに乗車した妹が行く。
傍から見なくても、少なくとも妹は健全ではない姉妹関係だと気付いていた。どちらがどちらに依存して生きているのかは、誰にも分からなかっただろう。
「けど、妹が不憫な分姉が働いて何が悪かったのか。三年経った今は、不憫になった姉さんを妹の手で止めようとしているのだから、釣り合いは取れている」
駄目なのは常に妹の方、それがアジサイにとって正しい姉妹の立ち位置だ。
だが、三年のブランクを経て現れた姉は、アジサイの理想からかけ離れていた。化物の仲間になった時点で天竜川の魔法使いの敵ではあったが、駄目な姉を許容できない妹は、不本意にも私事で姉を倒さなければならなくなったのだ。
「私よりも劣った時点で、姉さんはもう姉さんじゃない」
「……確認したいのだが、犬に囲まれていた女。あれはアジサイの姉で正しいのか?」
「知らない。顔が一致していれば、本人だろうと化物が化けているのだろうと、やる事に変わりはない」
「本人の可能性に縋ってみたいとは思わないのか?」
「姉さんが蒸発してくれて、内心楽だった私が??」
「心を操られているとは妄想しないのか? そうだったら助けたいと思うのが妹だろ?」
「私はそういう妹じゃなかった。これで納得できない?」
赤の他人がどうして妹の心を代弁しようとするのか分からない。そのくどい言い回しは、化けた姉が妹を翻弄するために使うべきものだ。こうアジサイは言葉を続けて俺の確認を止めさせようとする。
「マスクには姉妹の邪魔をして欲しくない。これを守って欲しいだけだから、もう口出しするな」
「そうは言うが……。お前の泣いている姿を見ているからな」
アジサイの特異な言動を無視して、俺は彼女の本質を言葉で言い表そうとする。
「ん、アジサイはもしかして――」
出逢ったばかりの少女に対して無遠慮が過ぎた。
「串刺、貫通――次の言葉を言わせたい?」
伏せていた顔を上げ、アジサイは冷え切った目線で俺を射る。
握り締めていた拳を解き、俺の喉元を突き刺すように伸ばされた指先には、体感温度という誤魔化しがきかない冷気が凝縮されていた。残る一つの単語を唱えるだけで、アジサイは俺を殺せてしまうのだ。
「もう姉に手を出すな。それだけ守れば何もしない」
アジサイは指を丸めて、発動寸前だった魔法を中断する。
「泣いているところを見られたから、話した。それで満足しろ、マスク」
「……面倒事は俺も嫌いだ。助けられる事を望んでいない人間を救う趣味もない」
俺の言葉を了承と受け取ったアジサイは、冷たい視線を俺から床に移して攻撃態勢を完全に解く。
元々親密とは言い難かったが、今や両者の関係は完全に冷え込んだ。これ以上話をする雰囲気ではない。
未練なく、俺は椅子から立ち上がる。
そしてそのままドアを開いて、アジサイの部屋から出て行く。
「窓から出て行けっ!」




