1-4 徒労と気だるさの報酬
一章の終わり
少しだけ進展しますが、こういう設定のあるお話です
「『魔』を検知したと思えば、何だ、雑魚オークか。残念ね」
一ヶ月前と同じ紅い袴の魔法少女が、俺やオークがいる岸の対岸に現れた。この付近唯一の街灯の下に、どこからか降り立つ。
「ま、私の縄張りは私で守らないとね。炎の魔法使い、皐月。参る!」
彼女はかざした右手をオークに向け、照準を取る。
「――発火、発射、火球撃。私の経験値になりなさい」
遠くてまったく声は聞こえないが、以前のように三節で区切られた呪文を唱えたのだろう――その後に不謹慎な言葉が続いたような気もする。彼女の手の平からバレーボール大の火の玉が生まれた後、オーク目指して一直線に向かっていった。
狙いは違わず、火の玉は岸に這い上がろうとしていたオークの背中に命中する。
「――――ァァァッ」
悲鳴にならない悲鳴をオークが叫ぶ。
オークにとっては突然すぎる出来事で、己がどうして死ななければならないのか分からない。背骨が焼け爛れる痛みからではなく素朴な疑問によってオークは声を上げた。それも数秒で止まり、陸に這い上がろうとした姿勢を保ったまま背中から川に落ちていく。
一般人から見て十分に脅威なオークも、魔法少女から見れば格下。片手で瞬殺できてしまう相手でしかないようだ。より凶暴そうなサイクロプスを圧倒できるのだから、オークに手間取るはずはない。
「はい、終わり。久しぶりのスポーンだった割に収穫が悪い」
魔法少女も格下相手の勝利に酔ってはいないようで、不満げに溜息を付いている。
「……まぁ、前みたいに目撃者に逃げられるヘマをしなくて済んだけど。せっかく助けたのに溺死されて、形見みたいに財布を送られるなんて、後味の悪い……。はぁ……」
現れた時と同じく、帰る時も突然いなくなる。
魔法少女の後腐れのない行動から、未確認生物の討伐は彼女にとっては習慣的なものでしかないと知れた。
「うわぁ……圧倒的だ。俺の一ヶ月の監視行動を全部無駄だと一蹴されたような気分になるな」
俺が心配せずとも街の平和は魔法少女が守ってくれている。ひとまず安心できる事実を得られたと思えば、俺の徒労など無視できる程に矮小だ。今日一日で精神的な疲労は一層深まったが。
他に得られた情報と言えば、やはり魔法少女から隠れる事は可能。未確認生物は数種いる。これぐらいだろうか。
流石に今日はもう監視する必要はない。久しぶりに丑三つ時前に帰宅できる事を喜びながら、暗視スコープとギリースーツを背嚢に収めて芝生から出る。
その時、気まぐれに岸辺へと視線を移して気付く。
何者かが川から這い出し、そこで倒れたのだ。
ドッと血が騒いだ。最初にオークが出現した時は藪に隠れていたので、緊張はしても恐怖は覚えなかった。だが、今は安全な場所から出た瞬間を狙われたため、どうしようもなく体が震えてしまう。
中腰姿勢のまま動けず、少なくとも五分は固まっていた。
一方で川から出てきた相手も倒れたまま動こうとしない。
踏ん切りが付くまで更に五分かけた後、俺はようやく動き始めた。
岸辺で倒れているのは十中八九、倒されたはずのオークだろう。オークが動かないのは、魔法少女に受けた攻撃の所為。ほとんど瀕死のはずで、川から出られたのもモンスター特有のしぶとさによるもの。こう確信するまで時間がかかったのだ。
背嚢から暗視スコープを不器用に取り出し、倒れた相手の姿を確認する。やはりあのオークのようで、まだ死んではいないようだが荒い呼吸を繰り返している。
「介錯ぐらいはしてやるか」
俺を殺そうとしたサイクロプスの同類とはいえ、苦しんでいる姿は哀れだ。
慎重にオークの傍に近づき、真上からオークを覗き込む。仰向けに倒れている所為で背中を穿った傷は確認できないが、痙攣し、濁った白目でオークは夜空を凝視し続けている。力尽きる寸前であるのは間違いない。
「……化物だからって理由で殺す訳じゃないぞ」
俺は足元に転がっていた三叉の槍を拾い上げる。
オークの所有物だった武器で、持ち主であるオークの胸を深く突き刺した。あまり良い感触はしない。
オークは一度だけニヤけると脱力していく。
その後、死体が霞みのように消えた現象が発生したが、俺にとってはそんな些細な事柄はどうでも良い。
ただ、無性に手を洗いたくなったので、丁度傍を流れる天竜川に両手を浸して洗い続けた。
その後、賃貸マンションに戻って眠るまでの行動は覚えていない。
起きたら自室のベッドで眠っていたので自力で帰ったのだとは思うのだが、記憶は酷く曖昧だ。部屋の鍵のし忘れもなく、着替えも済ましてあったので、機械的に必要な行動はこなしたのだろう。
気だるい。
インフルエンザを患ったかの如く何もやる気が起きない。こういう日もあるものと、今日は大学とアルバイトを休むかと気持ちを固めるには十分な気だるさだ。
アルバイト先に病欠の連絡を入れるため、携帯電話を取り出そうとする。
携帯電話の液晶を見る際、視界の下部に見える白いゴミが気になったため、目を擦る。妙に大きな埃でなかなか取れてくれない。
「邪魔な埃だ。まるで文字のような形で『レベルアップ』のように見える」
俺は寝ぼけているらしい。それとも風邪か何かで本当に具合が悪いのか。埃が文字に見えてしまっている。
正確には網膜に直接文字が浮かび上がっているような気もするのだが、そんな疲れ目症状は聞いたためしがない。
一応、文字を読み上げてみると、次のような文面となる。
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“レベルアップ0 → 1
ステータスが更新されました
スキルが更新されました
職業が更新されました”
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「最近の子供はゲームのやり過ぎで現実とテレビの区別が付かなくて困るな。俺は高校二年を最後にゲームしていないけど。受験が忙しくて止めたから」
次ページ表示があるので見たいと意識する。瞼を閉じると同時に次のような文面が更に現れる。
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“レベルアップ詳細
●オークを討伐しました。経験値を五入手し、レベルが1あがりました”
“ステータス更新詳細
●力:1 → 2
●速:1 → 2
●運:1 → 5”
“ステータス更新詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』を取得しました”
“職業更新詳細
●ノービス → アサシン”
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何度でも読み直しは可能な親切設計だったので、俺は飽きるまで読み直し続ける。
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“ステータスが更新されました
スキル更新詳細
●アサシン固有スキル『暗器』を取得しました”
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見直した際にまた何かが更新された気もするが、内容は一切納得できなかったので何が更新されたとしてもあまり気にはならなかった。