8-2(青) んで始まるなんて嫌がらせ?
卒業目前の、消化試合染みた三年生の教室。
大学試験を終えた生徒達には、もう学ぶべき事柄は残っていない。出席そのものが目的となった学び舎らしからぬ雰囲気が漂う教室に、特別な何かを感じてしまう生徒は多いだろう。
……教室のど真ん中の席で、マイペースに昼食をもぐもぐと食っている女子生徒を除けば、であるが。
短髪の彼女にとって、集団生活の場はどう極まっても窮屈な場所でしかなかった。己と気の合う友人はいないし、いたとすればソイツの性格や神経は歪んでいる。社会不適合者はたった一人で十分だ。
某魔法使いは天竜川の方の日常を楽しんでいるらしかったが、それはこの少女には当てはまらない。
やるからには全力で挑むものの、娯楽としてあまり楽しいものではなかった。
『年上と付き合うってどう思う?』
氷の魔法使い、アジサイは睡眠不足の目を擦る。
小顔で、整えれば輝く宝石の原石のような顔立ちをしているが、アジサイの両目の下にはクマができてしまっている。それでも可愛い顔である事には変わりないはずだが、昼食を一人で楽しむぐらいにクラスで浮いているのだから、性格の悲惨さが伺える。
一口大にむしられる購買パンが痛々しい。
アジサイは苛立っていた。しかし、アジサイの機嫌の悪さは、睡眠不足が原因ではない。
むしったパンを小さな口に放り込み、ストローで牛乳を吸う。
汚れた指でスマートフォンに触れて、面倒臭そうにLIFEの返事を打ち込んでいる。
『ついに頭沸いた? 炎の使い過ぎで蒸し上がった?』
『連絡忘れていたのはゴメンって』
『ハ?』
『この度は弊社の対応が遅れ、真に申し訳ありません』
アジサイ、本名は伊藤浅子。LIFEの相手である炎の魔法使いと同じ学園に通う学園生である。
浅子が睡眠不足になった理由に、脳の蒸し上がった魔法使いは関係していない。浅子本人が思っているのだから真実なのだろう。
『幹部級の一匹は弊社が責任を持って処理致しました』
浅子が朝方まで寝ないで起きていたのは、天竜川の黒幕に関するレポート――このレポートも某魔法使いの提供物であるのは遺憾だが――を熟読し、自分なりに考察していたからに過ぎない。
顔見知りからの生存報告が予告時間を過ぎても届かない所為で暗然としてしまい、ツララが心臓に刺さったような痛みに耐えて夜を過ごしていたからでは決してない。
『今後はこのような不祥事が二度と起こらないよう精進致します』
『寒いからヤメろ』
『なによ! 氷の魔法使いが!』
スタンプの使い方も知らない相手に、浅子はウンザリしていた。己はどうして、面倒なのに返事をしているのだろうか。
『頭沸いた魔法使いでも倒せるなら、大した脅威にならない。今後は一人で狩る』
『絶対に止めときなさい。私は一度負けた』
丁度牛乳が空になってしまった。空気を吸うストローの音に浅子は驚く。
『冗談? 負けたのなら、何で生きてる?』
『そこは直接会って話したい』
驚きは続く。これまで浅子と某炎の魔法使いは天竜川以外で直接顔を合わせた経験はなく、それが暗黙のルールとも言えた。それを相手は破ろうとしている。
『敵は魔法使い一人では絶対に敵わない。これまで以上の協力関係を築きたい』
断る理由はないが、馴れ合う理由はもっとない。
個人主義こそが天竜川の魔法使いの流儀であるが、変革が訪れようとしていた。
『放課後、どう?』




