2-1 続・大学食堂にて
「なあ、レベルアップってした事ある?」
「…………はぃ?」
いつもの大学食堂でいつもの相方、紙屋優太郎にいつものように話題を振る。話題の内容も努めていつも通りのものを厳選した結果、俺の日常を話のネタにしてみる。
「何を言っている? レベルアップってゲームか何かか?」
「ゲームじゃなくて三次元の話だ。それが昨日……正確には今日の午前一時ぐらいにレベルアップした訳でして」
向かい席の優太郎は頭の壊れた友人を憐れむ目を向けてくる。優太郎には不憫な友人がいるらしい。大変そうだが、他人事なので無視しておこう。
「スライムとでもエンカウントして勝利したのか?」
「いや、オークだ。魔法少女の倒し忘れに止めを刺したらレベルが上がった。これが現実で良かったよ。ネットゲームだったら今頃因縁をつけられていた」
「せめてゲームか魔法少女か、どちらかに話を統一してくれ」
「RPGにも魔法少女は登場するけど、この話は本当に現実の話なんだって」
こう優太郎を諭しているが、俺とてまだ納得はできていない。現実世界にレベルアップなんてゲームじみた仕様が隠されていたなど、それが俺の利益になるとしても納得なんてできっこない。
ただし納得できない仕様とて、使い方は理解しなければならない。これが生きるという事なのだろうと諦観しよう。
「レベルが上がって『個人ステータス表示』ってスキルを覚えたんだが、これで自分のステータスを確認できるみたいだ」
「……使えるのか、それ?」
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“ステータス詳細
●力:2
●守:1
●速:2
●魔:0/0
●運:5”
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「どうもHPが確認できない」
「HP1とHP0の差って何なんだと常々不思議だったから、そういう意味では現実的な設定だな」
優太郎の言い分も最もだが、ステータスが五種類しかないのは単純過ぎる。世界はもう少し複雑であるべきだ。
「レベルアップで力が1から2に上がったけど、これも単純に力が二倍になったと信じていいのか微妙」
実験台にするなと喚く優太郎の協力を得て、食器を退かして腕相撲を行う。
結果は三戦三勝。俺の勝利で終わった。
「……俺達、腕相撲やった事あったか?」
「初めてだな」
「負けた俺が言うのもあれだが、そこまで圧倒的に強くはないな」
本当に二倍だとすれば、界○拳二倍の常時掛けになってしまう。正味二割増しが妥当だろう――そうだとしても酷い上昇率だが。
「他人との相対評価ができないし、たぶん小数点第一位以下は丸められている。ステータスはあまり信用しない方針でいくつもり」
「後で握力を測っておけ。次のレベルアップがあるなら単純比較し易い」
優太郎は信じていない割には適切なアドバイスをくれる。後で体育館倉庫にでも行ってみよう。
各自カップコーヒーを自動販売機で購入して一息いれた後、次のスキルへと話題は移る。
「次は傍目にも分かり易い能力だ」
和風ステーキ定食を食するのに使用したナイフを右の手の平に乗せる。
念じてスキルを発動させると、ナイフは忽然と消失した。右手をグーパーと動かしてみせて、どこにもナイフがない事を強調する。
「『暗器』ってスキルだ。道具を隠したり現したりできる。隠しているというよりも異空間に格納しているのか、隠している間は重量を感じない。ゲームでいうアイテムボックスと思ってもらえればいいか」
アイテムボックスとの相違は、隠せる物品が武器として機能する物に限られる点だ。どんな道具だって悪用すれば武器となるのでゆるい制約である。
「……すごいにはすごいが、俺には手品とスキルの違いが判断できない」
「なるほど、手品か。将来的に合コンや忘年会で使えそうだ」
優太郎二度目の適切なアドバイス。スキル名の陰湿さの割に、自己アピールの場で活躍しそうだ。
隠したナイフを左手に出現させて、皿の上に置く。
向かいの優太郎は目を白黒させながら、友人になってから一番真面目な顔で唸った。彼はようやく真剣に俺の話を聞き始める。
「俺は所詮傍観者だから、率直に聞くぞ。レベル1になったぐらいでサイクロプスやオークと渡り合えるのか?」
「……無理だろうな。オークにタイマンで勝つつもりならレベルが10は欲しい。サイクロプスなら30か。けど、レベルを上げたところで」
「魔法少女は少なく見積もってもレベル30か。既に高レベル者がいるのなら、レベルを上げたところで今更街の平和に寄与しないか。そもそも、お前の目的って魔法少女に取って代わる事じゃないんだろ?」
「まあね。全部俺の杞憂で終われば、それで良し。そのスタンスは変えないよ」
ただ、レベル1になって不安はやや増したかもしれない。
HPが無いかもしれない現実世界。
魔法使いから隠れられる俺の職業はアサシン。
するつもりは毛頭ないが、俺でも魔法少女を一撃で倒せてしまえるかもしれない。これがこの世界の仕様なのだとすると、どんなに高いレベルであっても事故は起こりえる。
「しかしアサシンって、お前ねぇ」
「そうだよな。どっちかいうとスカウトとか。せめて忍者が良かったよ」