8-9(青) 死んでいなければならない姉
「酷いわ。お姉ちゃんに向かって酷い事言わないで? クスクス」
「この、まだその顔で笑うか!」
氷の魔法使いらしからぬ激情をむき出しに、浅子は姉の顔をした敵に吠える。
吠えられた側である浅子姉は、先代の氷の魔法使いらしく妹の癇癪を平然と受け流している。コートから出した手で傍にいるヘルハウンドの顔を撫で、余裕を見せ付けている程だ。
「お前なんか姉さんじゃないっ」
「どうしてそう思うの? 悲しいわ」
「姉さんならモンスターとつるむはずがない。姉さんならモンスターに妹を襲わせない。姉さんならそんな汚く笑わない!」
「それだけの事があったの。モンスターの仲間にならなければ、あの拷問の日々は終わらなかったから、とか? クスクス」
二人の距離は会話できる程に狭まっていた。敵であれば危険な距離まで接近されているが、浅子は呪文を唱えようとしない。
「ねぇ、浅子。貴方もう知っている?」
「何がっ」
「男の人をよ? クスクス」
汚らわしいと吐き捨てる浅子のどこが可笑しいのか、姉の笑い声は続く。
「本当に酷いのね、浅子。お姉ちゃんは好きでもない人に、人ですらない化物に何をされたのか、察してくれないなんて。クスクス」
姉は妹に対して、三年間ずっと知りたかったはずの真実を語り始める。
「卒業式の後だったかしら、最後だからって天竜川を見ておこうと思って向かったのが苦しみの始まりだった。天竜川では、魔法の通じない、これまでのモンスターなんて比べものにならない、本当の化物が待っていた――」
最初は普通に殺されるだけだった。痛かったかもしれないが、心臓が止まれば思考も停止するため、苦しみの時間は短く済む。
しかし、死の苦しみは一度っきりではない。
死んでいる間にどことも知れない地下と思しき土壁の部屋に連れ去られ、逃走や抵抗ができないように鎖で両手両脚を繋がれた。生き返ってからそう気付いた。
地下から太陽が見えるはずもなく、どのくらい長く殺され続けたのかは分からない。
時間感覚が正しいのは最初の頃だけだろうが、熱心に殺されていたのは二、三日だけ。心臓を何度も何度も潰された。
痛くて痛くて苦しかったはずだが、それでも、ただ殺すだけに飽きられた次の一週間よりは全然マシだったはずだ。
浅子姉は、ヘルハウンドの頭部を撫でていた手を広げる。
「指の失い方が二十通り以上もあるなんて、浅子は知っている?」
生き返った後は体の欠損が修復されたが、また壊されると分かっているのなら、嬉しさなんて感じるはずはない。
「一ヶ月ぐらいかしら、化物は同じ人間を殺す事に飽きてしまって、もう私を殺さなくなったのは。でも、それからがもっと酷い死に方の始まりだったの」
浅子姉が少女でなくなったのは飽きられた翌日だ。
人間としては美しい分類の彼女は、低級モンスターの間でも随分と人気があったらしい。野蛮な行為が終わるタイミングは常に心臓が止まって数時間経過してからである。
「私を愛してくれたのはゴブリンやオークだけじゃないのよ? クスクス」
「……もう、黙れ」
「どうしてこの子達をけしかけたのか、分からない? クスクス。化物に犯されても、私は浅子の事が心配で心配で、レベルアップをたくさんして貰わなきゃ私みたいになるかもって心配で! そう思ったら人外の子を産むのも苦じゃなくなったわ」
「黙れ。黙ってよっ」
「肉親ですもの。肉親は損得勘定なしで動かなきゃ。たとえそれが命だって、可愛い叔母のためなら投げ出してもらわなきゃ。ほら、あれが貴方たちの叔母さんよ、挨拶してから殺されて、経験値になりなさい」
「黙れぇぇェッ!!」
叫んでいる間もクスクスという声が聞こえてしまう。
とうとう我慢しきれなくなり、浅子は魔法という直接手段で耳障りな笑い声を止める決断を下した。
「零下、凍結、封印、凍投獄ッ!!」
姉の体を中心に棺の形に氷の幕が形成され、内部は氷点下の水で浸されていく。
魔法から逃れようと動くのは下作だ。動いた振動で、ぎりぎり保たれていた分子配列が崩れてしまうからである。氷点下の水は一斉に固体化していき、一瞬で棺桶内部を幽閉した人間ごと凍結してしまう。
氷の内部に囚われた浅子の姉は、固まってしまったのだからどうしようもないだろうが、憎たらしい表情を保っている。
「全部いなくなれェェッ、串刺、速――ッ!?」
存在自体が気に食わないヘルハウンドを抹消しようと呪文詠唱をしていた浅子は、目を見開く。
視界の中心に、何か白い点が見えている。
真正面からソレを目撃している浅子には、三次元方向の広がりが死角になっているため、ソレの全体像を把握できない。
路地を横方向から目撃した場合、ソレは長さ一メートル強の氷のジャベリンで、浅子の胸を貫く軌道を描いていると分かっただろうが。
「ねぇ、浅子、魔法はこうやって使うのよ? クスクス」




