8-11(青) こんなにもシスコン
「姉さんっ!?」
「クスクス。可愛い妹を残して死ぬ姉はいないわ」
「しぶとい、本当に人間か?」
「御影様ほどのイレギュラーではございませんわ」
浅子姉は妹以上に黒いマスクの男の素性を知っているらしく、親しい口調で話し掛けている。
マスクの男は、苦虫を味わっているように口元を歪ませた。が、即座に不敵に鼻で笑ってみせる。
「流石に俺の存在は、もう気付かれていたか」
「主様はギルクを失った事を残念がっておられました。レベル0の人間しかいないはずの異世界に、クラスチェンジしたオークを討伐できる人間がいるのは予想外だったと。それがアサシンなら、尚更と」
「黒幕共にそう言ってもらえるのなら本望だ。俺は天竜川の魔法使いを助けるし――」
言葉を区切り、マスクの男は一瞬後ろに視線を流して浅子を見る。マスクの裏側に隠された瞳が妙に意味深だ。
「――黒幕共の邪魔をし続けてやる。どうせ頓挫する計画なのだから、さっさと元の世界に返ってくれないか?」
「いえ、私共のレベリングは順調に推移しております。心配には及びません」
「順調だと?」
「つまみ食いほど、美味しい物はありませんわ。クスクス」
ようやく邪魔に思ったのか、浅子姉は胸のジャベリンを引き抜く。裂かれたコートの傷痕が、まるで風船に開いた穴のようだ。
「それとギルクごときを倒せたぐらいで、調子に乗らない方が身のためですよ」
「お前達を侮ってはいないさ。だから全力で潰すぞ」
「どうぞ、ご自由に。ただし――」
抜いたジャベリンを軸に氷を育てて、電柱と瓜二つの図太い柱を生み出した。氷の生成速度は浅子を上回っているのは確実だ。
出来たて氷柱を手の平の上に浮かせて、浅子姉は大きく振りかぶって投擲した。
「――ぜひ、ご遺体は私にいただければと! クスクス」
「物が大きくなっただけでワンパターンなんだよっ!」
氷柱の移動速度は百キロ前後。重量も加わり、氷を固めただけの魔法にしては脅威度が高い。
人が受け止めれば、受け止めた手ごと人体を穿たれるはず。
しかし、マスクの男は両手を手前に突き出して、盾とした。そんな貧弱な盾で防げるはずはなく、氷柱に触れた指はもぎ取れるはずだったが、不可解にも氷柱の方が忽然と消え去る。
マスクの男が何らかの方法で消し去ったのは間違いないだろう。魔法を発動させた様子はなく、手段を把握できない。
「クスクス。ああっ、本当に奇妙なスキルをお使いになる! ぜひ死体が欲しいところですが、本日は浅子への挨拶のつもりでご用意ができておりません。日を改めさせていただきます」
氷柱は攻撃のために作り出したのではなく、隙を作るための布石でしかなかったようだ。
路地裏の奥地へと、滑るように後退していく浅子姉。
現れた時と同じく、少し離れただけで『魔』の気配は完全に検知できなくなった。
「……馬鹿姉。勝手に消えて、勝手に現れて、たく、う、うぅ……っ」
「お、おい」
感情を扱うのが不得手な浅子が、声を枯らすぐらいに心を揺さぶられたのだ。
元凶である姉がいる間はどうにか耐えられた涙腺は、とっくに限界を迎えていた。知らない男の存在など案山子と見分けがつかないため、泣く事に躊躇いはない。
「……死んじゃっていれば、良いはずなのに、あんな酷い笑い、するのに……うぅ」
浅子は地面にしゃがみ込み、膝を抱えて泣き出す。
「俺はどうすりゃ良いんだよ」
居心地悪い癖に、マスクの男は浅子の傍から離れようとはしない。
「どうして、嬉しいんだ……私……」




