7-6 アサシンは吊橋を叩いて渡る
この物語で最も甘い回です。
ここまでくるのが本当に長かった……。
「――ねぇ、聞きたいんだけど?」
「どうぞ?」
「私の魔法が障壁になってなかったら、私達まで爆発に巻き込まれて死んでいたと思うのだけど、どう?」
「本当はギルクだけ巻き込んで逃げる予定だったんだが、黒バイもないし、戦闘っていうのは流動的で。その場の勢いって奴も大事だから、分かるだろ?」
「結果がすべてだから、許してあげない事もないけど。でもその前に、その場の勢いで女子校生を押し倒した格好を維持していないで、どいたら?」
爆発から庇って地面に伏せさせた姿勢と言って欲しい。
確かに俺の位置が爆風でズレてしまっている。慎ましい胸の感触を顔前面で味わっている。が、こんな破廉恥行為、決して主目的ではない。
顔を離陸させる前に黒マスクを装着し直しておく。
腕を支柱にして立ち上がろうとしたが、何故か皐月の手が引き止めてしまったため、俺は皐月に跨ったまま可愛い顔と至近距離で見つめ合う。
「マスク男、名前なんだっけ?」
「覚えてなかったのかよ。御影だって」
「それって完全に偽名でしょうに。本当の名前教えてよ?」
「……それは難しい。皐月が学園を卒業した後なら、教えても良いけど」
コイツはまた回りくどい、と呟く皐月。
皐月は厳しい目線を瞼で隠し、やや長めに間隔を開けてから瞼を開く。
「御影。私を助けてくれた事に心から感謝しています。貴方は見ず知らずの私のために、死ぬ公算の高い戦場に現れてくれました」
改まった口調が、皐月のピンク色の唇から発せられる。
「それだけでも嬉しかったのに、貴方は本当に勇敢だった。正々堂々とは言い難いけれども、御影らしい戦い方で酷く納得でき、危うさが付き纏っているのに何故だか身を任せてしまう程の安心感がありました」
「今更、年上に対する口調は止めて欲しい」
「そう? なら、フレンドリーで簡潔に言うわ。ありがと」
「どういたしまして」
学園生とはいえ、皐月も春で卒業する新大学生の少女だ。青いだけでなく、女に脱皮する直前の美しさが表情に現れ始めている。
そんな子とたった顔一つ分の距離で会話をしていて、気恥ずかしさを感じてしまうのはどうしようもない。
小さな唇を見て、邪な労働対価を要求したくなったが、思うだけで実行に移す気概はない。大学での友人が紙屋優太郎のみという時点で察して欲しい。
「なら、次に恋人候補として言うわ」
「……んん?」
「今のところ、御影よりも魅力的な男がいないし、今後も現れないでしょうから、貴方に恋してあげる」
「…………どゆこと?」
「こういう事よっ」
皐月が地面から後頭部を離せば、顔を向かい合わせている二人の相対距離が短くなるのは自明だ。
避けようと必死になれば避けられる不意打ちだが、まぁ、そんな勿体無いマネはしたくないので意識して呆然としておく。
「……どう、私のファーストキスの味は?」
「鉄の味だ! 痛ぅぅ、前歯が折れてないか、痛てぇ……」
レベル差60の二人である。力の入れ具合が分からずに唇をドッキングさせれば、悲惨な衝突事故が発生するのも自明だった。
「酷い感想。年下の彼女ができて嬉しくない訳?」
「浮つきたいが、それも卒業式の後まで取っておいてくれ。まだまだ敵は多いんだ」
「分かった。恋人候補でいてあげる。でも、とりあえず一匹は倒せたんだし、先払いでいちゃついても良くはない?」
醜悪なオブジェと化していたギルクの亡骸が、霞となって消えていっている。巨大な分時間は掛かっているようだが、これでギルクの死亡を疑う必要はなくなった。
「皐月の態度急変にも付いていけないんだ! 吊橋効果にも程があるだろっ」
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“レベルアップ詳細
●オークを一体討伐しました。経験値を七一五入手し、レベルが1あがりました
レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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「なぁ、レベルアップ表示って一気に表示されないのか。アナウンスが羅列して、皐月の可愛い顔が見え辛いんだが」
「レベル1あがるごとに表示されるのが仕様。煩わしいけど、十も二十もポップアップする訳でもないんだし、待てば良いじゃない?」
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“ レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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「1ごとかよ。なかなか終わらないぞ、これ」
「獲得経験値は多かったし、私も一気にレベルが2あがったけど……終わらない??」
「皐月で2もあがるなら、俺は当分終わらないな」
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“ レベルが1あがりました
レベルが1あがりました――”
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「……恋人未満の彼女のお願いなんだけど、御影のレベルっていくつ?」
「さっきまではレベル5だ」
「無謀なところにも惚れ直したいけど、低レベル攻略なんて心臓縮まるから止めて」
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“ステータスが更新されました
ステータス更新詳細
●実績達成ボーナススキル『吊橋効果(大)(強制)』を取得しました”
“『吊橋効果(大)(強制)』、恋愛のドキドキと死地の緊張感の類似性を証明するスキル。
死亡率の高い戦闘であればあるほど、共に戦う異性の好感度が指数関数的に上昇する。
指数関数的なので、まずは2以上に好感度を上げておかなければ意味はない。
異性であれば誰に対しても有効なスキルであるため、不用意に多数の異性と共に戦うと多角関係に発展してしまうので注意が必要――人生において決死の戦いを挑む機会などそう多くはないだろうが。多角関係を円滑に保つ効果はないため、刃傷沙汰は回避できない。
強制スキルであるため、解除不能”
“実績達成条件。恋愛に興味のない異性を戦場で惚れさせる。
(大)の取得のためには更に己に何らかの制約を設ける必要がある。
今回は、素性を隠したまま異性に好かれた事が評価された”
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うざったらしいレベルアップ表示の合間に、酷く長ったらしいステータス更新情報が割り込んで表示される。
面倒事の種にしかならなそうなスキル内容を理解したくなかった。が、今後の活動を考えると無視する訳にはいかないだろう。
「皐月、天竜川の魔法使いって何人いるんだ?」
「活動中の魔法使いは確か四人だけど、順番に助けていくつもり?」
「いや、皐月のように迫られると困るな、と思って」
「恋人候補の前で気の多い事。でも安心して、どいつも恋愛なんて興味がなくて我が強いから。特別、私の良く知るアジサイなんかは酷い人見知りの頑固者で、マスクの男なんて袖にされるだけ」
それなら、まぁ、大丈夫か。今後もマスクは必須アイテムだな。
ちなみに、ギルク撃破の経験値は二人で分割されています。




