8ー7(青) もう忘れたい
氷の魔法使いアジサイ、本名、伊藤浅子は暗くなり始めた街を一人帰宅している。
学校で意味のない授業を受けた後、家に帰宅せず、商店街のビルで寄り道していた。
そのビルの四階では、あるジャンルの書物が専門に扱われている。同好の者にとっては戸棚を眺めているだけでも心が潤う。稀に知らない名作を発掘できたり、応援している作家の新作を発見できたりする幸運だってある。
「アオメイトの買い物袋は深い青色で目立つ。同族を見分けるには役立つけど」
天竜川の黒幕関連、その中でも姉の行方について、浅子は一切捜索を行っていない。
姉の事で、時間を浪費するつもりは浅子には微塵もないのだ。カラオケボックスで皐月から姉の手がかりになりそうな真実を聞いても、この決意に変化はなかった。
浅子にとっての姉とは、目の上のたんこぶで相違ない。
早く生まれたというだけで姉面して、煩わしさを感じさせるぐらいに浅子の面倒を見ていた姉。そんな姉が化物に酷い殺され方をしていたとしても、今更、どんな感情を抱けば良いのか妹の浅子には分からない。
伊藤姉妹とは、元々一つの魂が分割され、三年違いで生まれてきたのではないかと疑われるぐらいにマイナスとプラスで、足せば丁度ゼロになる。マイナスは当然、浅子の方である。
例えば、性格。
浅子姉には社交的で友人が多く、少数いる敵に対しては断固として対抗してみせ、大人達の評価は酷く高かった。今現在の妹とは正反対で、人当たりが良く、笑顔がまぶしい人間だった。浅子の暗く、闇雲に敵を作りやすい性格も、姉がいればこそ許容されるものである。
体格も姉妹なのに非対称だ。
貧弱な体格でやや小柄な浅子とは異なる。足がスラリと長くて、下品にならない程度に胸もあった。座高と身長の比率を姉妹で逆にすれば一致するのだから、嫌味としか思えないぐらいに徹底されている。
おまけで容姿。
浅子も一時は姉に憧れ、髪型だけでも似せてみようと伸ばしていた時期がある。
しかしマネすればする程、どこまでも似てない姉妹だと自覚を促されたため、今では手入れが面倒なだけの長髪はバッサリと切り捨てている。
似てないだけでなく似合わなかったのだから、浅子に未練などなかったが。
「……誰が、あんな姉の事なんて探すか」
短い後ろ髪が、もみ毛と一緒に夜風で冷やされて揺れる。
姉に非がないと分かっていても、浅子はこう考えてしまう。
浅子が姉の最後を知りたい理由とは、もう姉という比較対象の死を確定させ、忘れたいからなのではないか、と。
肉親に対して残酷だと自覚していても、浅子がそう思ってしまうのは仕方がなかった。
「――魔力検知っ」
商店街から離れて、そろそろ家が見える付近で、浅子はモンスターの物と思しき『魔』の接近を感知した。
スキルとしてどこにも明文化されていないが、『魔』は第六感的に知覚でき、対象の『魔』の量が大きい程、知覚可能な範囲は広くなる。つまり、強い敵ほど早く発見できるのだ。
生物であればレベル0であっても『魔』は有しているので、モンスターや一般人を探すのに重宝されている。
人間の魔法使いだけではなく、モンスターの方もそうとしか思えない不自然な動きを見せる事があるので、職業限定の特殊能力ではないというのが天竜川の魔法使い共通の見解だ。
数はやや多く六から七。地べたを移動している。速度は速い。
学生鞄を放り、それだけで浅子は迎撃準備を整えた。いつもの青い着物は自宅のタンスの中にある。
ちなみに、天竜川の魔法使いは、アニメの如く全身が光って着物姿に変身できない。装備は自分で着なければ意味がない。
四足歩行で、肉食獣特有の顔付き。
涎がだらしなく垂れる半開きの口。
脇道から出現したモンスターの外見は、犬そのものだ。体長は人間よりも大きく、毛並みが黒いのが特徴。逆に言えばそれ以上の特徴は皆無で、大型犬と見分けが付かない。
「ヘルハウンド!」
黒い犬型モンスターは、天竜川既知のモンスターである。
通称はヘルハウンド。由来はイギリスの死を呼ぶ不吉な妖精、黒妖犬であるが、由来程に危険な性質はない。名前には、地獄原産っぽい獰猛な犬種という以上の意味はない。
怪しく光る瞳の群れが、四足歩行動物特有の機動力で浅子に迫る。
「――串刺、発射、氷柱弾」
先頭を走っていたヘルハウンドを、浅子は魔法のツララを放って潰したが、群れ全体としての勢いは止まらない。即死した同族を踏みつけて距離をつめていく。
元々ヘルハウンドは獰猛な癖に徒党を組む習性があり、経験値の割に面倒なモンスターである。
しかし、目前のヘルハウンドは仲間の死に対して無関心過ぎる。
魔法に怯まないだけなら浅子も気にならなかったが、仲間の死体を踏みつけてまで接近を優先してくるのは異常だ。
まるで、誰かから死力を尽くして浅子を襲え、こう命じられているような行動だ。
「このッ、串刺、速射、氷柱群ッ」
危険域に複数の個体が突入してきたため、面制圧魔法を緊急発動させる。
浅子の前面に百近い氷が円錐型に氷結。時間が惜しく、本来の長さの半分まで氷弾が成長した時点で順次撃ち出していく。
ヘルハウンドは地面から飛び上がって浅子を覆わんとしていたため、狙いを付ける必要などなかった。
串刺しの傷から血が流れ出る、痛々しい姿でヘルハウンドの群れは地面に落ちていく。
その内、頭部へのツララの直撃を避けた一頭の牙が、浅子の左耳すれすれを噛み付く。
わずか一センチでも立ち位置が異なっていれば耳たぶが食いちぎられていた事実は、浅子をゾクリと震わせるには十分だった。




