8-4(青) 性格に難があるのは知ってる
氷の魔法使いアジサイこと、伊藤浅子。
「……きてあげたけど、この取り合わせは何?」
炎の魔法使い皐月こと、美空皐月。
「アジサイもやっと到着ね」
氷と炎の二人組はコンテナ程度の大きさの個室内で、ソファーに並んで座る。
浅子は昨夜の件の詳細を餌にされたため、渋々とカラオケボックスに訪れていた。
学生でも安価で気軽にレンタルでき、多少の防音性を兼ね備えているカラオケボックスは、秘密の会議を進める場所としては妥当だろう。
「天竜川の魔法使いの中でも、私ぐらいでしょうね。全員を招集できるぐらいに顔が広いのは」
しかし、アジサイは対面席を一瞥して、誘われた事を早くも後悔し始めていた。やはりカラオケとは一人でくるべき場所である。
浅子と皐月の向かい側のソファー。そこには馴染みの薄い二人の出席者がいた。
「前代未聞の召集。それだけの意義があれば良いんですが、炎の人?」
見知らぬ黄色い制服を着た同世代の少女が喋っている。サイドアップな髪型から、浅子はこの女が雷の魔法使いだと思い出す。
実力ある魔法使いで、雷という属性が皐月の炎に負けず劣らず攻撃的だ。レベルも皐月と同じぐらいだと予想している。
電光石火という言葉があるが、この言葉ほど彼女の戦闘スタイルを言い表した言葉はないだろう。言い換えれば短気なだけでもあったが。
名前は――?
「……誰?」
「雷の魔法使い、落花生ですッ! 氷の人は失礼なッ!」
「氷の人違う、アジサイ。ピーナッ子」
「ピーナッ子呼ぶなッ!」
人の名前を正しく言わなかったから指摘してやっただけ。こう浅子は明後日の方向に顔をそらして、落花生の糾弾を無視する。
「落ち着きなって、落花生」
「ラベンダーには関係ないです!」
ピーナッ子の標的になった不運な少女は、土の魔法使い、ラベンダーである。
ラベンダーは天竜川の魔法使いの中では一番働いていない。レベルも相応に低いと思われ、ラベンダー自身が天竜川最弱の魔法使いを自称している。
ウルフヘアが似合い、ボーイッシュな雰囲気が漂うラベンダーは、浅子よりも常識的な意味で冷めた性格をしている。天竜川での魔法使い活動は無理なく怪我なくがモットー。昼間の生活で常人を圧倒できる以上のレベルは求めていない。命を対価に得られる経験値に価値はないと断じていた。
天竜川の上流が縄張りのラベンダーと、下流が縄張りの浅子との面識はないに等しい。天竜川中域を縄張りとする皐月とも接点は薄い。縄張りが隣接している落花生経由で召集された模様だ。
「全員揃ったようだし、魔法使い会談を始めましょうか」
「炎の人が仕切るなんて聞いてないです!」
「あのなぁ、落花生……」
「……帰りたい」
皐月が仕切り、落花生が不満を訴え、ラベンダーがまぁまぁと落花生を押え、浅子が沈黙を保つ。血液型占いが正しければ順にA型、B型、O型、AB型となるだろうか。
カラオケボックス内はまとまりがない。一曲も歌っていないのにかしましい。
魔法使いが普段ソロで活動しているのは、そういう風習に従っているという消極的な理由ではなく、単純に彼女達の協調性の問題であった。
「私が召集してんだし譲りなさい、落花生。これから話す内容は、天竜川の魔法使い全員を集めるだけの価値があるから」
強権を発動した皐月が場を制圧して、ようやく魔法使いの会合は踊りを止める。
「……改めて、召集した段階でさわりの部分だけは教えておいたけど、天竜川の魔法使いは狙われている。これまでスポーンしていたどのモンスターよりも強く、恐ろしい敵が現れた――」
浅子の興味が首をもたげる。ついでに伏せていた顔も上げる。
皐月が語る実体験は、モンスターが実存する異質な場所であり続けた天竜川の真実に近づく道しるべとなる。真実に近づけば、浅子は消息を絶った姉、先代の氷の魔法使いの行方も分かるかもしれない。
「――天竜川の魔法使いは、ある程度のレベルまであがるよう、意図的にモンスターと戦わされていた。そして、育った魔法使いを今度は黒幕に経験値として狩られる――」
無垢な少女ではない浅子は、特別、姉の生存を信じてはいない。
ただ、妹である浅子は肉親の最低限の義務として、姉の最後を知りたいと常々思っていた。
「――昨日、私は黒幕の一体であるネームドと戦った。人語を解する事さえ些細に感じられる程に出鱈目な強さだった」
「具体的な強さは?」
皐月が戦ったネームド・モンスターの強さが気になり、浅子はらしくなく、積極的に疑問を投げ掛ける。
「レベル80相当。最後はコンビナートのガスタンクを持ち上げられるぐらいに巨大化したけど、あの姿ならレベル100相当を超えていたと思う」
「ガスタンク……? あの事件の犯人は皐月?」
「正確にはちょっと違う。私の彼氏の仕業。あ、まだ彼氏予定か」
そういえばこの女の頭は湧いていた、と浅子は皐月の言葉に見え隠れする男の影を無視する。天竜川を心底楽しんでいる皐月が本気で異性を意識しているとは思わない。
「そんな化物、最弱の私じゃ相手にならないな」
ラベンダーが素朴な感想を口にするが、皐月はそんな事はないと即座に否定する。
「いいえ、私を含めて、今後も出現するネームドを相手に勝てる魔法使いはいない。ただでさえ強いのに、奴等はレベル70以下の魔法使いが使う魔法を無力化する装備で対策を怠っていないから」
「レベル70……ですか」
皐月が語り始めるまではうるさかった落花生だが、今は真剣に皐月の一言一言を飲み込むように聞き入っている。天竜川の最強を自称する落花生でも、レベル70には到達していないため、危機感を覚えたのだろう。
落花生が黙っているのでは仕方がない。いい加減気になって仕方がなくもある。
浅子は一番気になっていた事、昨日の皐月の結末を問いただす。
「敵がそういった化物なら、サツキが無事な理由が分からない」
「顔にマスク付けた妙な男に助けられたから」
「…………何言ってんの?」
「真実だから他に言いようがない。アジサイに、落花生、ラベンダー、黒いマスクを付けた変質者としか思えない男を見かけても、それは敵じゃないから攻撃しては駄目だから」
攻撃したら燃やすから、と皐月は言及する。
「ああ見えて、見たまんま変な行動ばかりで呆れさせてくれるけど、異常なまでのお人好しなのは間違いないから。彼に助けを求めれば、どんな化物が相手でもきっと助けてくれるから安心して」
あと、良い男だからって惚れても燃やす、と更に皐月は言及する。
浅子はこの会合は皐月が惚気るために開いたのではないかと気付き、氷点下まで下がった目線で皐月を突き刺してやった。
四魔法少女をどうにか登場させられました。
ちなみに、彼女達の中で最強(自称)は皐月と落花生です。
アジサイは自分最強だと自負しています。
ラベンダーだけが客観と主観が一致した魔法少女です。




