7-4 満腹
「ウォォォォ、オ、クソガァッァ」
無事球状タンクの陰から抜け出した俺は、背後を振り向く。
化物らしく異様にしぶといギルクはまた潰れておらず、タンクの重量を肩で支え続けていた。
「ガスタンクは、やっぱり正解だったな。優太郎の助言は毎度適切だ」
「こノ、アサシン、何だっ、コレはァ」
「大変だったんだぞ。重量物といっても、街中にある物は精々が十トン前後だ。近場の海にコンビナートがあって、本当に助かった」
ギルクが重量に耐え切れなくなって潰れても被害を受けないように、十分に離れた場所まで退避している。
俺とギルクは交互に口を開いているが、遠すぎて会話は成立していない。そもそも、ブルブルと震え始めたギルクには意思疎通を行う余裕が一切ない。
「一トンなら楽々と受け止められてしまっただろう? 十トンでもぶつけた部分が内出血する程度で終わってしまうだろう? 百トンぐらいあればお前を倒すには十分だろうと俺は思ったさ」
「ア、がぁ。お、おろして、クれ!」
「だがな、俺の頭の中で、優太郎が囁くんだ」
「タす、助けて、クれ!」
「化物は己の予想の二倍は強いって囁くんだ。それで二百トンの物体を探していたんだが、二百トンを求めた時点で、化物は更に予想を上回って、ツマラナイ悲劇や暴力っていう現実を俺に叩きつけてくれるんじゃないか。俺が妥協した所為で、皐月が死んでしまうんじゃないか」
事実、目前の黒い化物を見ていると二百トンでは足りなかったと分かる。
「この膨れ上がる恐れの結果が、お前が今支えている千トンの重みだ。別に今までお前が殺してきた人間の命の重さなんて加算されていないから、軽いものだろ?」
複数あったガスタンクの内、最もガス貯増量の多いタンクを選別した。
「タの、む! もうゲ、限界だ!」
本来は気体であるガスを液化するまで圧力をかけて保存しているため、内容物がガスであっても想像できない程の重量になってしまっている。
膝から下が折れたのか、地面に埋まってしまったのか。
最初の頃よりも縮んで見えるギルクに対して俺は敗因を教えてやる。
「ギルク、お前さっき俺がアサシンで“安心した”って言っていただろ。生粋の化物であるはずのお前が、人間の俺の正体を知って安堵するなんて、役割が真逆だろ?」
『オーク・クライ』スキルが程良く効いていたお陰も、確かにある。
レベル差を考えれば、ちょっと速く動ける程度の人間がギルクの攻撃をかい潜れるはずがなかった。
パラメーター二割減により調子の崩れた身体と、言い知れぬ恐怖に怯える心に邪魔をされていたギルクは、常に一撃で俺を排除しようと焦り続けていた。だから攻撃が大振りになってしまい、俺程度でも避ける事ができてしまった。
だが、スキルなどは所詮副次的なものでしかない。
「皐月の攻撃で一度殺され掛けたお前は、本当はもう人間が怖かったんだ。それでも、追いかけてきたのは心に生じた弱さを否定したかったから。お前の“安心した”の真意は、そういう事だろ?」
ギルクの正体は、レベルが上がった事で粋がっていただけのオークだ。
泣き顔で俺に助けを求めてくる姿なんて、以前にレベリングのために何度も殺したオークの顔とそっくりだ。
「タすけぇ――――」
ギルクが足を下ろしてゴルフ場を破壊した時よりも大きい、もっと深く重量感のある振動が山をざわつかせた。
ガスタンクの球面がボロボロの芝生と完全に密着して、もう黒い巨躯は見えはしない。
命乞いに一切答えてやらずに、俺はギルクを見捨てられた。
以前に決意した通り、オークを見捨てるのに成功した。
その結果、魔法少女を襲う化物が一匹減ったというのに――。
「――心は晴れないな」
「――――人間が怖かった? 何の冗談だ?」
ガスタンクがゴルフ場に着地した時とは正反対の、物量が馬鹿力によって地面から浮遊していく擬音が耳に届く。
デジベル変換すれば間違いなく、ガスタンク落下時の音の方が大きいはずだ。
だが、俺の心臓への負荷は、ガスタンクが浮上していく音の方が圧倒的に攻撃的だった。
「――――人間って奴は、深読みするばかりで本質を見誤る生物だ。オレ達化物にとっては人間共が足掻く姿ってのは、本当に痛快で、決死の顔が愉快で、ついつい淡い期待を抱かせたくなってしまう」
人を絶望させるのは容易い。体を欠損させる、性的に貶める、手段はいくらでもあるからだ。
が、安易な絶望ばかりで異世界の人間の味は酷く悪い。
だからギルクは、裏をかこうと無駄な努力を続ける皐月や意図せず現れた俺を、嗜好として高く評価していた。
「―――主様の許可は得ていたから暴れたさ。ああっ、オレの本当の姿を見せられたぐらいに、お前達は旨かった。だが、もう十分だ。腹は十分に膨れた」
直径三十メートルのガスタンクとほぼ同じ大きさまで巨大化した手の平が、ゆっくりとだが、確実にタンクを天高く持ち上げていく。
手の平の巨大化に合わせて、化物の全身が拡大していく。
俺が今まで見ていた小さな体は、ギルクの真の姿を十分の一程度に圧縮しただけの仮物でしかなかったようだ。
「――――アサシンと魔法使い。そろそろ食事を終わらせよう」
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“●レベル:75”
“ステータス詳細
●力:3654 守:300 速:54
●魔:10/188
●運:0”
“スキル詳細
●レベル1スキル『個人ステータス表示』
●オーク固有スキル『弱い者いじめ』
●オーク固有スキル『耐打撃』
●オーク固有スキル『魔→力置換』
●オークの統治者固有スキル『絶対指示(オーク限定)』
●オークの統治者固有スキル『巨大化』
●実績達成ボーナススキル『変身』”
“職業詳細
●オークの統治者(Cランク)”
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“オークの統治者固有スキル『巨大化』、統治者に相応しい姿。
スキルを獲得するだけで『力』が十倍になるが、『速』が半分となる。
『守』は全体強度が向上するものの、体積増加で被弾率も上がるため補正は行われない。
また、体が十倍まで巨大化するため、相応に消費カロリー量は増加する”
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“実績達成ボーナススキル『変身』、姿形をある程度自由に変更できる。
本当の姿を封印してしまうため、『力』『守』『速』は二割減の補正を受ける。
人間に化ける事や体を縮める事も可能であるが、あえて変身する意味はあまりない”
“実績達成条件。『巨大化』によって膨れ上がった代謝機能を抑えるために獲得されたスキル”
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