7-X 閑話
天竜川に沿って続く土手道を、白黒塗装のパトカーが通行する。
「誤報ばかりで、先週から忙しいっすねぇ」
「凶悪事件が続いているからな。そうでなくても、警察官ならどんな些細な通報でも出向くべきだろう」
パトカーには、運転席にいる若い男と、助手席の白髪の目立つ中年男性が乗車していた。
彼等は天竜川中流で火炎の竜巻が発生したという通報を複数受け、現場付近を捜索し、特別な痕跡を発見できずに警察署に戻る途中である。
「ガスタンク消失事件なんてオカルトはFBIの仕事でしょうに。あんな巨大な物体がどうして消えたのかって、全国紙で報道されていましたよ」
「いや、ガスタンクもそうだが、殺人事件と白バイ強奪事件がある。インパクトはガスタンク事件の方があるのかもしれないが、市民にとって差し迫った脅威じゃない」
ガスタンク消失事件。
地方紙のみならず、都市部でも報道され、現場となったコンビナートがテレビで中継されもした不可思議な事件の通称である。
直径三十メートルの物体が忽然と消え去った特異性ばかり目立つ事件であるが、タンクの内部には液状化したガスがほぼ満杯状態で備蓄されていた。
窃盗の線はないと考えられているが、悪用されれば危険なだけでは済まされない。ガス爆発した場合の被害は予想できず、警察はガス検知器を手に県内全域を捜索しているが、未だに発見できていない。
なお、ほぼ同時刻に発生した白バイ強奪事件との関連性は不明だ。
「満タンのガスタンクが一個消失したってのに、先輩は妙に冷めてますねぇ」
「騒いだところで、どうにもならないからな。それにな、この街は昔から妙な事件が多くて少々の事では動じなくなる。神隠し、妖怪騒ぎ、川のどこかには地獄に通じる扉があると子供の頃には聞いたもんだ」
「さっきの誤報でも、鬼火の目撃情報もありましたっけ。どこぞの大学生が季節外れのキャンプファイヤーでもしているかと思えば、そんな痕跡もありませんでしたね」
「ここの警察官をしていれば、そう珍しいもんじゃない。二、三年前からは鬼火の通報が増えているしな。お前、地元は?」
通報はあるのに、証拠が見つからない。
通報した人物に再度連絡を取ると、通報した事実を覚えていない。
悪質な悪戯にしては通報してくる人物の年齢層はバラバラで、共通点は天竜川付近に住んでいる事ぐらい。
これぐらいの不可思議、天竜川の公務員にとっては驚くに値しない。
「生まれはもっと南の方ですよ」
「なら、土手の下を流れている川、天竜川に竜が棲んでいたって昔話は知らないだろうな」
業務に支障がでない程度の軽い世間話。夜特有の気だるさを紛らわしながらも、中年警官の眼光は周囲の異変を探し続ける。
「川の名前、そのまんまですね」
「地名になる程に祀られていた竜って事だ。戦国時代より古い時代、ここが小さな村だった頃に竜が現れて生贄を要求していたらしい」
「邪悪な竜ですね」
「現代の倫理感で言うならだが、神様なんてそんなものだろ。それに、天竜川の竜は一人の生贄を食う代わりに百人の人間を助けていた。川の氾濫を食い止めたり、干ばつの際には雨を降らせたりと、村人達からは大そう喜ばれていたそうだ」
「今も棲んでいるんですかね」
「いや、昔話の最後で竜は血まみれになってこの世から去るから、いないだろう。別の世界からきたという暴虐な人間に悪竜として首を斬られてしまったんだ。……きっと現代でも妙な事件が起きているのは、この川が竜の加護を失ったからなんだろうな」
「竜を殺した傍迷惑な人間はどうなったんです?」
「竜の仇として村人に暗殺されたらしい。毒を盛って、亡骸はバラバラにして山に捨てられた。川に捨てては竜を汚すと考えられたそうだ」
今でいうとゴルフ場がある付近だ、と年上の警察官が話を続けようとするが、無線から緊急の要件が届けられる。
天竜川上流で落雷が発生し、川辺で何かが燃えている。このように市民から通報があったらしく、現場の確認指示だった。
「落雷? 晴れていますよね。音もしませんでしたし」
「天竜川だからな。何もないのに落雷が落ちてくるぐらい、可愛いもんだ」
「冷めてますねぇ、先輩」
パトカーは今日も平和な天竜川を上っていく。




