7-3 ギルクを倒すに刃物はいらない
ギルクへの宣戦布告は済んだ。これで、憂いなく戦える。
さっそくギルクを倒すために、俺は後衛職の魔法少女に指示を行う。
「さあ、皐月。思う存分戦え!」
「あれだけ啖呵切っておいて人頼みって。化物退治は本望だけど、命令されるのは納得できない……」
せっかく皐月の魔法が通じるのだ。頼らない理由はないだろう。
呪文詠唱により火炎が走り、ギルクの腕に絡み付いて燃え上がった。
焼いた部分からは水蒸気が上がり、焦げた臭いが周囲に漂う。ダメージは確実に与えている。
だが、それ以上の効果はない。ギルクを焼き殺すには程遠い。
「皐月、ギルクを拘束できないか?」
「最初に拘束系魔法で地面に沈めちゃったから難しいと思う。それに、そろそろ『魔』の残量が少ないから、大技は一度が限度」
「ならその大技は俺が指示するまで取っておいてくれ。小技で翻弄している間に、俺が接近する」
腕に巻いていたガムテープを一部はがして、ナタ形状の刃物を抜き取る。
この武器もオークのドロップウェポンだが、三叉槍と比べてリーチで劣ってどうにも頼りない。ないよりマシという気持ちで装備した。
アサシンの特性である『速』を生かした突撃を敢行する。
「真正面からくるとは、裏をかくしか能のないアサシンらしくねぇ!」
「なら、遠慮なく」
刃物を握る右手……ではなく、左手に持ったレーザーポインターの照準を取る。
「あのオークは特殊な訓練を受けています。絶対にマネしないでくださいってね!」
ギルクの左目に赤いレーザー光が照射して視界を焦げ付かせ、視力を一時的に奪う。
「皐月、援護だ」
左目を庇っているギルクへの追い討ちで、皐月の攻撃魔法が顔の右側を襲った。
接近する隙を無理やり作り上げて、ギルクの背後に回り込む。
ギルクまで残り三メートル圏内に迫ったが、まぐれ当たりを狙った裏拳が襲いかかってきたので、バックステップで慌てて離れる。
「せっかく近づいてきたのに逃げるなよ、アサシン野郎ッ!」
ギルクがふり上げた足を落として、地面を踏みつける。たったそれだけの動作だったが、馬鹿力も甚だしい。踏みつけられた地面が縦に大きく振動し、ゴルフ場に一つ余分なバンカー地帯が増えてしまった。
局所地震に脚がもつれている間に、ギルクの次の攻撃が迫る。
ギルクの攻撃手段は単純な格闘術でしかなく、魔法のような特殊性はないが、間合いの内部は竜巻の威力圏と同等の危険度がある。拳が体をかすめただけで、かすめた部位がもげてしまうだけの破壊力を有している。
繰り出された大振りの右ストレートを、冷や汗だけその場に残して回避する。
「逃げるものか。接近しなきゃ当たらないだろう?」
「そんな粗末な短刀で、オレを刺そうとでも言うのか!」
旋風の如き腕をかいくぐって、ギルクまで残り一メートルと半。
万全を望むならもう少し近づきたいが、俺の頭上からハンマーのような拳が落ちてくる。
「マズっ、マスク男! 全焼、業――」
「まだだァァァァァァ!!」
遠くの誰かに何かを伝えるためではなく、覚悟を決めるために俺は叫ぶ。
ギルクの無駄に大きな体は、ゼロ距離まで近づけば安全圏となってくれるはず。そう信じてサーカスの猛獣の火の輪潜りを参考に、巨体の股下へと飛び込み前転を決行する。
ギルクの攻撃はギルク本人の体が邪魔となり、俺には届かない。
「グッ!? お、お前等、オレの急所ばかり、クソぅ、狙いやがって!」
飛び込んで回転する途中、持っていたナタが突起物に引っかかった。唯一の武器を落としてしまう。
だが、もう拙い武器は必要ない。最初から刃物でギルクを倒そうとは思っていない。
立ち上がってギルクの黒い胸板と向き合う。
丁度、苦悶に耐えかねてか、ギルクが体をくの字に曲げて頭の位置を下げてきたため、意図せず、俺とギルクは数センチ先で対峙した。
「クぅ……このクソ卑怯なアサシンが、丸腰で何がしてぇんだ」
完全なるキルゾーンに突入した俺は、両手を上げて、笑顔でギルクに向けてやる。
「降参のつもりか? 散々オレをおちょくった癖して馬鹿か!」
「お前が馬鹿だ、ギルク」
「なら何のつもりだ!!」
「――暗器解放。お前も両手を頭の上にかかげないと、一瞬で潰れてしまうぞ?」
仮面に隠されていない口元でニヤりと笑う俺と、『オーク・クライ』のスキル効果とは出所の異なる悪寒を感じて奥歯を噛むギルク。
照明器具のお陰で、深夜になっても眩かったゴルフ場の一角が、何の前兆もなく出現した巨大な球状の影に覆われた。
「――な、こレ、重ッ」
影の正体を確かめようとして、ギルクは首を上に動かそうと試みる。
……動かせなかった。超重量に後頭部を押さえつけられたため、ギルクは地面以外を見る事ができなくなる。腕一本で根の張った杉を掴んで投げる化物が、足踏み一つで地面を粉々に粉砕する化物が、抗えない力に片膝を付いてしまって動けない。
「ウォォォ、クソがァ! どうして、持ち、上がらねぇ??」
己の頭上に突然生じた膨大な重量に対して、ギルクは両腕、両脚の筋肉を膨張させてどうにか踏みとどまる。だが、超重量を投げ捨てる余力はない。重圧を支え続けるしかない。
バランスを誤れば潰されかねない状況に、脂汗を噴出す豚面からは完全に余裕の色が抜け落ちてしまっている。
ギルクはたった今、嘘偽りなく全力を出していた。それでも足首が地面に埋まり、間接からは血が吹き出ている。長くは持たない。
「アサシン、ヤ、野郎ッ、何、しタ!?」
「喋っている余裕があるなら、もっと踏ん張れよ。俺が逃げる時間を稼げ」
地球を支えるアキレスのごとき奮闘が続いている間に、俺は危険域から逃げ出していく。
「限界は見えているとはいえ、これだけの重量を身一つで抱えるなんて、やっぱり化物は恐ろしい」
ギルクの頭上で解放してやった『暗器』こそが、真の最終兵器。
ガスコンビナートから拝借し、ほぼ二日間スキルで隠し続けていた直径三十メートルオーバーの球状ガスタンクを、俺は解放した。




